第16話 静かな激怒
目を回して倒れ込んだ幼女将軍と、疲弊しているもののしっかりと立つオレ。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
「まさかブルニア将軍が敗れるなどっ!!」
「トレリスの白銀鬼と呼ばれた将軍が!?」
「ばかなっ!! 常勝無敗の暴風、ブルニア将軍だぞ!!!」
野次馬の兵士たちは、幼女将軍の勝ちを疑っていなかったんだろう。大番狂わせの結果に驚きの声を上げている。
というか、どんだけ物騒な通り名をもってるんだあの将軍。
さて、なんだかよくわからないうちに対決させられ、勝ってしまったがこれからどうしたものか。
オレが幼女将軍を眺めていると、可愛らしい鎧に身を包んだ騎士風の幼女たちが将軍との間に割って入る。たしか将軍護衛の騎士っぽい人たちだっけか。
「貴様、将軍になんという無礼を!」
「大丈夫ですかブルニア様! しっかりしてください!!!」
「おのれ、ブルニア将軍を手に掛けるつもりなら、次は我らが相手となるぞ!!!」
将軍の護衛らしい騎士幼女たちが好き勝手にそんな事を言いながらオレを睨んでくる。
オレだって危なかったから必死で戦っただけだと言うのに、なかなか理不尽な対応じゃないか。
「待てって、対決はそっちの将軍が言い出したことだろ。それに、将軍が無傷なら良いんだろ?」
殺気立つ近衛騎士たちを手で制し、オレは幼女将軍に回復魔法をかけてやる。
「痛いの痛いの飛んでけー」
幼女騎士が間に入っているためうまくいくかわからなかったが、発動した回復魔法はふよふよと柔らかな光となって将軍へ飛んでゆきその小さな体を包み込んだ。
光が消えると、将軍は頭を振りゆっくりと上半身を起こした。
その姿を見た幼女騎士たちの安堵のため息が聞こえてくる。
「む、これは……。そうか。俺はお前の攻撃に耐えきれず……よもやこれほどの可愛さを持つとは。私の完敗だ」
自分の周りに集まる幼女騎士たちの顔を見て呆けていた将軍だが、オレとの戦いを思い出したのか瞑目して己の敗北を認めた。
脳筋で何もかもぶっ飛んでいるが、将軍の性根は腐っていないらしい。
幼女将軍はふらつきながら立ち上がると、オレの手を取り高々と上げる。そして、その場に集まる兵士たちを見回し、オレの勝利を宣言した。
「皆のものっ! 我を打倒したこの勇者に盛大な祝福を!!!」
一瞬の沈黙の後、大歓声が上がる。
割れんばかりの歓声の中、将軍はオレの取り握手を求めた。
これ以上無理難題を突きつけられることもないだろうと、オレは差し出された手を握り返す。
「俺が完敗するなどいったい何十年ぶりだろうか……それで、お前は俺に何を望む? 俺を倒したのだ。ただ称賛を送るだけでは気が済まん」
申し出はありがたいが、別段欲しい物などなにもないし、面倒だからこの将軍とこれ以上関わり合いになりたくないというのが正直な感想なんだが……。
そこでオレはサリィの顔を思い出した。元はと言えばサリィの願いでここまでやってきたのだ。少しでもその願いが叶うよう、将軍の力を借りるとしよう。
「別に何も……と言いたいところだが、そうだな、ゼフィーさんたちが早く帰れるよう、気にかけてもらえばそれでいいさ。ゼフィーさんの娘さんからその事を頼まれてたんだ」
「娘の願いか……。ふむ」
オレの言葉に将軍は顎に手を当て考え込んでしまう。
軽いお願いのつもりだったのに悩みこむ将軍を見てそんな無理難題だったかと首を傾げたオレは、はたとお願いの内容を勘違いされたのではと考え慌てて付け加えた。
「別に今すぐ帰してくれってわけじゃない。目の前に他国の軍隊が陣取ってるのが問題なんだろ? 相手が軍を引くなりなんなりで事態が落ち着いて、もし帰る順番があればすこし優先してくれればそれで良いから」
いかに早くと言っても、軍隊の規律を破ってまで通せとは言うつもりはまったくないし、そんな事で任を解かれても、今度はゼフィーさんが納得しないだろう。
「いや、そうか。今ならたしかに可能だな。うむ! そういう事ならすぐにでも帰せるだろう」
「本当に!?」
以外にも将軍はあっさりとオレの願いを聞き入れてくれた。
さっきまで悩んでいたのにそんな簡単に決めてしまって大丈夫なんだろうか。
「お前のような強者がいれば、あのような輩恐れるに足らんしな」
ん? 今なんて言った?
オレが言葉の意味を確認するよりも先に、幼女将軍は集まった兵士たちに向かって声を張り上げる。
「皆のものよく聞け!!! 我らは明日総攻撃をかける!!! 何、心配することはない!! 我らにはこの白銀鬼と我を倒した勇者がいる!!! この者の力は先程そなたたちが見たとおりだ!!! これほどの勇者が合力してくれれば、必ずや隣国のネズミ共を駆逐できるだろうっ!! 決戦だっ!! 勝機は我らにあり!!」
「はぁ!?」
なんでそうなる!? 何を勘違いすれば早くゼフィーさんを帰して欲しいってお願いが隣国の軍をぶっつぶせって変換されるんだ。
オレの動揺をよそに、兵士たちからは雄叫びが上がった。
「「「「おぉぉぉぉっっっっっ!!!」」」」
「ちょっと待てぇぇっっ!! オレは隣国と戦うなんて言ってないぞ!?」
「なに、お前と俺がいれば敵の千や二千ものの数ではない。我らの勝利は約束されたも同然だ!!」
だめだ、このおっさん幼女人の話聞いちゃねぇぇっっ!!
「ちょっ、オレは戦いに加勢しに来たわけじゃなくて……」
「ガーデニアバンザイ!!!」
「我らに勝利を!!!」
オレの言葉に耳を貸す者は誰もいない。ふつふつと今まで溜まっていた怒りが身体の中で湧き上がっていくのを感じる。
まったくどいつもこいつも……隣国だってそうだ。なんで急に侵攻してきた。侵攻したいならさっさと宣戦布告するなり、何かがほしければ先に要求を通達するなりすれば良いものを、何も言わずに軍だけ国境線に置いておくから面倒なことになるんだ。
溜まりに溜まったオレの鬱憤は、そのままバカな戦を始めようとする隣国と、それに乗って自分から戦争に足を突っ込む王国軍に向いた。
一度火のついた怒りは自分でも抑えようがないほど燃え上がる。
……よし、潰そう。こうなったらふざけた軍隊なんて両方完膚なきまでにぶっ潰して二度と馬鹿な考えを起こせないようにしてしまおう。そうしよう。
しかし、武力でぶっ潰しただけじゃ、どうせまた同じような面倒事を起こすに違いない。たとえ両軍に被害が出て、隣国の軍が引いたとしてもこの調子だと王国軍が勝利したと言い出す可能性もある。ここは、完膚なきまでに心を折ってやらないと。
オレは両軍の壊滅を心に決めると、策を練り始める。
そして、敵軍打倒に湧く幼女将軍たちを尻目に、事態についていけず突っ立っているゼフィーさんの肩を鷲掴み、にっこり笑ってお願いをする。
「ふふふ……ゼフィさん、オレに考えがあるんでちょーっと力貸してもらえます?」
満面の笑みでお願いするオレに、若干引きながらゼフィーさんは無言で何度も首を縦に振りながら快く協力を引き受けてくれた。
なぜか隣りにいるタトラさんがシッポを丸め震えているが、何か怖いものでも見たのだろうか。
次回
度重なるストレスが爆発した主人公。
果たして主人公が両軍壊滅のためにとった秘策とは。
伊織の怒りが両軍を恐怖に陥れる――




