第8話 プレゼンはおにぎりで
皆の視線を一身に受けながらの料理というのは中々緊張する。
チューリさんに米のプレゼンをして乗り気となってもらえば、ただ農家に栽培をお願いするよりも成功の可能性が高まるだろうし、気合を入れなければ。
料理は……シンプルにおにぎりでいいだろうか。
炊きあがった米をシンプルに塩おにぎりにすると、仕上げに美味しくなる魔法をかけてやる。
「美味しくなーれ、萌え萌えキュン!! さ、チューリさんどうぞ」
少し丸みを帯びた三角形の塩おにぎりを受け取ったチューリさんは、しげしげとおにぎりを見つめた。
「ほう、白く美しいですね。形も可愛い。穀物のようですが、粉に引いたりはしないんですか?」
「そういう食べ方も無くはないんですけど、オレはこっちのほうが好きですね」
米を潰して団子にしたり、米粉で麺やらパンやらを作る事もあるが、オレとしてはそのままのお米をまずは広めたい。
トレットたちにもおにぎりを配っていると、チューリさんはおにぎりを一口かじり目を閉じ味覚に全神経を集中させながら咀嚼する。
米の味を知ってもらおうと考えたのはオレだが、まさかそんな真剣に味を確かめられるとは思わなかった。
「っ! くまさんバーガーのような華やかさはありませんが、噛めば噛むほど口の中に地味が広がり、甘みが出てくる……これは面白い……」
グルメ漫画の登場人物のような感想を述べるチューリさんにちょっと引きつつ、オレは続いて醤油を塗って軽く魔法の火で炙った焼きおにぎりを出してみた。
「おぉ、香ばしい香りが食欲をそそりますね。コメの上に塗ったソースも美味しい」
「醤油って言うんですけど、米に合うんですよ」
「たしかに、シンプルながら米の味が引き立って旨味が増している……」
一口ごとにチューリさんの食べるスピードが増して行き、興奮の度合いが感じられる。
焼きおにぎりを食べ終わった頃合いで、次のおにぎりも完成した。
「こんなのもあります」
卵型に握ったおにぎりを薄焼きの卵で包み、野菜の切れ端で顔を描いたひよこおにぎりを差し出してみる。
チューリさんはものすごい勢いでひよこおにぎりを完食すると、オレに詰め寄った。
「次は何をっ!!!」
「すみません、今はこれでおしまいです。持ってきた米にも限りがあって……」
オレの言葉にこの世の終わりでも来たかのように落胆するチューリさん。
少し心が痛むが、実際問題としてチューリさんの横で無尽蔵におにぎりを食らうのじゃロリが居るのでこのまま続けるとすぐに持ってきた米が尽きてしまう。
チューリさんの反応を見るに、プレゼンの成果は上々だろう。
あくまで申し訳無さそうに、本当はもっとごちそうしたいという体でオレは嘆息する。
「街で米が収穫できるようになればもっと色々な料理をごちそうできるんですが」
「色々……」
「おにぎりだけじゃなく、米を炒めたチャーハンや、パエリア、オムライス……丼も欠かせないな」
「わかりました! 必ずコメの栽培を成功させましょう!!」
「よろしくおねがいします!!!」
よだれを垂らしながら米の栽培を約束してくれたチューリさんとオレは固く握手を交わし、種籾を渡す。トレリスの街で米が育つのかは未知数だが、種籾を購入した米問屋が「栽培するなら」と一緒に渡してくれた簡単な栽培方法の書かれた指示書もチューリさんに渡したので、後は農家の人に頑張ってもらうしか無い。
しかし、持つべきものは食い道楽のお金持ちだな。
種籾をチューリさんに託し、オレたちは当初の目的地である領主様の館へと向かう。
突然の訪問で面会できるかはわからないが、街へ戻ってきた事だけでも伝えておかなければ話も進まない。
……と思っていたのだが、館に到着したオレたちは入り口で挨拶をしただけで何故かすんなりと中へ通されてしまった。しかも、オレやトレットだけでなく、サリィや街に来たばかりのタトラさんまでほぼノーチェックでだ。
仮にもトレリス一帯の領地を治める領主様の館がこんなザルで良いのだろうか。
ちょっぴり警戒心の無い領収様の対応を心配しつつ、控室で出されたお茶をすすって待つことしばし。謁見の準備が整ったという事でオレたちは謁見の間に通された。
部屋の中央で身体に不釣り合いな大きな椅子に座った金髪ストレートロングの幼女がオレたちを出迎えてくれる。
「ブラン様、お久しぶりです」
「イオリさん、よくお戻りになられました」
館の主である幼女――ブラン様は可愛らしく微笑んだ。
この世界の偉い人は大体可愛い幼女の姿をしている。可愛いほど強い世界なのだから権力者なら養女になるのが一番なのだ。決して本人の趣味で幼女をしているわけではない。多分。
「エルフの里での要件はお済みになられたのですか?」
「え、ええ……それなりに」
そう言えばトレットに緊急の案件でエルフの里へ連れて行かれたという設定で街を出たのだった。領主であるブラン様からすれば、何があったのか気がかりになるのも当然か。
言い訳をまったく考えておらず、しどろもどろな返事をしているとトレットが横で大仰に頷いてみせる。
「うむ、滞りなく用事は済ませたのじゃ」
「ふふっ、そうですか。トレット様もお変わり無く可愛らしいお姿でいらっしゃいますね」
「世辞は無用なのじゃ」
フンと鼻を鳴らすトレットを見て、ブラン様はいたずらっぽく笑った。あれ? これもしかしてブラン様は全部事情を知ってるやつ?
次回
領主との謁見を果たした主人公。
しかし領主は主人公出奔の理由を知りながら不敵に笑うのみ。
伊織は無事恩人の居場所を聞き出せるのか――




