第47話 大蛇の脅威
山を割って現れたみっつの大蛇の頭。
頭のひとつひとつが雲を突き抜け、全貌がはっきりとしない。
いままで出会った巨大な相手というと、合体した巨大スライムや、復活したばかりの影のような魔王などが居るが、そのどちらよりも大蛇の頭は遥かに大きかった。
確かに頭だけでこの大きさなら、胴体を含めればどれだけの大きさになるのか想像がつかない。
スライムに比べれば可愛さは無いものの、これだけでかければただ動き回っただけでも国に壊滅的な被害を与えることが出来るだろう。
幸い、どの頭も復活したばかりのためか寝ぼけ眼でぼーっとしているだけで何か動き出したりする様子はない。
しかし、それも一体いつまで寝ぼけているのかわからないし、まして相手は3匹もいる。封印をするにしても少し弱らせたほうがよさそうだ。
あまり気は進まないが、これほどの敵を相手に躊躇していても仕方ない。
オレは手を掲げ、魔法少女変身の呪文を唱える。
「持ってくれよ、オレの意識……シャイニーパワー、セーットアーップ!!」
頭のリボンが光り輝く帯となってオレの身体を包み、虹色に揺らめく。
身体を覆う光は次々に可愛い衣装となっていき、最後にハート飾りのついたイヤリングとリボンが現れ、虹色の光は淡い光の粒子となって消えていった。
「魔法少女キャイニーキュアー見参!! ……はぁ、またこの姿になるとはなぁ。こうなったら少しでも早く解決するしか無いか。えーい!!」
魔法少女となったオレは、地面を蹴り中を舞う。
空中で持っていたピコハンに腰掛けると、ふわりと身体が軽くなり、そのままオレは大蛇の頭のひとつへ向かって飛んでいく。
多分出来るとは思っていたが、やはり魔法少女はすごいな。呪文の詠唱もなしに簡単に空が飛べてしまった。
初めて飛ぶ空は本来ならワクワクする出来事だけれど、今は楽しむ余裕もない。魔法少女になる事自体奥の手だから、自分の娯楽のために気軽に変身出来ないのは辛い所だな。
大蛇に近づいたオレは、有無を言わさず乗っていたピコハンを振りかぶり、落下の加速を利用しながら大蛇の頭に叩きつけた。
ピコッと可愛らしい音を立て手に確かな手応えが感じられた。しかし、当の大蛇は無反応でぼーっと明後日の方向を見つめるのみ。
「くっ、相手が大きすぎて全然効いてないっ!!」
落下をし続けながら、地面と接触する前にピコハンにもう一度乗って体勢を立て直す。
大きく旋回しながら空を飛び、もう一度大蛇へ接近した。
ピコハンが効かないとなると、次は魔法か。あまり大掛かりな魔法を使うと後が怖いが、仕方ない。
「萌え萌えーキュンキュンーファイヤァァァァッッッ!!!」
オレの前方に生まれたピンク色の光の束が大蛇を捉える。ピンク色の爆発が起こり、もこもこと上がるピンクの煙が晴れると、中から頭の一部が黒焦げになった大蛇が見えた。
あまりに巨大なためあまり痛手にはなっていないだろうが、すこしでも傷を付けられるのなら、攻撃を繰り返せば良いのだ。
「これなら連発すればなんとかなりそう……えぇぇっっ!?」
もう一発魔法をお見舞いしようと構えたオレは、信じられないものを見た。
魔法で黒焦げになった部分がぺろりと剥がれて中からテカテカの鱗が現れたのだ。
「そんな、無傷!? いや、魔法の当たった部分は確かにダメージはあったはず。考えられるのは……回復?」
黒焦げになった箇所の下から現れた大蛇の鱗は、他の部分と比べまるでついさっき脱皮したかのように傷も汚れもひとつもない。
国ひとつ覆うほどのバカでかさに、傷を負っても一瞬で回復する生命力。加えてそれが全部で3匹。
これは、相当やばい相手じゃないか?
いくら攻撃しても一瞬で回復するのであれば無闇に魔法は放てない。無駄打ちをすればするほどオレの性別が女に近づいて、最悪身も心も魔法少女になってしまう。
どうしたものかと攻めあぐねていると、遠くの山が震えボコッと新たな大蛇の頭が生まれた。
……はい?
3匹でもどうしようもない相手がもう1匹増えるとか、冗談にしてもたちが悪い。
一体大蛇は何匹居るんだよ。やはりぼーっとあらぬ方向を見ている大蛇たちを見て、オレは笑顔で額の冷や汗を拭った。
「うん。これ無理だわ。……戦術的撤退!!!!」
大蛇を置いて、オレは都へと飛んで帰った。
くそう、手も足も出ない相手がいるなんて想定外だ。神様が封印したってのももしかしたらこの回復力のためなのか?
都へ向かって飛びながら、オレは方策を考える。まずは封魔の儀式で大蛇の封印を試みて、ダメなら出来る限りの人を救い安全な場所へ避難させよう。
大蛇に勝てるイメージは浮かばないが、都の人全員を避難させるぐらいならきっと出来るはずだ。
問題はハリさんも言っていたように避難した後の生活だが……ここで死ぬよりは絶対に良い。
そんな事を考えていると、いつの間にか社の上空にたどり着いていた。下を見れば巨大な舞台の周りに黒山の人だかりが出来ている。
皆不安そうに身を寄せ合い、座り込んで断続的に震える大地に怯えていた。
舞台の上でせわしなく動く巫女さんの中にメノさんを見つけ、オレは降り立つ。
突然空から現れたオレの姿に巫女さんたちが驚いて小さな悲鳴があがった。
メノさんも目を見開いてオレをまじまじと見てくる。
「イオリ……さん……ですよね? その姿は……」
「大蛇と戦うために変身したんですが、ごめんなさい。まったく歯が立たなかったです」
オレは肩を落とし、謝罪する。独断で突撃して成果なしでは格好もつかない。落ち込んだ気分に連動するように変身も解かれた。
「こっぴどくやられたようじゃの」
「イオリさん!」
「きゅぴー」
オレの姿を見つけ、トレットたちも駆け寄ってくる。
マオがオレの肩に乗って体調を確認するように鼻先でツンツンと顔を突いてきた。
トレットはいつものようにふんぞり返っていて、タトラさんは少し心配そうに尻尾を丸めていた。
「トレットちゃ……」
口を開こうとして、なにかマズい事を口走りそうな感覚を覚えて慌てて口を押さえた。
魔法少女になった後遺症がすでに少し出ているようだ。しばらくは無理できないな。できれば男になって休憩できると良いんだが……。
「まさかとは思いましたが、先程の爆発はやはりイオリさんが攻撃されていたんですね。あれほど可愛い姿になっても大蛇には対抗できないなんて、やはり大蛇には勝てないのでしょうか……」
メノさんはオレの姿に驚いていたが、遠目に大蛇との戦いは見ていたようだ。オレがまったく何も出来ずに帰ってきた事で、肩を落としてしまう。
巫女さんたちの間にも重い空気が流れ始める。
しまった。急いでいたので舞台にそのまま降りてしまったが、もう少し距離をおいてメノさんかハリさんにだけ話をしたほうが良かったかもしれない。
儀式を行う前から諦めムードでは成功するものも成功しなくなってしまう。何か言葉を書けられれば良いのだが、原因が自分にあるので何を言おうとしてもお前が言うなと脳内でツッコミが入る。
ふさぎ込む雰囲気の中、凛とした声が舞台に響き渡った。
「そんな事はありません!! 姉さん、ボクたちが居るじゃないですか!!!」
その声の主に皆の視線が集まる。そこにはアイドル衣装に身を包んだルリが立っていた。
次回
魔法少女の力を使いながら初めて敗北した主人公。
絶望に包まれそうになった主人公たちの前に現れたのは、巫女少年だった。
巫女たちの戦いが今始まる――




