第47話 もふもふウサギの誘惑
「なんで、獣人って可愛い格好しても性別変わらないんじゃ……」
何の考えなく適当に渡したリボンのせいでまさかラビ様が女の子? になるとは。
マオの視界を通して見えた衝撃的な光景にオレが驚愕していると、つぶやきを聞いたトレットが当然と言った様子で話してくる。
「何を言っておるのじゃ。獣人は種族的に可愛いからわざわざ可愛い格好を進んですることが無いだけで、本来の自分の可愛さ以上に可愛くなれば当然可愛い少女の姿になるに決まっておるじゃろう」
「なん……だと……」
ということは、普通のおっさんの獣人なんかも可愛い格好をすれば美少女になるってことか?
うーん、ちょっと見てみたいような、そうでもないような。
そこでオレはタトラさんの事を思い出す。タトラさんはオレが用意した衣装をよく着ているが、幼女化することは一度もなかったはずだ。
「あれ、でもタトラさんが可愛い衣装を着ても幼女にはならなかったよな?」
「それは、お主が今のタトラに一番似合う姿として衣装を用意したからじゃろうな」
たしかにタトラさんの衣装を作るときには、いつもタトラさんが可愛くなるようにと気にかけていたが、そんな事で外見の変化に違いが出るものなのか。
この世界の法則にはさんざん驚かされてきたはずなのに、まだまだ世界にはよくわからない事が多いものだ。
『イオリ、どうした。急に固まってしまって、何かあったのか!?』
オレがトレットと話し込んでいると、ラビ様が心配そうにマオを抱きかかえ顔を覗き込んでくる。
美少女? 美ウサギ? ……とにかく、ふわふわもこもこな子ウサギになったラビ様に抱きかかえられ、オレはマオ越しの感覚にも関わらず胸の鼓動が早くなるのを感じた。
なんだこの保護欲をそそる愛らしい生き物は。思わずマオの身体を撫で回したいという欲求湧き出てオレの身体を突き動かした。
しかし、当然抱きかかえられているのはバルコニーに居るマオであってオレではない。
どんなにモフろうとしてもそこにラビ様は居ないし、集中力を欠いた状態ではうまくマオにこちらの意図を伝えることが出来なかった。
オレがマオ様をエアモフしていると、トレットの怪訝そうな声が聞こえてくる。
「なんじゃお主、先程から妙な事を呟いていると思ったら、急に怪しい手の動きをしおって、気味が悪いのじゃ」
く、反論したいけどマオの見ている光景は召喚者であるオレにしか見えない。傍目にはそこに居るはずのないラビ様をモフっているのだから通報案件と言われても否定できないだろう。
言い訳じみていると思いながら、オレはマオを通じて見えている光景をトレットに伝えた。
「ラビ様にリボンをつけてもらったら、思った以上に可愛くなったからちょっと驚いてただけだ」
そう、全ては驚いていたため。決してやましい事などしようとしていない。
しかし、トレットはオレの後ろめたさを見透かしたように笑い、あえてそれに触れないよう話題を変えてきた。
「ほぉ、お主が我を忘れるほどの可愛さになるとは凄いものじゃの。それなら、お主の料理を食べても無事で居られるのではないか?」
なんとなく一番知られたくない相手に弱みを握られた気がするけれど、話を蒸し返すとやぶ蛇になる事が確定しているのでそのままトレットの思惑に乗っかることにする。
オレはマオを通じてラビ様に問題ないとジェスチャーし、オムライスを食べるように伝える。
『む、無事なのか? それならば良いが、そなたが倒れては余も困る。無理はしてくれるなよ』
先程までどうにかしてラビ様をモフろうとしてただけに、今はその優しい心遣いが胸に来る。
まさかこんな事で自分の邪な心を知ることになるとは思わなかった。
ひとり葛藤するオレをよそに、ラビ様は可愛さオムライスを受け取りじっと見つめる。
連日食べるたびにしばらく行動不能になって居るのだから当然かも知れないが、食べてもらわないことには先に進まない。
『相変わらずそなたの料理は可愛いな……ええいっ!!』
しばらくオムライスとにらみ合いをしていたラビ様だったが、意を決して気合の掛け声とともに口へと運んだ。
そして数秒の沈黙の後、ラビ様は目を見開き感嘆のため息を漏らした。
『……うまい。驚くほどうまい。……だが、今回はどうやらそれだけのようだ。イオリ、余は無事だぞ』
少しだけ誇らしそうにラビ様はそう告げた。
よし! 過程はどうあれ、ラビ様が昏倒することなく可愛い料理を食べられるようになった。
これでようやくあの宰相にひと泡吹かせてやれるぞ。マオを通じて目一杯喜びを伝えるオレに、ラビ様も笑みを返してくれる。
そして、ふと見た窓ガラスに写った自分の姿にラビ様が驚く。
外見もかなり縮んでいるので変身したことにはとっくに気付いていたと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
『なんだ、この少女は!? ……まさか、これが余なのか?』
ラビ様は窓に映る自分の姿を見て、何度も顔を撫でたり、手を振ったりと興味深そうに確認している。
他の種族にとってはそう珍しい事ではないだろうけど、獣人にとっては自分が幼女や美少女になるなんてありえない事だっただろうからな。
ラビ様が可愛くなった自分の姿に驚くのも無理はないだろう。
『これが、余の姿だと言うのか。可愛い格好をするだけで性別まで変えてしまうとは、なるほど……この力を使えば帝国で虐げられている多くの者を救えるかもしれん。イオリ、礼を言う』
そう言って窓を開け、バルコニーへと出たラビ様は、空を見上げながら呟いた。複雑な感情の交じる言葉の意味をすべて知ることは出来ない。だが、ラビ様は自分が可愛くなった、たったそれだけのことでオレなんかでは想像のつかない、国の先を見たのかもしれない。
次回
変身した己の姿を見つめる白ウサギ。
彼が己の姿の中に見出した国の未来とは。
宰相との対決の時が来る――




