第23話 真っ赤な果実
街を覆う石造りの壁を見た時からわかっていたが、獣人帝国の街はかなり栄えているようだ。
日ももうすぐ暮れようと言うのに、市場ではせわしなく人が行き交い、品物も山のように溢れている。
街並みも、人の数も、売られる品々を見ても、田舎であったトレリスの街と比べ、ここは非常に都会だと言える。
そういえば獣人王国もかなり栄えていたし、この世界ではやはり種族的に可愛い獣人が一番力を持っているのだろうか。
市場を散策していると、ふと視界の端に赤い実が止まった。
慌ててその実に駆け寄り手にとって、オレは思わず天に掲げて喜びの叫び声を上げてしまう。
「おぉぉっっっ!!」
「なんじゃ、急に走り出して……」
「トマトですか……。酸味のある実で、好きな人は好きですけど、好みは別れる味ですねぇ」
後から遅れてきたタトラさんが、トレットに赤い実の説明している。
見た目からして間違いないと思っていたが、やはりこれはトマトらしい。
この世界では何故か普通に日本語が通じるし、食物に関しても見たことのないものに混じって馴染みのあるりんごやらいちごやらがあるのだが、トマトは今まで見たことが無かった。
米も海の向こうでしか栽培されていなかったし、どこかにあるんじゃないかと思っていたが、まさかこんな所で見つけるとは予想外だ。
トレットにトマトの解説をするタトラさんの表情はあまり浮かなし、話し方から察するに、あまり好きではないようだ。
「おっちゃん、ひとつ貰うよ」
「はいよ」
店主のおっちゃんに小銭を渡し、さっそく味見でひとつ食べさせてもらう。
ちゃっかりトレットもトマトを手にしているが、おっちゃんが気にしてないということは、渡した小銭で十分ということか。
ひとくちかじると、口いっぱいに広がる青臭さとえぐ味と酸味、それにほのかな甘味。
日本で食べたトマトに比べると、生食ではそれほど美味しいものではないが今のオレにとってはトマトというだけで価値がある。トマト自体はそこまで好きではないが、トマトが手に入るなら久しぶりに食べたい料理はいくらでも出てくるのだ。
ちなみに、隣でトマトをかじっていたトレットは、なんとも微妙な顔になっていた。まあ、単体ではこのトマトあまり美味しくないからな。
オレは満面の笑みでトマトの山を指差し、おっちゃんに言う。
「これ全部ください!!!」
「そいつはありがたいが、良いのかい?」
「えぇ!! イオリさん本気ですか。トマトってそんなに日持ちしませんよ!?」
「こんな物を買ってどうするつもりじゃ!?」
オレ以外の全員が驚きの表情で見てくるが、気にせず代金を支払い、山盛りのトマトをゲットした。
そのまま市場の近くに宿を取ると、オレは鼻歌交じりにトマト料理に取り掛かる。
「むぅ、それが夕飯になるのか……」
「どうなんでしょう……」
嬉々として料理するオレとは対象的に、トレットとタトラさんの表情は浮かない。
ふたりとも生のトマトの味しか知らないので仕方ない事だが、トマトを売ってくれた店主のおっちゃんの反応も似たりよったりだったので、この世界でのトマトの扱いはこんなものなんだろう。実にもったいない。
「ふふふふーん♪」
オレはトマトを刻み、鍋に放り込むと形がなくなるまで煮込み塩で味付けをする。
そのままでは好き嫌いの激しい食べ物が、誰でも食べられなくはない味に変わった程度だが、仕上げに美味しくなる魔法をかければ極上のトマトソースに早変わり!
オレは大量に作ったトマトソースを保存用の容器にどんどん詰め込んでいく。
「おい、今日はそれを食べるのではないのか?」
「ああ、食べるぞ。先に保存用を分けてるだけだ。ほれ、味見」
「色は綺麗じゃの……ふむ。味も生の時よりも美味しくなっておる……」
「うーん、美味しいですけど、わざわざトマトを使わなくても他の食材でもこれぐらい美味しくはなるんじゃないですか?」
オレが差し出した味見用のトマトソースを舐めながら、ふたりは腑に落ちない表情で首をかしげる。これだけでもおそらく一般人なら大喜びの味なのだが、毎食オレの美味しくなる魔法入りの食事を食べて舌の肥えているふたりには今一つらしい。
「まあ、これは素材ですからね」
オレにとってもこのままではただのトマトソースでしか無いので、米を炊く時一緒に入れたり、茹でた上がった麺をトマトソースで炒めたり、オムレツにかけたりとじゃんじゃん使っていく。
いつもより品数が多いが、せっかくのトマト料理なのだからが色々食べたいのだ。オレが。
皿に山形に盛り付けたトマトライスにナポリタン、オムレツ……と色々盛り付けて、最後にトマトライスの上へ小さな旗を立てれば完成。
「はい、おまたせ」
「ふぉぉぉ!!!! なんじゃこれはぁぁ!!!!!」
「わぁ、可愛いです!!!」
出来上がったそれを見て、ふたりは歓声を上げる。
トマトソースを多用したため、全体に的に真っ赤になってしまったが、まぎれもなくそれはお子様ランチだった。
せっかく色々作ったので、盛り付けを作った料理に合わせてお子様ランチ風にしたのだが……なぜかトレットの反応が以上に高かった。
「おぬっお主!!! これはなんじゃ!!!!」
トレットが興奮気味に何度もお子様ランチとオレを交互に見ている。やっぱ幼女の姿だと感性も子供に近くなるんだろうか。
「お子様ランチ。良いから食べるぞ。トマトが嫌いなら別の……」
「これはワシのものじゃ!!!」
冗談で皿を下げようとしたら出した手を思いっきり叩かれたうえ、牙を向いて威嚇された。
どんだけお子様ランチに執着してるんだこののじゃロリエルフ。
次回
主人公の思いつきで作られたお子様ランチは、のじゃロリエルフの心を捉えた。
次々と襲いかかる味の衝撃にのじゃロリエルフの心は耐えられるのか。
伊織のデザートがのじゃロリエルフにとどめを刺す――




