君が祈るまで泣くのをやめない
昨日は、自分の新たな一面と巡り会えた1日だった。思わず、そちらの道に進もうかとも考えたが、一番伝えたい人に想いを伝えられていない時点で、そんな才能などたかが知れていると思い直し、踏み止まった。歌で想いを伝えるのは諦めよう。そうなると、次はどうやって御崎に想いを伝えようか。
歌が迷惑になるのであれば、歌わずに済む詩にしようか。しかし詩にすると、文学に一家言ある彼女の地雷をまた踏み抜きそうで怖い。
ならばいっそ、手紙にしようか。それならば彼女の逆鱗に触れることもないだろう。しかし、手紙では、彼女への想いを綴ったとしても、1日では到底書ききることが出来ないだろう。
いっそ土下座でもしようか。いや、彼女はそれを好まないだろう。一体、どうすればこの思いは彼女に届くのだろうか。
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「という感じで、悩んだんだが、結局何も用意できなかった。それでも好きだ。付き合ってくれ!」
「お断りします」
彼女は大きな溜息をついた。
「別に何だっていいじゃないですか。何なら、普通にフルーツ盛り合わせとかにしてくださいよ。その方が私も嬉しいです」
「断る。俺はお見舞いに来てる訳じゃない。君に告白しに来てるんだ」
「……そうですか」
彼女はまた溜息をついた。
「先輩って本当にバカですよね」
「どうした、急に」
「こうして本当に毎日お見舞いに来て無駄な時間使ってますし」
「お見舞いじゃない、告白だ。それに無駄ではないだろう」
「仮面浪人してまでわざわざ私と同じ大学に入ってきましたし」
「好きな人と一緒の学校に通いたいと思うのは当然だろう」
「本当にバカです」
一息ついて、彼女が口を開く。
「でも、私は、そんな先輩の事が」
「駄目だ」
思わず彼女の言葉を遮る。
「それは、今じゃない。そう約束しただろう?」
「……そう、でしたね。ごめんなさい。ちょっと焦っちゃいました」
いつもの彼女らしからぬ様子に、思わず困惑したが、その原因に思い当たる節が有った。
「手術の日程が、決まったのか?」
「……はい」
「いつなんだ?」
「明日です」
「……そうか」
急な話ではあったが、既に覚悟は出来ていた。それに用意もしてあった。こんなに早く渡すことになるとは思わなかったが。
「御崎」
「なんですか、先輩」
「これを、受け取ってくれ」
そう言って、彼女にある物を手渡した。
「何ですか、これ。お守り、ですか?」
「そうだ」
彼女が手術を受ける必要があると聞いた時から、毎日近所の寺社仏閣にお参りして、気休め程度ではあるが霊験を高めたお守りだ。彼女が受ける手術は成功率が非常に低いらしい。それでも、その僅かばかりの確率が少しでも上がるようにと、毎日祈り続けてきた。
普段は全ての贈り物を拒絶する彼女も、この時ばかりは素直に受け取ってくれた。お守りをぎゅっと握り締める様子に、彼女の不安な内心が窺えた。
「手術、成功するといいな」
「……はい」
「頑張れよ」
「……はい」
「好きだ、付き合ってくれ」
「お断りします」
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その日、泣きながらお参りをする男が近所の寺や神社に現れたが、既に見慣れてきた光景に、いつもの事だと周囲の人々は無視をした。