第36話 魔族と魔王領
宰相との会見後、オレたちはあてがわれた城の客室でくつろぐ。
さすが帝国の城だけあって客室と言っても小さな家が一件丸々入りそうなほど広く、部屋数もやたらと多い。
まあ、あまりに広すぎるとオレたちのような平民は落ち着かないので、自然と部屋の隅っこに固まってしまうのだが。
「それにしても、サキュバスみたいな宰相だったな」
椅子に座ったオレは、しみじみとコウモリ獣人の宰相の姿を思い出していた。
明日には皇帝と謁見できるらしいので、今はそんな事を考えている時ではないのかも知れないが、それほど宰相の存在はインパクトがでかかったのだ。
リボンを身に着けて美少女化しているからあまり影響がないが、もし男のままだったら、宰相の色香にコロッと魅了されていたかもしれない。
「サキュバスってなんですか?」
宰相の姿を回想するオレに、タトラさんが尋ねてきた。
オレもゲームなんかでしか名前を知らないため、改めて説明を求められると困ってしまう。
それでもなんとなく覚えているゲームの設定でサキュバスの説明をしてみる。
「サキュバスっていうのは、男の生気を餌にしてる女の姿をした悪魔の一種で……って悪魔ってこの世界に居るのか?」
「?」
うろ覚えなサキュバスの説明をする途中でオレは考え込んでしまった。この世界には神様が遺した結界やら遺物やらがあるので、おそらく神様は居たんだろう。ということは、やっぱり悪魔も居るんだろうか?
突然考え込んだオレにタトラさんはなんだかよくわからない様子で首を傾げる。悪魔が居なければそもそもの説明が面倒だと思っていたところに、トレットが絡んできた。
「悪魔は会ったことはないがの、魔族ならおるぞ。サキュバスは魔族の一種じゃな」
サキュバスは実際に居るらしい。さすがエルフや獣人の居る異世界だけのことはある。
しかし、サキュバスは良いとして、魔族ってなんなんだ。
「魔族と悪魔って違うのか?」
「悪魔は神同様、遠い昔姿を消した伝説の存在なのじゃ。魔族は悪魔と違い今でも種として生き残っており、魔王領の中で生活しておるの」
「ふーん、って魔王領?」
トレットがあまりにさらっと言ったため聞き流しそうになったが、今こいつ魔王領って言わなかったか?
「魔王って……あの魔王か?」
「うむ。その魔王で間違いないのじゃ」
まさかと思いつつ聞いてみたら、やっぱりあの魔王らしい。
魔王の名前がこんな所で出てくるとは。
「なんでそんな名前つけてるんだよ!? それなら悪魔領とかでいいだろ」
「魔族は魔王を信奉し、その復活を自分たちの存在理由とまで思っておるからの。自分たちの領土は魔王のものだと言うことではないか?」
なんだそれ。魔王なんかを崇めて何かご利益でもあるんだろうか。
実際に見た魔王から考えるにあまり良いご利益はなさそうなんだが。
「魔王復活って、そんな事して魔族にとって何か意味あるのか?」
「ワシが知るわけ無いじゃろ。そんなに気になるなら魔族か魔王にでも聞いてみればいいじゃろうが」
投げやりにそう言って、トレットは視線をマオに向けた。釣られてオレもちらりとマオを見る。
「キュピ?」
マオは可愛く鳴くばかりで、答えになりそうな情報は教えてくれなかった。
まあ、いくら元魔王とは言え、封印されている状態のマオに聞いても意味はないか。
皆それほどその話題に興味を持っていたわけではなかったため、そこで話は止まってしまう。
話が途切れた所で、オレは明日の下準備でもしておこうと考えていたことを思い出し、ひとり隣の部屋である寝室に移動し猫耳カチューシャを取り出し頭につける。
寝室に備え付けられた鏡をのぞくと、そこにはタトラさんと同じ模様の猫耳姿のオレが立っている。
あまり意味がないかも知れないが、ビキニアーマーの上から暗めのパンツとシャツを着込むと、タトラさんたちの居る部屋に戻った。
「えっ、イオリさんどうしたんです、その格好!?」
「ちょっと散歩がてら偵察に行ってきます。すぐ帰ってきますんで!」
ケモミミ姿のオレにちょっと興奮しているタトラさんと十分な距離をとりつつ、オレはそれだけ伝えると部屋の窓から外に身を躍らせた。
「あっ、イオリさんっ!!」
「タトラさんは待っててください」
言いながら、オレはひょいひょいと壁を蹴って登っていく。
猫耳をつけると身体能力まで獣人レベルに引き上げられるようで、普段だったら絶対にできないような動きも、まるでそれが当然であるかのように簡単に行えてしまう。
「さて、何を見るべきか……」
明日は話しの結果によっては、その場で戦いになる可能性もある。先に脱出経路でも確認できればと思って外に出たのだが、脱出経路って何を見れば良いんだろうか。
……とりあえず城で目立つ場所だけでも確認しておけば何かの役に立つだろう。
オレはひとまず目についたバルコニーに降り立ち、周囲を見渡す。
と、その時背後から何者かの声が発せられた。
「そなた、何者だ?」
まさかこんなに早く見つかってしまうとは。誰かはわからないが、仕方ないので今見たものを物理的に忘れてもらうためピコハンを手に取り振り返ると、そこには二足歩行のうさぎが居た。
次回
ひとり夜の闇に紛れて偵察に出た主人公。
そこで出会ったウサギの正体とはいったい。
伊織のケモミミはウサギを魅了する――




