第11話 のじゃロリ、襲来
「くまさんバーガーも広まったなぁ」
市場を散策しながら、オレは包み紙に入れられたビッグくまさんバーガーを頬張る。
炙った塩漬け肉に卵焼き、トマト、葉野菜、根菜のピクルスにマヨネーズまで入ったボリューム満点の新作バーガーだ。
市場の屋台には、他にも具材、ソースに趣向を凝らしたバーガー屋が立ち並ぶ。BLT風に、卵だけのシンプルなもの、正統派を貫きながら、素材にこだわるリッチ版。変わり種では、耳を尖らせ口元を丸く膨らませたクロネコバーガーなんてものまでできていて、各店舗とも日々その味を競っている。
レシピ解禁からはや1ヶ月。今や、くまさんバーガーは街の名物料理としての地位を確立していた。
屋台のおっちゃんなんかは料理の発案者としてオレを持ち上げるけれど、料理に限らず、文化なんてものは一度きっかけさえ与えてしまえば、あとはひとりでに歩んでいく。
とはいえ、ここまで急速にくまさんバーガーが浸透したのは、この革新的といえる味もさることながら、レシピの使用権管理を一任した、大商人のチューリさんの手腕によるところが大きい。
彼は、利にさとい悪徳業者が食材を買い占めようとするのを抑え、すべての店に安定した食材の供給を行うとともに、人の流れが滞らないよう屋台の配置まで細かな指示を出しているという。
オレとしてもバーガーだけとは言え、色々な店の味が楽しめてとても嬉しい。これだけ順調なら、そろそろ別の料理が出てきても問題ないだろう。
チューリさんから「出店した店舗で何か気づいたことがありましたら、ぜひお教えください」などと頼まれていて、今日も市場視察の名目で食べ歩きをしている真っ最中。
毎日市場に通ううち、顔見知りも増えておっちゃんおばちゃん、おねーさんの格好の兄ちゃんや、本物のおねーさんなどから挨拶されて、ぜひうちの味を見ていってくれと袖を引っ張られた。
すでに日常風景となったほのぼのとしたやり取りだが、オレは一応リボンとビキニアーマーで完全武装している。市場の人達はいい人ばかりだが、それでも何が起こるかわからない。外出中は少女の姿でいることが普通となってしまっていた。
ただ、ビキニアーマーはそのままだとさすがに恥ずかしいので、上からマントを羽織っている。兵士の人たちなんかは、「鎧よりも涼しくて快適」だと、普通にぼろんぼろん揺らしながら街中を警備しているが、なんだろう文化の違いだろうか。中身がおっさんであろうと、見た目が可愛い女の子になるのなら恥じらいは重要だと思う。
ビッグくまさんを胃袋に収め、反物屋のおばちゃんの所にでも顔を出そうかと思っていると、何やら少し先の屋台で騒ぎが起こっていた。
「いいからコレをワシによこせと言っておるのじゃ!!」
「ちょっと、困るよ勝手に食べちゃ!!!」
「細かいことを気にするでない、ワシが味を見てやろうと言うのじゃ、光栄だと思わんのか?」
あれはー……子供? 屋台の作り置きされたくまさんバーガーに手を伸ばし奪い取ろうとするのを、店のおばちゃんが阻止しているようだ。
「どうしたんですか?」
「ああ、イオリさん良いところに来てくれた。聞いとくれよ。この子が勝手にくまさんバーガーを食べようとしてるんだ。どうにかしておくれ」
騒動の中心となっている屋台に駆け寄ると、店のおばちゃんは助かったとばかりにオレの背後に回り込んで、子供の前に押し出してくる。
たしかに、くまさんバーガーの屋台で問題を起こされるとオレも困るので、最初から事情を聞いてどうにかなりそうなら力になろうと思っていが、おばちゃんはどこの世界でもたくましいと言うか、図々しいと言うか。
おばちゃんの盾にされながら視線を下げると、青髪ロングで真っ白な肌の幼女が居た。旅の途中なのだろうか、マントの下から若草色の装束が覗く。少女の姿であるオレよりもさらに背が低く、ちょうど頭が胸の位置に来る程度。
少女では無く、まさしく幼女と言うにふさわしい背格好だ。顔はこの世のものとは思えないほど可愛らしく、庇護欲をそそる……はずなのだが、髪の毛と同じ色の澄んだ青い瞳には、傲岸不遜な光が宿り、尊大な態度が大きく魅力を半減させている。
人によっては、生意気なのが良いと思うかもしれないが、この世界で多くの悲しみを知ったオレの本能が、こいつはそんな可愛らしい生物ではないと告げている。
「なんじゃお主は!」
「あのねぇ、それは金って言うものを払わないと食べられないんだよ」
「知っておるわ、しかしワシは金など持っておらん! ゆえにひとつよこせと言っておるのじゃ。お主には関係ないであろう。すっこんでおれ」
いらっ
……なんだろう。この人をバカにした態度。自分のほうが背が低いくせに、人を見下して自分以外の存在はすべて命令を聞くのが当たり前だとでも言う感じ。
「おい、お前もしかして無銭飲食になるとわかってて食ったのか?」
「はっ、何を言っておる、ワシは高貴で偉いのじゃから、食い物を喜んで差し出し、奉仕するのは当然のことじゃろう」
幼女は意味もなく胸を張る。
ほぉ……こいつ、すべてわかった上でくまさんバーガーをかっぱらおうとしていたのか。罪を憎んで人を憎まず、と言うが、善悪の区別もついていないのなら、多少手荒でもまずはそこから教えなければいけないだろう。
これだけ可愛い上に高慢ちきな幼女なら、口で言っても聞かないだろうしなぁ。
オレは腰につけていたブツの留め金を外し、振り上げる。試しに手のひらに軽く打ち付けると、ビキニアーマーを装備しているにも関わらず、かなりの衝撃が伝わるとともにピコッと、可愛らしい音を立てた。
――ビキニアーマーを作った後、耐久テストとしてゼフィーさんにしこたま切りつけられていたオレは、守りだけではなく、相手を牽制できる武器の必要性も感じていた。そして、密かに武器づくりも行っていたのだ。
初めは剣や槍にしようかとも思っていたのだが、試しにゼフィーさんに剣の稽古をつけてもらったところ、半日で才能なしとのお墨付きをもらった。
素人でも使いやすく、どうせなら可愛い武器ができないかと頭を悩ませた結果導き出したのが、このピコピコハンマー。通称ピコハンである。
プラスチックなど存在しないこの世界で、ちゃんとしたピコハンができるのかと不安だったが、幸いにもワイバーンの胃袋にちょうど蛇腹状の部分があり、一番の問題であったハンマー部分の問題が早々に無くなった。あとは染料で蛇腹のハンマーを赤く染め、木から削り出した持ち手を黄色く塗装すれば出来上がりである。
振り心地は持ち手に木を使っているため、プラ製のものに比べると重くしっかりとしているが、ピコハンのアンデンティティであるピコピコ音はかなり本物に近いものができたと思う。
まさか、ピコハンのお披露目がこんな形で行われるとは思いもしなかったが、せっかくの機会ができたのだから、遠慮なく使おう。
ピコハンの感触を確かめたオレは、なるべくダメージを与えず『説得』できる強さを探って、オレは二度、三度と手のひらでピコピコ試し打ちする。
「なんじゃお主、その可愛い物体は!」
先程まで余裕綽々だった幼女は、ピコハンを見て驚愕する。その拍子に髪で隠れていた長く形の良い耳がピンと立った。
「ああ、エルフだったのか」
ゴブリンやドラゴンがいる世界なんだから、エルフが居てもおかしくない。たしかに人間離れした可愛さの幼女だと思っていたが、人間よりも美形が多いというエルフなら納得だ。
「そ、そうじゃ! ワシはエルフ!! しかもただのエルフではない!!! すべてのエルフの始祖たる森の賢者、創生の末裔と称されるエンシェントエルフなんじゃぞ!! ヒヨッコのエルフが崇めるほど偉いんじゃからなっ!!!」
ほほぉ。普通のエルフをヒヨッコと。ということはこの幼女、見た目と違い、相当な年と言うわけだな。幼女に手を上げるのは絵面的にも倫理的にも流石にどうかと思っていたが、それならなおのこと遠慮はいらない。ピコハンを握る拳が一段階強まる。
「なんで余計に力を込めとるのじゃ!? やめ、やめるのじゃ!! それを近づけるでない!!! それでワシをどうするつもりなんじゃ!!!!」
「そりゃあ、見たらわかるだろ」
「やめろっ! そんな可愛い物で人を叩くなどっ! お主には情けというものがないのかっ!!! やめっ! やめるのじゃーぁぁっっ!!!! あーっっっっっ!!!!!!!」
ピコンッ!
とても小気味好い音が鳴り、エルフ幼女の頭にピコハンがクリティカルヒットした。
「ちっ、やっぱり中身はじいさんか。これだからこの世界は……」
「おい!! 一体何の騒ぎだ!!! 揉め事なら街の外で……イオリ、何をしてるんだ?」
騒ぎを聞きつけてやってきたゼフィーさんは、ピコハンの一撃で意識を刈り取られ地面にのびたエルフ幼女……もとい、のじゃロリもどきのイケメンエルフジジィと、仁王立ちで世界の理不尽を呪うオレを交互に見て、なんとも言えない視線をしていた。
次回
古き森の民と予期せぬ邂逅を果たした主人公。
悠久の時を過ごすと言われる幼女との出会いは、彼に何をもたらすのか。
食料がまたたく間に失われ、伊織のピコハンが乱舞する――




