第41話 神の遺物
長く苦しい道のりの末、オレたちは大蛇の封印の地である本殿へとたどり着いた。
途中、多少のトラブルはあったが、タトラさんの活躍によって無事誰ひとり欠けることなくたどり着けたのは奇跡と言えるだろう。……主にオレとトレットが。
ここまでくれば体力を無限に吸い取る悪夢のような階段地獄ももうないので、肩からおろしてもらう。
オレとトレットがタトラさんの肩から降ろされるのを確認して、ハリさんは本殿へと足を踏み入れ、オレたちもそれに続く。
本殿は不思議な空間だった。
外観はたしかに木造の巨大な建築物だったのだが、中に入ると床も壁も真っ白な見たこともない素材で出来ており、それ自体がほのかに発光しているように見受けられる。
扉もそうだったが、本殿は何もかもがバカでかく、身長より遥かに高い天井を眺めていると、自分が小人になった気さえしてきた。
大蛇の封印は神様が施したと言うし、封印の地である本殿ももしかしたら神様が作ったんだろうか? 自分のサイズに合わせて本殿を作ったのであれば、神様はめちゃくちゃ身体がデカかったんだろう。
この中で一番でかいタトラさん換算でも天井までの距離で3人、いや4人分は必要なんじゃないだろうか。
「なあ、前に都に神様の気配がするとか言ってたけど、ここなのか」
この世界に来て一番と言って良い不思議な空間に圧倒され、周囲を見渡しながらオレはトレットに聞いてみた。
困ったときののじゃロリ袋。この世界の不思議な事はこいつに聞けばだいたい答えが返ってくる。それが正解である保証は無いのだが、手持ち無沙汰な移動中の暇つぶしには丁度いい。
「のじゃ。これだけの神気が満ちているのじゃから間違いないじゃろう。それにしても、なんとも懐かしい気持ちになるのじゃ」
「お前、もしかしてここに来たことがあるのか?」
「あるわけ無いじゃろ、そうではなく、神の気配を感じられる空間が懐かしいのじゃ。昔はもっと多くの場所に神気が満ちておったのじゃ」
トレットの言う『昔』がどれほど昔を指すのかわからないが、こいつの様子を見るに、とんでもなく昔な事は確かだ。
多くの場所で神気を感じられたって事は、昔は神様がそこら中に居たのか。人間よりずっと強力な封印を施せる神様って、一体どんな姿なんだろう。やっぱりめちゃくちゃ可愛いんだろうな。
オレたちの会話の最中もハリさんは歩みを止めず、どんどん先へと進んでいく。
廊下、と言っていいサイズなのかわからないが、とにかく通路を進むと、突き当りにいっそう開けた空間が存在した。
そこは通路と比べてもよりいっそう広い部屋で、幻想的だった。
淡く光る白い空間の中を、色とりどりの光の粒子が辺りを漂い、点滅を繰り返す。
巨大な建物だとはわかっているが、それを差し引いても、突き当りの部屋は巨大だ。空間でも歪んでるんじゃないだろうか。
「こちらです」
ハリさんはさらに部屋の奥へと進み、おそらく部屋の中心と思われる場所までオレたちを案内して足を止めた。
目の前には、社の舞台で見たような祭壇っぽい物があり、そこに首飾りが収められている。本殿は何から何まで大きいのに、祭壇だけは普通の人間サイズなんだな。
これで本殿に合わせた超巨大祭壇とかあったら管理が大変そうだし、神様なりの配慮だったりするのかもしれない。
これが神様が作ったっていう封印か。首飾りは9の字のような宝石がいくつも通されている。あー、なんだっけ三種の神器とかにあったなこういうの。
「言い伝えによれば、神がこの勾玉に可愛さを込めて封印の元としたと伝えられています」
そうそう、勾玉だ。勾玉も部屋を漂う光よろしく虹色に淡く光っていて。それ単体でもなかなか綺麗だ。
可愛い小物好きのタトラさんも興味津々だが、さすがに神様の遺物と言うことで食い入るように見るだけで我慢しているっぽい。
「ほうほう。これに可愛さを……」
物は試しだ。ちょっと可愛さを込めてみるか。オレはルリの踊りや巫女さんたちの儀式を思い出しながら、軽く踊ってみる。もちろん儀式の歌や踊りなんかは覚えていないので、オレの知っているアニメのアイドルレパートリーからだが。
ずっと観察していてほぼ革新したが、歌も踊りも要は可愛さを込める魔法の一種で間違いないはず。であれば可愛ければどんな歌や踊りでも効果はあるはず。
「イオリ殿一体何を?」
「父上、イオリさんはいつもこうです。今は見守りましょう」
突然踊りだしたオレにハリさんは困惑するが、ルリがフォローしてくれた。いや、フォローになってるのか、それ? しかもトレットやタトラさんどころかメノさんまでルリの言葉に頷いてるし。まるでオレが突拍子も無いことしかしない変人のようではないか。
文句のひとつも言いたいところだが、一度踊りだしてしまった以上、途中で止めるわけにもいかず踊り続ける。歌と踊りに共鳴するように勾玉の光が増し、周囲の光も心なしか数が増えて居る気がする。
ラストの決めポーズを取ると、勾玉はより一層輝いたが、すぐまた元の光に戻ってしまう。
「うーん、やっぱり無理か」
無理だとは思っていたが、踊り終わった後の状態が変わらないところを見ると、たぶん失敗なんだろう。さすが神様が施した封印。これではオレひとりでどうにかするのはいくら可愛くなっても無理そうだ。
成功したらラッキー程度の気持ちで試したのでそれほど気に病む事もないのだけれど、やっぱり失敗は気持ちいいものではない。
わざとらしく口をとがらせていると、ハリさんが驚いた様子で近寄ってくる。
「まさかおひとりで巫女たちが行う退魔の儀式と同等の効果を出すとは……話には聞いていましたが凄まじい可愛さです」
ハリさんは驚いているが、封印が出来ないのならどんなに効果がすごかったとしても意味がない。
オレひとりでどうにもならないなら、他の方法で可愛さを足すしか無いだろう。
「やっぱり巫女の人たちにももっと可愛くなってもらうしかないか。ハリさん、退魔の儀式って、封印を引き伸ばすために使えたりするんですか?」
「ええ。おそらく。ですが今でも毎日の儀式で可愛さを込めているにも関わらず封印に綻びが出ました。もしこれ以上の可愛さを込めようとすれば一体どれだけの人材が必要になるか……まさかイオリ殿!?」
オレの考えを見抜いたハリさんが目を見開いて凝視してくる。感情の起伏に乏しい人だと思っていたのだが、さっきから結構わかりやすいリアクションするな。それでも、他の人に比べたらかなり反応は薄いんだけど。
「時間稼ぎは必要でしょうしね。さっきの踊りを一日一回追加してみるって事でどうでしょう?」
「アシハラの国のためにそこまでご尽力いただけるとは……伏してお頼みいたします」
封印の張替えには至らないものの、オレの踊りの追加は効果がありそうなので日課に加わった。
これもお米のため、アシハラの国の人々のため。決して失敗して悔しいから戦力を増強してリベンジしてやろうとか、そんな不順な動機で決めたわけではない。
「……イオリさんって結構負けず嫌いですよね」
「そうじゃな」
付き合いの長いふたりが何か言っているが、オレには一向になにも聞こえない。
次回
大蛇の封印を試みた主人公。
しかし、可愛さ及ばず、封印に失敗してしまう。
伊織は勾玉に再挑戦を誓う――




