01. 砕けたる魂を古都に見ゆ
一話毎の長さは、毎回違ってくると思います。
鍛造の古都【ツツナギ】
それは大陸において珍しい雰囲気を持った独特の街である。それを生み出すのは、遠い東の国の建築や文化であり、切り取ってそのまま運ばれて来た様なその光景に他ならない。
大陸においては大変珍しいその光景は、大いに人々の興味をそそる物であった。
「おお、テイルだ。至る所にテイルが居るぞ」
また街の中を行き交う者達にも特徴がある、鍛造を謳う街では当然の様に鍛冶師が沢山おり、またそれ以上に戦さ場に身を置く者が居る。更には商人の数も多く、観光客も随分と伺える。
だがそのどれよりも目を引くのは『テイル』と呼ばれる、本国で言う所の「猿」である。
街の至る所で見受けられるそれらは、ごく自然に振る舞い、人を恐れる気配など微塵も無い。故にそれらは街の住人として、この地に生きるのである。
ただ二つだけ人と違うのは……
「きゃっ、か、返して!」
善悪の区別が無く……
「も、戻って来なさい!」
……また、言葉が通じない事である。
「ったく、手癖の悪い奴らだ」
近くを通りかかった道行く侍は、女の声に振り返ると、足下を駆け抜ける小猿達を捕まえる。つまみ上げた猿は「ジャリ……」恐らくは硬貨が入っているであろう小袋を抱えていた。
「何で金なんだよ、必要無えだろ」
侍は袖の中から「センベエ」を取り出すと、小袋と交換させる。
「それでも囓ってろ」
小袋を取り返してやると、侍は人混みを振り返る。だが持ち主は姿を現さない。
仕方なく先程声のした方向、橋の中程まで進んで行く。すると……
「あ、それ! ありがとうございます。取り返してくれたのですね」
「…………」
「助かりました、テイルでしたっけ? すばしっこくて」
そう告げるのは、声を聞く限りは先程の女であり、小袋の持ち主であるとは思われる。だが取り返すつもりが果たしてあったのか? 甚だ疑問に思えた。
「あんた……何なんだそれは?」
女は鉄に埋もれていた。
正確には、寸法の合わない大きく分厚い鎧によって、身動きが取れていないといった様子。顔なんかは当然拝めないその様は、最早「亀」か「岩」である。
「……鉄壁ですが?」
「いや金取られてんだろ!」
これ以上関わる必要性を微塵も感じない侍は、小袋を鎧の隙間に落とすと、後ろ手に振ってその場を立ち去った。
「えーっと……」
侍は、街の案内板や人に道を教わりながら、目的の鍛治工房を探す。人通りの多い場所などでは、鞘当てをしない様にも心掛ける。と言ってもここは大陸のど真ん中であり、彼の祖国とは文化が違う。更には道行く武人は騎士や戦士や狩人や……とにかく侍などは彼のみである。
「ねぇ、あなた侍でしょ」
声を掛けて来るのは少女であった。ややこしい話しではあるが、大陸の中にある島国の街の中で出逢った金髪の少女。それは島国由来の「和装」を着用している。
「何とも、ややこしい話だが……そうだ。俺は『波の国』から来た侍だ」
「へぇ〜、これが侍かあ」
少女は侍をジロジロと見回す。彼が侍たる証である刀や着物や帯……
「ねぇ、ワラジじゃ無くて靴なのね?」
「ああ、履き潰したんだよ」
「頭は剃ってないの?」
「ああ、俺は剃らない。個人の自由だからな……つぅか悪いな、俺は用があるんだよ」
「……刀?」
「お?」
「だってそれヒビ入ってるでしょ?」
侍の驚いた様子に、少女は偉そうに腰に手をやる。生意気と言うよりは、微笑ましい可憐さが上回ると言った所ではある。
「私は鍛治工房で働いてるの、だから刀の事なら直ぐに分かるのよ。そして侍についてもね」
侍は感心し、少女の言葉をきちんと受け止めるよう改めた。流石は鍛造の古都である。
「あなたがモモタローでしょ」
「ちげーよ!」
全く違った。
「え〜、じゃあキンタロー?」
「そんな力士はいたな」
「じゃあウラシマタロー?」
「どっかで聞いた事はあるな、……つぅかタローはつかねぇよ」
「え? 侍は皆タローじゃないの?」
「そんな決まりは無え!」
少女は刀には詳しいが、侍という物についてはそうでも無かった。と言うよりは知らな過ぎた。
最早こんな問答に意味は無い。それよりも工房で働き刀に詳しいのであれば、少女は知っているのでは無かろうか? その様に考えると、男は改めて尋ねてみる事にした。
「なぁ、ここら辺に『贋鉄』って鍛治師は居ないか?」
「いるよ?」
その返答に安堵すると、少女が案内を買って出る。丁度良いとばかりに侍は任せる事にした。
やはり同業者に聞くのが一番早い、これで刀は元に戻る。その様な思いで後に続き、目的の人物が待つ場所へと辿り着く。
「ここだよ」
笑顔で少女が指し示す物。
「…………」
墓石であった。
「『贋鉄ここに眠る』だってさ、笑っちゃうね」
「げっ、笑うのかよ。嬢ちゃんは本当は怖い子なのか?」
「ん? だって眠ってないじゃん。死んだんだよ?」
侍はホッとした。……いや、している状況でも無い訳だが。
少女の言葉は文化の違いによる物であり、恐らくこちらでは死者を眠ると表現しないのだろう……
笑顔で死者を冒涜する少女というわけでは無かったようであり、侍はその事に安堵した。
「お、花凛じゃないか。どうしたんだ?」
「贋九郎!」
花凛と呼ばれた少女は、そちらへと大きく手を振る。それに侍が振り返ると、石畳をこちらへ向かう若い男。恐らくは侍と差して変わらないであろう男は、袖に腕を組み幾分小さな眼鏡を掛けている。例えるなら何処ぞの商家の息子と言った所か。
「贋鉄の息子だよ」
「おお! マジか」
「ん?」
この後、この出逢いが齎らす物が何であるかは、現段階において知る由もない。
「……侍?」