第4話 空飛ぶフワモコ
空を飛べると豪語するトレットを、オレは訝しげに見つめる。
たしかにこいつはいつから生きているのかわからないぐらい長生きで、その年相応にオレの知らない多くの知識を持ち、魔王に対抗できるほど強力な魔法使いでもある。
スペックだけならオレなど足元に及ばないほど優秀だと思うのだが……それ以上にポンコツなやらかしが多すぎてイマイチ信用ができない。
「本当に空を飛ぶなんてできるのか? サリィやタトラさんも居るんだ、飛んだは良いけど途中で落ちますなんてのは無しだからな?」
「まあ見ておるのじゃ。ちちんぷいぷい、ぷぷいのぷい……」
オレの言葉を無視して、トレットは呪文を唱え始める。
さすがに空を飛ぶとなると呪文も複雑になるようで、普段の魔法に比べ詠唱の時間も格段に長い。
可愛らしい踊りのような身振りを加えながら呪文の詠唱を続けていたトレットが、最後に両手を空に掲げて叫んだ。
「出てくるのじゃ! ぴーちゃん!!!」
トレットの叫びとともに空中に巨大な光の輪が生まれ、光の軌跡を残しながら地上へ降りてくる。
円柱状になった光が粒子となって消えると、中から巨大な何かが現れた。
その姿を見たオレは、目を見開き思わずその言葉を口に出す。
「……シマエナガ?」
真っ白でフワモコの姿は、どこからどう見ても日本に居た時にネットで見たシマエナガだった。
翼から尾っぽにかけて走る黒いラインに黒いくちばし、まんまるな瞳。
小首をかしげる可愛い仕草まで記憶の中にあるシマエナガそっくりだ。……ただし、サイズだけはオレたち全員を乗せてもまだ余裕がありそうなビッグサイズだが。
「ふふん、わしの召喚獣なのじゃ。可愛いじゃろう」
「うん、可愛いことは可愛いんだが……え、召喚獣ってことはお前が魔法で作ったのか?」
ツッコミたいことが色々ありすぎてオレは額に手を当て自分の思考を整理する。
巨大タコや超巨大蛇が居る世界なんだから、巨大シマエナガが居たところでおかしくはない。おかしくはないのだが、心がすぐにはその事実を受け入れられなかった。
「何を言っておるのじゃ。魔法で生命を作り出すなどどれだけ可愛さが必要だと思っておるのじゃ。そんな事、神でもなければできんじゃろ。召喚獣と言えば契約した対象を一時的に呼び出す魔法じゃ。ぴーちゃんはエルフの里の近くでワシがヒナのときから世話をしておったのじゃ」
そう言いながらトレットが巨大シマエナガ……ぴーちゃん? に向かって手を差し出す。ぴーちゃんはちょんちょんと器用にくちばしの先でトレットの手に触れて挨拶をしているようだった。
あのエルフの里に続く森、可愛い動物さんたちだけでなくこんな巨大シマエナガまで生息してたのか。トレットにそそのかされたとは言え、今更ながら不用意に森に踏み込んだ事をオレは後悔していた。
今度エルフの里を訪れる時にはどんな危険なかわいい生物と遭遇しても生き残れるよう完全防備で向かわなきゃな。
目の前の光景に少し慣れてきたところで、オレの頭をある疑念がよぎった。
「なあ、ぴーちゃんで空飛べるならアシハラの国まで行くのにわざわざ船を使う必要なかったんじゃないか?」
そもそも空を飛べないと思ったからこそ危険を犯して海賊を狩ったり、船を可愛く改造してまで危険な海路を選んだのだ。こんな便利な移動手段があったならもっと楽に米を手に入れられたのでは?
しかしトレットはしれっとオレの言葉を否定する。
「何を言っておるのじゃ。そんな事したらわしが疲れるではないか」
こいつ……。
無性にピコハンを叩き込みたい衝動に駆られたが、今は無駄に言い争いをしている時でもないだろう。
「はぁ、ぴーちゃんには皆乗っても大丈夫なんだよな」
「もちろんじゃ。のう、ぴーちゃん」
「ぴぃー!」
トレットの言葉に、ぴーちゃんはひと鳴きして応える。座席や鞍もなく動物の背に乗って空を飛ぶというのは多少不安があるものの、トレットはぴーちゃんに乗るのは初めてではないっぽいし、今回は信用しても良いかも知れない。オレは恐る恐るぴーちゃんの巨大な背に乗り込んだ。
尾っぽを昇降口代わりにして黒い羽毛が生える背に乗ると、もふっとした毛に身体が埋もれて視界が閉ざされてしまった。一緒に乗り込んだ皆も近くにいるはずだが、どこに居るのか全然わからない。唯一オレの肩に止まっているマオだけは手触りで確認できるのだが。
「わぁ、ふわふわ」
「すごく上質な羽毛ですね。布団に使ったら気持ちよさそう……」
あ、サリィとタトラさんの声が聞こえる。タトラさんの声の近くで馬の鳴き声もするから、ファべも無事乗り込めたらしい。
トレットとオレを含めると人間4人に馬付きの荷馬車が乗ったのに、ぴーちゃんの背中はまだ余裕がありそうだ。
「皆乗ったかの。振り落とされないようしっかり掴まっておるのじゃぞ」
「それは良いけど、どうやって行き先を伝えるんだ? 全く前が見えないんだが」
「ふふふっ、召喚獣とは一時的に感覚を共有できるのじゃ。それにぴーちゃんはエルフの里の森で育ったからの、何もしなければまっすぐ森に帰るのじゃ」
召喚魔法は思ったよりも高性能だった。ちょっとオレも召喚獣が欲しくなってしまうぞ。
「皆準備は良いな? それでは行くのじゃ、ぴーちゃん!!!」
トレットの掛け声とともに、ぴーちゃんは大きく羽ばたき大空へと飛び立った。
次回
巨大シマエナガに乗り、トレリスの街を目指す主人公。
フワモコの羽毛に包まれた一行を、容赦のない睡魔が襲う。
久しぶりに街へと戻った伊織が見たものとは――




