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第一章 クズの勇者(ヒーロー) -2-


 ――目を覚ますと、そこは雲の国だった。


「……え?」


 空は黄金色に輝いていて、地平線の彼方まで真っ白い雲が床に敷き詰められている。何もない。足に返ってくる感触は綿の塊に立っているみたいに柔らかいが、沈み続けるような不安感はない。

 夏も近づいて来ていてさっきまではやたら暑かったと言うのに、今は涼しいくらい。驚くほど、心地よい世界が広がっていた。


「え、ナニコレ、え、天国……?」


 誰がどう見たって、思い描く天国の図がそれだった。天使や裸の妖精がいないことだけが悔やまれる。


「何ここ、死んじゃったの俺!? あぁ、やっぱりさっきの犬が変な病原菌持ってたんだ!? ちくしょう、せめてこの歳で死ぬんなら美人の手で服上死って決めてたのに!!」


「お主はもう少しまともな死に方を望めんのか……。いや、そもそもまだ死んでおらんし」


 すぱん、と腰の辺りを叩かれて、俺は後ろを振り返った。

 そこには、一二〇センチくらいしかない先程の蒼髪の少女が立っていた。


「そうだ、ロリババア!」


「誰がロリババアじゃ、ぶっ殺すぞ!」


「げぶ!?」


 ベゴキッ、と嫌な音が俺の首から聞こえた。

 跳び上がった彼女が、無理やり俺の頭を抑えつけたかと思うと、くるりと腰に手を回してそのまま頭を地面に叩きつけやがった。紛うことなきパイルドライバーである。


「おま、馬鹿、これは死ぬって……」


「どうせ床は雲じゃぞ」


「それは俺の顔を見てから言おうか」


 視界が九〇度倒れたまんま治らないんだが。


「それよりも」


「下手したら折れてる頸椎をさておいただと!?」


 恐ろしいほどの傍若無人っぷりに俺は目を剥いた。こんな暴挙が許されるのは、神様か仏様くらいだ。


「おぉ、分かっておるではないか」


「……は? 俺いま何か言ったか?」


()()()()()。そう、わしが神様じゃ」


「…………………………、」


「何じゃ、その顔は」


「神様ごっこはよそでやりなさいっていう顔だ」


「お主、本気で信じておらんな……。実際、ここは天界じゃぞ」


 言われて、改めて当たりを見渡してみる。雲の上、前後左右地平線の彼方まで何もなく、空は夕暮れだとしても説明のつかないような、黄金色。


「……手の込んだセットだな」


「いい加減に現実を受け入れんか……。さっきのリビングデッドよりはマシだろうに」


「嫌なこと思い出させるな……」


 改めて、額に触れる。流石にもう血は止まっているが、血と混じった変な汁がべたべたと気持ち悪い。――逃げようのなく、犬に追いかけ回されたことから何から何まで現実だったと、その感触が突き付けてくる。


「わしは、本当に女神じゃ。そして、先のリビングデッドもまた正しい現実での話じゃ。嘘だと思うのなら、お主の頭の傷をもう一度開いて見せようか」


「発言がもう駄目だよ!?」


 女神様と言うより、悪の親玉みたいだった。


「まぁ、信じる信じないはさて置こう。どの道、事実じゃ。わしは神と言っても、別の世界での神じゃ。この世界では、場を間借りしているにすぎん。――全ては、魔王を討ち滅ぼす為じゃ」


「……魔王……?」


「そう。わしが本来見守るべき世界で、人類と魔族は絶え間なく争っておった。それ自体は時代の流れじゃ。わしも静観するつもりじゃった。――じゃが、魔王の存在が全てを狂わせた」


 次第に、ロリババア――もとい、女神様の声音が重くなっていった。


「魔王はその類稀な魔術の才能と魔力オドをもってして、全人類を殺そうとした。――それは、戦争の勝敗の行方以前の問題じゃ。そんな真似をすれば魂の均衡は崩れ、世界は崩壊する。神として、それは止めねばならん」


 そして、女神様は俺を指差した。


「わしは直接的には世界に干渉できん。そこで、適性のある人間をゲートとして、わしは力を行使した。――その人間を、人は勇者と呼んだ」


 どくり、と。

 そのキーワードで、どういう訳か俺の心臓が跳ねた。


「勇者は三人の仲間を見つけ、魔王の討伐に向かった。――じゃが、魔王の力はあまりに強大でな。倒すには至らず、勇者たちの魂と共に封印するしかなかった。――魔王が再び復活することがなければ、勇者たちの魂も輪廻転生の輪には乗れん」


 そして、指を突き付けたまま彼女は俺に歩み寄っていく。


「じゃが、魔王は復活しようとしておる。じゃから勇者たちは転生を果たしてしまった。――それがお主じゃよ、九澄勇太」


「……俺が、勇者……?」


「そう。そしてそれが、お主が下級魔族のあの犬に追いかけられておった理由じゃ。――理解できたかの?」


「理解は、出来たよ。納得は絶対しないけど」


「まぁ良い。――さて、勇太よ」


 そう言って、俺に突き付けていた指を開いて、彼女は俺に手を差し伸べた。


「わしの世界を救う為、もう一度魔王を討ち滅ぼすことに力を貸してくれんか」



「え、ヤだよ」



「……は?」


 俺のストレートな拒絶が理解できなかったのだろうか。女神様は固まって、どこぞの議員みたいに耳に手を当てていた。


「お主、何と……?」


「嫌だって。だって痛いじゃん」


「おま、世界の命運が懸かっておるんじゃぞ!? それだけの理由で断るのか!?」


「ここじゃねぇお前の世界のな! 俺には関係ないね!」


「このままでは人死にが出るんじゃぞ!?」


「はん! 俺以外の人間が何人死のうが知ったこっちゃねぇ!」


「お主、最低じゃな!?」


 女神様(自称)が驚いているが、誰だって我が身が可愛いに決まっている。そもそも世界の命運が懸かっているからってもろ手を上げて痛みの中に飛び込むとか、それこそ滅私奉公の極みだ。聖女とかそういう奇跡の体現者だけの特権で、俺みたいなどこにでもいる普通の人間のすることじゃない。


「魔王を倒さんと、本当に世界が危険に晒されるんじゃぞ!」


「嫌なもんは嫌じゃ!! さっきみたいなあの化け物ゾンビ犬にまた噛まれてみやがれ。次は変な感染症にかかるぞ!? どうせ感染症なら気持ちいいことしてかかるやつにしてくれ!!」


「お主、それでも勇者の生まれ変わりか!?」


「知らねぇっての! そんなイタイ設定なんか関係ないわ!」


 ぎゃあぎゃあ言い合うだけ言い合って、俺と女神様が一緒にはぁはぁと荒い息を整える。


「設定、じゃと?」


「本当か嘘かは分かんねぇけど、少なくとも俺は平凡な高校生だぞ。勇者なんか知らん」


「記憶がない……?」


 ハッとしたように、女神様は俺の顔を見る。


「お主、本当に勇者か……?」


「まさかここに来て人違いでした、とか言うクソみたいなオチじゃねぇだろうな……?」


 さすがにあんな怖い思いと気色悪い思いまでしたというのに、ただ間違えられていただけだった、では洒落にもならない。


「ちょっと、そこに座れ」


 言われ、俺はその場に座る。ふわふわとした雲みたいなそれは、高級な絨毯みたいな感触だった。


「ふむ……」


 そう言って、女神様は俺の額に手を当ててうんうんと唸っている。


「魂の波動は、間違いなく勇者のそれじゃぞ」


「百人に一人とかでかぶってるんじゃないだろうな」


「お主らの世界で言うところの、指紋やDNAとは比べ物にならんくらいには正確じゃぞ。魂固有の波動を、ましてや勇者の魂を、女神であるわしが見間違えることはない。――そも、転生させたのはわしじゃしな」


「じゃあどういうことなんだよ」


「分からんが。――とりあえず、聖剣・イクスクレイヴを抜いて見せてくれんか」


「イクスクレイヴ……? 聖剣……? あぁ、さっき犬を皆殺しにして汚い灰に変えたあの」


「もう少し言い方を考えんか……?」


 事実は事実だろう、と思う。


「で、どうやんの?」


「先程出せておったじゃろう、馬鹿者が……。ただ強く念じるだけで良い」


 言われて、右手を掲げて目を閉じてみる。

 全身を温かい何かが包むような、そんな不思議な感覚。同時に、掌だけにもっと熱い何かが感じる。

 目を開けてみると、そこにはさっきの黄金の剣があった。


「うぉ、手から剣が生えた!?」


「生えた訳ではなく、お主の魂と融合しておる聖剣を分離させておるだけじゃ。気色悪い表現をするな。――いいから、早く抜いてみよ」


「分かった分かった。落ち着けって」


 柄に手をかけ、握り締める。

 くんっ。

 無造作に抜こうとしたが、鞘と柄が一ミリも離れない。


「……?」


 抜き方を間違えたか?

 刀なんかじゃ、鍔のあたりを親指で弾いて――ぐきっ。


「指が、指がぁぁ……っ」


「何を馬鹿なことをやっておるんじゃ……」


「違う、俺のせいじゃねぇ……。待てこれ。全ッ然抜けないんだが」


「……本気か?」


「ネタに見えんのか?」


 膝で鞘を挟んで柄を両手で引っ張ってみるが、うんともすんとも言わない。もはやこれ、模型とかそういう初めから抜けないものじゃないかと疑いたくなるレベルだ。


「女神様が抜いてみろよ」


「無理じゃよ。それは勇者にしか抜けん。――神の力をもってしても出来んことくらいはある」


「は?」


「魔法と言って、まぁ端的に言えば物理法則の類じゃな。その聖剣は、選ばれし勇者以外に抜くことは敵わん」


「魔法って、あのMPを消費してばーん、って感じの?」


「わしらは、そういう類は魔術と呼んで区別する。魔を操る術で魔術。魔に関する法則で魔法、という訳じゃな。神は浮くことは出来ても、万有引力そのものは消し去れんのじゃ。岩戸に閉じこもれば神々でもこじ開けられんかったというのも、そういう類の話じゃな」


「なるほど……?」


「分かっておらんのに頷くな……」


 いや、いわとって何の話かなってさ……。岩鳶だったら分からなくもないけれど。


「つまり、あれじゃな。お主は勇者が転生した姿であると言うのに、聖剣が抜けないと」


「何だよ」


「ポンコツじゃな」


「……待て。お前、さっき勇者を転生させたのは自分だって言ったよな」


「女神をお前呼ばわりとは……。まぁいい。そうじゃな、ポンコツ勇者の癖によう覚えておる」


「ポンコツはお前じゃ、ロリババア!!」


「ババアじゃねぇって言ってんだろ、不敬罪で地獄に叩き落とすぞ!!」


 飛び上がった女神ロリババアが俺の膝を蹴りつけさらに飛ぶと、ニーキックをこめかみに叩きこんできた。なんだっけ、シャイニングウィザードとか言うプロレス技だっけか。あぁ、意識が遠のく……。


「まぁよい。女神であるわしは心が広いからな」


「そのセリフは人を蹴り飛ばしてから言うものじゃないからな……?」


 ぐらぐらする頭を押さえながら、俺が本気で睨む。


「そもそも、殴りたいのは俺の方だぞ」


「……む」


「女神様(笑)が勇者の転生に失敗したせいで、記憶はないわ、聖剣も抜けないわで、そんな中であの腐った犬どもに追いかけ回されたんだぞ? その上魔王討伐だと!? 全くどんなブラック企業ですか!? あと十年もすれば社畜まっしぐらな俺に今から社畜になれと!?」


「どんな卑屈さじゃ……。じゃが、なるほど、確かにお主の言う通りではあるな」


「分かったら俺を魔族の魔の手から護って下さい! 具体的には一生神の加護とかくれちゃって、俺を一生楽させてくれ!!」


「クズいな、お主……」


 はぁ、と女神様が頭を抱えている。俺、何か間違ったことを言っただろうか。


「まぁわしらの世界の話は、今のお主には関係ないじゃろう。記憶がなくては、身を賭して戦う覚悟を固めるのも難しいじゃろうしな」


「分かってくれるか」


「じゃが、魔王を倒すにはお主の聖剣が必要不可欠じゃ。そのレベルの奇跡でなくては、魔王には届かんからな」


「じゃあこれを渡そうか?」


 ひょい、と気軽にその黄金の剣を俺は差し出す。


「魂と融合しておるから、お主の手から離れれば自動的に死ぬぞ」


「触るな!!」


「お主のその変わり身の早さは、いっそ誉め称えたくなるな……」


 なぜか呆れられているような気がするが、突っ込まないでおこう。


「――そこで、提案をしよう」


「何だ? 何を言われたって、あんな犬に追い回されるようなのはゴメンだぞ」


「報酬を用意しようではないか」


「…………………………おいおい、俺がその程度で揺れ動く人間だとでも?」


「思い切り揺れ動いておるではないか」


 くぅ! 正直な俺の心が今は憎い!!


「で、その報酬って何だよ?」


「何でも構わん。金や女を授けるのは、神話では良くあることじゃしな。それくらい、お主が望むだけ――」


「今日から俺が勇者だ!! 魔王の邪知暴虐な振る舞いは絶対に許せない!! これ以上好き勝手にはさせないぞ!!」


「……お主、大概クズ野郎じゃな……」


 女神様が何故だか深いため息をついている。まったく訳が分からないよ。


 ――そんな訳で

 俺、九澄勇太は。

 今日から勇者を始めることになりました。



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