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第二章 毒するフォーチュンクッキー -3-


「さて、来てくれるかしら」


 放課後、俺と愛花はSHRショートホームルームが終わり次第速攻で志貴誠也先輩の教室へと向かい、こうして扉の隙間からこっそりと様子を窺っていた。彼のクラスは六時間目が体育だったこともあり、こっそり机の中にクッキーを忍ばせることには成功している。


「女子の手作りクッキーがあるんだぞ。それで無視するような奴は地獄へ落ちろ。そして生きている間に得られたであろうモテを非リアの俺たちに分け与えろ!」


「たぶん誠也先輩が死んでも、第二位のイケメンに流れるだけだと思うけど」


「ジーザス!!」


 この世に神はいないのか!(六時間ぶり二度目


「お、先輩、気付いたみたい」


 愛花が俺の首をねじるようにして無理やり視線を向けさせる。見れば、一番後ろの窓際の席に座っていた誠也先輩が、机の中に入っていたクッキーの袋に気付いてそれを取り出していた。


「手紙は読んだな」


「あ、クッキー食べた」


 もぐもぐとクッキーを咀嚼しながら、誠也先輩はその手紙を眺めていた。何だろう、それさえ画になってしまうことが非常に腹立たしいんだが……。


「てか、誰が作ったものか分からんクッキーをよく食べるな」


「そういう無防備さも女の子には受けるのよ」


 そんなもんかね、と思っていた矢先だった。

 誠也先輩が泡を吹いてひっくり返った。


「お前、何を入れたぁぁああああ!?」


「ちが、私は知らないわよ!!」


 嘘つけぇ!! あんなもんドラマでよく見る青酸カリとかじゃねぇか!! 呼び出す前に毒殺するとか馬鹿じゃねぇの!?


「って、ヤバイ! このままじゃ騒ぎになるぞ! 女神様! ヘルプ!!」


「わしを便利屋と思っておらんか……? まぁよいが」


 言って、ふわっと姿を見せた女神様が手をかざすと、まるでビデオのようにぴたりと全てが停止した。あのご都合主義の結界を張ってくれたのだろう。


「とりあえず、誠也先輩を運ぼう!」


「わ、分かったわ」


 教室に飛び込んで、泡を吹いている誠也先輩に触れる。時間が止まっているから死んでるのか生きてるのか分からないのが恐いな……。


「……まさか、アンタがイケメンを妬んで毒を盛ったりとか……?」


「クッキーを作る段階から全部お前しか触ってないのに俺がどうやって毒を盛るんだ!」


 ずりずりと誠也先輩を引きずりながら、あらぬ疑いをかけられた俺は弁明する。まったく、勇者の生まれ変わりである俺がイケメンを妬んで毒殺するとか、本気で思っているのだろうか。心外だ。やるならもっとバレないようにやる。


「じゃあいったい何があったのかしら」


 そう言いながら、愛花が先輩の胸にあったクッキーの袋を持ち上げる。


「ん? 穴が開いてるわね。やだ、不良品かしら」


 ぼとり。

 じゅわぁぁ……っ。


 見れば、袋を溶かして落ちたクッキーが、床を燃やすように溶かしていた。


「硫酸か何かを混ぜたんかオノレはぁぁあああ!?」


「家庭科室のどこにそんなもんがあるのよ!?」


「じゃなきゃどうやったらこんな毒物及び劇物取締法に引っ掛かるクッキーが出来るって言うんだ!」


「いいわよ、じゃあもう一回作って見せるわよ!」


 売り言葉に買い言葉でありながら、愛花が拳を握ってやる気に満ち溢れている。正直、それでことの審議が定かになるのであれば異論はない。


「……けど、結界の中でお菓子作りとか出来んのかよ。時間が止まってるんだろ?」


「電気と材料の時間だけを動かせばいいんじゃろ? やってやろう」


「本当にご都合主義の塊だな……」


 そんな結界で余所の神様に怒られないかだけが心配だ。


 ――そんな訳で、俺は息をしていない(時間が止まっているからだと思いたい)誠也先輩を引きずったまま家庭科室に乗り込んだ。


「材料は、小麦粉と砂糖とバターと卵、あとバニラエッセンスね」


「まさかこのバニラエッセンスが薬品だったとか言うオチか……?」


 目の前に並べられた材料の中で一番怪しそうな瓶に入ったものを手に取り、ふたを開ける。暴力的なくらい甘い臭いが漂ってくる。――これは間違いなくバニラエッセンスだ。うっかり服につくと一日くらい吐き気がするレベルの甘さだ。


「材料におかしなところはないな……」


 小麦粉もちゃんと小麦粉だったし、砂糖もちゃんと砂糖だった。バターも謎の暗黒物質ではなかったし、卵も怪獣のそれではなくキチンと鶏卵だ。


「じゃあ、とりあえず作ってみてくれ」


「任せなさい」


 ボウルに準に材料を入れ、カチャカチャと混ぜて行く。その手際の良さから見るに、さして怪しい気配はない。

 十分くらいそうして眺めていると、かんかんとゴムべらに着いた生地を落とし始めた。


「これで、クッキー生地は完成よ」


「……ちょっといいか?」


 ぺろっとボウルの端に付いたのを舐めてみる。生の小麦粉ではあるが、クッキー生地になるであろう甘い味が広がる。


「ふ、普通だな」


「でしょ?」


 そう言って生地を成型して、余熱済みのオーブンに放り込んだ。

 二十分後。

 チーン、という音がするので、オーブンからクッキーを取り出す。


「ほら、何ともないでしょ?」


「……そう見えるな」


 そう思って、熱々のクッキーを一枚手にとって、床に落としてみる。

 じゅわぁぁ……っ。


「劇薬に変化してんじゃねぇか!!」


「何で!?」


 それは俺が聞きたいよ! ナニコレ、もう武闘家じゃなくて科学者か何かだよ! あの材料でお手軽三十分に劇薬作れるとか、そのうち手の込んだ料理を作ったら生物兵器になって帰ってくるんじゃないだろうな!?


「違うわ! これはそう、学校のオーブンがおかしいのよ! そう、えっと、魔王一派が何かを仕込んだとか!」


「そんな気配はないが」


「だいたい使うかどうかも分からんオーブンに細工するくらいなら、朝みたいに直接魔族仕向けるだろ……」


 どうやら、メリケンサックで殴るだけの武闘家だと思いきや、料理が洒落や比喩でなく殺人級に酷いダメ人間らしい。これを女子の手作りクッキーと捉えるか、完全犯罪成立毒物と捉えるか、意見が分かれるところだろう。俺は後者に一票を入れるが。


「――と。しまったな。呑気に結界を張ったままにしておったら、魔族に逆探知されてしもうたようじゃ」


「呑気に言ってる場合かぁぁああ!!」


 いきなりさらっと怖いことを言い出したロリババアを怒鳴りつけて、俺は急いで逃げだそうと窓の傍まで駆け寄った。


「――って、もう遅い!? しかもまたあの犬かよ!」


 見れば、確かに窓の外にはゾンビ犬が群がっていた。

 こんな状況、どうやって切り抜ければ――

 と言いかけて、すぐにあるアイディアが俺の脳によぎった。


「……なぁ、愛花」


「何よ。あの魔族の仕業かって? そうに決まってるでしょ」


「いや、そのクッキー(に見える何か)貸してくれない?」


「は?」


 オーブンの天板ごとそれを受け取り、俺は構える。


「喰らえ!」


 ぶん! と窓の外にぶん投げる。一瞬甘い臭いにつられたのか、ゾンビたちが我先にと貪り食い始める。

 五秒後。

 ゾンビ犬が一匹残らず悶え苦しんで消えていった。


「何だろう。退治できたはずなのに、すごくやってはいけないことをしている気がする」


 退治と言うより殺害と言うフレーズが近いだろうか。もうこれ勇者の所業じゃねぇな……。


「ふむ。やはり下級魔族程度では相手にならんか」


 瞬間。

 低い声がした。

 とっさに、窓際から一気に中央まで飛び退っていた。どくどくと、心臓の鼓動が痛いくらいに跳ねている。

 見れば、愛花も同様だった。――違いがあるとすれば、既にその手に黄金のメリケンサックを纏っていることだろうか。


「まさか覚醒したばかりとは言え、既にそこまでかつての力を取り戻しているとは。これは魔王様に進言せねばなるまいな」


 ざっと地面を踏み締める。

 消えたリビングデッドがいたところのさらに向こうから。

 それは姿を見せた。

 肌は緑色で、どことなく老人のような見た目だった。背は小さく髪はない。耳と鼻が尖っているのが特徴的で、ぎょろっとした目がなおさら怖い。

 手には杖。身に纏うのは、雨合羽みたいな黒いローブ。


「ゴブリンメイジ……ッ」


「な、何だあのゾンビ犬より強そうな名前だな……」


「強そうじゃなくて、強いのよ。さっきの犬は下級魔族。で、ゴブリンたちは中級魔族。意志も理性もあるし、道具も使う。楽な相手ではないわよ」


「分かっているようで何よりだ」


 かっと窓の外でゴブリンメイジが杖を掲げた。


「見る限り、そこにいるのは武闘家と……勇者、か? どうやら魔術を使える者はいなさそうだな」


「――ッ」


「であれば、対処は簡単だ」


 言葉と同時だった。

 ゴブリンメイジの掲げる杖から、真っ赤な炎が迸った。

 それはソフトボールくらいのサイズへと変わり、数十、あるいは百という単位で一斉に俺たちに襲いかかった。

 家庭科室の窓が砕け散る。壁すら砕いて、それらは俺たちめがけてなおも突き進む。


「い、いやー!! まだ死にとぉない!!」


「うるさい!」


 拳に黄金の光を集めた愛花が、迫るそれらを全て叩き落としていく。当たらない分は無視して、捌けるだけ捌いてくれていた。ちなみに、俺はと言えば、そんな頼もしい背中の影に隠れて震えている。


「あんたも聖剣くらい出しなさいよ!」


「そんな簡単に出せたら苦労せんわ!!」


 あのゴブリンメイジが出て来てからずっと聖剣が出るように祈っているが、昨日のような黄金の光は全然出てこない。


「た、助けて愛花様!」


「やってるわよ! けど、あんたを守りながらじゃ埒が明かない!」


「そこを何とか!」


「すがってないであんたが対処法を考えろ!!」


 そんな御無体な!?

 と、俺が驚愕している間にも炎弾は迫り続ける。愛花の背に身を隠した俺だが、直進だけでなく自在に曲がるそれらを全て叩き落とし続ける愛花には、当のゴブリンメイジへ反撃する余裕がどこにもない。

 どれだけ言い繕ったところで、先に愛花の体力がなくなるのは明白だ。攻撃と防御。どちらの精神力が削られるかなど考えるまでもない。


「あ、これ駄目な奴かも……?」


「なに諦めちゃってんの!? 諦めんなよ、もっと熱くなれよ!!」


「真っ先に諦めてる奴に言われたくないわよ!」


 ここでどんだけ言い合ったところで、打開策は見当たらない。

 次第に、愛花の息が上がっていく。


「あぁ、もう駄目だ!?」


「――ご安心を」


 本格的に絶望しかけた俺の後ろで、美声が聞こえた。

 ゴブリンの低い声はどこかしわがれていたが、それとは真逆だった。一言だけで、男の俺ですらぞくっとするような、そんなテノールボイス。


「お、お前は――」


「話は後です」


 俺が振り向くより先に、その男は駆け出していた。

 俺の横をすり抜けた彼は迫る炎弾すら尽く躱していく。

 その手には、黄金の剣。俺のよりも簡素な見た目だが、少なくとも肩を並べられるくらいの名剣であることに疑いの余地はなかった。


「聖剣・ラクスエクエス」


 刹那。

 彼の姿はゴブリンメイジの眼前にあって。

 その黄金の剣――ラクスエクエスは振り抜かれた後だった。


「お見事」


 にやりと、悔しそうな清々しいような、微妙な感情に顔を歪めたゴブリンメイジの首が胴体から落ちた。

 ややあって、それは黒っぽい灰となって消えていく。

 そして、その黄金の剣を握った彼――志貴誠也はこちらに笑みを向けた。


「あんた、まさか……」


「えぇ。記憶を取り戻しました」


 剣を鞘に収めながら、誠也先輩が割れた窓から家庭科室に戻ってくる。


「遅れて申し訳ありません、勇者様。お怪我はありませんか?」


 ざっと剣を床に置いて、彼が俺に首を垂れてかしずいてくる。――え、なに、この状況?


「あ、愛花」


「何?」


「このイケメン、実はいい人かもしれない」


「あんた、単純よね……」


 何故か愛花は呆れているが、冷静に考えてほしい。俺の窮地を救ってくれて、あのゴブリンメイジを剣で一閃。しかも、イケメンで確かにモテてはいるが、確か彼女は作っていないフリーだ。すなわち、非リアの俺たちの仲間と言い換えてもいいはずだ。

 考えれば考えるほど、誠也先輩はいい人だと思う。もう愛花とかいらないんじゃないか?


「何か失礼なことを考えられてる気がする……」


「気のせいだろう」


 だってメリケンサック殺人マシーンよりはこっちの方が断然安心できるし。


「それで、誠也先輩はもちろん仲間に?」


「えぇ。それが聖騎士としての僕の仕事だからね」


 にっと笑って彼は頭を上げる。


「では、さきほど遅れたお詫びを」


「お詫び?」


「えぇ。――お詫びの熱いキスを!」


「アウトぉぉぉおおお!!」


 ただのホモじゃねぇかぁぁああああああ!! 道理で彼女を作らねぇ訳だよ!!


 ――そんな訳で。

 メリケンサック料理マシーンに続いて仲間になったのは、ただのイケメンホモでした。もうダメかも分からんね、このパーティ……。



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