第54話 告白再び
「イオリ、そなたたちの活躍により我が国は守られた。改めて礼を言うぞ」
「そんニャ、オレたちは自分たちのためにしただけですニャ」
城の謁見の間、玉座に座ったラビ様が平伏するオレたちに言葉をかける。
その頭には皇帝のかぶっていたはずの冠が鈍く光を放っていた。
――宰相の討伐後、ラビ様は城内の主だった者たちを集めると、皇帝の退位と自らの帝位即位を宣言した。
そんな皇帝もオレの料理を食べてアレになっている時に勝手に宣言して話が通るものかと思ったのだけれど、周囲からは全く異論が出ること無くすんなり即位が承認されてしまった。
あっけにとられるオレに、トレットは「だから言ったじゃろ、獣人とは殆どが可愛さを基準にすべてを決めておると」と囁いた。
要するに、ひと目でラビ様のほうが皇帝よりも可愛くなっていたからラビ様の即位は問題ないと。
ラビ様の計画がもし失敗しても問題ない、と言う発言はこの事だったのだ。
そんな可愛くなっただけでほいほい帝位が変わったら国が混乱するんじゃないか?
タトラさんが氏族長になった時も思ったのだが、獣人ってどうしてこんな状態で社会生活を送れるんだ。
「普通、可愛さが極端に変わることなんて無いんです。獣人は特に可愛くなる努力をしませんから」
タトラさんの補足は非常にわかりやすいが、ならやはりめったに起きることのない異常事態だし、もっと騒いでも良いと思うんだが。
そんな疑問も、魔族が姿を偽り宰相として国に潜り込んでいたこと、その宰相をラビ様が討伐したことを聞いた時の反応を見て腑に落ちた。
皆、あからさまに胸をなでおろし、ホッとした様子だったのだ。
宰相と宰相の色香に惑わされた元皇帝の治世には皆うんざりしていて、理由は不明であっても急にとてつもなく可愛くなった人格者のラビ様が帝位に就いてくれるのなら大歓迎ということか。
元皇帝が正気に戻ったあとひと悶着はありそうだが、それはオレたちにはもう関係ないことだろう。
この国の事に獣人でもないオレたちが必要以上に首を突っ込むのは野暮というものだ。
……まあもし国を割る内戦にでも発展したらオレはタトラさんが味方する側につくが。
そんなこんなで、慌ただしく帝位についたラビ様は宰相を投獄し、謁見の間にオレたちを呼び謝辞を述べる事で皇帝として最初の仕事を遂行したのだった。
ちなみに、オレのケモミミは一向に外れる気配がない。
冷静になると、自分でもうかつな事をしたと思うが、まいどまいど半端な可愛さじゃどうにもならない問題が起きるこの世界が悪いんじゃないか。
決めた。もうどんな面倒な事が起きても魔法少女にはならないでおこう。
オレだってバカじゃない。きっと魔法少女にならなくても解決できる方法を見つけられるはずだ。
今まではちょっと安易に魔法少女に頼り過ぎていたのが問題なんだ。
オレが魔法少女封印の決意を新たにしていると、ラビ様がこっそりとオレに告げた。
「イオリ、後でそなただけに聞いてもらいたいことがある……。夜にそなたひとりで例の場所へ来てもらえないだろうか」
「はあ、」
なんだろう。ラビ様も元の姿に戻れなくなって苦労しているとかか?
リボンを取れば元に戻れると思うが、今のラビ様は可愛すぎるのでもしかしたらリボンを外したぐらいじゃ元に戻らないのかもしれない。
もしそうなら同じ元に戻れない悩みを抱える者同士、アドバイスぐらいはしてあげなければならないだろう。
◆◆◆
夜の闇に紛れ、オレは城の壁を蹴りながらバルコニーを目指した。
普段ならこんな人間離れした芸当は不可能だが、今はケモミミ獣人化しているのでちょっとした散歩気分でひょいひょいと壁を登ることができる。
ふと空を見上げると、初めてラビ様と出会った時と同じくきれいな月が出ていた。
音もなくバルコニーに降り立つと、子ウサギではなく普通の? 大きさのラビ様が出迎えてくれた。
あれ、子ウサギ状態じゃないって事は、元に戻れないって相談じゃないのか?
「よく来てくれた。初めてそなたとあった日の夜もこんなきれいな月夜のことであったな」
「ええ、そうですニャ。オレも同じことを思っていましたニャ」
ラビ様と出会ってからそんなに月日は経っていないはずなんだが、マオを介して連日料理を受け渡していたためか随分長く付き合っていたような気さえする。
ラビ様はオレに頭を下げ改めて礼を言った。
「そなたたちのおかげでこの国は救われた。本当にありがとう」
「それはもう聞きましたニャ」
「そうだな。しかし、そなたのおかげで余はこうして帝位に就くことにもなった。ペガスに追放された者もこれで呼び戻すことができる。感謝してもしきれない」
「オレたちにも目的があってしたことですからニャ。ラビ様は気にしないでくださいニャ。お話はそれだけニャら、オレは行きますニャ」
あまりかしこまって礼を言われるのはこそばゆい。お礼なら十分伝えてもらったし、照れくさいので来て早々だがお邪魔しようかと踵を返す。
しかし、ラビ様は慌ててオレを引き止めると、しばらく沈黙していたが意を決した様子で本題を切り出した。
「待ってくれ!! ……そなた相手に駆け引きなど不可能であったな。単刀直入に言おう。イオリ、そなたには余と共にこの国の新しい未来を築いて欲しいのだ」
「それは、士官と言うことですかニャ? あいにくオレは宮仕えはちょっと性分に合わニャいので……」
ラビ様の話とはオレの登用の事だったらしい。
ありがたい申し出だが、オレの目的は異世界に来た時から一貫して1に安全、2にスローライフだ。
面倒事は極力避けたいので丁重にお断りする。
……のだが、何故かラビ様は首を振りとんでもない事を口走った。
「そうではない。つまり、余の后となり余と生涯を共にして欲しいのだ!!」
「…………フニャ?」
どうしよう。ラビ様の言っている意味がわかりたくない。
もふもふで分かりづらいけど、ラビ様赤面してるし、これマジなやつじゃないか?
オレの思考はしばらくフリーズしていたが、ラビ様の言葉が耳から脳に届くと首も手もちぎれる勢いで力の限りブンブンと振りプロポーズを断る。
「いやいやいやいやいやいや、ラビ様待つニャ。オレはヒト種ニャンですよ? 周りが許さニャイでしょ!」
「種族の壁など問題ではない。そなたをひと目見た時から余の心はそなたに奪われてしまったのだ。誰にも文句は言わせぬ。だから余の伴侶となってくれ!!」
ダメだ、ラビ様が暴走してる。
どうしてこうなった。
そこでオレはケモミミの効果を思い出した。
そう言えば、ケモミミを付けて獣人になったオレって獣人にとってめちゃくちゃ可愛く見えるんだっけ。初めてケモミミをつけた時タトラさんにもみくちゃにされたもんな。
ラビ様は獣人となったオレの姿を見ても何も反応しなかったから、てっきりタトラさんが特別なんだと思ってたのに、プロポーズされるとかもっと状況がヤバいじゃないか。
「待つニャ!! オレは男ニャ!!! ラビ様だって男と結婚ニャンかしたくニャいでしょ!!」
「構わん! そなたが男であろうとその可愛さは本物だ!! このような気持ちとなったのは初めてなのだ!! たとえ男だったとしてもそなたを愛してみせる!!!」
何を言っても今のラビ様には通じないようだ。
ケモミミを外して男に戻れれば絶対冷静になってくれるだろうに、なんてタイミングの悪い。
どうする、どうしようこの状態。なんであっちの世界にいる時には全然モテなかったのに、こっちの世界でプロポーズをされるんだ。これでプロポーズされるの3回目だぞ!! しかも全部相手は男だ!!!
次回
白ウサギに熱烈なプロポーズをされた主人公。
このピンチを彼はどう切り抜けるのか。
伊織は己の貞操を守り抜くことができるのか――




