第22話 癒やしの天然羽毛
獣人帝国への移動中、タトラさんには荷馬車の上でなく、ぴーちゃんの背中に直に座ってもらった。
傍目にも寝不足であることが丸わかりの状態だったので、ぴーちゃんの羽毛布団のリラックス効果に頼ってみたのだ。
結果としてこの判断は正しかったようで、タトラさんは移動後まもなく寝息を立て始めた。
獣人帝国の方角は事前に聞いているし、トレットは召喚獣のぴーちゃんと視覚を共有しているから、まったく見当違いの方向へ行くことは無いと思う。
誤算だったのは、ぴーちゃんの羽毛に包まれたタトラさんの眠りが思った以上に深かったことだけ。
ぴーちゃんの活動限界が来て地上に降りた後も、タトラさんは体を丸めてすやすや眠りこけて起きる様子がない。
周囲には平原が広がり、他になにもないが代わりに危険な魔物の気配も無いので、休憩場所としては最適かもしれない。
タトラさんを寝かせたまま、オレは荷馬車か降りて食事の準備に取り掛かる。
空腹でよだれを垂らしながらうずうずとせわしなく動くトレットに、今どのへんにいるのか尋ねてみた。
「もう獣人帝国の領土には入ったのか?」
「おそらくじゃがの。地上に降りる時、大きめの街らしきものが見えたのじゃ。おそらく馬車で一日ほどなのじゃ。辺りには視界を遮る木々もあまりないから、ここからは荷馬車で移動したほうが良さそうじゃの」
スラスラと答えるトレットを見て、オレは思わず呆気にとられてしまった。
「……」
「なんじゃ」
「いや、お前もちゃんと考えて行動することがあるんだと思って」
オレの言葉に、トレットはブチ切れて食って掛かる。
トレットの怒りはもっともなのだが、普段からこういった機微に無頓着なやつがまともな思考で行動すると驚いてしまうのも。また仕方がないことだろう。
「はぁっ? ケンカを売っておるのかお主!!!」
「すまんすまん。ちょっと驚いただけだ」
今は無駄な争いをするつもりはないため、トレットにできたての保存食のスープを差し出しなだめる。
スープを受け取り、怒りのままかっ込みむトレット。
「まったく、ワシをなんだと思っておるのじゃ。明日は早めに出発して、必ず街の中に入るのじゃぞ」
「いいけど、どうしてだ?」
「食料が心もとないではないか。それに、獣人帝国の食材を手に入れればお主はまた新しい料理を作りじゃろ?」
あ、本命はこれか。つまり、こいつはおいしい料理を食べるために普段働かせない知恵を働かせていただけか。
原因がわかると何のことはない、いつもの残念のじゃロリエルフのままだった。
一瞬でものじゃロリがまともになったのでは、と思ってしまった自分の甘さに呆れてため息をつくと、トレットの隣りに座ってスープをすする。
結局、その日はタトラさんは一度も目を開けること無く眠り続け、翌朝の朝食の準備の最中にやっと目を覚ました。
「むにゃ……はっ!!! あれ、ここは……あたし寝ちゃってました?」
「おはようございます。一日中寝てたんでちょっと心配してましたけど、その様子なら大丈夫そうですね」
「え、そんなに寝てたんですか!?」
口元のよだれを拭きながら、慌てたタトラさんがきょろきょろ辺りを見回して時間のギャップを埋め用としている。
オレは笑いながらスープを手渡し、トレットの提案を伝えた。
「ははっ、これでも飲んで落ち着いてください。トレットが獣人帝国の街らしき所に行きたいって言ってるんですけど、問題ないですか? ここから馬車で一日あるかないかの距離らしいです」
「はい、それは問題ないです」
そう答えながら、タトラさんは余程腹が減っているのか、スープをフーフーと良く冷ましながら、結構なスピードで飲んでいる。昨日はほぼ一日何も口にしていないのだから無理もない。
おかわり用のスープを注ぎつつ、オレはそう言えばタトラさんから獣人帝国のどこへ向かうのかまだ聞いていなかった事を思い出す。
タトラさんの様子は、一刻を争う切羽詰まった状態というわけでもないみたいだから街で買い物でもして落ち着いてから聞けばいいか。
朝食を済ませたオレたちは、ファべの引く荷馬車に乗り、街を目指す。
トレットが示す方角へ進んでいると、日が暮れる前には石造りの立派な壁に囲まれた場所へ到着する。
壁の入り口には獣人の門番が立っているし、ここが獣人帝国の領土であることは間違いなさそうだ。
街の入り口で、例によってオレとトレットはタトラさんの奴隷と言うことで通す。
自前のシッポや耳を持つことで何もしなくても可愛い獣人にとって、他の種族は差別対象となる事が多い。
タトラさんのように他の種族に公平に接する者のほうがどちらかと言えば稀なのだ。
無用な諍いを起こさないためにも、タトラさんをご主人さまとするなんちゃって奴隷で居るほうが獣人の街では活動しやすい事を獣人王国であるパーズー王国でオレたちは学んでいた。
獣人帝国でも他種族への扱いは違いは無いようで、門番はオレたちを一瞥すると興味なさそうに手で追い払う。
獣人の態度に思うところはあるものの、いちいち気にしていたら獣人の国では活動できないし、何よりもオレたちの前には獣人帝国の見たこともない街並みが広がっているのだ。
やはり、初めて訪れる場所というのは何度体験しても心がおどるもので、自然と足取りも軽くなる。
そして、オレたちは誰に確認を取るでもなく、皆吸い寄せられるように市場へと足を運んでいた。
次回
獣人帝国の街へと足を踏み入れた主人公。
そこで見つけた食材とは。
伊織の料理にのじゃロリエルフは歓喜する――