第15話 領主様は幼女。
「隊長!!! 何事ですか!!!!」
「もしやモンスターの襲来!? 敵はどこです!!!!」
「丘ひとつ一瞬で消し飛ばすなんて、いったいどんなモンスターなんですか!!!!」
オレの何気ない魔法によってトレリスの街を一望する丘が一瞬で消失してしまい、異変を察知した兵士の人たちがビキニアーマーとリボンでフル装備してすっ飛んできた。
こんな時に限ってゼフィーさんは気絶して役に立たない。まずい。非常にまずい。何か言わなければっ!!!
「こ、これはー、そのー、魔法の実験をしていてですねー……」
……バカ正直に答えてどうするオレ!!! こんな環境破壊、いやそれより街の近くで大規模破壊行為とか、テロを疑われる可能性まである。犯人がオレだと知られたら、もしかして投獄……最悪死刑!!! まずい、まずいまずいまずい!!!
大して優秀ではない頭をフル回転させて、どうにかこの場を切り抜ける方法を考えるんだ!! 大丈夫、オレはやればできる!!!
「!! ということはエルフが!?」
「なるほどっ!!! これが噂に聞くエルフの力」
「エルフの魔法は人間とは比べ物にならないほど強力と聞いていたが、まさか丘ひとつ消し去るとは」
あれ? 兵士の人たち、なんだか勝手に都合の良い解釈をしてくれているっぽい。これはチャンスなんじゃないか?
「何を言っておる!! これはこやつが、ムグ!?」
自分でも驚くほどの素早さで、何か言いかけたトレットの背後に回ると口を塞ぎ、余計な情報を漏らさないようガッチリ固定する。
「むぐっ! むぐー!!!!」
「くまさんバーガー10個にリンゴパン10個。お前が見たこともないお菓子も追加する」
「むぐっ!? ……リンゴパンは20個じゃ」
「30個にしてやる。いいな?」
他の人間に聞こえないよう小声で最低限の要件だけを伝えると、思った以上にすんなりトレットは言葉の意味を汲み取って取引をしてくる。見た目はのじゃロリだが、伊達に歳はとっていないと言うことか。
なにやら耳をピコピコ動かしながら指折り数えては不気味な笑い声を漏らしているが、当面、害にならないので無視しよう。
「イオリ殿、隊長はどうされたのでしょう? 先程から返事がないのですが」
「あー、ちょっと疲れたみたいで! 途中で寝ちゃったんですよ!!! やっぱり街の治安を守るって激務なんですねー!!! というわけでオレはゼフィーさんを街に運ぶのでこれで!!!」
「あ、何をするのじゃ……ぐぇっ!!」
「イオリ殿? ちょっと待って……」
少々強引だが、気絶したゼフィーさんを小脇に抱え、もう片方の手でトレットの首根っこを掴んでオレは一目散に駆け出す。兵士の一人が呼び止めようとしてきたが、今は退散させてもらう。
街に戻ると、ゼフィーさんは詰め所の休憩室に寝かせ、オレとトレットは家に戻り倒れ込むように椅子に座ると、大きく息を吐き出す。
「ふー、ひとまず乗り切ったな」
「まったく、お主は何をするんじゃ。首が引っこ抜けるかと思ったぞ」
「まあまあ、今日は何かうまいもの作ってやるから」
「本当か!!! くまさんバーガーとリンゴパンとは別にじゃぞ!!!!」
「ああ、無事ピンチを乗り切れたんだからな」
「やったのじゃー! 今日は宴なのじゃー!!!」
子供のように、というか見た目は子供なのでそのまんまだがトレットが嬉しさを抑えきれない様子でぴょんぴょん飛び回る。いつもならひたすらうざいだけだが、今日に限っては幼女エルフの喜びの舞を広い心で受け入れることができそうだ。
……そうほっこりしていると、扉が勢いよく開き、青筋立てたゼフィーさんがツカツカ近づいてきた。可視化されそうな怒りのオーラを纏った可愛いお姉さんの姿に気圧され、引き気味になっていると、ゼフィーさんはオレの肩を掴みとても怖い笑顔で宣言する。
「イオリ、領主様、明日一緒に来てもらうぞ。トレット殿もなっ!!」
ぜんぜん乗り切ってなかったー!!!!!!!!
◆◆◆
「カワイイオリさんですね。はじめまして。わたしはブラン=カッサー。ガーデニア国王よりこの地の領主に任命された者です。もう顔を上げてよろしいですよ」
街の中心、初めて丘から街を一望した時に見えたひときわ豪華な石造りの屋敷。その屋敷の謁見の間で、オレは領主様と対面していた。
可愛いさが強さなこの世界の領主と聞いて、どんなお姉さんが現れるかと思っていたが、領主様はトレットに負けず劣らずちんまい金髪幼女だった。
他より一段高い床に大人サイズの大きく豪勢な椅子。その中心にちょこんと行儀よく座った領主のブラン様は、にこやかに微笑んでいる。
色々やらかした後ろめたさから土下座スタイルを決め込んでいたオレは、あまり怖そうでないブラン様の様子に拍子抜けして、顔を上げて挨拶を返した。
「河井伊織です。はじめまして」
「おい、イオリ! 領主様になんて口の聞き方をしている!!!」
隣でかしずいていたゼフィーさんが脇をつついてくる。あ、やべ。ついいつもの調子で話してしまった。領主様相手に不敬とか言われるか?
「ふふ、わたしは気にしませんので、そのままお話ください」
ブラン様は気にした様子もなく、ころころ愛らしく笑っている。その頭が揺れる度、ちらりと見える小物にオレは見覚えがあった。
「あれ、そのリボン……」
「ええ、あなたの作ったものだそうですね。とても可愛いので愛用しています」
後頭部を軽く撫でるブラン様。幼女にはオレの作ったリボンは少し大きいが、それが逆に可愛さを引き立たせている。
リボンが街で人気なのは知っていたけれど、まさか領主様まで身につけているとは驚きだ。
改めて領主様の姿を見てみると、上質な生地をふんだんに使った空色のドレスは至るところに刺繍が施されていて、ひと目で庶民には切れ端すら手に入れることの出来ない高級だとわかった。
土下座ポースから一段上の領主様を見ているため、ドレスの端からドロワーズと言うんだったか、白いかぼちゃパンツがチラチラ覗く。それに白いタイツ、ドレスと同じ色の靴にはワンポイントで見慣れない小さな赤いリボンが付けられていた。
リボンはオレが作るまで存在していなかったから、その後作られたものなのだろう。領主様の可愛くなるための貪欲な姿勢が垣間見える。
「イオリさんの事は以前からゼフィーの報告で聞いていましたので。こうしてお会いできることを楽しみにしていたんですよ。リボンだけでなく、くまさんバーガーもとても美味しくいただいています」
「あ、はい。ありがとうございます」
オレの事は結構筒抜けのようだ。まあ、ゼフィーさんの上司なのだから、知っていて当然といえば当然なのか。面倒な説明をしなくて良いのはありがたい。
「そして、トレット様。噂に名高いエンシェントエルフにお目見えできたこと、光栄に存じます」
「うむ。くるしゅうないのじゃ」
ゼフィーさんを挟んでオレと反対側に居るトレットは、かしずくこともなくふんぞり返って偉そうにしている。実際エルフの中でも偉いらしいので、誰も文句を言わない。オレがちょっとイラッとするだけだ。
「それで、今回の事件に関してなのですが――」
来たっ!! 緊張で身体が固まる。ここまで来て悪あがきも出来ないので、おとなしく裁きを受ける覚悟はできている。いや、死刑とか懲役30年とかなら流石に逃げるかもしれないが、罰金や禁固数年程度なら不可抗力であったとはいえ仕方がない。
しかし、ブラン様の口から出た言葉は予想外のものだった。
「草原で原因不明の爆発事故が起こったようですね。お二人共お怪我はありませんでしたか?」
「え、あ、はい」
「うむ。少しびっくりして粗相をしたが、大事無いぞ」
こいつしれっとした顔で何言ってるんだ!! というか、お前あの後帰ってすぐに水浴びしたと思ったらそのせいだったのか!!! ……っといけない。今はトレットにかまっている場合ではないのだ。
せめて、一言謝罪をしなければ……。
「あの、オレ……」
「――我が領地は見ての通り何もない田舎です。産業もなく、人の命はとても軽い。お二人が滞在することで少しでも安全に、そして素晴らしい文化を持つ街へと発展すればありがたい。
すでにイオリさんにはリボンだけでなくビキニアーマーまで発明していただき、兵士の負傷率が大幅に軽減されたと聞き及んでいます。ぜひとも、今後もそのお力を街の平和のため、お使いいただきたいのです。そしてこの街を我が家と思ってお過ごしください」
オレの言葉を遮って、ブラン様はそんな事を話してくれる。
そして、領主様との会談はあっけなく終わり、何のお咎めもなくオレたちは屋敷を後にした。
何かしらの罰を覚悟していたオレは、肩透かしを食らって呆けたままフラフラと家路を歩く。しばらくして、後ろから無言で付いて来ているゼフィーさんが静かに、しかししっかりとした声でオレに言った。
「イオリ、今回は何のお咎めも無かったが、次もそうとは限らん。私としてもお前に剣を向けるような事にはなりたくない」
「はい。反省してます……」
領主様は飴、ムチ役はゼフィーさんだったようだ。命の恩人にここまで言われては、二度と軽率な事はできない。もう少ししっかりしようとオレは一人心に誓う。
次回
己の未熟さを痛感し、改めて力の意味を知る主人公。
第二の故郷となった街を守るため、彼が出した答えとは。
伊織の知識で街が変わる――