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神様実験

作者: +傘

めっちゃファンタジーで最初からほぼ最後まで行きますが、書きたかったのはSFチックなものです。

時間。

 人間は時間と共に生きている。

 時間が流れるのは常識だ。時間とは我々人間の中での常識的な概念である。

 時間が経過しているからこそ人間は成長している。

 人間が時間というものを認識しているからこそ年老いていく。

 人間とは認識する存在だ。時間を認識するから変化している。それならば、人間が時間を認識しているのは一体何処なのか。

 周囲の変化である。人間は周囲の変化を認識するからこそ自身をそれに合わせて変化させる。

 周囲が成長するからこそ、自身も成長して、周囲が老化するからこそ、自身も老化する。

 人間は認識する存在。時間を認識しなければ、周りが変化しなければ、自分の変化は訪れないのかもしれない。

 人間は時間的存在である。時間から人間が抜け出した時、それは果たして人間と言うのだろうか。



「……」

 緑の葉が生い茂った、とても立派で大きな木の近くで、少年が気持ちよさそうに根の部分を枕にしながら眠っていた。

 心地よい風を感じて、時折頬を緩めているところを見ると、その場所の寝心地はとても良さそうに見える。

「……」

 気持ち良さそうに眠っている少年の顔に上の木から落ちてきた葉が被さり彼の口を塞ぎ眠りを邪魔し始めた。

「ん……」

 少年は顔に被さる葉に鬱陶しさを感じ、目を覚ます。

 少年はまだ意識が朦朧としている中、顔に被さる葉にとうとう手をかけて払った。そして、寝っ転がっていた体を起き上がらせる。

 起き上がらせると、今まで木の葉で隠されていた光り輝く太陽が見えるようになって、その眩しさに思わず手で太陽を隠した。

 少し自分の座っている位置を座りながら手によってずらすことで、少年はまた太陽が葉に隠れる場所に入り込んだ。

「うぅ……んー……」

 少年は目が覚めたばかりでまだ寝ぼけている体を伸ばし始める。思いっきり伸ばした後に思わず大きく息を吐く。

「ふぅ……、ここは……?」

 周りを見渡すと、一面がほとんど緑色の草原で覆われていて、所々に黄色い花が咲いている。目の前の土が露出しているところは五メートル程の幅を維持しながら右側は終わりが見えないほど長く、左側は少し向こうに見える街のようなものにまで繋がっていた。

「僕、何でこんなところにいるんだっけ?」

 少年は自分がこの草原にいる理由を考えたが、それ以前の問題に行き当たる。

「……何も思い出せない」

 少年は今以前の記憶を思い出せなかった。記憶喪失だった。

「……まあいいか」

 少年は自分の記憶を思い出せなかったが、そこまで問題がないように感じた。なぜかそう思えた。

「おう、兄ちゃん。こんなところで何してんだ?」

 その場にずっと座っていると、目の前の道を通る、馬車に乗った行商人の男が声をかけてきた。さっきまで道の先には誰も見えなかっただが、いつの間にか近くまで人が来ていた。少年は急に声をかけられて驚いた顔をしていた。

 少年は何と答えようか悩んだ。そもそもここで何をしてたか自分が聞きたいくらいだった。

「あー……、なんだ、ここに居ても危ないしあの街まで乗ってくか?」

 行商人の男は何かを察したように詳しく聞かず向こうの街を指さして、そこまで送ると提案してきた。

「あ、あの、よろしくお願いします」

 少年は行く当ても無かったので行商人の男について行くことにした。

「俺はガジルってんだ。あんたは?」

「僕は……」

 少年は自分の名前も思い出せなかった。記憶が問題ないように感じたが人と関わると問題だらけだということを少年は認識した。

「なんだ? 自分の名前もワカンねぇのか?」

 ガジルは不思議そうに聞くが、少年は困ったような顔をするだけで何も答えることができない。

 ガジルはそんな少年を見て悩んだ顔をしたあと諦めたようにため息をついた。

「まあ仕方ないか、あの街まで送ってやるから思い出すまで街で生活しな」

 ガジルは面倒見な性格なようで見ず知らずの少年にも優しく接していた。

 少年はそのことをとても不思議に思った。

「なんでこんなによくしてくれるんですか?」

 ガジルは少年のそんな疑問に活き活きとした顔で答える。

「商人って言うのはな、信用されて、いい関係を築けてなんぼなんだ。だから普段からいいことしてりゃ、俺にそのいいことがやってきたりするのさ」

 ガジルは清々しい顔でそう言う。少年はそんなガジルを見てやっぱりまだ少し不思議な人だと思った。


 気がつくと街の門まで辿り着いていた。門の両側には長い槍を持った人が立っていて、こちらに気づくと門番らしき二人はすぐに声をかけてきた。

「こんにちわ、本日は何の御用でこのカリト街に?」

 門番の人はそう言って被っている帽子を取りながら伺ってきた。

「俺は商人のガジルって言うんだ。この街に香辛料や薬を売りにきたんだ」

 そう言ってガジルは胸に下げていた指輪を門番に見せながら、それを指にはめる。すると軽く赤色に光った。

 門番はそれを見て軽くうなずいてから答える。

「わかりました。ところでそちらの方は?」

 そう言いながら門番は僕の方を指差した。

 少年は急に聞かれてなんと答えようかしどろもどろしているうちにガジルが答える。

「あぁ、こいつはさっき道の真ん中で拾ったんだが、何にも覚えていないみたいなんだ、とりあえずここの身分証明作ってもらえないか? 俺からの紹介ってことでいいか?」

「かしこまりました、赤の指輪の貴方ならばよろしいでしょう。それではこちらにきてもらってもよろしいですか?」

 門番がそう言ってガジルと少年は門の隣についている部屋に案内された。

「それでは名前と出身地……は覚えていないんでしたっけ、それならこのカリト街を出身地にしておきますね」

「そんなに適当でいいんですか?」

 あまりにも簡単に決めて行くので、こんな身元不明な自分の身分証を作るのはどうなんだろうと感じていた。

「ええ、もし、あなたが一人で来たならば難しいのですが、今回はそちらの赤指輪の商人の方からの紹介なので、この街で問題を起こさなければ大丈夫です。もし、貴方が問題を起こしたらこの方も相応の処分を受けていただくので、そのことを十分承知してください」

 少年はガジルのお陰で街には入れたようなのでガジルに心の中で感謝した。

「名前……」

 少年は名前に迷った。少年は名前すら全く思い出すことができなかった。

「……お前の名前はトキでいいか?」

 そうガジルが提案し、少年は顔を上げる。するとガジルは少し照れ臭そうに顔を逸らした。

「……はい! それでお願いします!」

 少年はガジルに名前を付けてもらったことがとても嬉しかった。


 トキとガジルは街に入って軽く散策し始めた。街の中は商人などが街道に店を開いていて、とても活気がある。食べ物や武器から日用品まで様々なものを売っていた。

「ガジルさん、なんで僕の名前トキなんですか?」

 ガジルはその質問に少し困った顔をしながら答える。

「いやな、お前がさっき道の途中でぼーっとしてるのを見てな、全く動かなかったからまるでお前だけ世界から隔離されてるように見えてな。時間から取り残されたように見えたから『トキ』って名前にしたんだ」

 トキはその言葉を聞いて首を傾げた。トキは自分があそこで何か特別なことをした覚えがなかったからだ。それにトキには記憶に『時間』という言葉の概念がなかった。トキは他の言葉の意味はある程度わかるのだが、なぜかその『時間』の意味が理解できなかった。

「あの、ジカンって……」

「お、ここだ! トキ、着いたぞ」

 その質問が終わる前ガジルは声を出す。目的の場所にいつの間にかたどり着いた。トキは質問をやめて建物に目をやった。

 大きな木造建築の建物でかなり古いようだが、その割にガッチリしていて崩れそうにない佇まいをしていた。

「ここは……?」

「ここは集会所だ」

「集会所?」

「ああ、ここにはいろんな人から仕事の依頼やら、仕事の探しやら、お金の貸し借りやら、要するに案内所みたいなもんだな」

「大きいですね……」

「ここは小さい方だぞ、王都の方はもっとデカい」

 そのままガジルはそのままスタスタと建物の中に入って行く。トキはそれに小走りでついていった。

 中に入ると外で見た時と違って結構綺麗なところだった。綺麗に整頓されている内装に少し驚いていた。ただ、思ったより人が多く、トキは少しひるんでしまった。

 ガジルさんはそのまま迷わず進んでいき長い机を挟んで向こう側にいるお姉さんに話しかけた。

「こんにちわ、本日は何の御用でしょうか?」

 お姉さんは綺麗な営業スマイルを二人に向けた。

「ああ、今日はこいつがこの街で仕事をできるように欲しい」

 そういってガジルは指をトキに差す。

「え? 僕のですか?」

 トキは急に指を差されたことに驚いて素っ頓狂な声をあげた。

「そりゃそうだ、仕事なきゃ生きていけねぇぞ?」

 ガジルは何を言ってるんだと言わんばかりの顔でトキを見ていた。

「まあ、それはそうなんですけど、いきなりだったんで……」

 トキはとりあえず状況を飲み込み落ち着きを取り戻して、お姉さんの話に耳を傾ける。

「それでは、会員証をお作りし致しますので証明書のご提示をお願致します」

 お姉さんはそんなトキたちを見ても全く対応を変えずに営業スマイルのままだった。

 トキは先ほど作った証明書をお姉さんに渡す。

「はい、ありがとうございます。それではこちらが登録証になりますので、一度指にはめてください。そうすれば登録できますので。」

 そう言って灰色のリングを渡された。それはガジルのリングとは色違いのようなものだった。

 僕はそれを言われるがままに指にはめる。そうするとそれは少し灰色に光った。

「ありがとうございます、それで大丈夫です。それは無くさないようにお願い致します。一応再度作ることはできますが、また身分証の提示と多少の金銭がかかりますので」

「ほら、これやるよ」

 ガジルはトキに自分の首に掛けているのと同じ紐をトキに渡した。

「これ……」

「俺のと同じだ、素材も丈夫で肌触りもいい、それに切れにくい」

 トキはそれを指輪に通して首の後ろで固く結んだ。

「それでは一応、指輪の説明をしておきますね」

 そう言ってお姉さんは最初と変わらず営業スマイルのまま続ける。

「指輪は灰色から緑、青、黄、赤、白と仕事の出来具合によって変わっていきます。これは白の方が難しいというわけではございません、信用度の問題です。最初の灰色の場合は街人からの依頼を受けることはできません。基本的に私たち役人からの依頼になります。緑から徐々に街人からの依頼が増えて信用が上がって行くごとに色が変わっていきます。白に近い方が依頼料は高くなりますので収入は白に近づくにつれて必然的に多くなるでしょう。以上です。何かご質問はありますか?」

「あ、仕事はどこで探してどこで受ければいいんでしょうか?」

「あちらの掲示板に紙が貼ってあります、左から順に灰色から白色に並べてありますので最初は左のほうからご覧になってください。依頼を受ける条件は基本的に依頼書の真ん中あたり、指輪の色の項目の下に書いてありますのでそちらをご覧ください。それが決まりましたら受付に提出していただければ処理いたします。他にはございますか?」

「……いえ、大丈夫です」

 とりあえず疑問が出たのはそのくらいだったのでトキは質問を終わらせた。

 トキはチラリとガジルの方に向くからの指輪は赤色をしていた。

「ガジルさんは赤色なんですね」

「ん? まあな、俺はいろんな街を回って届け物をしてたから色々な街にツテがあったりするんだ」

 ガジルは何でもない顔を装っていたが、トキから見ればちょっと嬉しそうなのがわかった。

「とりあえずひとつ仕事をやるか」

 そう言ってガジルは一足先に依頼書が貼ってある掲示板に向かう。トキはその後をついていった。

「まあ基本的にこの『指定された薬草の採取』とか、『カリの実を五十個調達』とかの危険性が少ないやつからやるんだが……」

 そう言いながらガジルは灰色指輪の依頼書をじっくり見て探す。

 そういうトキは他の指輪の色の依頼書を見ていた。

 白色の依頼書には『魔王を倒してくれ』と依頼する王様や『街が被害に遭う前にドラゴンの討伐をしてくれ』というどこかの領主、『超機密事項』依頼人後日報告などの怪しいものなど、この街からの依頼じゃないものが多く、というかこの街の依頼に白色のものはなかった。

 白色のものは依頼料がかなりの値段になっているものが多く、この街で白色の依頼を頼むことができるほどのお金を持っている人が居ないのだとトキは理解した。

 指輪の色は難易度別じゃないとは言っていたが、指輪の色が白に近づくごとに明らかに見て難易度が上がっているとトキは感じた。

「ガジルさん、結局白に行けば行く程難易度高いですね」

「そりゃそうだろう、難しいことだから信用できるやつに任せたいんだろう。だが、逆があってな、依頼料は安いがかなり難易度の高いモンスターの討伐依頼とかが混ざってたりする。まあそういう依頼はちゃんとみんな避けて行くがな、結局難しい依頼をやってもらうにはそれ相応の金額が必要だし、白に近づくごとに依頼が難しくなるのも当たり前ってことだ……っとあった」

 ガジルは何かを見つけたように依頼書を取る。

 トキは横からその依頼を覗き込む。

「『イノルスの牙の納品』?」

「ああ、これでちょうどいいかな」

 そう言って、その依頼書を受付のお姉さんに出す。

「これでよろしいのですか? 一応ある程度腕の立つ人を求める依頼なのですが」

「ああ、構わん、こいつはただ突っ込んで来るだけだしな、そいつを倒すは簡単だろう、だから灰色指輪のところにあったんだろ?」

「かしこまりました、承ります、それでは依頼を受ける方は指輪のご提示を」

 トキはなすがままに依頼書ともう一つの紙に指輪をつける。すると指輪の円が紙に黒く映り黒い中の空白部分が『トキ』という名前で写り込んだ。

「この紙から指輪の印が消えた時に自動的に依頼失敗になるのでそれまでに納品をお願い致します。依頼期日は一週間です。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 その言葉を最後にトキとガジルは集会所から出る。トキは出るまでの間ずっとお姉さんのことを見ていた。お姉さんはずっと変わらず営業スマイルのままだった。

「ねえ、ガジルさん。なんでこの依頼なんですか?」

 トキの質問にガジルは少し考えた顔をしながら答える。

「う〜ん、まあ薬草採取依頼なんかはいつでも出来るし、一人でも簡単に出来るしな。せっかく俺がいるんだからモンスター系の倒し方のコツくらい教えておこうかと思って。お前の体つき具合もあんまり戦ったことありそうな感じじゃないしな」

「戦い方を教えてくれるんですか?」

 少し興奮気味にトキはガジルに詰め寄った。ガジルは少し怯んでいた。

「あ、ああ、まあ、ある程度の心得はあるしな。モンスター系の依頼が出来ないと今後採取系がなかった時仕事がなくて困ったりしないようにな」

「何から何までありがとうございます!」

 トキはガジルの親切さに心底感謝した。


 トキとガジルは街の外に出て、少し見通しのいい草原に出てきた。気持ちいい風と草原に咲く微かな花の香りがとても心地をよいところだった。

「この辺りの草原は気持ちいいですね」

 トキは圧倒的な自然に感動を覚えていた。記憶は思い出せないが、このような草原はおそらく初めて感じるだろうと思えるほどに心地よい場所だった。

「心地よさを感じるのはいいが、街の外にはモンスターがいるから気をつけろよ。実際お前があの木の下で寝ているのだって安全じゃなかったんだぞ?」

 ガジルが真面目な顔をしてトキに注意を促す。ガジルは背中に剣を背負っていてそれなりの戦士に見えている。

「でも、あそこ見える先々まで全くモンスターらしきものがいませんでしたよ?」

 するとガジルは訝しげな表情をする。

「確かにそうなんだよな……まるで誰かが……」

 ガジルが独り言を始めた時にトキが周りを見渡すと二十メートル先くらいに鋭い牙と角を生やした四足歩行で体長四メートルほどの固そうな毛に身を包んだガッチリした生物が見えていた。

「ガジルさん! あれ!」

 するとガジルは我を取り戻し、ハッとして顔を上げた。

「よーし、これがイノルスだ、こいつの倒し方を教える。というかモンスターとの戦い方を教える」

「はい!」

「あ、そうだそうだ」

 そう言ってガジルは背中の剣を抜き、それをトキに渡した。

「え? ってちょっと重い!」

 渡された驚きと思ったより重量があったことでトキは若干ふらついた。

「ちゃんと持てよ! これからちゃんと素振りして体の一部だと思うくらいにするんだな」

 ガジルはトキが剣を持っているのを見てにっこり笑っている。

「え? これ僕にくれるんですか?」

 トキは渡された剣をよく見る。装飾はそこまで派手では無いが、一メートルほどの長さの長剣で刃は触れば切れてしまいそうなほどに鋭い。

「これ、結構高そうですけど……」

 トキはその剣を見て自分が想像するよりも高いだろうことを思う。

「いいんだよ、これも何かの縁さ、お前といると息子を相手してる気分になるぜ、まあ嫁さんも息子もいないんだけどな」

 はっはっはと大笑いしながらトキはガジルの微かに感じる寂しさを感じ取っていた。

 そんな話をしていると二十メートル先にいるイノルスが剣を抜いたこちらを警戒してきていた。

「よし、いい感じで警戒してきてるな、いいか、奴は結構な速さで突っ込んでくるが急に曲がることが出来ない。ビビるなよ、いざとなったら助けるがまともに当たったら馬にひかれるくらい痛いぞ」

 トキは深呼吸して息を整える。心臓がばくばくするのを感じながらしっかりとイノルスを見据える。

 するとイノルスは剣を持ってるトキに向かって突進してきた。

「最初は避けるだけでいい! 絶対に避けられる自信がつくまで無理するな!」

 トキはそう言われて耳に入れながら集中をするため声を出さない。

 トキは十メートル先に近づいてきたところで余裕を持って大きく避ける。

 するとイノルスは反応を示すが自分の出したスピードにコントロールが効かずに先ほどまでトキがいたところをすごい勢いで駆け抜けた。

「よし、それでいい、ゆっくりでいい少しずつ距離を縮めてかわせ、そこまでギリギリ過ぎる必要はない」

 トキはその言葉を聞きながら十メートルから九メートル、八メートルとだんだんかわす距離を縮めていく。三メートル程になったところでガジルから声が入る。

「その距離で慣れろ! その距離でなら絶対に避けられるくらいになるまでやれ!」

 トキはそれに従い三メートル程でかわす練習を始める。三メートル程でもトキがいた場所には一瞬でイノルスは通り抜ける。トキは額に汗をかきながら全くスピードの衰えないイノルスに驚いていた。

 ある程度避ける練習をした後ガジルからまた指示が入る。

「よし、そしたら避けた後に剣で攻撃しろ。倒す必要はない、最初は軽く当てるくらいの気持ちでいい」

 そう言われてトキは少し疑問に思ったが、質問している余裕などないくらい神経を張り詰めていた。

 イノルスが突っ込んできて先程と同じ様に三メートル前で右側に避けて今度は持っている剣を振る。

 その剣はイノルスの横腹に当たる軌道で向かうがイノルスは体を無理矢理曲げてその剣をかわす。しかし、無理に体を曲げたせいかそのスピードのまま足をもつれさせて転がる様に倒れた。

「そう、それでいい、イノルスの場合横腹が弱点だ。その弱点を攻撃すればダメージも大きいし、避けられた場合も隙が出来る」

 ガジルの言葉を聞きながらトキは倒れたイノルスに向かう。

「モンスターは弱点を狙われると必ず無理して行動を起こす。イノルスは分かり易すぎるがな。」

 トキが必死にイノルスと戦ってる中、ガジルは楽しそうに見ていた。トキはそのまま倒れて動かないイノルスの横腹に剣を刺し、イノルスはそのまま生き絶えた。

「まあ基本はこんなもんだ。イノルスは攻撃パターンが突進しかない。しかし他のモンスターは複数攻撃パターンがあるが、そのパターンを覚えて弱点を探しそれを突く。どのモンスターもそれが基本だ」

「わかりました」

「ほれ、また来たぞ」

 トキが振り向くてそこには次のイノルスがいた。すぐに先頭準備をして戦う。

 そうして五体ほど倒してガジルに解体の仕方を学び街に帰った。


 その後数日間はガジルとトキは共にモンスター討伐を続けた。その後はガジルは本業商人の仕事に戻り、トキは一人でモンスターとの戦いをしていた。

 一ヶ月程経った頃にガジルが街を出ることをトキは聞いた。

「ガジルさん、この街を出るんですか?」

「ああ、ここでの用事も終わったしな。次の仕事もある。いつまでもここにいるわけにはいかない」

「そうですか……」

 わかってはいたものの、記憶喪失になって困っているところを助けてもらったガジルと別れるのはトキにとってとても辛かった。

「なぁ」

 ガジルはトキに真剣な顔をして言葉を発する。

「俺と一緒に来ないか?」

 ガジルはトキにそう提案した。出会って一ヶ月程だとはいえ、ガジルにとってトキは家族のような存在になっていた。一緒に旅をするのはやぶさかではないのだ。

「っ!俺はついて行き……!」

 たい!と声を出そうとしたトキだったが不意に言葉を止めてしまう。

「……行きません……迷惑かけてしまうでしょうし……」

「そうか……」

 ガジルは何も言わずただ、そう返事をする。少し残念そうな表情をしていたがすぐに明るい顔に戻る。

「まあ頑張れ! 別に今生の別れってわけじゃないんだ! またここに来るからな!」

「っ……! はい!」

 ガジルはそのまま馬車を引いて門から街を出る。トキはそれをずっと見たまま見えなくなるまでそこに立っていた。

「なんで……なんで僕は……」

 トキは自分がガジルの誘いを断った理由がよくわからなかった。

 ただ、トキは誰かに指示されたかのように断っていた。この街を離れてはいけない気がしたのだ。その理由はトキにはわからなかったが。


 ガジルと別れてから依頼をこなして、宿で寝て、依頼をこなして、宿で寝るルーチンワークな様なものになっていた、気がついたら灰色から緑に、そして青色になっていた。基本的に真面目に依頼をこなしていればこの色の指輪まで来るのはそう難しくないようだった。

 モンスターもイノルスの他にデカイ怪鳥だったり、イノルスとは違って細身の素早い生物だったりなど、様々なモンスターとトキは戦った。それなりに怪我をすることもあったが、ガジルの教えを忘れずに基本を大事に戦っていたので命まで落とすことはなかった。

「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 そう言われてトキは集会所から出る。相変わらず受付のお姉さんは完璧な営業スマイルだった。

 トキはいつもと同じ光景、同じ行動をしていたので半分無意識のように行動していた。

 今日もいつものように街の外に出てモンスター討伐をする。

 今度はデカイ鼻の長い、力が強いゴーゾウというモンスターだった、危険なのは巧みに操る鼻で、足は丈夫で硬い、しかし足元への注意は散漫。そして弱点は下から見える腹部の皮の柔らかいところだ。

 トキはゴーゾウに向かい、巧みな鼻を華麗に避けて懐に入る。持っているガジルにもらった長剣で綺麗に腹部を切り裂いた。

 そのままゴーゾウは倒れて生き絶える。それを解体していると声をかけられた。

「へぇ、様になってるじゃないか」

「!? ガジルさん!?」

 ガジルが近くの石に座っていた。少し離れたところには馬車が止めてあった。トキは久しぶりの再会に思わず大きな声を出してしまった。

「お久しぶりです!」

 あまりの嬉しさにガジルの手を握る。ガジルは急に手を握られて目を丸くするが、すぐに笑って「久しぶりだな」と答えた。

「今回はどうしてこの街に?」

「今回もいつもの他の街の依頼さ。また少ししたら街を出る」

 ガジルがそう答えるとトキは少し残念そうな顔をするが、すぐに立ち直りガジルに話しかける。

「僕、ガジルさんのお陰でモンスターをしっかり倒せるようになりましたよ!」

 トキはそう言って今まで倒してきたモンスターのことを語る。ガジルはそんなトキの話を笑いながら聞いていた。

「それにしてもゴーゾウをあそこまで華麗に倒すとはなぁ、こいつの皮膚は頑丈だから防具とかに使えるんだぜ」

「そうなんですか? よかったら素材持って行ってもらってもいいですよ? ガジルさん商人ですし、素材売ったりできるでしょうから、私は今の防具で十分なので」

 そう言ってトキは解体した皮膚をガジルに渡す。

「本当にいいのか?」

「はい、どうぞ」

 ガジルは渋々ながら皮膚を受け取る。ガジルはその皮膚を細かく見て手触りを実感する。

「おぉ、これはいいな。トキ、お前切り方もすごいうまくなったな。モンスター討伐も様になってたし、お前の成長見てて楽しいぞ」

 ガジルのその言葉にトキは体が高揚したのを感じた。

「ありがとうございます!」

 トキはきっちり九十度の挨拶をした。

「よし! 今日は一緒に飲むぞ!」

「はい!」

 ガジルのその掛け声に続いてトキは返事をして街の酒場に向かった。

 朝までガジルとトキは飲み明かし、その次の日からまたモンスター討伐の指導を受けた。また二人で討伐することができてトキはとても充実感を抱いていた。

 するとそんな日々はすぐに過ぎ、一ヶ月という時間はあっという間に過ぎていた。

「ガジルさん、またお世話になりました!」

「おう! また頑張って依頼こなせよ!」

「はい!」

 そう言ってトキはガジルに向かって手を振る。今度は悲しさではなく、次にガジルが来た時に褒めて貰えるように頑張ろうという意識を持っていた。

「それにしても」

 トキはガジルを見ていて疑問に思う。

「所々白い髪の毛があったのはなんだったのだろうか」

 馬車で街を離れていき、どんどん小さくなるガジルを見ながらトキはそんなことを考えていた。


「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 トキは今回洞窟の依頼を受けた、黄の指輪に変わった記念に洞窟系の依頼をやろうと思ったのだ。

 街を出て、草原を抜け、森を抜けた先に洞穴がある。そこが洞窟の入り口だった。

 トキは洞窟に恐る恐る入って松明を使い始めた。

中に入ると外とは違い、ひんやりとした空気を感じる。

「こんなに暗いのか……」

 暗い場所に入るのはあまり経験のないことだった。松明など灯などを必要とするのはこのような洞窟のような一切光が入らない場所のようなところだけだった。普通な暮らしている分には灯は太陽の光だけで済むものなのだ。

 トキは洞窟をあまり体験のしない暗さに手こずりゆっくり進んでいた。

 そんな中骸骨のようなものに襲われたりしながら先に進んでいた。

 多少先に進むと、骸骨のボスのような敵が出て来た。

 今までは盾と剣だけの骸骨だったが今度は鎧までつけていて頑丈そうだった。

 トキは骸骨のボスと正面から対峙する。

 骸骨のボスは思いもよらぬ速さで突っ込んでくる。それをトキはほとんど無意識な反射神経だけでかわす。

「は、はや……」

 ギギギという音を鳴らしながらひたすらトキに向かって剣を振り回してくる。

 いつも戦っていた敵よりも攻撃パターンが多く、掴みづらかった。

 トキはまずは避けることに集中して必死に攻撃パターンを覚えた。

 そして、最初の攻撃と同じように突っ込んで来て縦切りをしたところをすんでのところ避けようとする。その時にトキから見て世界が遅くなった。しかし、その動きは止まらずゆっくりゆっくりすすんでいた。

「そこだ!」

 首の部分を全力で横薙ぎする。横薙ぎの攻撃も想像よりずっと遅く動きゆっくりになっていた。避けられそうで心配になったが、そんなこと関係なく敵の骸骨もゆっくりだった。そのゆっくりになった世界でトキは最大限に集中して相手の首を狙う。そうして狙った通りの場所にゆっくり確実に剣は通り骸骨の首から上は飛んでいき、コロコロと床に転がった。

 それと同時に体の方も重力に従って膝から崩れ落ちた。その場所には骸骨の首かけていた真珠のネックレスが落ちていた。

「今のは……?」

 今のゆっくりな現象を考えて見たが全く答えが出てこなかったので考えるのはやめて真珠のネックレスを拾いトキは一旦洞窟から出た。

 そうして、しばらくの間トキは洞窟の探索を進めて行った。

 そうして、もっと深く潜った先にある大きい蠍の骨の怪物との戦いに勝ち、金色の指輪をドロップしたところでまた地上に出た。

「おぉ、すげぇなぁ。もうこの洞窟を攻略できるまでになったか!」

「あっ!」

 トキが洞窟から出ると目の前にはガジルが待っていた。

「ガジルさん、どうしてここに?」

「ん? ああ、お前がどこにいるか集会所で聞いたら洞窟の探索をしてるって聞いたからな。折角だから迎えに来た。潜る前に出て来たがな」

 そう言ってガジルは大きく笑っていた。

「それにしても今回はこの街に来るの早かったですね」

「ん?」

 ガジルは怪訝な顔をする。

「え、いやだから、今回は前回来た時より早めに来ましたよね?」

「いや、そんなことないぞ? 俺はこの街には十年ごとに来ている」

 トキは十年という言葉に違和感を持ちながら、意味が理解できなかった。

「ジュウネンって私はどのくらいだかわからないんですよね、そういえば昔ジカンって言葉も使ってましたけど、関係ありますか?」

「じ、時間を知らない!?」

 ガジルは仰天した顔をして、しばらく顎をさすって考える。

「いざ説明しろって言われると難しいな……そうだ!」

 そう言ってガジルはポケットから円盤のようなものに紐がくくりつけてあるものを出す。

 それの上のボタンを押すとぱかっと円盤の蓋が開いた。

「これは時計、懐中時計って言うんだ」

 そうしてガジルは時計をトキに見せた。

 時計は真ん中の上に『八七八』真ん中左に『八』真ん中挟んで右に『一八』と書いてあり、一周に『一』『二』『三』『四』『五』『六』『七』『八』『九』『十』『十一』『十二』と一番上を『十二』にして右に『一』『二』と一周均等に順番に並んでいた。針も短い太い針が一本『十二』と『一』の間を指していて、長い太い針が一本『七』と『八』の間を指している、長くて細い一番長い針が一本付いていて、それは常に右回りでカチ、カチと音を鳴らしながら回り続けている。

「これはな、今は八七八年、八月十八日十二時三十七分と言うのを指している。そして、この細い針がカチっと一回言うごとに一秒と呼ぶ、これが一周で六十秒、それで太い長い方の針がカチっと一度動く、これが一分、そしてこの長い針が一周すると短い太い針が一つ隣の数字に動く、これが一時間だ。それでこれが二週すると一日経つと言うことになる、まだ日にちや月などが動くがそれは見ながら覚えていってくれ」

「な、なるほど」

 いろんなことを言われたが、トキは意外とこの時計の仕組みについてはするっと頭の中に入って来た。

「まあ時間っていうのはな、常に流れているもので、時計っていうのはそれを正確に常に測り続けてくれるんだ」

 ガジルはトキに時計をもたせてトキに一声かける。

「いいか、よく俺とその時計を見ておけよ」

 そう言ってガジルは歩き始める。そして数は歩いて手を止める。

「どうだ? 何秒だ?」

 トキは時計を見て少し考える。

「えっと、十秒です」

「よし、じゃあ俺が歩き始めるまで時計を見て、俺が今と同じ歩数を歩いたら時計を見ろ」

 そう言ってガジルはまた歩き始める、そして同じ歩数で止まる。そうしてすぐにトキは時計を見る。

「何秒だ?」

「十二秒です」

「どうだ? さっきの歩き方と今の歩き方、速度とか違うように見えたか?」

「いえ、全然」

「だが、微かに違う。人間の感覚の時間は正確ではないんだ、お前が俺を早くきたのと勘違いしたようにな。時計っていうのはそれを正しく刻むものなんだ」

「なるほど……」

 そして時計をじっと見つめる。それは全く止まることもなく、かと言って遅れることもなく、そして早まることもない。

「それやるよ」

 ガジルからそんな言葉がかけられる。

「いいんですか!?」

 トキは驚いた顔をして少しの嬉しさを滲ませる。

「ああ、よかったら使ってくれ」

「ありがとうございます! それじゃあ今度は僕が飲み代奢りますね!」

「おお! そんじゃあ行くか!」

 そう言って前と同じようにトキとガジルは酒場に行った。

 飲んでいる中ガジルとトキは様々な話をした。そんな中でトキは今日ゲットした指輪を出す。

「今日はこれが敵から落ちたんですよ〜」

「おま、これ王者の指輪じゃねぇか!」

 ガジルはそれを見て驚く。その驚きようにトキはガジルを驚かすことができて嬉しさを感じていた。

「これそんなに凄いもんなんですか?」

「ああ、これは売れば十年は遊んで暮らしていけるだけの値段するんだぞ! 羨ましいぜ! これがあれば貴族たちに直々に商売もできるらしいしな!」

 ガジルは羨ましそうに指輪を眺める。トキはそんなガジルを見て一つの提案をした。

「それ、あげましょうか?」

「は?」

 ガジルはあまりの言葉に惚けた顔をしてしまう。すぐに気を取り直しトキを正面から見る。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、流石にもらえないって、お前、これがあれば自分の家だって買えるし、遊びたい放題だぞ?」

「でも、もう自分の家持ってますし……」

「え? 持ってるの?」

 ガジルはびっくりした顔で思わず馬鹿みたいな声で聞き返してしまう。

 トキは依頼を達成して報酬をもらっても武器や防具や宿代、食事代くらいしか使うことがなく、お金がどんどん溜まっていってしまい、カリト街は土地も家もそこまで高くないため買えてしまったのだ。

「そういうわけでして、僕、お金はあんまりいらないんですよ、それで貴族たちと商売できるんですよね? だったらガジルさんが持っていた方が全然いいと思います」

 トキは微笑みながらガジルさんにそう言った。トキにとってガジルにお礼をする方が大切なのだ。

「本当に……いいのか?」

「はい!」

 ガジルは申し訳なさと嬉しさが入り混じった複雑な表情をする。

「ありがとう! お前と会えてよかった!」

「ガジルさんがあそこで俺を助けてくれたお陰ですよ」

 トキはガジルにあそこで助けてもらったからこそ今この機会があるのだ。最初にガジルの言っていた『普段からいいことしてりゃ、俺にそのいいことがやってきたりするのさ』というのが今返ってきたということなのだ。

「それにしても、白い毛が生えましたね、ガジルさん」

「なんだ? ジジイになったって言いたいのか?」

 ガジルは言いながら大笑いをしている。相当酔っているようだ。

 ガジルには相当シワが増えてきていた。トキはそのことに疑問を持っていた。

「お前はあった時から見た目は変わんねぇなぁ。あの時と同じで時間に取り残されてるみてぇだ」

 ガジルもそんなトキに疑問を持っていた。


 次の日からまたガジルとトキは一緒にモンスター討伐を始めた、今度は毎日ではなかった。ガジルは少しだけ動きが衰えていた。トキはそれを見て疑問が増えていっていた。だが、ガジルはトキよりまだまだかなりいい動きをしている。

「ありがとうございました」

「おう、また頑張れよ!」

 一ヶ月という期間はあっという間に過ぎる。トキは毎日時計とにらめっこしながら一ヶ月という期間がすぐ過ぎ去ることを実感していた。

 トキは街でモンスターを倒す時、時計を確認しながら倒すことが多くなった。

「三十秒……!? もっと早いと思ったのに」

 モンスターをかなり早く倒しているつもりが思ったより時間が経っていることが多かった。

「ガジルが来た時は早く感じた。そして、ガジルがいなくなるのはもっと早く感じた。楽しい時間はすごく早く過ぎたように感じて、充実した時間も早く感じるってことか……? モンスター討伐は充実していると思うから多少早く時間が感じるのかな……」

 トキは色々実証を続けているが時間というのは奥深いというか、人間の感覚というのがとても奥深く感じた。

 トキはしばらくして、また洞窟に入った。そうして、先に進み、前に倒した蠍の骨の怪物すら余裕で倒していた。トキは学習能力が高く、一度攻撃パターンを覚えればモンスターを簡単に倒すことができた。

 そして洞窟の最奥地にたどり着いた。そこは大きなホールのようになっていて、洞窟とは思えないほど天井が高かった。

「グォォォォォォォォォオオオオオオオオオ!」

 そこには骨ではない見上げるほどデカイ赤いドラゴンがいた。

「うぉ! デカッ!」

 完全に油断していたトキは回避に専念する。必死に口から吐く火や、爪で引っ掻く攻撃、尻尾を回す攻撃など、今までとは比べ物にならない多彩な攻撃を避け弱点を探す。

 途中途中に拳ほどの大きさの石を投げ、ドラゴンに当てていく。すると、目の近くに当てた時に反応を示した。

「あんなとこかよ……!」

 ドラゴンの攻撃を必死に避け、数少ない隙を見つけて顔の近くまで飛ぶがうまく避けられてしまう。

「どうすれば……」

 必死に避けながら隙あらば石をドラゴンの目をめがけて投げる。しかし、ドラゴンは余裕でかわしてしまう。

 石を投げた時、それをかわす時に一瞬攻撃が止まるがその隙ではとても顔まで近づけない。

 思わず左目を狙って石を投げて、続けて右目を狙って石を投げた。するとドラゴンが左は避けた後右目を狙った石がひたいに当たった。

「これは……」

 トキは作戦を思いつき、ドラゴンの攻撃を避けながらまた石を投げる。そうして、さっきのを調整しながら今度は思いっきり槍を投げるようにドラゴンの目の少し横に剣を投げつけた。ドラゴンは石を避けた後、自分の目に向かってくる剣を避けきれずに目に刺さる。

「グギャァァァァァアアアアアアアアアア」

 刺さった剣に怯んでいるうちにトキはドラゴンに飛びつき剣を掴む。ドラゴンは痛みに大きく暴れトキは剣を持ちながら振り回される。

 そうした剣ごと上空に放り出される。その時、ちょうど首にかけていたガジルからもらった懐中時計が見えた。その時間は『八時十八分零秒』。

「うわっ! これ落ちたら死ぬぞ!」

 あまりの上空に怯みながら、ドラゴンの上空であることを認識にする。

 そのまま重力に従ってトキはどんどん加速して落ちていく。その間に体制を整え、剣を構えた。

 ドラゴンは周りを見渡し、最後に上空を見る。

「遅い!」

 そう言ってトキは口の先に剣を下ろす。すると世界がまたゆっくりになる。スローモーションで剣が降りていく。トキはそれを見ながら集中して、きちんと剣がドラゴンに縦に刺さるように調整する。

 そのままゆっくり口が切れ始め、そこから勢いよくドラゴンが真っ二つに切れていく。手にくる強い反動に必死に耐えながら落下の速度を緩めていく。お尻に軽い衝撃が来た時にはドラゴンは真っ二つに切れていた。

 トキは一応時計を確認する『八時十九分十三秒』と表示されていた。あれから一分ほどしか経っていなかった。

「あんなに、長く感じたのに」

 あの剣が入る一瞬。時間がかなり長く感じた。トキはあの時はかなりの集中をしていた。

「俺の認識によって時間の感じ方は調整できる……?」

 トキはそんなことを考え出していた。

「あっ」

 トキは思い出したかのようにドラゴンの死体に近づく。

「すごい剣だな……これ」

 ガジルにもらった剣だが、大切に使って来たとはいえ、かなり使ってきた。それなのに全く衰えはしない。それどころかこのドラゴンの赤い皮膚も口は柔らかいとこからとはいえ、硬いドラゴンの鱗まできちんと切れてしまった。

 トキは剣を拾い軽く拭こうとする。すると軽く触っただけで「ボキッ」っと音を立てて折れてしまった。

「あぁ……」

 あまりのことにトキは呆然としてしまう。とりあえず破片を拾って武器屋で修理してもらうと考え、ドラゴンの剥ぎ取りを始める。

「これは……」

 赤く光る宝石が出てきた。トキはかなり価値がありそうだと感じた。それをガジルさんに渡した時にどんな顔されるか楽しみになってきていた。

 洞窟から出る時は剥ぎ取り用のナイフで出てきたがかなりきつかった。

「よう、今度はどこまで行ってきたんだ?」

 外にいたのは髪が真っ白になっているガジルだった。

「七年ぶりですね、今回はどうして……って、髪の毛真っ白じゃないですか!」

「まあな、そういうお前は何も変わらないな。本当に」

 ガジルは感慨深そうに語る。

「ガジルさん! 飲みに行きましょう! いっぱい話したいことがあるんです!」

 トキはそう明るく言う。ガジルは微妙な顔でいるが、すぐに明るい顔をして答える。

「ああ、行こうか」


 いつもの酒場でトキはいつも飲むものを頼む。しかし、ガジルが頼んだのはお茶だった。

「どうしたんですか? お酒飲まないんですか?」

「ああ」

 ガジルは元気のない顔をしていたが、トキは何故なのかわからなかった。

「そうそうガジルさん、俺さっきドラゴン倒してきたんですよ! ほらこれ!」

 そう言って赤い宝石をガジルに見せる。ガジルは一瞬驚いた顔をした後、少し悲しそうな顔をしながらトキを見る。

「おぉ、すごいな」

「これあげますよ!」

 トキはガジルに喜んでもらえると思って提案する。

「いや、いいよ」

 思いもよらない答えを聞いてトキは呆然とする。

「……え、どうしてですか?」

「もう必要ないからだ」

 ガジルは少し顔をうつ向けて答える。トキはその時ガジルの持つ指輪に目を向けた。

「あ! 白の指輪じゃないですか! なるほど、だからもう何も貰わなくても平気なんですね」

 トキはガジルが商人としてもう自分から素材をもらわなくてもやっていけるレベルに達しているからいらないと思っていた。

「そう言うお前はもう赤色なんだな」

 トキもリングの色は赤になっていた。トキはそのこともガジルに自慢したかったので気がついてもらえて嬉しがった。

「そうなんですよ! これもガジルさんのお陰ですよ!」

 ガジルはそれを聞いた初めて嬉しそうな顔をした。

「それを言ってもらえるならお前に教えられて本望だ」

 トキはガジルのそんな様子に少し疑問を持ったが、話したいことがたくさんあり、トキはお酒の勢いもあってどんどん話す。

 しかし、ある程度トキが話したところでガジルが話を止めて、「今日は帰る」と言いだした。

 トキは少し残念がったが、明日も会えると思い、酒場を出た。

「ガジルさん、また明日」

「ああ」

 それだけ言い残し、ガジルはゆっくり宿に向かっていく。トキはそれを見えなくなるまで眺めようとしていた。そしたらガジルは道の真ん中で倒れてしまった。

 トキはすぐに駆け寄り「大丈夫ですか?」と声をかける。ガジルは意識がなく、仕方なくそのまま背負って家まで連れて行く。ガジルの体はとても軽かった。

 家のベッドで寝かせ、そのままそばに寄り添う。

「…………ん、うぅっ」

 ガジルが目を開く。

「大丈夫ですか!?」

 トキは心配でガジルに駆け寄った。

「トキか、すまん。せめてもう少しと思ったんだがな」

 ガジルはか細い声でトキに向かって答える。トキにはもう少しの意味がよくわかっていなかった。

「ガジルさん、大丈夫ですか、またモンスター討伐に行きましょうよ」

 トキは自然と涙が出ていた。何か取り返しのつかないものが消えて行くかのように。

「すまんな……最後にお前に会いたくて、来ちまった……病気になって必死に治そうと思ったんだが、俺も歳でな……」

 トキは訳がわからないまま必死にガジルの手を握りしめる。

「お前は全く変わらないな……やっぱり無理にでも連れ出しておくんだった……この時間で囚われた土地から……」

「時間で囚われた地……?」

「あぁ、この街は何にも変わらない……何年も何年も人は変わるもんだ……周りの植物だって物だった普通は変化して行くもんなんだ……成長して……老化していくものなんだよ……」

 ガジルは辛そうな顔をしながら、俺の顔を見る。

「あの時は断られても連れていくべきだった……すまなかった……」

「あれは、俺が断ったから」

「それでもだ……その後でもチャンスはあった……それでも言い出せなかった……昔……連れていた弟子が死んだことを思い出してな……」

 ガジルは自分のトキをこの街から連れ出せなかった罪悪感に囚われていた。だが、それよりも無理に連れて行って昔の弟子のように死んでしまうのが怖かった。

「今なら安心して連れていけるのに……連れて行けないのが惜しい……」

「俺も、ガジルさんと旅がしたい!」

 トキは大きな声でそう答える。

「すまない……もう連れて行けそうにないんだ……」

「行こうよ! いろんな人に会って! いろんなモンスター倒して! いろんな食べ物や飲み物を飲んで! それで! それで……」

 その時、トキの手にはガジルの力の入ってない手があるだけだった。


 その後、教会に連れて行き、なすがままにガジルは墓の下に埋まった。

 ガジルの荷物の中には立派な剣があった。それは以前の剣よりも数段良さそうなものだった。中に紙が入っていて、『トキヘ』とだけ書いてあった。


「それでは、行ってらっしゃいませ」

 相変わらず、彼女は全く変わらない営業スマイルをしている。この街は変わらない。何年も何年もいつも通り。

 トキは街の外に出て、モンスターと対峙する。そして、時間への意識を加速させる。そうすると世界がゆっくりになる。トキはもともと時間への意識が薄かったため、自分で自分の意識の時間を調整できるようになっていた。ほぼ時間が止まった状態で意識することも可能になっていた。

 トキは時間への意識の薄さから時間への認識のコントロールができるようになっていたのだ。

 モンスターと対峙するときも時間のコントロールによって弱点すら見つけなくても、ガジルの貰った剣さえあればほとんど勝てるようになっていた。

 トキはガジルのいるこの街から出る気は一切なかった。

 そうしてまたトキは洞窟に入る。

 洞窟ではスタスタと先に進んでいく。出来なども簡単に倒してしまう。洞窟の奥のドラゴンの先にある祠の中のコインを持って来れば白の指輪への昇格になるらしく入りにきていた。

 そうして、またドラゴンと対峙する。

「グォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ」

 トキは時間の認識コントロールでトキの感覚を加速させる。そしてほぼ時間停止状態にしてドラゴンを切りにいく。

「よし、これで白の指輪になれる」

 そうトキは呟いて思ってしまう。

『何のために?』

 トキは考えてしまった。今までやってきたのは殆どがガジルに褒められるためだと、その意味さえ今は無くなってしまった。トキは世界を退屈だと思い始めてしまった。

 すると時間は動き出す。ドラゴンの尻尾の攻撃が来るのに気づき、それを噛んで受け止めようとする。

 その勢いに耐えられずにトキは体が吹き飛ばされる。

「うぐっ!」

 トキは壁に叩きつけられ身動きが取れなくなる。そして、必死に時間の認識コントロールで感覚を加速させようとするが全く上手くいかない。

 ドラゴンはそんなトキに近づいていく。

「あぁ」

 トキはそう呟いて、ここで死ぬのかと自覚する。何となく自分がなぜ認識コントロールで感覚を加速できないのかわかった気がした。

「退屈は時間が長く感じるし、先が長いと感じると今も長く感じたりとかするのかな」

 そんな無意味なつぶやきを残し、トキはドラゴンの爪で切り裂かれた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ちっ、失敗か」

 そう、男はパソコンをカタカタ言わせる。

「今度はなかなか上手く行ったと思ったんだがな」

 男は真っ暗な部屋でパソコンの光だけを頼りに作業している。

「夜をなくし、周りの変化をなくした上で、時間に関係する記憶の消去。その上で時間を自覚し、時間の概念からの脱却。上手く行ったと思ったんだがなぁ」

 そう言って男はブツブツと小言を言いながら作業を続ける。

「今回の被験体の問題は時の街へのプロテクトが固すぎたな、他の街に行かなければ成長とか老化などの概念が取り入れられん」

 男は時間からの概念から抜け出す生物を生み出そうとしていた。まずはデータの世界で調整することで知能を作り出し、それを実世界の生物にインストールして上手くやってみるという実験だった。

「ふむ、次は別パターンでやってみるか」

 男は何百パターンもの実験を繰り返し、どんどん進化させていく。その行為に気がつかないうちに快感を抱いている。

 男は真っ暗な部屋で、実験に明け暮れ、その実験の楽しさを知り、時間を忘れていく。


馬鹿らしいと思うかもしれませんが、時間の進み方って感覚と違いますよね。

それがもし調整することが出来ならと思った小説です。

それについてゲームの世界で実験しようと思ったらかなり長く、それでいてファンタジーになりました、許してください。

読んでいただきありがとうございました。


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