第8話 可愛い=強い
「イオリ、お前は可愛さだけならすでに正規兵、いや、騎士にすら届くほどの実力がある」
「はあ」
オレたちはこの世界ではじめて気がついた思い出の草原に来ていた。
特訓と言うから、てっきり剣を持って毎日素振り千回とか、街の外壁100周とか、ウェイトをつけて生活とか、そういった事を思い描いていたのだが、どうやら違うらしい。
ゼフィーさんはいつもの鎧姿で兜を改造してリボンを付けている。オレはゼフィーさんがくれた革鎧と額当て、それにやはりリボンの髪留め。
「あの、それでこれからどうするんですか」
「うむ、それほどの可愛さがあるのだから、敵意のある者が居たとしても、正面から襲ってきたのであればよほどの相手でない限り大事には至らないだろう。用心しなければいけないのは、奇襲だ」
「ほうほう」
確かに、正面からなら走って人通りの多い市場や兵士の詰め所に行くなど、なんとなく対処法は思いつく。さすがプロの意見。
「という訳で、いついかなる時に襲われてもいいよう、まずは実戦でモンスターの相手をしてもらう!」
「いや、その理屈はおかしい!!!」
ゼフィーさんの超理論に思わずツッコミを入れてしまった。
襲撃の危険って人間相手でしょ? だったらせめて兵士の誰かと手合わせとかそういう事から始めるもんだろうっ!!!
「大丈夫だ、なにも初めからスライムと戦えなどと無茶なことは言わん。最近、森に野良ワイバーンが出るようになったらしい。お前の相手はそいつだ」
「……ワイバーンって、アレですか、手が翼になってる空飛ぶドラゴンみたいなでっかいやつ」
「正確にはドラゴンみたいではなく、ドラゴンの一種だな。下級ではあるが、お前の実戦相手にはちょうど良いぞ」
全然良くない!! ドラゴンなんてゲームとかファンタジーなら最強生物の一種じゃないか。そんなモンスター相手にオレなんかが勝てるわけない!!!
あれか、ゼフィーさん獅子の子を千尋の谷に突き落とすタイプの脳筋スパルタ野郎だったのか? ひ弱な現代っ子のオレにそんな事したら谷底に落ちる前に心臓麻痺で死ぬぞ。
「なんでっ!! オレを殺す気ですか!!! ワイバーンなんて、スライムと戦う方がまだマシじゃないですか!!!!」
「何を言っている、ワイバーンならまだしも、スライムなんて可愛いモンスター、人間が勝てるわけ無いだろう」
「……あれ、ワイバーンって強いですよね?」
「いや? 全く可愛くないからな。図体はでかいが、その辺のゴブリンより弱いぞ」
そうだった。この世界は普通じゃなかったんだ。可愛ければ可愛いほど強いし、可愛くないとどんなに巨大な相手でもあまり脅威にならない。
理屈はわかる。いやわからないけど、そういう世界だというのはなんとなく理解してきた。はずだったが、やはりまだ完全には慣れていないようだ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。私を信じろ」
◆◆◆
「居たぞ」
「ホントだ」
草原に隣接する森へ足を踏み入れると、程なくして先導していたゼフィーさんが立ち止まった。
声を潜め、木の皮を剥いでモシャモシャと食べているソレを見据える。体長はゆうに人の倍。身体のすべてががっしりとしていて、表面には青くぬらっと光る鱗がびっしりと覆っている。
牙は鋭く、きっと人の肉など簡単に噛み砕いてしまう。道中で話には聞いていたが、実際に目の前にしてみると無茶苦茶怖い。
「それで、どうするんですか?」
「決まっている。こうするんだ。てい!!!」
すでに腰が引けているオレに、ゼフィーさんはいい笑顔を向けておもむろに小石を拾うとワイバーンに投げ付けた。コツン、と軽い音がしてワイバーンがこちらを振り向く。
「おい、トカゲ!! エサはこっちだ!!!」
「ちょ、何してるんですか!!!!!」
「言っただろ、今のお前に必要なのは襲撃に対する心構えだ」
「わかるけどっ!! どうするんですかこれ!!!」
「なに、ワイバーンなら素手でも十分戦える。落ち着いて相手の動きをよく見ろ。頑張れよ」
「GYAAAAAAA!!!!」
そう言ってゼフィーさんは自分だけさっさと逃げて行く。前言撤回! やっぱこの人脳筋スパルタ野郎だ!!!!!
食事を邪魔されたワイバーンは牙を剥いて襲いかかってくる。
無理無理無理無理無理、オレは踵を返して逃げ出す。
「うわぁぁぁっっ!!!」
「逃げるなイオリ、己の中にある恐怖に立ち向かえ!!!」
一人だけ安全地帯に陣取ったゼフィーさんが何か言っているが、知るもんか。くそっ、帰ったら絶対なにか仕返ししてやる!!!
ワイバーンの攻撃を躱しながらオレは草原へ出た。しかし、それが最悪の選択であったことに気づいた時にはすでに手遅れだった。
障害物がなくなったワイバーンは翼を広げ宙を舞うと、そのままオレに向かって急降下してくる。巨大な顎が迫り、視界がワイバーンの赤黒い口内で埋め尽くされて……
「うわぁぁっっっ! もうダメだぁぁっ!! ……あれ?」
「GUGYAAAAAA!!!」
「痛く……ない?」
ワイバーンに噛まれているはずなのだが、牙が全く通らず、ガジガジと甘噛されている。
えー、さっきまでの恐怖はどこへやら、まったく攻撃が通らないにもかかわらず懸命に噛み付いてくるワイバーンに、ちょっとだけ可愛さすら感じてしまう。
「イオリ何している、ちゃんと攻撃しないか。素手でも十分勝てる相手なんだぞ」
「……てい」
「GYAA!!!」
ゼフィーさんに促され、遠慮がちにチョップするとワイバーンは一撃で倒れた。
こうして、オレの初のモンスターとの戦いはあっけなく終了した。納得行かねぇ。
「うむ、問題なく倒せたようだな」
「なんとかなったから良いですけど、もうちょっと手順を踏んでください」
側に寄ってきたゼフィーさんは腕を組んで満足気に頷いている。しかし、オレとしてはこんなスパルタ式に耐えられるとは思えないので、もう少しどうにかして欲しい。
「これでも安全には十分配慮している。そもそも、お前には悠長に鍛えている暇など無いだろう」
「うっ」
自業自得だろ、と目で訴えかけられてしまうと、オレは押し黙るしかない。くそっ、絶対に強くなって悠々自適なスローライフを送ってやる!!!
一人決意を新たにしていると、思い出したようにゼフィーさんが言う。
「そうだ、この辺にはスライムが居るから気をつけろよ」
「え、どこに!?」
この世界最強生物の一角が!? 慌てて周囲を見回して見るが、そんなもの姿形もない。どういうことだ。まさかこの世界のスライムは姿を隠して獲物を襲う凶悪モンスターなのか!!
「そんなに警戒しないでも良い。この時間帯なら草むらに潜って昼寝をしてるはずだ。こちらから刺激を与えない限り問題ない。もともと性格は温厚で、人を襲うことなどめったに無いモンスターだからな」
「なんだ、脅かさないでくださいよー」
「よくあるのは、昼寝中のスライムを踏んづけて怒らせるやつだな。昼寝を邪魔されると問答無用で襲ってくる」
「それなら安心ですね、嫌だなぁ脅かさないでくださいよっ!!」
そんなお約束をするほどオレだって間抜けじゃない。一気に脱力し、街に帰ったらたっぷりのお湯で汗を流したいなとか考えながら、足を踏み出すと変なものを踏んづけた。
プニョ
「プニョ?」
柔らかな感触。嫌な予感がしてギギギ、と視線を足元に移すと、そこには柔らかい薄水色のまんまるでプニッとしたファンシー生物――スライムが居た。
「……もきゅう!!!」
昼寝を邪魔されたスライムさんは、大層お怒りであった……。
次回
最強モンスタースライムの眠りを妨げた主人公。
迫りくるぷにぷに軟体の驚異に対し、対抗するすべとは――
ぽろりもあるよ。