第13話 可愛いの秘密と禁断の果実
「なんでじゃー、なんでワシがこんな事をしなければならんのじゃー!!!」
「文句言わず生地をこねろ。それじゃいつまで経ってもくまさんバーガーは食えないぞ」
「いやじゃー!! ワシは絶対にくまさんバーガーを食べるのじゃー!!!」
「だったら手を動かせ」
「ううぅ……覚えておれよ、くまさんバーガーを食べたらこの恨み、絶対に晴らしてやるからのう」
何度も文句を言いながら、エルフの幼女は案外真面目にくまさんバーガー用のパン生地を捏ねている。
口を開かなければ愛らしい天使のようなロリエルフだが、本来の姿はエルフジジィなので見た目に騙されてはいけない。
なぜこんな事になっているのか、話はくまさんバーガーの発明者がオレだと告げた時まで遡る。発明者のくまさんバーガーを食べられないと知り、打ちひしがれるのじゃロリエルフジジィ、もといトレットに、オレは一つの提案をした。
「どうしてもくまさんバーガーが食べたいなら、仕事を紹介してやろうか?」と。無銭飲食は困るが、仕事の対価としてくまさんバーガーを求めるなら、オレとしてはわざわざ森の奥から来たというエルフを追い返す必要もない。
トレットは何やら葛藤していたが、おやつにうさぎリンゴを出してくまさんバーガーはこれよりうまいぞと言ってみると、うさぎリンゴを一口食べて変な鳴き声をあげながら「働く!!」と即断した。
トレットを働かせる事が決まったが、問題はその後。なにをさせるかだった。なにせ、今まで一度も仕事をしたことがないという筋金入りのニートなのだ。
市場の知り合いのつてで紹介するにも、接客はどうみても絶望的、調理もしたことがないだろうし、下手するとつまみ食いで店に損失が出る。悩んだ末に出した結論が、自分で食べる分のパンをオレの監視下で作らせる、だった。
一応ゼフィーさんに確認してみると、ものすごく疲れた顔で「頼む……」と一言だけ言われた。後で胃腸薬でも用意してあげたほうが良いかもしれない。
そんなわけで、オレたちはゼフィーさん宅で絶賛くまさんバーガー用の生地づくり中なわけだ。
結局働いていないじゃないか、という見方もあるし、そんな面倒なことをするぐらいなら、さっさとくまさんバーガーを渡してしまえばいいじゃないかと言う意見もある。しかし、それでは根本的解決にならない。
いくら駄々をこねても働かない限り人間の社会では飯にありつけないと、このわがままのじゃロリエルフジジィに教え込まなければ、また問題を起こすに決まっている。
「生地はこんなもんでいいか。あとは丸めて寝かせて焼くだけだ」
出来上がった生地をまとめ、手のひらサイズにちぎって丸めていく。初めてゼフィーさんとサリィに振る舞って以来、嫌になるぐらいくまさんバーガーを作っていたため、なんだかんだでパン作りもすっかり手慣れてしまった。
「ホントじゃろうな? これで何も出さなかったら本気で泣くぞ!! いいのかっ!!!」
トレットが丸めた生地を凝視しながら何度もオレに確認してくる。
中身がジジイのエセ幼女がいくら泣いたところで痛くも痒くもないが……めんどくさそうだな。
「ああ。案外真面目に働いたから、特別にまだどこにも発表していない料理も食べさせてやろう」
「っ!!!! ホントじゃな!? 本当じゃろうな!!! 約束じゃぞ!!!! 嘘ついたらスライムの巣に放り投げるからな!!!」
トレットの食いつきがすごい。新作、といっても手元にある素材でついでに作るだけの簡単料理だが、嘘はついていない。
くまさんバーガー用のパン生地と、もう一つを窯に入れ、蓋を閉める。焼成の間、暇を持て余したオレはトレットに気になっていた事を聞いてみる。
「なあ、お前なんで可愛いものを特に身に着けてないのに幼女になれるんだ?」
「なんじゃ、藪から棒に。まあ良い、くまさんバーガーができるまで暇だし教えてやるのじゃ。ワシは可愛いを極めておるからな、可愛いものなど身に付けずとも己の可愛さを高めるだけで姿を変えられるんじゃ」
「まじで!!!」
気絶してジジィに戻ったり、気がついたら幼女になったりしていたのでなにかあるとは思っていたが、まさか自分の力だけで幼女化していたとは。
「というか、可愛いものをわざわざ身に着けて可愛くなろうとするものなんぞ人間ぐらいじゃろ」
「そうなのか?」
「当たり前じゃ。人間はもとがまずいから必死で可愛くなろうとしておるが、ワシらはもとがいいからの!!!」
トレットのドヤ顔にちょっとイラッとするが、たしかにトレットを見る限りエルフはむちゃくちゃ美形だ。だからといって可愛いものを身に着けないで始終可愛くなろうと気を張っているのは不便じゃないか? とも思うのだが、この世界ではそっちのほうがスタンダードらしい。
「そういうもんか。じゃあ、人間でも可愛い仕草とかをすればもしかして何も身に着けないくても可愛くなれるのか?」
「理屈の上ではそうじゃが、まず無理じゃな。心身ともに可愛くあり、可愛い所作を極めてこそできる芸当じゃし、今まで人間でそのような事を成し遂げた者なぞワシは知らん」
「心身ともに可愛く、ってのはたしかにハードル高いな……」
美少女になってからならいざしらず、男の姿のままバックにお花畑背負えそうな仕草や心を求められるのはキッツい。少なくともオレには絶対ムリだ。人間以外は可愛いものを身に着けていなくても可愛くなるって事だけ覚えておこう。
もし他のエルフに出会って絶世の美少女だったとしても性別が見た目通りではない可能性があるって事だからな。
「おっと、そろそろ焼けたぞ」
「ほんとうかっ! はやく!! 早くするのじゃっ!!! ワシはもうおなかぺこぺこなのじゃ!!!!!」
「わかった、わかったからよだれ垂らしながらくっつくな。あとサリィとゼフィーさんを呼んできてくれ」
「わかったのじゃ!!! すぐに呼んでくるから、絶対に先に食べるでないぞ!!! 絶対じゃぞ!!!! くまさんバーガーが出来たのじゃー!!!! お前達! 早く来るのじゃー!!!!!」
トレットはものすごい勢いで部屋を出ていった。あののじゃロリエルフ、行動がいちいち幼女っぽいと思っていたが、さっきの話からするともしかしてわざとやっているのか? ……一瞬、イケメンエルフジジィが両手を広げながら走り回る姿を幻視して、慌てて思考を止める。世の中には知らないほうが良い事もたくさんあるはずだ。
くまさんバーガーに具材をはさみ、テーブルに運んでいると、トレットに手を引かれて疲れた顔のゼフィーさんと、事態がよくわからず小首をかしげるサリィがやってきた。
サリィには悪いが、面倒なので旅のエルフが一晩泊まることになったとだけ紹介している。めったに人里に現れないエルフがなぜと言う説明をもう一度するのは、ゼフィーさんの胃にも悪い。
食卓に微妙な空気が漂うが、食事が始まればなんとかなるだろう。トレットは真っ先に席よじ登ると、足をプラプラさせて皆を急かす。
「いただきます」のじゃ!!!」
「ふむ、やはりイオリのくまさんバーガーは一味違うな」
「そうだよね。同じように作ってるのに、イオリが作ると美味しい。なんでだろ?」
ゼフィーさんも、くまさんバーガーを食べて少しは気力が戻ったようだ。初めての時のように人前で見せちゃダメな感じにこそならないが、くまさんバーガーを喜んで食べてくている。オレは料理人というわけではないが、やはり自分が作ったものを喜んでくれる姿というのはいつ見ても嬉しいものだ。
そういえば、本来の主役、くまさんバーガーを所望していたトレットがさっきから微動だにしていないが、どうしたのだろう。
てっきり、うさぎリンゴを食べたときのように奇妙な鳴き声でも上げるものだとばかり思ったのだが。
トレットを見ると、くまさんバーガーの耳にかぶりついたまま、プルプルと震えている。
なんだろう。勢い余ってパンではなく舌でも噛んだか?
「ふ、」
「ふ?」
訝しげに観察していると、突然顔を上げトレットが咆哮した。
「ふおぉぉぉぉぉぉっっっっ! なんじゃこのパンは!!! 黒パンなのに甘くて旨味がすごいのじゃ!!!! 中の具も味がいっぱいなのじゃ!!!! なんなんじゃお主!!!!!!! なんでこんなうまいものが作れるんじゃ!!!!!!!!!」
「なんでと言われてもなあ。思いつきで?」
「こんな可愛くてうまいものが思いつきで出来てたまるか!!!! 人間のくせになんてものを作っておるんじゃ!!!!!!!!」
怒りながらヨダレ垂らして大興奮のトレットは、くまさんバーガーにむしゃぶりつき、あっという間にひとつ食べ終わると、すぐさま次のくまさんバーガーを手にとってかぶりついている。
うるさいしちょっとキモいが、邪魔にならないならまあいいか。というか、あの小さい身体によく入るな。
「さて、今日はデザートがあるんだ」
一人別世界にいるトレットは放っておいて、バーガーを食べ終わったオレはサリィとゼフィーさんに新作のパンを出してみた。
「それって、さっきから気になってたけど、こっちのパン?」
「見た目はリンゴのようだが、なぜわざわざパンをリンゴの形にしたのだ? 可愛くするのであればくまさんでもいいだろうに」
「まあまあ、それは食べてもらえばわかりますよ」
ゼフィーさんが言うように、このパンは丸く焼いた生地に、細長い生地を枝に見立てた棒、かぼちゃの種のような緑の木の実を添えて葉っぱに見立てたリンゴパンになっている。
タネを先に言ってしまえば、中に具を詰めたただの惣菜パンの一種だが、可愛くした分味は良くなっているはず。
勧められるまま、ゼフィーさんとサリィはパンを口に運び……悶絶した。
「父上ぇ!!!! にゃにこれー!!!」
「うぉぉぉぉぉっっ!!!!」
……あれ?
「父上ぇ!! すごいよ!! これ甘くて美味しぃ!!!!」
「サリィしっかりしろ!! こんな口の中で熱々のジャムがとろけているだけ……だけのぉぉぉぉっっ!!!!」
おかしい。甘いパンが食べたいなーと、リンゴジャムを中に入れてリンゴパンにしただけなのに、くまさんパンに慣れたふたりがダメになるほどのものになるのだろうか?
「おぉ……」
首をひねりながら自分でも試しに食べてみたところ、酸味がキツかったリンゴジャムが、甘くトロトロでそれでいてしつこくない極上のソースになっていた。ソースがパンの味を引き立てて、甘味が貴重なこの世界では確かに絶大な威力があるかもしれない。
オレは甘党というわけではないが、この世界に来てから久しぶりに味わう本格的な甘味のあまりの美味しさにちょっと感動した。「砂糖が麻薬レベルの依存性があるんだ!! だから人が糖分を求めてしまうのは仕方のないことなんだっ!!!」なんて力説している友人が昔いたが、これを食べると納得しそうになる。
「なんじゃそれは、……それはそんなにうまいのか?」
見ると、くまさんバーガーを食い尽くし、口元をのソースでベタベタにしたトレットが、物欲しそうにリンゴパンを見つめていた。高貴なエルフというのなら、もう少し見た目を気にして欲しい。
先程のゼフィーさんたちの反応を見ると、トレットには刺激が強いかとも思ったが、流石に死ぬことは無いだろうとリンゴパンをひとつ掴んで頭上で揺らしてみる。
獲物を見つけた子猫のように、身体と視線を揺れるリンゴパンのリズムに合わせたトレットは、椅子から飛び上がりリンゴパンを一口かじると珍妙な雄叫びを上げて気絶してしまった。
「……これ、もしかしてスイーツは当分封印したほうがいいのか?」
くまさんバーガー事件のデジャブを感じながら、オレはひとり今後の対策に頭を悩める事となった。
次回
主人公の料理に魂を鷲掴みにされたのじゃロリエルフと他二人。
禁断の味がもたらしたものは、破滅か栄光か。
伊織の可愛さが今、爆発する――