第33話 のじゃロリエルフの知恵袋
「……おい、のじゃロリ。神様がこの地に魔物を封印したって本当なのか?」
神様の封印やら伝説の魔物やら、にわかには信じがたい話の連続に、思わず隣に居たトレットに確認した。
こいつも無駄に長生きしているわけじゃないだろうから、何か知っているかも知れない。
「ワシが知るわけ無いじゃろ、エルフの里からどれだけ離れているの思っておるのじゃ。……しかし、この地に満ちる強大な力は本物じゃな。細部はわからんが、こやつの言っておる伝承は概ね真実じゃろう」
はやり使えないか、と思ったら最後に嫌な太鼓判を押されてしまった。
腐っても偉いエルフだけあって、トレットのこういった感覚はハズレがない。
オレは米が欲しかっただけなのに、とんでもないことに巻き込まれてしまった気がする。
「じゃあ、封印が解けかかっているってのは?」
「実物を見てみんことにはわからんの。あれだけ可愛い巫女が集まって維持しておるのじゃ、相当強力なものであることは間違いないじゃろうな」
裏を返せば、それだけ封印されている魔物も強力って事だよな……。
オレは腕を組みハリさんに大蛇の事を更に聞いてみた。
今のままではあまりに情報が少ない。
「あのー、ひとつお伺いしたいんですけど、もしその蛇が復活したらどうなるんでしょうか」
「言い伝えのとおりであれば蛇の姿は巨大。おそらく都一帯……から国の領土半分はすっぽりと入るでしょう」
とんでもないデカさだな!!! 復活した魔王だってせいぜいトレリスの街ひとつ分ぐらいの大きさだったぞ。
この国の領土がどれほどなのかわからないが、初めに上陸したトカミの村から都まででも馬の脚で2日の距離だ。少なくとも大蛇はそれ以上に大きいと。
……無理じゃね?
「失礼を承知で聞きます。国を捨てる……という選択肢は無いんですか?」
客観的に考えれば、そんな化け物相手になにかをするぐらいなら、逃げてしまったほうが現実的だとオレは思ってしまう。
神様の作った封印を自分たちで貼り直すより、いくらか被害は少ないのではないだろうか。
オレの質問にハリさんの眉がピクリと動いた。気分を害する質問であるのは百も承知だが、可能であるなら移住も選択肢として考えるべきだろう。
「……我らはこの地で先祖代々暮らしてきました。たとえ王やわたくしがこの地を捨てると決断したとしても、ついてくる者はほとんど居ないでしょう。そして、仮についてきたとしても、我らを受け入れる土地があるのか。アシハラの国は海に囲まれた島国。逃げるための船もありませんし、小国とはいえ国民は万を越します。それほどの数の人間を即座に移住させることは出来ないでしょう」
「なるほど」
八方塞がりって事はわかった。
逃げる手段はなく、封印の維持も難しい。封印を貼り直すにしても、それは神の所業を再現する事にほかならない。
確かに何を利用してでも成功させなければいけない訳だ。
話を終えたハリさんは、静かにオレを見据えた。
「イオリ殿からすれば無謀と思われるかも知れません。ですが、我らに残された道はひとつしか無いのです。もし封印が破られる兆候があればすぐにお伝えし、出国の協力は惜しみません。ですから今一度お頼みいたします。何卒お力をお貸しいただきたい」
「いや、そんな途中で逃げるなんて事しませんよ。ちゃんと最後まで見届けますって」
深々と頭を下げるハリさんに、オレは気軽に答える。
封印されている大蛇がとんでもない相手だってことはわかったし、かなり危ない状況だけれど、他に道がないというのならやるしかない。
もちろん全く無謀な考えってわけじゃない。もし封印が出来なかったとしても、最悪、リミッターを解除して魔法少女にでもなればオレたちだけ助かることは多分難しくない。
……もしかしたら当分女の姿から元に戻れなくなるかも知れないが、死ぬよりはマシだろう。
それに、この地に残っていれば危険が訪れた時、救える命だってあるかも知れないのだ。
聖人君子を気取るつもりはないが、目の前で危険が迫っている人に手を差し伸べないほど非情にもなりきれない。
日本に居た時には考えられなかった思考だが、オレだって危ないところをゼフィさんに助けられたからこそ今こうして生きていられる。
それはきっとオレにとって本当に重要なことなのだ。
「それは願ってもない申し出です。ですが、よろしいのですか? イオリ殿にとってハシハラは見ず知らずの国。そこまで身の危険を冒して頂く理由は、わたくしには無いように思えるのですが」
「うーん、そうですね……」
米が欲しいっていうのも理由のひとつだし、人を助けたいっていうのも間違いじゃない。しかし、言葉にするとそれではなんとなくしっくり来ない。
考えた末に出た言葉はシンプルなものだった。
「困っている人を見捨てて逃げるなんて可愛くないから、かな?」
「……なるほど。可愛くないですか。イオリ殿、よろしくお願いいたします」
その答えにハリさんは柔らかな笑みを浮かべ、オレたちは握手を交わした。
次回
アシハラの国を救う手助けをすると決意を新たにした主人公。
彼らは無事封印を成功させることが出来るのか。
人気のない社の舞台で伊織が見たものとは――