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第二章 毒するフォーチュンクッキー -1-


 という夢を見ましたとさ。めでたし、めでた――


「そんな夢オチが許される訳なかろう、この阿呆」


 スパーン、とスリッパで叩かれて俺は目を覚ました。いや、覚まさせられたと言うべきか。


「あれ、女神様。何だ、俺ってばまだ寝てたか」


「いい加減に現実だと認識せんか」


 目を閉じて二度寝――もとい、夢から覚めようと頑張ろうとしたのだが、今度はグーで脳天を殴られた。神さまの天罰って親の説教と同レベルなのか……。


「まったく、監視に来れば案の定じゃな、お主は」


「男の寝込みを襲うとか何を考えてるんだよ、女神様」


「人聞きの悪いことを言うな」


 ぐっと女神様が拳を握り締めるので、俺は素直にホールドアップしておく。


「とにかく、魔王の討滅には了承してもらったんじゃ。これからはお主にもガンガン働いてもらうぞ」


「えぇ、面倒臭い……」


「たるみ切っておるな……。お主、昨日と言ってることが真逆じゃぞ……」


 だって前金も何もなしで、いつ手に入るかもしれない金や女の為には頑張れないだろう。人間、やる気を出すのに必要なのはエナジードリンクでも締め切りでもなく、目の前のニンジンなのだ。


「そもそも、女神様自身が戦えばいいだろう? 最後、魔王を倒す段階になってから俺を呼んでくれよ」


「それは出来ん」


 人をたるんでる呼ばわりして、この女神様も似たようなものだと思う。


「一緒にするでない。わしは、この世界ではほとんど力を発揮できんのじゃよ」


「そうなの?」


「神はな、エーテルという力を必要とするんじゃ。それを得て生きておるし、それを使って、奇跡――まぁ魔術の類じゃな――を行使したり、神の加護を与えたりする」


「ふんふん」


「余ったエーテルは、マナとなって大気に溢れる。そうして人は魔術が使えるようになる訳じゃが。――困ったことに、この世界は神が多すぎる」


「……この世界って、人も神も食糧難ってことか?」


「そういうことじゃな。じゃから、この世界でのわしはただの可愛い可愛い女の子じゃと思ってくれ」


「…………そうですね」


「神に憐れんだ目を向けるでない!」


 顔を真っ赤にして、女神様が怒鳴る。若干涙目なんだが、そうなるくらいなら初めから言わなきゃいいのに……。


「とにかく、この世界でわしはどうすることも出来ん」


「じゃあ、聖剣があったって俺にも何も出来ないんじゃないか?」


「いや。本来、転生はその世界の中で完結する。世界をまたいだ転生である時点で、お主らの魂はまだ前世の世界と繋がってしまう訳じゃ。そこからエーテルやマナを補給する形で、お主らは以前と同等の力を発揮できる」


「何かよく分かんないけど、要するに女神様は無能で俺が有能って話だな?」


「要約としては間違っておらんが、お主、いつか天罰を下すぞ……」


「――って、待ってくれ。お主ら?」


 そう言えば、女神様は確かに複数形にしていた。


「うむ。勇者にはその旅の仲間が三人おってな。それぞれがこの世界に転生しておる。覚醒しておれば、何よりも心強い戦力となろう」


「マジかよ」


 勇者に旅の仲間とは、ちょっとしたRPGみたいでわくわくするな。


「で、その仲間って言うのは、やっぱり俺が探していくのか?」


「基本的にはそうじゃが、お主は己の身もろくに護れんからな」


「そうなったのはあんたのせいだからな?」


 さりげなく俺をポンコツ扱いしているが、普通の高校生にはゾンビ犬を撃退するスキルなんて持っていない。というか、いきなりゾンビ犬を容赦なく殺し始めたらそいつの脳みその方が危ない気がする。


「そんな訳で、幸いにも昨日のうちに一人は覚醒しておってな。お主の警護も兼ねて呼んである」


「用意周到だな。――で、そいつは男か? それとも女か?」


「…………仮に男だと言ったら?」


「チェンジで」


「出来る訳なかろうが……」


 はぁ、と頭を抱えられたが、何が悲しゅうて朝っぱらから野郎と顔を並べて登校せねばならんのか。やはり登校イベントと言えば美少女に決まっているじゃないか!!


「安心せいよ。女じゃ――」


「いやっほぅ!」


 その一言で十分です!

 どんな子かしら。転生ってことは、同年代とは限らないよな。やっぱり背の高いお姉さんがいいよな。あぁ、でも背が小さくてもナースって言うのも捨てがたい。いずれにしてもそのたわわな胸で「大丈夫ですか、勇者様!?」って抱き締めてもらえるなら問題ないZE!!


「ほれ、そろそろ来るぞ」


 女神様が教えてくれると同時、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「よっしゃ、今お迎えに上がりますぜ!!」


 待ってろ、たわわなおっぱい様!!

 しゅばっとパジャマから制服へ五秒で着替え(世界新記録)、どたどたと部屋を飛び出して玄関へと向かって扉を勢いよく開け放つ。

 断崖絶壁。


「チェンジで」


「どこを見て判断しやがった!?」


 ドアを開けるなり期待を裏切られた俺の顔面に鉄拳が飛んでくる。――うぅ、踏んだり蹴ったりって奴だろうか……。


「自業自得じゃ。日本語を学び直せ、阿呆が」


 女神様に呆れられながら訂正された俺は、十センチくらい低くなった鼻を抑えながら玄関にいた女を見た。

 服は俺と同じ高校の夏制服。スカートが短くて足がすらっとしているのは◎だ。指先も長くて美しいし、髪は色素が薄めの腰まである超ロング。顔立ちも整っていて、ここまでは美少女と言っていい。

 ただ、胸がない。あまりにもなさ過ぎるので、俺の中のカテゴライズとしてはほぼ男だ。


「こやつの偏見は本当に凄まじいの……」


「……まさか勇太が勇者だって聞いて、少しは前世の記憶とかでまともになってるんじゃないかって期待したんだけど……」


 はぁ、とため息をつかれる。その様子を見て、女神様が目を丸くする。


「何じゃ、知り合いじゃったのか」


「えぇ、女神様」


「幼稚園からの腐れ縁って奴かな。胸がないから男友達と変わらん」


「次に胸の話したらいっぺん地面に埋めるからね?」


 ぴきっと彼女のこめかみが音を立てた気がするが、素知らぬふりで口笛でも吹いてごまかしておく。

 彼女――武藤愛花むとうあいかとは、結構古い付き合いだ。中学辺りから露骨に距離を置かれたが、まぁ喧嘩をした訳でもない。いわゆる、愛想が尽きたと言うことだろう。


「しかし、お前も転生か」


「そうよ。魔王討滅は前世の悲願だったし、世界の命運が懸かってるんじゃ、やるっきゃないでしょ」


 ふん、と拳を掌に叩きつけてやる気満々の様子だった。何の対価もナシでこれとか、日本の社畜精神はとうとう高校生にまで及んでいたのか……。


「――さて、積もる話はあるじゃろうが、それは置いておいてくれ」


「ん? どうしたよ、女神様」


「下級魔族が現れた。おそらく、お主らを狙っておるのじゃろう」


「何だって!? 愛花、今すぐ囮になってくれ!!」


「あんたも戦え!!」


 こんなにか弱い男に戦えだなんて、よくそんな酷いことが言えるな!!


「っていうか、こんな朝の街中でまたゾンビ犬と追いかけっことか、新聞沙汰じゃねぇの!?」


「大丈夫じゃ。数少ないエーテルを駆使して、結界を張った」


「け、結界?」


「結界を張っている間はこの世界線に属する全ての時間の流れが止まり、範囲内で発生したいかなる変化も結界を解けば元に戻る特別製じゃ。この中で動けるのは、異世界から召喚された魔族と、転生したお主らだけじゃ」


「な、なんてご都合主義結界……っ」


「こうでもせんと、この世界の神様たちに怒られるからな……」


 ぼそっと呟かれた内容に、神様社会の上下関係が垣間見えた気がした。


「とにかく、さっさと外に出るわよ! こんな狭い場所じゃ応戦できないから」


「待って!? 戦えない俺も引きずっていくのはどうかと思うよ!?」


「戦えないじゃない。戦うのよ! 死にかければ前世の記憶の一つや二つ蘇るでしょ!」


「死にかけて記憶が蘇ったら、それたぶん走馬灯だからな!?」


 たぶん記憶が蘇ってもそのままぽっくり逝くと思う。走馬灯ってそういうものだし。


「いいから行くわよ!」


「イヤ――ッ!!」


 俺の絶叫は無視して、一緒に外へと連れ出された。

 ――が。


「もう既に囲まれてるんですけど!?」


 既に、目の前には昨日散々追いかけられたあのゾンビの犬がいた。――それも昨日より倍以上はいるのではないだろうか。


「もうダメだー!!」


「諦めるのが早すぎる!!」


 絶望に暮れた俺を愛花が殴りつける。


「だいたい、愛花の職業は何なの!? ここにきて遊び人とか言うオチだったら俺はあの神様もろとも死ぬぞ!?」


「違うから、安心しなさい」


 ぐっと拳を握り締めて、愛花は構える。――どことなく、空手にも似ているような隙のない構えだった。まるで、彼女の間合いそのものが何かの結界になったかのように。

 その結界の中に、一匹の犬が飛び込んだ。

 瞬間。

 俺には見えなかったが、その犬が遥か後方へ吹き飛ばされていた。

 そして、愛花は拳を突き出していた。あの刹那で、拳を振り抜いていたのだ。


「私の職業は『武闘家』よ」


「す、すごいぞ、愛花!! でも後でちゃんと手を洗ってね!!」


「あんたものすごい失礼ね……っ」


 だってあんな腐ったものに触れた手とか、そこらの犬の糞を触ったのと同じくらいばっちいって……。


「でもあの犬やられてないぞ! 数が減らない!」


「あぁもう! うるさいから黙ってて」


 叫ぶと同時、彼女の全身から金色の光が溢れ出る。


「あ、あれは!?」


「お主の聖剣と同じじゃ。かつて、前世で愛用していた武器は魂と一体となって、この世界にも来ておる。それを具現化しようとしておるのじゃ」


「武闘家の武器……?」


 基本、素手で戦うものじゃなかろうか。――はっ、そうか。武闘家の一番の武器と言えば、服じゃないか!


「チャイナ服か!!」


「違うわよ!」


 怒鳴った愛花の拳に、その金色の光が集中していく。どうやら魔法少女よろしく変身する訳ではないらしい。まぁ胸がないからさほど期待もしていないが。


「これが私の伝説武器レジェンダリー・ウェポン――」


 拳を覆う、その黄金色の武器を、俺は知っていた。



「聖拳・メリケンサックよ」



「ただの危ないヤンキーじゃねぇか!!」


 どこが武闘家だ、どこが!! 「今からタイマンでカチコミに行ってくらぁ!」みたいなこと言い出す奴しか持ってねぇよ! ――タイマンのカチコミって何だよ。


「まぁ見ておれ」


 女神様がそう言うので、それ以上のツッコミはぐっと堪えてその様子を見護る。

 両の拳にメリケンサックをはめた女生徒が、迫る犬を片っ端から吹っ飛ばす。その度、犬は断末魔を上げながら黒い灰へと姿を変えていく。どうやら、俺の聖剣の威光と同じく、殴れば下級魔族を灰に変えてしまうらしい。

 その煤が返り血のよう彼女の頬を汚すが、本人はさして気にすることもなく、そのまま次の獲物へ獰猛な笑みを向け――


「もはやただの悪人だよ!!」


 動物愛護団体が見たら憤死しそうな光景がそこにはあった。少なくとも、伝説の勇者のパーティの一員がしていい顔じゃなかった。


「うるさいわね! とりあえず、あんたも自分の身くらい護りなさいよ!!」


「はっ!?」


 ツッコミにかまけて忘れていたが、俺の周囲にもあのゾンビたちが取り囲んでいた。顎からだらだらと涎を垂らし、俺へと襲いかかる瞬間を今か今かと待ち構えている。


「た、助けて! 愛花さん超助けて!!」


「私だって自分の身で精いっぱいなのよ!」


 何て薄情な! 勇者を見捨てるような最低な武闘家がパーティにいたなんて!


「いや、どう見ても両の拳でしか下級魔族を捌けない愛花では、お主に加勢する余裕がないだけじゃろ。お主こそ早く聖剣でも出せば、この状況は一瞬で終わるはずじゃぞ」


 そうか、その手があったか!


「くっ! 聖剣! 聖剣よ!!」


 俺が祈って右手を掲げてみるが、どういう訳か全く黄金の光が出ない。


「なして!? まさかここに来て不良品!?」


「お主の集中が弱いからじゃ!」


「こんな状況で集中できるか!!」


 いくら力んでみても、あの黄金の光は出ない。昨日の俺はいったいどうやってあれを出していたんだ!? 何て言うの、眠れなくなってきてだんだん「あれ、目を閉じてるときの眼球ってどこを向いているんだっけ……?」みたいなこの感じ!


「勇太、急げ!」


 女神様に急かされ、前を見ると、警戒していた犬たちが次第に近寄ってきている。どうやら、俺がただのポンコツであることがこの犬にまでばれそうになっている。


「くっ! なら仕方ない!」


 そう言って、俺がごそっとポケットに手を入れた。


「何をする気じゃ」


「昨日の段階でこうなることを想定して、俺は既に秘密兵器を用意しておいたのさ」


 どやぁ、と俺は笑みを向け、ポケットから取り出したそれを掲げる。


「お主、それは――」


「これが俺の必殺技だ!」


「いや、ただの骨じゃろ」


 冷静に女神様にツッコまれた――が、まさしくそうである。

 つい昨日、帰りにペットショップで購入した牛の骨(ロースト済み・税込み一二〇〇円)だ。


「……待って、勇太」


 迫る犬をワンツーで叩き落としながら、愛花が引きつった笑みをこちらに向ける。


「あんた、それどうする気よ」


「知れたことよ」


 そう言って、それを握ったまま半身になって胸を反らす。


「行けぇぇええ!!」


 ぶん! とそれを思いっきり投げる。俺が投げた骨は、ちょうど愛花の頭に当たって落っこちた。

 瞬間。

 全ての犬の視線が愛花の方へと向けられた。


「頼んだぜ!!」


「ふざけんな、このクズ勇者ぁぁあああああ!!」


 そんな訳で、俺を取り囲んでいた分も含めて、全ての犬のリビングデッドの相手は愛花に押し付け――もとい、引き受けてもらった。



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