第12話 中間管理職はつらいよ
「それで、何が起こったんだ?」
ゼフィーさんは沈痛な面持ちでこちらを見る。見た目はきれいで可愛いおねーさんなのに、その仕草は年季の入った中間管理職のおっさんそのものだ。
結構苦労が多いんだろう。……などと一人勝手に納得していたら、ジト目で睨まれた。なぜだろうか。
のじゃロリエルフを物理的に説得した後、駆けつけてきたゼフィーさんによって兵士の詰め所へと連行された。今は詰め所の一角にある事務室の机を囲み、ゼフィーさんが正面に、オレとのじゃロリが隣り合って座っている。
連行途中に気がついたのじゃロリは、どうやったのか一瞬でイケメンジジィから幼女へと変身して逃亡を図ったが、ピコハンをちらつかせるとおとなしくゼフィーさんの指示に従った。オレの説得は効果があったようだ。
「何って言われてもですね、屋台でくまさんバーガーをかっぱらおうとしていたこの変態エルフをオレが説得して……」
「変態エルフとはなんじゃー! ワシにはトレット=タルという高貴で愛らしい名前があるんじゃ!!! それにあれが説得なわけあるか! 見たこともない可愛い武器で思いっきり頭をどつきよって!! 死ぬかと思ったわ!!!」
「エルフを一撃」
ゼフィーさんの頬が何故かひくついて沈痛な面持ちがより深くなった。確かに暴力に訴えたのは良くなかったかもしれないが、あの場では最善の判断だったと今でも確信している。
「少々荒っぽい説得法だったかもしれませんが、普通の話し合いではコレが聞く耳も持たなかったし、仕方なかったんです」
「いや、私が言いたいのはそこではないんだが。とにかく、屋台でのおおよその事情はわかった。して……」
ゼフィーさんは姿勢を正し、街を守る騎士としての顔になった。先程までの哀愁ただよう中間管理職のオーラを完全に吹き飛ばし、凛としたできるおねーさんの立ち居振る舞いとなっている。見つめる先は変態のじゃロリエルフもとい、トレット。
「……トレット殿は人里に何をなさりに来たのですか? まさかエルフがなんの用もなく人の街に来ることなど考えられないのですが」
ゼフィーさんの言葉に、思わずオレも喉を鳴らす。たしかに、それなりの期間街で暮らしていたけれど、エルフと出会ったのは今日がはじめて。普段から人と交流が無いというのであれば、よほどの理由がなければエルフが人里に降りてくる事などないだろう。
「おお、そうじゃそうじゃ。ワシはな、噂で聞いた新しい料理を食べに来たんじゃよ。お主はこの小僧よりも話がわかりそうじゃな。ワシにくまさんばーがーとかいうのをくれ」
……トレットは、あっけらかんと緊迫した雰囲気をぶち壊す。せっかく騎士の顔になっていたゼフィーさんなど、あまりのくだらなさで固まったまま動かないじゃないか。
「…………えーっと………用事はそれだけですか?」
「それ以外に何があるというのじゃ」
「エルフでも手に負えないモンスターが森に出たとか、」
「エルフの手に負えないモンスターなぞ、人間ごときがいくら集まったところで足手まといにしかならんわ」
「謎の疫病が発生……」
「エルフは滅多なことでは病にかからんし、人間がはやり病でどうしようもなくなったときなぞ、逆にエルフを頼ってるではないか。そんなこと子供でも知っとるじゃろ」
言葉を重ねる度、ゼフィーさんの肩がずり落ちていく。気持ちはわかる。街の一大事だ思って身構えたらコレだもんな。
「わかったらばーがーを出すのじゃ、ばーがー!!! ワシはおなかぺこぺこなんじゃー!!」
「いや、無理だろ」
「なんでじゃ!?」
机に突っ伏して使い物にならないゼフィーさんの代わりにオレが突っ込むと、トレットが驚愕の表情でこっちを振り向いた。近い近い。
食って掛かる幼女の小さな頭を片手で抑え、オレは人間の常識を順番に教えてやる。トレットは腕を振り回して抵抗するが、リーチの差は歴然で、一撃もオレには届かない。
「だってお前、金持ってないんだろ?」
「ああ、」
「さっきの話からすると、人間と取引することはあるみたいだから、エルフにも金を持ってる奴は居るわけだ」
「商人をやっておる物好きならそうじゃな」
「でもお前は持ってない」
「うむ。偉大なエンシェントエルフがそのような些事に関わることなどないからなっ!!!」
抵抗が無駄だとわかったのか、はたまたただ単に疲れただけか、暴れるのをやめて頭でグイグイとオレの手のひらを押しながら胸を張るトレット。器用なやつだ。
「じゃあやっぱり無理じゃないか」
「だからなんでじゃー!!!!!!」
テンション高いな、このエセのじゃロリエルフ。すぐにわかれと言っても難しそうなので、オレは根気よく説明を続けた。
「くまさんバーガーは売り物だから、金が無いと食えない」
「ではその金をよこすのじゃ!!!」
「金は働かないと手に入らない。食べたければ日雇いでもなんでもして金を用意しないとな」
「ワシはエルフじゃぞ!?」
「エルフでもモンスターでも神様でも、働かざるもの食うべからず」
「ぐぬぬぬぬ……ええい、もうよいっ! お主などと話しても埒が明かん!! 屋台で……いや、いっそくまさんばーがーを発明したという人間に作らせてやるのじゃ!!! そこをどけ!!!!」
たしかに、街の名物となったとはいえ、くまさんバーガーは出来てから日が浅い。屋台の味もなかなかのものだが、隠し玉をいくつも持つ発明者なら、最高のくまさんバーガーが食べられるだろう。
発想は悪くない。しかし……
「それも無理だな。絶対に無理」
「なぜお主にそんな事がわかる!!!」
「だって、くまさんバーガー発明したのオレだもん」
トレットはこの世の終わりでも来たかのような顔でオレを見つめてきた。
次回
はじめての労働に戸惑うのじゃロリエルフ。
苦労の末手にする至上の味は、その心にある決意をさせた。
伊織の料理が歴史を動かす――