第49話 アイドルの心得
ルリと巫女さんたちの踊りに呼応するように舞台が淡く光り、溢れ出た光の粒子が本殿へと流れていく。
理屈はわからないが、本殿に居るハリさんが力の流れを制御していると言うのは、この事だろうか。
巫女さんたちが歌を歌うたびリズムに合わせ色とりどりの光が瞬き、まるで巫女さんたちと一緒に踊っているようだ。
最後にポージングを決めると舞台がひときわ大きく輝き、生まれ出た光の奔流が本殿へと流れ込んでいく。
光はオレがひとりで踊った時とは比べ物にならない眩しさで目を開けていられないほどだった。
輝きが収まると、光の奔流が向かった先――本殿を見る。
都を見下ろす巨大な本殿は、言い伝えにあるように建物全体が光り輝いていた。
しかし、それも一瞬のこと。光は徐々に弱まり、やがて消えてしまう。
「そんな、なんでっ!!」
ルリの悲痛な叫びがあたりに響いた。
巫女さんたちも声こそあげないものの、気持ちは同じだろう。皆、肩を落としうなだれる。
ルリたちの努力をあざ笑うかのように、大蛇の頭がまたひとつ地面を割り這い出てきた。
くそっ、大蛇はどんだけいるんだよ。一匹でも持て余すというのに、これではいくら可愛さを高めても相手になるかどうか……。
気づけば都の四方を大蛇の頭に囲まれてしまっている。これでは逃げるにしても、一体どこから逃げれば良いのか。
巫女さんたちは力なく立ち尽くし、都の人たちにも絶望の色が広がっていく。
大蛇の頭が増える度、地震の揺れは激しくなりついに倒壊する建物も出てきた。住人は皆舞台の周りに集まっているはずだから、けが人などの心配はないだろうが、このままだと都全体が潰れてしまうかもしれない。
マズい。大蛇を封印するどころか、全滅すらあるぞ。
もう少し可愛さを抑えていたかったが、悠長に構えてられる状況じゃない。
オレはリボンを付け美少女の姿となると、急いでアイドル衣装へと着替える。
周りの圧力に押され試着したものの、その後はしっかりと封印し二度と袖を通すことは無いと思っていたのに、まさかこんな状況で着ることになるとは……。
心の中で嘆息しながら、オレはトレットとタトラさんを見つめた。
「トレット、防御の魔法って使えるか? 相手の攻撃を通さない壁みたいなやつを貼るとか」
「ワシを誰だと思っておるのじゃ。そんなものお茶の子さいさいなのじゃ」
「そうか、じゃあ舞台の周り、人の居る周りだけでいいから防御の魔法で守ってくれ」
「なっ、お主一体どれだけの人間がおると思っておるのじゃ、そんな事出来るわけ……」
「頼む」
頭を下げるオレに、トレットはしばらく唸っていたがやがてやけっぱち気味に頷いた。
「ぐぬぬぬ……住人全員を覆うのじゃからあまり長くは持たんぞ!」
「わかってる。すぐに決着をつけるさ。タトラさん、倒壊しそうな建物があったらなるべく被害が少なくなるよう壊してもらえませんか? もし逃げ遅れた人が居たらその救助もお願いします」
無茶なお願いとはわかっているが、この状況で安全に都の移動が出来るのは獣人であるタトラさんぐらいしか思いつかなかった。
「わかりました」
「こんな状況で危険な事を頼んですみません」
「うふふ、獣人にとってはお散歩みたいなものですから。行ってきますっ!!」
タトラさんは羽でも生えているかのように建物の屋根を飛び移りながら駆けていく。
途中、倒壊した建物の柱が行く手を阻んでいたが、タトラさんは蹴りひとつで柱を割ってしまった。
本気を出した獣人の身体能力は改めて見るとすごいものだ。
タトラさんを見送ると、オレはマオを抱きかかえ舞台の中心へと躍り出る。
「マオ、頼むぞ!」
「きゅぴー!!」
舞台の中心ではルリと巫女さんたちがただ立ち尽くしている。
近寄るオレを見て、ルリが力無く名前を呼んだ。
「イオリさん……」
「なんて顔してるんだよ。いつものクソ生意気な自信はどこに行ったんだ」
「だって、ボクたちの力じゃ大蛇を抑えられなかったんですよ。ボクの力が足りなかったせいで都の人たちが……」
目をきつく閉じ、ルリは今にも泣き出しそうになっている。なんだかんだ言ってもまだまだルリは子供だ。ひとりで背負い込むには都の人すべての命は重すぎる。
ルリの頭に手を乗せ、オレは優しく撫でると諭すように語り、舞台に集まる人たちへと向き直った。
「良いことを教えてやる。アイドルはな、いつも笑顔で居るんだ。どんなに苦しくても、皆に元気を届けて、自分を奮い立たせるためにな。……マオ、いくぞぉぉっっ!!!」
「キュピィィィィ!!!」
うまくいくかどうかはわからない……いや、成功させなきゃ皆まとめてあの世行きだ。絶対に成功させてみせる!
オレは全身のありったけの可愛さを込めて、ルリ、巫女さんたち、集まる人たちすべてに向かって絶叫する。
「皆! オレの歌を聞けぇぇっっ!!!!」
マオの放った特大ブレスが空に虹色の輝きを打ち上げた。
加減なんてしている場合じゃない。持てる手札は全部切ってでもやってやろうじゃないか。
呪文を唱えるように限界まで可愛さを乗せて、オレは再び大蛇の封印に挑戦する。
次回
巫女たちによる大蛇封印は失敗した。
絶望が人々を覆う中、主人公はひとり大蛇へと立ち向かう
伊織の姿に巫女たちは何を思うのか――




