第38話 地揺れの恐怖
買い物は無事終わり、オレたちは社へと向かっていた。
タトラさんもなかなか可愛い雑貨を仕入れたようで、ルリおすすめの櫛やら何やらを大量に買い込んで満足げだ。
「都には色んな物があるんですね」
「そうでしょう。土地は小さいですけど、大陸には負けてないんですよ!」
「そんな事どうでもいいのじゃ、ワシはもうお腹ペコペコなのじゃ。早く帰って夕食にするのじゃー」
「お前、そんな事言ってさっき屋台で団子食ったばかりだろ……」
そんな話をしていると、突然視界が揺れた。
建物がグラグラと横に揺れどこからか物が倒れる音がする。
一瞬、何が起こったのかと身構えたが、冷静になってみれば何のことはない。ただの地震っぽい。
こっちに来てから一度も地震にあわなかったので、地震の存在を忘れかけていた。
揺れはそれほどではないが、一応安全のため腰を下ろし揺れが収まるのを待つ。
隣に居たトレットは事態が飲み込めないようで、キョロキョロとせわしなく辺りを見回していた。
「なんじゃ何が起こったのじゃ!?」
「な、何でしょう……」
タトラさんも不安そうに尻尾を丸め、トレットを抱きしめている。巨大なタトラさんの胸にトレットが押しつぶされていないので、まだ理性は残っているようだけれど、耳まで垂れてだいぶ怯えているようだ。
「おー、揺れてるな。震度3ぐらいか?」
「お主はなんで平然としておるんじゃ!!! 地揺れじゃぞ!!!」
ひとり冷静に観察を続けていると、トレットにキレられてしまった。
怖いのはわかるが、他人に当たるのは良くない。
「なんでって、これぐらいの地震はよくあるだろ」
「こんな異常がそう頻繁に起こる訳無いじゃろ! どんな地獄じゃ!!」
そういえば、こっちの世界に来てから地震って一度もないな。元の世界でも日本が地震大国なだけで、他の国だとめったに地震が起きないからちょっと揺れただけで大騒ぎになるって聞いたような気がする。
トレットやタトラさんだけでなく、都の人たちまで地面にへたれ込み何やら騒いでいるので、もしかしたらこの世界ではめったに地震が起きないんだろうか?
建物の中に居るわけでもなく、広い通りに居るのだからそんなに心配するほどのことも無いと思うんだが、地震を知らない人にとってはたしかに怖いものなのかも知れない。
「もうだめなのじゃー。世界の終わりなのじゃー。こんな事なら我慢ぜず昨日の夕食をいっぱい食べておくんじゃったー!!」
いや、お前巫女さんたちの作った料理をたらふく試食したあと夕食もオレたちの3倍は食ってただろ。
「ううぅ、怖いですぅ……」
「きゅぴー」
トレットを抱えながら、タトラさんも大きな身体を丸め震えていた。
ふたりが身を寄せて震えている頭上を、マオがのんきに飛んでいる。
あー、空飛んでれば地震も何も関係ないわな。ふたりも飛べたら良かったのだが。
そのまましばらく人々の悲鳴と揺れは続いたが、徐々に揺れは収まり、人の混乱も収束していった。
「……収まったのじゃ?」
頭を抱えて丸まっていたトレットが、顔を起こしおっかなびっくり周囲を確認する。
そう言えば、もうひとりの同行者であるルリが全く騒いでいないことに気づいたオレは、その姿を探した。
ルリはオレたちの側でしゃがみ込み、無言で身を固くしている。
おや? ルリの事だからトレットと一緒になってギャーギャー騒ぐものだとばかり思っていたのだが。
「ルリ、大丈夫か?」
「え、ええ……」
返事をするルリにはいつもの生意気すぎて人の神経を逆なでする元気がない。さすがに地震はルリでも怖かったか。
「立てるか? なんならおぶってやるが」
「ばっ、バカにしないでください! ちゃんと立てますよ、もうっ!!!」
オレの軽口にようやくいつもの調子を取り戻したルリは、頬を膨らませながら立ち上がり土を払った。
オレも立ち上がり社へと向かおうとしたのだが、背後から情けない声が聞こえてくる。
「す、すまんがおんぶしてほしいのじゃ……」
振り返ると、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるトレットがすがりつくような目でこっちを見ていた。
いっぱいいっぱいで涙目になっているトレットをさすがに邪険には出来す、ため息を付いてしゃがみ込むオレ。
「しょうがないな。ほれ、ちゃんと捕まれよ」
「すまんのじゃ……」
地震がよっぽどこたえたのか、いつもとは比べようのないほどしおらしい。
トレットをおぶり立ち上がろうとすると、何かに袖を引かれた。
見ると、ちょんちょんと控えめにオレの袖を引きながら、タトラさんが消え入りそうな声で救援を求めてくる。
「あ、あの……あたしもその、腰が抜けて……」
タトラさんまで!?
さすがにタトラさんは抱えられないので、肩を貸して引きずるように歩いてもらう。
地震はこの世界の人にとってはかなり怖いものだったらしい。
ちゃんと原因を教えれば、少しは怖さも半減するだろうか。
次回
地震により意気消沈するのじゃロリエルフと獣娘。
ふたりを元気づけるため、己の欲求を満たすため、主人公は鍋を手に取る。
伊織の料理が社に旋風を巻き起こす――




