第26話 タトラさんの秘密
「お久しゅうございます。タトラ様。ああ、立派におなりになって」
駆け寄ってきた女性は、涙を流しながら荷馬車から降りたタトラさんの顔を撫でている。
獣人の年はわかりにくいが、雰囲気からタトラさんよりもかなり年上であることは間違いない。
背はそれほど高くなく、タトラさんと並ぶと肩ぐらい、おれより少し高い程度。耳や尻尾を見ると、タトラさんと同じくネコ系の獣人なんだろう。黄色地に黒い斑模様の入った毛並みで、身体自体は細身なのだが、毛がふっくらしているので、全身を見ると丸い印象を受ける。
タトラさんは拒絶するでもなく、女性の望むままにさせていた。一応、オレたちの事を忘れているわけではなく、視線で申し訳無さそうに謝ってくる。
タトラさんと女性の関係はまったくわからないものの、久しぶりの再会であることは様子から察せられるので、気にしてないと手を降って返した。
ひとしきり再会の包容がすんだ所で、女性はようやくオレたちの存在に気付き、こちらへ視線を移す。
「タトラ様、この者たちはいったい?」
「コド、この方達は私の命の恩人で、今は旅の仲間です」
「ふぅん……」
タトラさんの説明を聞きながら、女性――コドさん? はオレたちを値踏みするように上から下までじっくり見回し、スンスンと鼻をならして匂いを嗅いできた。
どう反応すれば良いのかわからず直立不動で固まっていると、コドさんがピッとオレの鼻先に指を押し当て睨んでくる。
「あんたたち! もしタトラさまに取り入って悪さしようってんならこのあたしが容赦しないからね! よーく覚えておいで!!」
まさかの初対面ガン付け。こんな時、なんて返すのが正解なんだろうか。
「コド!!!」
慌ててタトラさんがコドさんを止めに入る。タトラさん的にもコドさんの行動は非常識だったらしく、大変お怒りのご様子だ。
「しかしタトラ様、あたしはタトラ様が騙されてるんじゃないかと……」
「イオリさんたちはそんな事しませんっ!! そもそもここに来たのだってわざわざ私がお願いして同行して頂いたんです! 無礼は許しませんよ!!!」
タトラさんにがっつり怒られ、コドさんは耳をペタンと垂れさせ肩を落とす。
「はい、すみません……」
「……イオリさん、トレットちゃん。ごめんなさい。コドは優しんですけど、空回りすることが多くて。ほら、イオリさんたちにも謝って!!」
「イオリ様、トレット様、ご無礼をいたしました」
「はあ、」
「うむ」
突然の事が多すぎて、オレとトレットは気の抜けた返事を返すことしかできなかった。
その後、立ち話もなんだからと一旦コドさんの家へ向かうこととなり、荷馬車にコドさんも乗り込み街へと向かう。
街の入口には木製で分厚い門が設置されており、とてもお金がかかっていそうな豪華な浮き彫りで装飾されていた。
門の脇に広がる木製の壁にも可愛らしい装飾が随所に施さていて、街の外観からすでに今までにはない豪華さで尋常ではない場所である事が伺い知れる。
入り口では門番が立ち、厳重な警備がされているのだが、何故かここでコドさんが怒り出した。
「困ります。手続きは正式に行わなければ……」
「何を言ってるんだい!! タトラ様がお戻りになられたってのによそ者と同じ扱いをしようってのか!!! ションベン垂れの小僧どもがふざけたこと言ってるとあんたのその耳と尻尾を引っこ抜いて薪と一緒にくべちまうよ!!!」
牙を向き威嚇するコドさんに震え上がった門番たちは、そのままオレたちを通してしまう。え、良いの? 見た目すごくいかつい門番たちが、コドさんの一喝で獣人でもないオレたちよそ者まで通してしまったんだが。
「ふんっ、なさけないったらありゃしない!!!」
コドさんは頭から湯気でも出しそうなほど怒りながら家へと案内してくれた。
家に着くなりコドさんはタトラさんを椅子に座らせ、足元にかしずく。
「タトラ様、すみません。本来であればお屋敷でお出迎えしなければならないところを、このようなむさ苦しい場所へとお招きいたしまして」
「コド、良いんですよ。私は追放された身。本来であればこの場に居ることすら許されないのですから」
「そのような事おっしゃらないでください!! あたしにとっちゃタトラ様は今でも我が身を捧げるべき大切なお方なんですから!!」
また何やらふたりのやり取りが始まりそうだったので、たまらずオレは声をかける。
「あのー、ちょっと良いですか」
ふたりの視線がオレに注がれた。ちょっと気圧されながら、そろそろ聞いても大丈夫であろうと前々から気になっていた疑問をぶつける。
「タトラさんって結局何者なんですか?」
その質問に、コドさんは呆れた顔でオレを眺めてきた。
「あんた……もしかして何も知らずにタトラ様についてきたのかい?」
「オレはタトラさんから旅商人だって聞いてたんですけど、それが違うのはわかりました」
「それじゃあ、あんたはほんとに何も知らずについてきたのかい?」
「ええ、まあ」
話を続けるたび、コドさんは眉を寄せオレをじっくり観察してくる。
何故面接のような感じになっているのか。
「そうかい、まあ良いだろう。タトラ様はね、このサファラ帝国を治める7氏族がひとつフィルデの長、レオ=フィルデ様のご息女だよ」
その言葉に、思わずタトラさんを見てしまう。
「……マジで?」
「はい」
タトラさんはコクリと頷いた。
次回
明かされた獣人娘の秘密。
獣人娘の過酷な運命に主人公は何を思うのか。
伊織に告げられた獣人娘の過去とは――




