第6話 なんと無慈悲な
すいません。短いです。
「いやいやいや、駄目ですよ」
警備員が戦慄を手で制す。
「一度使うだけでもか?」
「駄目です」
「一瞬でもか?」
「当たり前です」
「諦めるのか?」
「あなたがね」
少し遡ること、
〜12分前〜
大広場までやって来た戦慄は巨型瞬間万能移動装置の8列ある内の一つの使用列へと並んでいた。
朝早くということもあり通勤等にこの装置を使う人は割と少なかったのだが、戦慄と同じくWDSの偏入試験を受ける者たちで溢れかえっていた。
なかなか待っても戦慄の番は来ない。一瞬で行けるとのことで試験に遅れるなんてことはありえないが、もしものことがある。
そんな最悪を想定しているのか受験者達から漂う空気はピリピリとしたものだった。
前に並ぶ者が物を落としたりなどして僅かに時間のロスが出来ればところどこで舌打ちが鳴り、音楽を聴いているものがいれば僅かに漏れる音に文句をつける奴さえいた。
こんな奴らが国民を守る諫死屋なんかになれんのかよ、という当然の愚痴も通勤者から出たが幸い受験者達の耳には入らなかった。
そんな感じでなんやかんやはあったが、時間とは有限で進み続けるため徐々に利用者が減っていき、
「やっと番か」
10分ほど待ったところで戦慄の番が回って来た。
手荷物をゴソゴソと漁りケースに入った移石を取り出す。
傷もなく綺麗な白桃色だ。
後はこの移石を装置に読み込ませるだけなのだが………、
〘ブビィィ! ErrorーError〙
戦慄が何度やっても何をしても断固として装置は移石を読み込もうとしない。
「なぜだ?」
黒い円盤に移石を乗せ、装置に読み込ませる。
読み込みの手順は至ってシンプル。だから間違いなどあるはずも無いのだが………
〘ErrorーErrorーErrorーError〙
なり続けるError音。
それでも戦慄は移石を円盤に乗る作業を繰り返す。
移石を振り回してみたり、摩擦で温めてみたり、地面に叩きつけて欠けさせてみたりとなどなどを試した。
が、2分ほど奮闘したところでその場をトウセンボしていた戦慄は迷惑行為だと言う理由で警備員によって列から弾き出されてしまった。
戦慄には何がいけないのか分からなかったが、とりあえず試験会場にはなんとしても行かなければならない。
弾き出してきた警備員を説得し目的地までの移動を要求したが、警備員は「駄目です」の一点張り。
「役立たずめ」
「なっ!」
ブチ切れる警備員を無視し、戦慄は次の手立てに移る。
「昨日読んだ本に人とは情に厚い生き物と書いてあった」
が………
「受験者か? 一緒に………」
「行くわけねぇだろ! 馬鹿が!」
声をかけるも………
「悪い。ちょっと………」
「ごめん。急いでるの」
ことごとく断られ………
「一瞬だけでいい。その石を…………」
「か、か貸さないよ!!」
全敗。
「なんと無慈悲な」
戦慄は人間の優しさに落胆した。
どうしたものか………そう思いつつ装置周辺を周回していると、
「あ、あれ? これどうやって使うんだ?
スッ、すいません! すぐ終わらせますんで!」
戦慄が元いた場所から少し離れた場所でダラダラと汗を流し後ろの視線を気にする少年を発見。
そしてその手には握りしめられた白桃色の移石。
「4度目の正直」
迷いなく戦慄は助けを求める少年の元へ。
「大丈夫か?」
「うわっ、誰!?」
「九条神戦慄だ。借りるぞ」
戦慄はビクビクする少年から移石を奪い取ると先程何回も繰り返した作業をもう一度行った。
すると装置は移石を早急に読み取り移石と同色に輝きだす。
〘No.280756。データをダウンロードしました。
転送を開始しますか?〙
そう問う装置は起動した戦慄ではなく少年に向かってコアを明るく照らす。
「うっ、うわっ! なんだ!?
僕の体が機械に……っ!」
コアの光に当てられ少年の身体にノイズが走る。
〘転送、開始しますか?〙
「よ、よよろし………っ、はい!」
「オレも連れて行ってもらっていいか?」
〘許可を受理しました。
転送を開始します〙
キュゥゥッ、ガコンッと戦慄たちの足場に円上に光るいくつもの光の輪が出現し、少年の体を部位から部位へと隠していく。
「お、ぉぉお! おお!」少年が驚きの声を上げる一方で戦慄は「なぜだ?」と首を傾げる。
起動したのは戦慄だ。しかし移石は少年のモノ。盗難対策として戦慄が転移させてもらえないのは仕方のないことだが、
「なるほど。
これが恩知らず」
見返りを求めて助けた戦慄にとって何も帰ってこないのは意味が分からない。
「悪い。一緒に行ってもいいか?」
その声は少年には聞こえていない。このままでは戦慄はここに取り残されてしまう。
「ん、仕方ない」
少年が謎の歓声を上げ輪をくぐってワープするその瞬間。
戦慄は手を伸ばして、ワープの際に少年から輪が外れていく瞬間を見計らってしっかりと少年の右手を掴む。
が………
「………弾かれる」
外部からの侵入を感知した輪が急ぎ戦慄を少年から引き剥がす。
もうワープしてしまう。もう一度少年の体部を掴むことは不可能。
ならばと、戦慄は思い立ったらすぐ行動。
少年がワープし、完全にその姿が居なくなった次の瞬間!
戦慄はコンクリートに指をめり込ませ、手のひらサイズにコンクリートを抉るとそれをコアに向かって投球。
それと同時に戦慄もコアに向かって跳躍。
当然それを防ぎに邪魔な輪が戦慄の前に立ち塞がるが、コアに迫るコンクリートを認識した瞬間に戦慄を一時放棄して危険なコンクリートを破壊。
僅かとはいえ生まれたコアに近づくための時間。
その生まれた隙をついて戦慄はコアに触れ…………るのではなく、
「っと」
空中で1回転した勢いのままコアに脳天踵落としを叩き込んだ。
戦慄の視界には入ってはいなかったが戦慄の後ろに並ぶ利用者はさぞ驚き、発狂、そして殺意を戦慄に覚えただろう。
とはいえ戦慄がそんな利用者に気づくわけなく、コアを叩き落とした戦慄は割れたコアをバラバラに粉砕し、内側面で未だ微かに光っていた白桃色の光に触れた。