紅い秋、相い傘濡らす、惑い雨
なつよぞらのつづき。
れんさいがなかなかかけず、むしゃくしゃしてたので、かいた。
でも、れんあいものってむずかしい。
かいていてそうおもった。
定期テストも、明日で最終日。
テスト期間中、クラブや部活動が休止される為か、普段の放課後よりも昇降口は混雑している。
しかも雨が降っている為、よりその度合いがひどい。
だから、他の人の邪魔にならないよう、廊下の壁に身を寄せている。
何度か、友達や級友と挨拶を交わしているが、なかなか本命が来ない。
腕時計をちらりと見る。
普通ならスマホを見るのかもしれないが、私はこれだ。
お兄ぃがくれた、お気に入りの時計。
私にとって、肌身離さずの、宝物だ。
見ているだけで、心が暖かくなる。
あと、お姉ぇが時々見せる悔し気な顔も、なかなか乙な気分にさせてくれる。
少し気分が楽しくなった。
けど、待ち人はこない。
いつもならば、お兄ぃが来てもおかしくない時間なのだけど……、うん、これは間違いなく、お姉ぇが時間稼ぎをしている。
姑息だけど、良い手ですよ、お姉ぇ。
ええ、自分の有利な立ち位置を上手く使っています。
無意識の内に、やや強めの鼻息が漏れてしまった。
気分を落ち着かせる為に、外を見る。
今日最後のテストが終わる頃に降り出した雨。
今も相応に降り続け、紅くなった木立を濡らしている。
探せばどこにでもある光景だろうけど、少し、心が安らぐ。
……実の所、私は雨の日が好きだ。
だって、友達とやお姉ぇと外に遊びに行ってしまうお兄ぃが、出かけなくなったから。
もちろん、それだけではないけれど、それが一番最初にあった理由だと思う。
もう一度、時計を見る。
二分と過ぎてなかった。
でも、こうやって待つ時間は嫌いではない。
けど、人混みの中で待つのは……、なんとなく見られている気がしてしまうから、ちょっと苦手だ。
モノの本では自分が思っている程、他人はこちらを気にしていないらしいから、あくまでも自意識過剰というものだろうけど、この感覚は好きではない。
せめて隣にお兄ぃがいれば、なんてこともな……。
「あ」
渡り廊下に、お兄ぃが来た。
後、予想通り、お姉ぇも隣に……。
「うぁーっ! もぅっ、どーしてやまがはずれるのよっ!」
隣で幼馴染が嘆いている。
いつもなら慰めの一つもするだろうが、こちらも出来に余裕がある訳ではないので適当に流すことにする。
「ほりおこすやまがひろいからな」
「あんた、ながしてないでっ、もっとこう、なぐさめるとかしなさいよっ」
残念ながら、こっちもかなり不味い出来なのだ。
テストが終わっても、しばらく動けない程に不味かったのだ。
はっきり言えば、俺の方こそ、誰かに慰めて欲しい位に……。
赤点だけは取らずに済むように祈るが、世の中は無情だからなぁ。
肩が落ちそうになるのを耐えて、少し長い渡り廊下を行く。
端を見れば、もう濡れて湿っている。
その向こうを見れば、それなりに振っているらしく、アスファルトに水たまりがあった。
テスト中に急に振り出した雨だが、好きでも嫌いでもない。
気が滅入っている時はカビが生えそうな気分になるし、外に出なきゃいけない時はうっとうしい。
けど、何もないときはのんびりと落ち着いた気分になれるし、寝入る時には子守唄のように耳に馴染む。
だから、一長一短、どちらでもない。
けど、まぁ、今日はちょっと憂鬱な気分だ。
今日の出来が悪かったこともあるし、帰ったらまた勉強しないといけないってこともある。
溜息しそうな口を閉ざして、昇降口に入る。
「お兄ぃ」
耳に馴染んだ声が飛んできた。
目を向ければ、隣の幼馴染の妹であり、俺から見ても妹的存在でかつ年下の幼馴染が微笑んで、傘を手にしていた。
「朝、傘持ってくるの忘れてたって言ってたから、待ってました」
「おー、ありがと。けど、傘はひとっ走りしてコンビニで買おうと思ってるんだけど」
実際、隣の幼馴染にもそう言ってある。
「それでも濡れて風邪をひいたら意味ないです」
「はは、ちょっとくらいなら風邪なんて」
ひかないさと言おうとしたら、隣の幼馴染が口を挟んできた。
「大丈夫大丈夫、私がそこまで入れていくから」
「あ、お姉ぇ、いたんですか」
妹的存在によるぞんざいな扱いに、その姉である幼馴染の眉根が引きつった。
こ、これは……、千回はとうの昔に超えている、姉妹大戦の予兆!
なんとか巻き込まれないようにって……、遅いか。
私は、雨が嫌いだ。
外に遊びに出かけられなくなるし、幼馴染も独占できなかったから。
そう、今みたいに、妹が寄ってきて、あいつとの間に入ってくるから。
でも、姉だという自覚と自負があったから、我慢した。
本当は、それが嫌で嫌でたまらなかったけど、我慢した。
だって私は姉だから……、一つしか違いはないけど、お姉ちゃんだから。
だから私は、雨を嫌いになった。
「へーほー、あんた、そういう態度とるんだ」
けど、もう我慢をする必要はないだろう。
だって、この子は、唯一無二の妹だけど、恋敵!
私の前に立ちふさがる、かつてないほどの強敵!
「いえ、てっきり、他の誰かと勉強でもするのかなと」
「テスト期間中は、強制下校でしょうが」
「ええ、ですから、ほら、前に気になるって言ってた人に声をかけるのかなと」
ぐ、痛い所を……。
ちらりと隣の幼馴染を見れば、少し寂しそうな顔。
いくら気を惹く為とはいえ、自分の浅はかな行動の結果が生んだと思うと、心が抉られる。
妹を見れば、不思議そうな顔の裏に、少し申し訳なさそうな色を滲ませている。
と、その時、幼馴染が頭を掻いて一言。
「なら、コンビニまでは傘借りていくから、二人で相い傘してくれないか?」
私と妹、双方にとって、痛み分けの解決案だった。
ここは乗るしかないだろう。
「なら、別に買わなくても良いでしょ。私のに、二人で入るから」
「ん、お兄ぃはこれ」
妹は素直に自分の折畳傘を差し出した。
幼馴染は変に抵抗はせず、ならそうすると言って受け取ると、下駄箱に向かった。
その後ろを妹と一緒についていくと、隣から小声。
「お姉ぇ」
「……なに?」
「負けませんから」
本当に唐突な、妹の宣言に、口元が引きつりそうになる。
けど、姉としての沽券にかけて、表には出さない。
ただ、いつもの調子で、妹が一番悔しがる言葉を返した。
「一年早いわよ」
案の定、悔しげな顔を見せた。
うむ、まだ、じゅんあいである。