8, 美香の部屋 (1)
「昼食をはじめよう」
六条学がパンパンと手を叩くと、メイドによって次々と豪華な食事が目の前に並ぶ。
「頂こう」
六条学のそれを合図に全員がナイフとフォークを持ってカチャカチャと静かに無言で食べ始める。
と、ナイフを握った戦慄は自然と違和感を覚えた。
「美香、この刃物のようなものはなんだ?
歯切れが悪い上に見た目の割に重い」
戦慄はチョイチョイと美香の袖を引っ張る。
問われた美香はそっと戦慄の耳もとに口を運ぶ。
「あなた、ナイフ使ったことないの?」
「ないわけじゃない。武器は一通り使える」
「武器じゃないわよ。お肉を切ったことない
の?」
「肉(人)? 斬ったことあるぞ」
「それなら、その時と同じように切ればいい
わよ」
「分かった」
戦慄がそう言ったその時、美香は斜め右から、ザクッと、突き刺さるような視線を受ける。
「食事中にコソコソ喋るとは美香、お前はい
つからそんなに偉くなったんだ?」
美香と戦慄が食事中にコソコソと喋っていたことに苛立ちを覚えた六条学が怒り気味にそう言った。
「す、すいません!」
アワアワと、顔を青くしながら慌てて美香は謝罪をいれる。
六条学は、顔が青い美香をチラリと見たあと、なんの謝罪もしないで肉を凄まじいスピードで切り刻む戦慄を睨みつける。ビリビリとした殺気が肉を切り刻む戦慄の頭を貫く。
「なんだよ」
顔を上げた戦慄はそう言いながら、自分の瞳の奥にある冷たい殺意を開放する。
戦慄が殺気を放った瞬間、その場が棘に刺されたようなビキビキとする空気に覆われる。
「っ!」
美香が苦しそうな表情をする中、六条学は平然と、フッと笑みを浮かべた。
「なかなか強い威圧力だ。そして手加減した
とはいえ私の威圧に耐える精神力。それだ
け見ても軽く7000PPほどあるだろ
う」
「どうも」
「待て、今のは褒めたわけではない。
"たった"7000しかない、ということ
だ」
たった7000? 美香の5000で凄いと言われていたはずだが………この妹と父親はそれを軽く凌駕しているということか………
面白い生き物だ。
皿の中身が、からになり、六条学の再び叩かれる手の合図によって、からになった皿は次々と片付けられていく。
「さて、何も聞かず昼食を食べさせたが、貴
様は何者だ?」
六条学は少し圧の効いた視線を戦慄に向ける。
「隣町の貴____いや、ただの学生だ」
(え!?)
美香は決めていた設定とは違うことを口にする戦慄に激しく動揺する。そんな様子をジロリと六条学は見た後、鈴音の方も一瞥する。視線を向けられた鈴音は肩をすくめて、さぁ? と、ジェスチャー。そして六条学は再び視線を戦慄に向け直した。
「フンッ、学生の分際で私の邸に入ったのか。
九条神、貴様のPPはいくつだ?」
「………980PP」
「何ッ!」
六条学は戦慄の低すぎるPPに目を開く。
「それは……本当なのか?」
確認するような圧のこもった問に、美香は咄嗟に、ハイッ! と返した。
「そうか……………」
六条学は静かに手を組む。
「どうした?」
「九条神、……………10000、だ」
「?」
「貴様のPPは間違いなく10000以上
だ」
「!」
六条学が発した、10000以上、という言葉に美香と鈴音がピクリと反応する。
「PPがその歳でここまで高いのは稀だ。
どうしたものか………」
そう言いながら六条学はウームと考え込む。
「美香、どうなっている?」
「ちょっと! もう少し静かに!」
「悪い」
「えっとね、お父様は未来の有望な上級戦者
の卵を育成することが仕事なの」
「そうなのか」
「えぇ、だから今は戦慄を育成しようか悩ん
でいるのよ」
「なるほどな」
戦慄がそこまで言った時、六条学は組んでいた手を解き、美香、鈴音に目を向ける。
「これで昼食は終わりだ。自分の部屋に戻っ
て勉学に励め」
「「はい」」
そう言って美香と六条鈴音はガタリと席を立って、自分の部屋に向かって行った。
ポツンと、二人きりになった大食堂は静寂に包まれる。そしてその静寂を破ったのは以外にも六条学だった。
「九条神。先程の威圧、どうやって耐えた?」
六条学は至って真剣な眼差しで戦慄を見る。
「オレにあの程度の殺気は効かない」
とはいえ、六条父のもかなりの威力だった。
「"あの程度"か、いまのが軽く耐えられるの
なら貴様は王宮騎士になれるな。
正直に答えろ。貴様は何者だ」
六条学が念を押して戦慄に問う。今の六条学の険しい顔を見れば泣きわめいている子供も静かになるであろう。
「…………オレはただの高校生だ」
戦慄は圧をかけられても、淡々と冷静に答える。納得のいかない答えにジワリと六条学は顔にしわを寄せる。
そんな様子を見て、戦慄はスッと肩をすくめると、口を開いた。
「なら、一つだけ。
オレがやろうとしているのは____」
この男、六条父は今日会った誰よりもずば抜けて有能だ。それに記憶が"6000年前"のままのオレが現代を生きてきた人間として演じきるのには限界がある。必ずいつかボロが出る。そうなるのであれば、遅かれ早かれというやつだ。
「____殺しだ」
「何?」
戦慄が言葉を発した刹那!
バリバリと、六条学から先程とは桁違いの殺気が放たれる。
「お」
「殺しだと?」
「あぁ」
「なるほど。
貴様の異様な気配はそのせいか。
殺し屋よ」
「ん? 殺し屋? いやそれは少し違__
_」
「どちらでもいいが……なっ!」
六条学は、そう叫ぶと同時に護身用として持っていた黒剣をとり戦慄に斬りかかる。
ビュォォオッ!!
黒剣は、咄嗟に身をかがめた戦慄により、空を切り裂く。
「避けるな、楽にしてやる」
そう言うと、六条学は黒剣片手に戦慄の胸ぐらを掴みあげる。
「死ね」
「悪いが死ぬ予定はないんだ」
「そうか」
ビュッ! 戦慄の口ごたえに応えるように再び振り下ろされる黒剣。
「っと」
至近距離から放たれた斬攻に戦慄は六条学の手を振り切り、バックジャンプをとり、後ろの壁に止まる。
「九条神、貴様には重力という概念はないの
か?」
「さぁな」
「まぁ、いい。これももうすぐ気にならなく
なる。何故なら____」
六条学はそう言いながら低体姿勢をとる。
「___お前は一秒後、とうに死んでいるか
らだ」
その瞬間!
雷光のような速さとなった六条学は人間の肉眼では到底追いきれないスピードで大食堂を跳ね回る。
「人間の進化………」
ここまで伸びたとはな。
「面白いものを見せてもらった礼だ」
受け取れ。
「さらばだ、九条神」
完璧な死角から六条学の微かな光を帯びた黒剣が戦慄の首を捉える。そして……
グサッ! 六条学の放った、黒剣の鋭いその一突きは見事に戦慄の首を貫いた……ように思われた。
「これは……幻影!?」
六条学は煙となり消えた戦慄の幻影をかぶる。
(まずい、視界が……)
「残念だったな」
戦慄は、煙に視界を覆われた六条学の背後に一瞬の内に回り込む。
(くっ、着地が……)
六条学が苦悶も浮かべる中、戦慄はグッと右手の拳を構えた。
「チッ!」
六条学は着地直後に大きく回し蹴りを放つ。が、
「いつの間に!?」
振り返った時、戦慄は十数メートル離れた場所で腰を落とし、拳を構えていた。
「なぜ来ない、私を侮辱しているのか!」
チャキ、と戦慄に黒剣を向ける。
「そんなに来てほしいのならコイツを連れて
行ってやる」
そう言うと、戦慄は床の大理石に足を踏みしめ、右腕を軽く後ろに引きつけるとバネに弾かれたかのようにビュッと拳を突き出す。するとたちまち六条学に襲いかかる、拳を象った空気の拳。
「ぐっ」
六条学は手をクロスさせ拳の空拳を後方に飛びながら受け止める。
「まだいくぞ」
六条学が空拳を受け止めた瞬間、戦慄は両手を後ろに引き込む。
(っ! 防御を……)
これから起こるであろう事にいち早く気づいた六条学は防御体勢に入った。そして………
シュダダダダと、六条学のクロスされた腕に重く速い空拳が連続で叩き込まれる。
「っ、ぅ」
空拳が六条学の体力と意識維持力をジワリジワリと削っていく。
「終わりだ」
戦慄の放つ空拳の威力が更に上がる。と、戦慄はここであることに気が付いた。そう、黒剣の存在について。
「まさか」
戦慄は自分の後ろの壁に刺さっている黒剣を空拳を打ちながらチラリと見る。そこには美香が言っていたひきつけ合う力を持つ液体の結晶が埋め込められていた。ならば当然、
「貴様が結晶に気づくこの時を待ってい
た!」
六条学は、戦慄の後方に突然現れ____ず、瞬間移動装置作動直前に密かに戦慄の斜め右前方に投げられた結晶へと瞬間移動をする。
ほんの0.0数秒。その僅かな戦慄の油断を待った、六条学の渾身と言える重い拳が、戦慄の出した手に強く打ちつけられ、暴風を起こした。
「これにも反応するか!」
「速さと防御は得意分野なんだ」
力の押し付け合いで両者の手の位置は動かない。
「ハァアア!」
六条学の力の最後の一滴が戦慄の手をじりじりと押していく。状況は戦慄が劣勢、そう思われた直後! 戦慄は受けていた手を外に流して拳の軌道を反らす。当て場をなくした拳はバキャッと、大理石を派手に破壊。
「ぐっ」
戦慄は、手を大理石に取られ、一瞬身動きがとれにくくなった六条学の顎を肘で殴り上げる。その後、戦慄は横にそれると、空中で一回転したのち、宙に浮く六条学の体を鋭い蹴りで大理石に強く叩きつける。
「ごはぁっ!」
苦しみを口にする六条学を中心とする大食堂の大理石や壁をベキベキと破壊していく。
「ん、終わりだな」
相手が気絶していることを確認した戦慄は大理石にえぐりこんだ六条学を引っこ抜く。
「ここでいいか」
戦慄は気絶した六条学をゆっくりとバキバキになったテーブルの上へそっと寝かせた。
一段落がつき戦慄は立ち去る前にボロボロになった大食堂をもう一度見る。
大理石は割れ、壁には複数の大きなヒビ、壊れたたくさんの壺や装飾品たち。
「これは説教だな」
戦慄は激怒する美香を頭浮かべながら、やれやれと、肩をすくめた。
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「あなた、やってくれたわね」
大食堂入り口付近で一部始終を見ていた美香は戦慄が出てくるなり鬼の形相で戦慄を睨む。
「待て、手を出してきたのは向こうからだ」
「そうかもしれないわね。でもあなたが悪
い」
「なんでだ?」
「だって大食堂壊したじゃない」
「六条父も壊してた」
「戦慄よりは壊してないもの」
理不尽だ。
「それにしてもあなた、運が良かったわね」
「なぜ?」
「今日父様は、体調が優れていなかったの
よ。もし体調が良かったら戦慄なんて瞬殺
だったわ。えぇ、間違いなく」
「そうか。それは助かったな」
「そうよ、命拾いしたのよ、あなたは」
しつこく何度を同じことを言う美香に、戦慄はコクコクと適当に頭を縦に振る。頭を頷けるだけで、一言も発しなくなった戦慄を見て反省したのだと思った美香は、ヤンチャな子供を見るような目を戦慄に向けると、背を向け、戦慄についてきて、と手で招いた。
戦慄は、スタスタと美香に連れられるまま廊下を歩いて、階段に足をかける。
「足元、気をつけて」
「あぁ」
トントンと階段を二人が登っていくと、突然広いスペースが現れた。
「ここよ」
美香は白い壁の前に立つと壁に掌をつける。と白い壁は波立つようにウェーブをえがき、ドアの形をした穴をポッカリと出現させる。
「隠し部屋みたいなやつよ。
穴が閉じちゃう、入って入って」
美香に背中を押され戦慄が穴の中に入ると目の前には清楚で豪華な部屋が広がっていた。
「何見とれてんのよ。私は今から課題するわ
ね。あなたはたぶん初日でてないと思うか
らそこら辺で休んどいて」
美香はソファを指指しながらそう言うと、机の横にあるシステムをカチッと起動させる。すると、美香の体を緑色の粒子が取り巻く。粒子は輝きを増すと、美香を一瞬の内に制服から部屋着に移し替えた。
「変服プログよ。ほら、今朝の使えなかった
やつよ」
戦慄は、あれか、と美香に頬を打たれたことを思い出しながら、ふかふかのソファに座った。美香がカカカッとペンを走りさせ始めると、戦慄は改めて部屋を一望する。するとここで戦慄は、重大なあることに気づいた。
「美香。ベットが一つしかないんだが」