第1話 目覚め
メラメラと業火の如く燃え上がる炎が平和な街を破壊していく。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴も鳴り響いた。
『こ、こちらっ、上空ヘリです!
見てください! 今私たちの目の前では信
じがたい光景が広がっています!』
リポーターが指差す方角には奇声を上げ、たからかに笑う一人の人間、いや、もはや化物がいた。
『一体誰が信じれるでしょうか!?
たった一人の人間に街の全てを奪われたなどと!
もはや数時間前の平和な街の面影はどこに
も見当たりません!
このような急すぎるトラブルに諫死屋達の
対応が遅れているとのことで、民間人の間
に不安の声が広がって…………
____あっ! あれは……!
ちょ、カメラを………。
み、皆さん見えるでしょうか!?
たった今、元凶だと思わしき人物に近づく
人影を確認しました!』
立ち上る煙のせいもあって確かな姿は捉えることは不可能であったが、カメラのレンズには確かに人影らしきものが映っていた。
『は、果たして………あれは味方なのか、はたま
た悪なのか!
私達はただ祈る他出来ません!』
レポーター、カメラマンが息を呑みただただ下を見守る中、2つの影は一向に動きを見せない。
と、その時気づかぬうちに低空飛行していたヘリがいきなり急な揺れを起こしレポーターの持っていマイクが静かに地面にコツン、と落ちた………
その次の瞬間。
東京の都心部で化する音すらならぬ無音の二つの強大な力がぶつかり合った。
数百年ぶりとなる大事件から遡ること数カ月前。
時は美香と少年が出会ったときに遡る。
〚4月26日 AM6:15 IN second Bedroom〛
ピコンッ、ピコンッ、ピココココココココ………
「…………ん、ぅ……」
耳元でうるさく鳴る目覚まし時計の音に美香の眠気は徐々に薄れていく。
少年を拾ってから一夜が過ぎ、昨夜深夜遅くまで起きていた美香の目はまだ重々しいものだった。
それでも美香はおぼつかない手で自分の体ベットから押し上げると、白細い腕を伸ばして目覚まし時計を止めた。
それと同時に目の前にデジタルプレートが現れ、今日の日付や天気予報、現在の時刻などが表示される。
美香はプレートに手をかざして抹消すると、口の中で唾液と仲良くしていた髪の毛を怪訝そうに引っ張り出し、「ギィ」とベットから降りた。
スリッパを履き、ペタペタと朝の準備を済ませる。
焼いていたトーストから香ばしいレーズンの香りが部屋内を充満し始めた頃、すでに美香は身のこなしを完璧に整え、今だ眠り続ける少年の介護をしていた。
いや、介護と言っても少年は特別怪我をしているというわけではないため美香がしてやれる事はただ横にいてあげるということしかできないのだが、人が近くにいるというだけで安心できる点は確かにある。
美香が少年の横に居座ってからものの数分でテーブルには栄養バランスのよく考えられた貴族らしい豪華な朝食が完成していた。
美香は一度席に座り優雅な姿勢で黙々と朝食を食べ進めていく。
朝食を食べたあとは歯を磨き、腕に貴族印を取り付ける。
これで朝の準備は終了。
登校までの時間で美香は読みかけの小説を楽しむ。
5分、10分………と時間は過ぎてゆき、気づけば既に登校時間。
美香は名残惜しそうに本を閉じると鏡の前に置いてあった
『万能時計』を取って急ぎ足で玄関に向かう。
美香がローファーを履きドアに手をかけると、室内にいたお手伝いロボット達が仕事を一旦中止し揃って美香の見送りにやって来る。
美香は振り返り際にロボットたちを一瞥すると軽く手を振り、
「それじゃ、行って来るわね」
柔らかく少し微笑んで部屋を出て行った。
〘〘行ッテラッシャイマセ。オ嬢様〙〙
ロボットたちは閉まる扉を焦って止め、美香の姿が見えなくなるまでカクカクと手を振り続けた。
〚AM6:57 IN first Bedroom〛
その少年はBedroomを通っていったロボットの移動音という素朴な理由で目を覚ました。
全身が痺れているようで体は動すことが出来ない。なので横になった状態での状況確認。
横には先程戻ってきたロボット。
空色の視覚に映るのは知らぬ天井。
嗅覚に感じ取られるのは何かいい匂いのする毛布や枕。
〘おっはようーございます。気分はどうですかぁ?〙
少ない状態情報にボーっと天井を眺めていた少年の枕横でそう声がかけられる。
少年の顔を覗き込むそのロボットは他のロボと大きく異なる点があり、犬の尻尾のようにくくられた髪の毛やクリッとした綺麗な眼、初見であってもなくても幼い人間の少女と大差ないものであった。
〘あの〜、聞こえてるですか?〙
少年は再度そう尋ねてくるロボに軽くうなずくと顔を横に向け、空いた窓から見える空を見た。
少年がいつぶりかに見た青空。
度々空を飛んでいる車なども目に入ったが、時折姿を見せる小鳥が心を和やかな気分にさせた。
そんな感じで少年が外を見ていると、
〘あれ? 何か見えんですか?〙
視界を遮るように目の前にロボの目が映り込んだ。
「……………」
少年はロボの目を気力ない目で見つめた後、ふっと視線を外した。
〘ん〜、今日もいい天気ですね〜〙
「……………そうだな」
青い空なんてものは久しく見ていなかった。
少年の知る空はもっと黒く、血が滲んだようなおぞましい色をしていた。
〘空、好きなんですか?〙
「……………どうだろうか」
血黒い空など、好きになりたくてもなれなかった。
だが、少年はこの青空なら好きになれる気がした。
〘ふむふむ。
青空ガスキデアル、っと。
データ送信完了!〙
「………1ついいか?」
ご機嫌にデバイスを利用し目が青く光っていたロボに声をかける。
〘なんですか?〙
「ここは……」
〘あ〜、はいはい分かってるですよ。
ここがどこか聞きたいんですね。
ここはお嬢様の部屋です。
ハイ。以上、説明終了です。
それじゃぁアタシは他の仕事があるのでこ
こらで失礼するです。
さらば! ですっ!〙
スキップで出て行ったロボがバタンッ! と扉が閉め少年は一人ぼっちに。
特にすることのない少年は、痺れがとれてきた上半身を起こしベット脇の小テーブルに置いてあるフルーツに目を向けた。
「なんだアレは?」
なんとなく少年が興味本位で手を伸ばしてとったその果物はリンゴのような赤い皮に半透明な実を包み込んでいた。
水風船のような感触の不思議な食べ物(?)。
それだけで少年の探究心をくすぐられた。
少年がしばらくその実を手の上で転がしていると「ピヨピヨ」と小鳥が2羽窓枠へと止まった。
目的は言うまでもなく少年が所持している赤い果物。
ふと、果物を見ていた小鳥と少年の目が合った。
すると、小鳥はキラキラと視線で「それください」アピール。
少年は小鳥と果物を何度か交互に見た後、
……………ササッと果物を胸ポケットに隠した。
くれないと分かれば小鳥たちも少年にゴマをする必要はない。
「ピキィーー」と奇声を上げ一気に少年に襲いかかる。
まだ上半身の僅かな部分しか麻痺が取れていない少年は小鳥に思うまま倒され、小鳥達は胸ポケットに隠していた果物を突き、
パアァッン! と音を立て果物を破裂させた。
少年の服にはもちろん、いたるところに赤い果汁が飛び散る。
さらに、果汁の強烈な匂いに誘われ次々と小鳥たちが美香の部屋の中へ。
と、ちょうどその時、閉まっていた扉が開き、
〘男ぉ、林檎を切ってきまし…………、
キャァァァァァァ!!〙
少年のためにリンゴを切ってきていたロボが、小鳥に胸部を食べられる少年を発見し悲鳴を上げた。
もちろん少年は食われていたわけでなく、ただ舐められていただけだった。
しかしそんなことを知らないロボは、
〘んまっ、魔獣出現! 総員武器を取れぇ!
完っ全に息の根を止めるのですぅ!!〙
部屋中のロボットを集結させロケランやマシンガンを構えさせると、
〘放てぇぇ!!〙
動物保護法に大きく背く殺戮を始めたのだった。(結局一発も当たらなかったのだが)
全弾不当、つまり形として残るのは、
「ふぇ〜ん、お嬢様のファーストベッドルームがぁ」
銃弾によって蜂の巣にされた無惨な部屋。
中には銃弾に撃ち抜かれた、
〘うわぁぁぁぁぁん、アタシの枕コレクショ
ンがぁ!!〙
粉砕。
固定具が破壊されプラチナアロワナの水槽に落ちた、
〘あぁぁぁぁ………、電子改装がぁ!〙
水没。
穴という穴がつきまくった、
〘新居の美しい壁がぁぁ!〙
窪みまくり、
一瞬にてボロ部屋と化した部屋を前にして動揺、そして怒りの矛先は、
〘何してくれてんですかぁ!
男!!〙
理不尽ながらも原因である少年だった。