第32話 父の気持ち
トレットに促され、タトラさんは戸惑いながらもオヤジから氏族長の証であるという指輪を受け取った。
銀色の鈍く光る指輪には、肉球を模した装飾が施されていてちょっと可愛い。
半ば強引にオヤジがタトラさんの指に証はめると、証はひとりでに縮み、タトラさんの指に吸い付くように収まった。
「おぉっ!」
「魔道具なのじゃ。効果はそう多くないのじゃがの」
驚きの声を上げるオレに、トレットが解説してくれる。
いつもは役に立たないポンコツエルフのくせに、今日はどうしたと言うんだろうか。
「これで氏族長はタトラ、お前となった。氏族の行く末はお前に委ねられた。好きにすると良い」
「えっ、でもお父様私はやはり……」
ずっと自分の存在を否定され、追放までされたと言うのに、突然氏族長にされてしまったタトラさんはどうして良いのかわからず指にはめられた氏族長の証をいじっている。
いや、タトラさんで無くてもこんな熱い手のひら返しされたら混乱しても仕方がないというものだ。
「そんな事より、タトラさんに言うことは他にあるんじゃないか?」
たまらずオレはタトラさんの代わりにオヤジに言葉を投げかける。
しかし、オヤジは首を傾げるだけで意味を理解しなかった。
「他に? 何を知りたいというのだ……証は氏族長本人の意思がなければ外れることはなく――」
「違う! あんたの気持ちだよ! タトラさんを追放して悪かったとか、そういうのはないのかって、聞いてるんだ」
まったく見当違いな事を言いだしたオヤジに思わず今までオレが思っていたことをぶちまけてしまう。
タトラさんが本当にそれを聞きたいと思っているのかわからない。しかし、オレとしてはどんな結果になろうと聞いておいた方が良いと思ったのだ。
「追放に関して? ……氏族長の子として生まれたものにはそれだけの責務がある。可愛さの足りぬまま氏族の者として生きることは所詮叶わぬのだ」
オヤジは淡々と今までと変わらない獣人としての理を話す。
わかっては居たが、あまりに薄情な物言いにオレは眉をひそめる。
タトラさんも寂しそうに顔を伏せ、耳や尻尾まで垂れ下がってしまっていた。
やはり、このオヤジとは相容れないのだろう。
……と思っていたらオヤジの口から続けて出たのは意外な言葉。
「だが、父としてと言うのなら……氏族長の子として可愛さの足りぬ子であろうと、皇帝の命とは言え殺すことは出来なかった。仮に氏族を追放して、ひとりで生きていくことになろうと」
「えっ」
「はぁ!?」
タトラさんもこの話を聞いたのは初めてらしくオヤジを凝視している。
しかし、可愛くなければ殺すって、皇帝は何を考えているのか。いくら自分たちが生まれながらに可愛いからと言って、そんな事を繰り返していたら可愛さだってどんどん失われていくだろうに。
「……タトラ、可愛くなったな」
「あ……あれ、なんで私……」
短くそっけない一言だったが、それはタトラさんにとってきっとずっと欲しかった親からの言葉だったろう。
ポロポロと流れ落ちる涙を自分でも抑えることが出来ず慌てて手で拭っている。
これはあれだな、すごく面倒なタイプのツンデレだ。無口と不器用を併発してるから余計こじれるやつだ。
「あれ、なんでこんな」
「良い良い。では氏族のまとめは引き続きお主に委ねるが、問題無いのじゃな」
「それが氏族長の望みとあらば」
何故かトレットがタトラさんの腰をポンポン叩いて慰めながら締めてしまう。
なんだろう。この釈然としない気持ちは。タトラさんのオヤジはオヤジで素直にトレットの言葉に従ってるし。
とは言え、ずっとタトラさんを縛っていた過去からもこれできっと少しずつ解放されることだろう。
すぐには無理でも、オヤジともこれなら時間をかければもう少しマシな関係を築けるかも知れない。
話を終え、タトラさんの気持ちも落ち着いた所でオレたちは帝都へと向かうため部屋を後にする。
部屋を出る途中、オレはオヤジに呼び止められた。
「待て……貴様、名は何という」
「伊織、河合伊織だ」
「イオリ、か……」
オヤジはオレの名前を心のなかで反芻するように口に出し、オレを見つめると頭を下げた。
「イオリ、娘を頼む」
「言われなくても、タトラさんはオレの大切な仲間だよ」
オレは振り向かず手を振り今度こそ部屋を出た。
次回
主人公の助けを借り、父の想いを知った獣人娘。
新たな思いを胸に、彼らは獣人帝国の帝都を目指す。
帝都に飛来する巨大な可愛い影とは――




