第10話 サリィのわがまま
「サリィは街で待っていて……」
「絶対嫌っ!!」
オレたちは旅の支度を済ませ、ゼフィーさんが居るという国境線まで向かおうとしたのだが、出発の直前サリィが駄々をこね始めてしまう。
オレとしては仮に戦闘が始まっていないとしても国同士がにらみ合いをしている物騒な場所へサリィを連れて行く気は毛頭なかった。
しかし、サリィは自分も一緒に行けると信じていたらしい。どおりで旅の準備を熱心に手伝ってくれていたわけだ。
とは言え、行きたいと言われて気軽に連れていけるような場所でもなし、どうしたもんか。
多少強引にサリィを気絶させて置いて行くと言う手も考えたが、ひとりで街を飛び出しオレたちを探した前科がある以上、納得させずに置いていくわけにもいかない。
「お願いイオリ、連れて行ってくれたら他に何もわがままは言わないから……もうひとりで待ってるのは嫌なのっ!!!」
「そうはいってもなぁ」
鬼気迫るサリィの姿に、絆されてしまいそうな自分がいる。いや、でもここで折れて万が一サリィに何かあったらそれこそ後悔しても後悔しきれないことになるぞ。
やはりここは心を鬼にしてきっぱりダメだとわからせなければ……。
「連れて行ってやれば良いではないか。サリィの面倒はわしが見てやるのじゃ」
せっかく決意した心を、傍で見ていたトレットが早々に挫いてきた。
「トレットちゃんっ!!!」
サリィはトレットに抱きつき、トレットもサリィの頭を撫でている。
くそ、これじゃあオレが悪者みたいじゃないか。
ちなみに、タトラさんはと言うと、どちらに肩入れするでもなく、しっかり話し合って答えを出しましょうという中立の構え。
本当は数的にオレの味方をしてもらいたいところだが、サリィ側に回らないだけありがたいと思おう。
頭をかきながら、ふたりに増殖した説得対象へ向き直り、オレは口を開く。しかし、トレットはそれに先んじて妥協案を提案してきた。
「しかしだな……」
「なにも戦場へ連れて行くとは言っておらんじゃろ。王国の軍が陣を貼る手前の村かなにかで待つだけなのじゃ。もしサリィが勝手に抜け出そうとするようならわしが力づくで止めるのじゃ。サリィもそれで良いな?」
「う、うん……」
不承不承、サリィは頷いた。
たしかに、それなら隣国の軍隊と向かい合う陣地より安全だろうし、サリィが暴走する危険も少ないかも知れない。目の届かないところでトラブルが起きるよりは気が楽か。
「うーん。途中までだぞ。もし戦闘が起こってたら戦場はもちろん、近隣の村にも近づけさせない。必ずトレットと一緒に待ってるんだ。約束できるか?」
「……うん」
念の為、サリィにもう一度確認して了解を取ると、オレはもろもろ溜め込んだ感情とともに深いため息を吐き出し、トレットの案に乗ることとした。
「わかった、それで行こう、トレットたのむ」
「任せるのじゃ!」
トレットは召喚魔法の詠唱をはじめ、程なく出現した巨大シマエナガのぴーちゃんの背に乗り、オレたちは国境線を目指し飛び立つのだった。
◆◆◆
「それじゃあ、ふたりはここで待っていてくれ。トレット、くれぐれもサリィの事を頼んだぞ」
「ええい、しつこいのじゃ。わしがヘマなどするわけ無いじゃろう。はやくゼフィを見てくるのじゃ」
もう何度目になるかわからないやり取りにうんざりした様子でトレットがシッシッとオレを手で追い払う。
ぴーちゃんの背に乗って2日。国境線にほど近い村から少し離れた森に着陸したオレたちは、オレとタトラさん、トレットとサリィの二組に分かれる。
トレリスの街での失敗を繰り返さないため森へ降りたので、おそらく村人がパニックを起こしている心配もないはず。
「イオリ、父上の事お願い。タトラさんも危なくなったら逃げてね」
不安げなサリィは、スカートの裾を握りしめオレたちを見つめる。
少しでも不安を和らげてやろうと頭を撫でて、なるべく明るく笑いかけた。
「わかってるって。そんな心配そうな顔するなよ」
「大丈夫、なにがあってもイオリさんなら解決してくれますよ」
タトラさん、無闇にハードルを上げるのはやめてください。
「……絶対に、とは言い切れないけど、できる限りの事はするよ」
ここで任せとけ! オレが絶対ゼフィーさんを連れてくるぜっ! みたいな事を言えたら格好いいのだろうが、そんな向こう見ずで青臭いセリフ、恥ずかしくて言えない。
精一杯サリィを元気づけるよう考えてもこれが限界だった。
「ううん。イオリなら父上をきっと連れて帰ってきてくれるって信じてるから……」
しかし、なぜかサリィまでタトラさん同様にハードルを上げてくる。期待してくれるのは嬉しいのだが、あまりに純真な想いを向けられると自分の情けなさが際立って辛いのでほんとやめて欲しい。
ともあれ、サリィとトレットに見送られながらタトラさんとファべの引く荷馬車に乗って揺られること更に1日。オレたちは国境線に広がるガーデニア王国の陣にようやくたどり着いた。
「お前たち、何者だ!!!」
陣の端で兵士に見咎められ、槍を向けられた。
一瞬心臓が跳ね上がるが、槍を向けられるのもそろそろ一度や二度じゃない。下手に騒がず、荷馬車から降りて低姿勢で用意していたセリフを兵士の人に語る。
「はい、私達はトレリスの街から領主であるブラン様から話を受けてやってきた旅商人でして、トレリスの騎士ゼフィー様にお会いしたいのですが……」
これは完全に嘘というわけではない。ブラン様に話を聞いたのは本当だし、ゼフィーさんに会いたいのも本当。ちょっとブラン様からなにか命を受けてやってきたかのような、誤解を受けそうな言い回しをしているだけだ。
オレの言葉に兵士の人はさっさと槍を下ろし、親指で少し先にある大きな道を指した。
「ああ、あのパンの。そっちは正規の道ではないだろう。商人ならあちらから中に入れ」
パン? よくわからないが、ここはおとなしく言うことを聞いておいて方が良いだろう。
タトラさんに合図をし、荷馬車の示された道へと向けると、兵士の人は思い出したようにオレに声をかけてきた。
「すみません、道に迷ってしまったもので、それでは失礼します」
「そうだ、トレリスの商人なら積み荷は食材だろ! 夕食楽しみにしてるぞ」
「はい、楽しみにしていてください?」
パンとか食材とかって、ゼフィーさん何してるんだろうか。
不明な点はあるが、今の所戦闘は発生していないみたいだし、詳しいことはゼフィーさんと合流して聞けばいい。
さっそく陣の中でゼフィーさんたちを探し――と、思っていたのだがその必要はなかった。
陣に入って程なく、のぼりを掲げた緊張感の無い物体が姿を表す。そこには王国の兵士と思わしき人たちが長蛇の列をなし、何やら威勢のよい掛け声が聞こえてきた。
「さあ、トレリス名物くまさんバーガーですよー!!! ひとくち食べたらやみつきになる味間違いなし!!」
オレは声の先に視線を移し、元気に呼び込みをしている見慣れた顔――トレリスの街の警備兵のひとりを見つける。トレリスの警備兵である彼は、元気にくまさんバーガーの屋台を開いていた。
次回
命の恩人を助けるため危険を顧みず国境線へと赴いた主人公。
しかし、そこで見たものは自分の生み出したくまさんバーガーの虜となる兵士たちの姿だった。
伊織の脳を脱力が襲う――




