第4話 合格への祈願
〘くぅぅぅゔ!! まぁたジョーカァァー!
もう一回! もう一回やるですよソーマン!〙
戦慄が美香の元へやってきて早一週間。
今日も美香部屋は賑やかであった。
「もう30回ほどそれは聞いた」
〘じゃぁ後70回は聞けです〙
今、戦慄とシアンはいつも通り美香がWDSに行っている間のババ抜きにいそしんでいた。
いつも一人ぼっちだったシアンにとって戦慄との遊びは非常に楽しいもので、
〘ソーマン。次は、アレやるですよ。
えっと〜、ポーカーを! ポーカー!〙
何をやるにも新鮮さで溢れかえっていた。
ちなみに『ソーマン』というのはシアンがいつまでも戦慄のことをテメェや男と呼んでいたため、それを見かねた美香がシアンにも呼びやすいように空男というイメージで名付けたものだ。
「ポーカー………昨日もやった気がするが」
〘いんですよぉ。何回やっても楽しんだから。
それともなんだです?
アタシに負けるのが怖いってんですか?〙
偉そうに挑発するシアンだが、昨日のポーカーの勝率は戦慄98%。シアン2%だった。
戦慄にいたっては昨日始めてルールを知ったにも関わらず、コンピュータシステムを用いたシアンに多彩なイカサマを使って圧倒的勝利を収めた。
しかし勝負ごとに昨日は関係しない。
なので昨日大敗を期したシアンも今は0勝0敗。
今だけは戦慄と同等な立ち位置にいるのだ。
そんな立ち位置が同じ者からの挑発に意地になってしまうのか、
「……3回勝負だ」
戦慄はシアンの安い挑発に乗った。
承諾の言葉にシアンはニヤリと笑い、
〘途中で逃げんなですよ?〙
自分の勝利に確信をいだきながらカードのセッティングを始めた。
〜それから間もなくして〜
「帰ったわよ」
午後6時30分を過ぎた頃、美香が帰宅。
それと同時にリビングの扉を蹴り開け、液体を撒き散らしながら美香の方に走ってくる何か。
初見はホラー映画である。
美香はため息をつき、いつものように膝をおって走ってくるシアンを抱き止める。
「今日はどうしたの?」
〘ゔぅ、……が、したのにぃ、ぅわあぁぁん〙
シアンの目から水素水が溢れ出し美香の制服に流れていく。
美香はそれを気にすることなくシアンの頭を優しく撫でる。
このような感じがこの一週間。毎日である。
シアンが負ける>>シアンが挑発する>>戦慄が買う>>勝負>>シアンが安易に秘策を破られボコボコに>>シアン、美香のもとへ>>泣く………、そして次の日にまた懲りずにシアンが戦慄に挑む。
この繰り返しである。
美香のブレザーは毎日毎日ビショビショ状態。
戦慄の顔は理不尽なる暴力で毎日毎日もみじマークだらけ。
ほぼ遊びに付き合わされている戦慄にとっては良い迷惑だ。
「それで?
今日はなんの勝負に負けたの?」
〘…………ポーカー〙
美香はブレザーを脱ぎシアンを抱っこした状態でリビングに入る。
「あなた、今日はどうやってシアンをはめたの?」
これが帰った美香と戦慄の定番の会話。
時々戦慄が種明かしをするときもあるが、大抵は、
「シアンは脳がない」
つまり馬鹿だと言って答える。
それを聴き入れシアンは涙を拭き取ると、
〘こ、今回は手を抜いたげたですよ!!
明日はアタシの本気を見せてやるです!〙
などと言ってやたら意地を張る。
戦慄がシアンにポカポカと叩かれた後は、戦慄一人が瞬時万能移機を使ってヒューストンにある美香の家へ。
そこに用意されている訓練装置を使って12時間ほど特訓を開始する。
訓練内容は基礎づくりとしてシンプルに、
•腕立て伏せ100000回
•腹筋運動30分セット10本
•スクワット100000回
•重りを持って外周マラソン
•達人機を相手に回避のみ
これらを1セットとし、12時間の間にできるだけセット数をこなす。
12時間立つと戦慄は自動的に寮に戻され、部屋についた途端に即倒する。
その介護をするのがシアンの仕事だ。
戦慄が活力を取り戻すと今度は美香が休み休憩の間に武道についての裏技などをテレビモニターを通して教授する。
教授を受けたあとは戦慄がモニターを参考にその場で型を取る。
シアンはすることがないのかちょくちょくモニターを覗きながらあーだこーだ言うが、時折戦慄に適確なアドバイスを送る。
そんな過酷な特訓の毎日は驚くほど早く流れ、
〜戦慄が美香の元を訪れて10日目〜
ついに最後の型を取った戦慄の特訓が終了した。
戦慄の身体は10日前とは比べ物にならないほどたくましくなり、程よくついた筋肉にシアンはパチパチと小さく拍手を送った。
戦慄は十日間とはいえどベストを尽くした。
今から数時間後の明日の午前6時には運命のWDS偏入試験が開始する。
今回を逃せば次は一年後。
嫌いな男でありながら努力を知るからこそ、シアンは戦慄の合格を強く願った。