第21話 獣人帝国へ
ゼフィーさんたちと別れ、オレたちはまたあてのない旅生活へと戻ることになる。
ガーデニア王国からの呼び出しから逃げて始まった旅であるはずなのだが、なぜようやく戻ってきたと思ったら前以上に厄介な状況に陥っているのか。
今までならば呼び出しは受けたが、一向に顔を出さない不敬の輩程度だったのに、今回は国の軍隊相手にやらかしてしまったため、しばらく……というか、最悪正攻法では二度と国内へ足を踏み入れられないかも知れない。
トレリスの街は王国の中でも田舎だし、変装すればもしかしたら潜り込むことぐらいはできるかも知れないが、騒動を起こした直後ではそれもやめておいたほうが良いだろう。
当然、旅をするのであれば王国からは早めに脱出するべきだし、今は国境線の目と鼻の先。移動は容易いものの、その先は隣国に通じているため一時的に足を踏み入れるにしてもなるべく早く通過して別の地を目指すべきだろう。
ここで地図なり周辺の地理の知識なりがあれば、とりあえずの目標を作ることができるのだけれど、もちろんそんな知識も地図もオレは持っていない。
「さて、どこに行こうか」
「なんじゃ、獣人王国へ戻るのではないのか?」
頭を悩ませるオレに意外そうにトレットが尋ねてくる。
たしかに、獣人王国の旅の途中ではあったのだが、獣人王国もその場の成り行きと言うか、道の延長線上にあったから選んだところがあり必ず戻らなければならないと言うわけでもない。
第一、ここからではトレットがぴーちゃんを召喚したとしても王国を横断して戻らなければならないわけで、僅かな時間とは言え王国に滞在するリスクを考えるとあまり気が乗らない。
「隣国から獣人王国へ向かう道があればそれでも良いんだが、王国を今移動するのはちょっとなぁ」
「それは自業自得じゃろ」
呆れ顔のトレットに突っ込まれるが、反論できない。
国境線での出来事は、昨日の夜時間があったので説明してある。くまさんバーガーと美味しくなる魔法で軍隊ふたつを壊滅させたと聞いてトレットは寝るまで腹を抱えて大爆笑していた。
「ぐぅ、」
「ふふんっ!」
トレットに文句を言った所で事態が好転するわけでもなく、ぐうの音ぐらいしか言い返せない。
そんなオレの姿を見て、トレットは勝ち誇ったように笑った。
他の者ならいざしらず、残念のじゃロリエルフに笑われるとなんだか異様に腹が立つ。
オレたちが不毛なやり取りをしていると、それまでずっと黙っていたタトラさんが、切羽詰まった表情でオレたちに話しかけけてきた。
「……イオリさん、トレットちゃん! お願いがあります。あたしとサファラに、獣人帝国に行ってくれませんか?」
タトラさんはそれ以上多くを語らなかったが、昨日の態度を見ればなにかしら獣人帝国とタトラさんの間に、なにかしら関係があることは間違いない。
「理由は……言えないみたいですね」
オレの言葉にタトラさんは耳を垂れ、俯いてしまう。
昨日オレから獣人帝国の話を聞いてからずっと悩んでいたのだろう、いつもより毛の艶が悪く、よく見ると目にくまもできていた。
「ごめんなさい。でも、このままじゃきっと大変なことになります。あたしひとりで止められればいいけど、そんな力は無いから……」
こんなに元気のないタトラさんを見るのは初めてかも知れない。
それだけ獣人帝国の問題はタトラさんにとって大きな事なんだろう。
本来なら平穏を愛するオレとしては厄介事は避けたいし、理由を聞かないうちからそこはかとなく今まで以上に面倒な事になりそうな気配が満載ではあるのだが、オレの答えは初めから決まっている。
「良いですよ。トレットも良いよな」
「うむ、問題ないのじゃ」
「きゅぴー!」
オレの言葉に、トレットもあっさり頷く。ついでにオレの頭に乗っていたマオも元気よく鳴いた。
今までオレの都合で散々振り回してきたのだ。たまにはタトラさんのわがままに付き合うのも悪くない。
「イオリさん、トレットちゃん……っ!!!」
タトラさんはオレたちを抱きしめ、ちょっぴり涙を流す。
タトラさんのぬくもりやら、涙やらで色々と照れくさくなり、抱きしめられた腕から抜け出すとオレは頬を叩いて気合を入れ涙を拭くタトラさんに道案内を頼む。
「さあ、そうと決まれば行きましょう。道案内は頼めるんですよね? 移動はトレットがぴーちゃんを召喚するにしても、方角がわからないとたどり着けませんから」
「うむ、任せるが良いのじゃ」
タトラさんの胸に埋もれて姿が見えないが、トレットもおそらくふんぞり返って快諾しているような声が聞こえた。
「はいっ、任せてください。ぴーちゃんの移動速度なら隣国を通って帝国領土に入るまで一日もかからないと思います」
おお、隣国にも滞在する必要が無いなら丁度いいじゃないか。
オレたちはトレットの召喚した巨大シマエナガのぴーちゃんに乗り込み、獣人帝国を目指すこととなった。
次回
獣人娘の願いで獣人帝国へと向かう主人公一行。
新たな土地で触れる品々に、彼の心は踊る。
伊織の心をつかんだものとは一体――




