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あの子の物語とその終わり

俺は再び暖かいリビングでホカホカのご飯を食らっている。

俺のすぐ隣で寝息を立てているシルを起こさないように犬小屋を抜け出し「おいで」と言われるままついて行ってリビングに連れてこられた後版のご飯の残りをお皿に盛りつけて空腹な俺に飯を恵んでくれた。なにこれ、実家のお母さんより優しいんだけど。もう、ここに住み着きたい。

それにさっきさりげなく小屋から出るときにシルが起きかけたから優しく撫でてあげることもできた。本命はほっぺただったけどな。

俺がガツガツと残飯を貪っていると沙耶さんが唐突に

「今日、千枝と出掛けてもらったけどあの子の親のことは聞きましたか?」

「はい。もちろん詳しくは聞いてませんけど」

「そうですか。あの子は未だに魔神族のことを恨んでるらしくってね。私たち人間がどんなに束になったって勝てる相手じゃないのは分かってるはずなんですけどね」

「なにがあったんですか?」

俺の質疑に沙耶さんは重々しく語り出した。


「お誕生日おめでとう千枝!ほーら誕生日プレゼントだぞ」

今日は千枝の誕生日。二本と変わりなくプレゼントをもらい嬉しそうな顔で千枝は

「ありがとう!って、えええーーー!やけに大きな箱だと思ったらなにこれ!おとうさんはわたしの誕生日プレゼントになんてもの渡すのよ」

箱の中には愛らしい・・・・・・いや、おぞましいような憎たらしいような顔でマーベルブサイクが鎮座していた。

千枝さんはそれはもう大泣きである。部屋に引きこもってしまった。

「ちょっと、あなた!娘の誕生日になんてもの選んでんのよ!誕生日プレゼントじゃなくてビックリ箱じゃない!頭おかしいんじゃないの?」

「いやいいや、待ってくれよ。さあ落ち着いてよく見てごらん?ほーら、だんだんこの醜悪な汚物の顔が可愛く見えてこないかい?」

父、一樹の妄言に母、立花はその醜悪な顔面を間近で凝視する。

「おえぇぇぇ」

立花はマーブルブサイクの顔面にリバースした。

「大丈夫かい立花!」

立花は慌てて近寄る一樹の胸ぐらを掴み挙げて容赦なく

「どこが可愛いんだ、目腐ってんじゃねーのか!だいたいお前いま醜悪な汚物って言ったよな?言ったよな!お前はもうこの駄犬連れて旅にでも出てこい!」

一樹の顔面にアイアンクローが炸裂した。


「千枝もう機嫌を直してあげて?さっきからあなたの部屋の前でお父さんが土下座したまま動かないの。暖かいうちにご飯を二人で食べましょう?」

「ちょっと、立花?なんで二人なの?僕は?」

「あなたはそこのビックリ箱の中にいる駄犬に飼ってきた高級なご飯があるでしょ?」

「いや、ドッグフードは食えないよ!たしかに?奮発してドッグフードは高いやつ買ったけどさ」

ガチャッ

「おお!やっと出てきてくれたか千枝!ごめんな、こんなもの買ってきて。すぐに返品してくるから」

一樹は土下座の姿勢のまま千枝に謝罪した。

「いい」

「「え?」」

「この犬飼うから返品しなくてもいいよ」

「いいの?ほんとうにこの犬飼うの?いいのね?世話は自分でするのよ?例えこの犬が私の目の前で餓死しかけてても私は見て見ぬ振りをするわよ?」

「ちょっと、立花!せっかく千枝が飼おうっていってるのになんでそういうことを言うのかな」

「大丈夫。私はこの犬を使い魔にするから」

「使い魔?」

「うん。この本に使い魔としての素質が載ってた。これによると、使い魔は強くて、忠実で、なにより相手を怯ませるほどのいあつかんがひっすなんだって」

「忠実・・・・・・」

「威圧感・・・・・・」


「懐いたな」

「懐いたわね」

一樹と立花は家の目の前にある広大な庭で仲良く遊び回っている千枝とリスパダールを眺めながらポツリと言った。

リスパダールとはマーブルブサイクの名前だ。

「リスパダールは扶養してもらっている俺たちには一切懐かないけどな」

「そうね。昨夜私は手を噛まれた上に残してたケーキを食べられたわ」

「そうか。ちなみにそのケーキっていうのは冷蔵庫に入っていたショートケーキのことかい?」

「よく知ってるわね。そうよ。あの犬に食べられちゃったの」

一樹の額に脂汗がにじみ出ていることに立花は気がつかない。

「とんでもない犬だな」

「全くよ」

 異常事態発生!異常事態発生!魔神が町の城門を破壊した!至急各員は迎撃に当たってください!

ゆったりとしていたこの雰囲気をぶち壊すかのように町中に警報が響きわたった。


「いいかい千枝、リスパダール。君たちはここにいるんだ。なにがあっても絶対に出てくるな。お父さんたちは戦いに行かないといけないから君たちを守ることができないんだ。もし何かあったらこの石に魔力を注ぎなさい。すぐに助けにいくからな」

「頼んだわよ。リスパダール。なにかあった千枝を助けてあげてね」

立花がリスパダールの撫でつけると、リスパダールは甘えるようにして、くぅ~んと鳴く。

初めて甘えられたことに少し感動する立花に一樹は

「さあ、行くよ」

そう言って立ち上がり、地下室を出ていった。

くぅ~ん、と再び唸るリスパダールを抱きしめ、立花は、大丈夫だよね、と語りかけるようにして呟いた。


「堅すぎるな、こいつ。魔法が全く通らないんだが」

「さすが魔神族ってところね。どうするの?これは無理じゃないかしら。帰る?」

「帰らないよ!帰ったらこの町がなくなるよ」

普段と変わらないジョークを飛ばしながら一樹と立花は高台に飛び上がり、さらに数発魔法をとばし、仲間を援護する。

一樹の魔法は砲撃。手のひらから魔法を飛ばすだけというシンプルなものだが、その分威力がバカにならない。

立花は拘束魔法。つぎ込む魔力の量に応じて対象を拘束することができる。

が、そんな強力な力を持った人間二人がかりでさえ、魔神には一蹴されるだけだった。

だれがどう見ても、戦況は最悪。町を捨てて出て行く者もいる。

一樹はそんな化け物を見て、ため息をつくと

「たしかにこれはもうダメかもね。僕が残るから立花は千枝とお義母さんのところに行って先に逃げといてよ。僕の時を見計らって引き上げるからさ」

「町がなくなるよっ!とかいっといて結局逃げるのね。言ってから一分もたってないし。まあ確かに賢明な判断だとは思うけど。じゃあ、先に行ってるわね」

立花はパートナーを戦場に残すこと、町の危機に関しても、特に気にかけることなく実にドライな態度で一樹の言うとおりに我が家に向かって駆けていった。

「まったく。あいつはどんな神経してるんだか。まあそこも魅力なんだがな。さてと、・・・・・・ん?」


立花は町の外れにある我が家で自分たちを待っている千枝と母、まあついでにあのリスパダールんの元へと走っていた。

きっとみんな私のことドライだとか薄情者とか思ってるよね、一樹とか一樹とか、あとそれに一樹とかね。

確かにその通りだが立花は町の危機とか同業者の危機だとかなんかよりもっと大事なことがある。家族だ。ぶっちゃけ家族を守るためなら、家族と暮らすためならこの世の誰であろうが売るし、捨てるし、排除する。

立花にとっての絶対的なポリシーだ。

じゃあ何故一樹は置き去りにしたのかと言われれば、それは一樹を信頼しているからだ。一樹なら死なない、私たちを置いて逝ったりしない。そう確信しいていた。

なら今すべきことは町の防衛なんてクソみたいなことなんかより、いち早く家族を連れてこの町を離脱すること。

そのことを再び脳内で再確認し、立花はもうすぐ着くであろう我が家わお思い浮かべ、すでに離脱後の計画立て始めていた。

その気の緩みが後ろから迫る脅威に気がつかなかった。


立花が家に引き返したのに反応したしたかのように魔力を集積し始める眼下の魔神に一樹の額から脂汗がにじみ出てくる。

次第に魔神の腰部分に尾を形成するようにして集まる魔力に本能的に恐怖を覚える。

「おいおい、これはマズいんじゃないのか」

いつも一樹の言葉に反応してくれる立花も今はいない。

ていうか、立花がいないと僕はろくに魔法を命中させられないんだけどな。ここにきて立花の不在を嘆く一樹。自分が言ったことなのに。

「おい、今の女は貴様の女か?」

不意に投げられた図太い冷えるような声に鳥肌が立つ。もちろん寒気のの方でだ。

一樹は距離があるにもか変わらずしっかりと自分の目をのぞいてくる魔神に、あえて素っ気なく

「だったらどうしたんだよ。言っとくけど立花はお前みたいな醜男には譲る気は毛頭ないし、それ以前にお前に振り向きもしないけどな」

「ち、違うわ!勘違いすんな。べつにあの女が気になるとかそういうわけじゃなくてだな」

「お前の今の顔はうちで飼ってるリスパダールがイケメンにすら見えてくるわ」

「リスパダール?なんだそれは」

「マーベルブサイクだ」

「なっ、あんな犬っころと一緒にするな!言っとくが俺たち魔神族は元々髪目が真っ黒で

だから俺が特別ブサイクってわけでもないんだぞ!」

「正直に答えろ。あなたは鏡が見るのが怖くないですか?」

「はい、ものすごく怖いです。小さい頃は鏡の中にいる醜男が気色悪くて仕方がなくて夜中に屋敷中の鏡を壊して回りました。生まれ変わったら絶対美男子になってやるんだと、学校の卒業文集に書き綴ったことがあります。ごめんなさい」

「・・・・・・すまなかったな。俺も心からお前の来世が美男子であることを祈っているよ」

「って、なにを俺は傷の舐め合いをしているうのだ。おい貴様!さっきの女w」

「おい、いま傷の舐め合いとかなんとか聞こえた気がするが気のせいだよな?俺は別に自分がブサイクだとは思っているわけじゃないぞ」

「やかましい!ええい、最後まで聞け!先ほどの女を俺たち魔神族は欲しているのだ。今すぐに引き渡せば俺はもう反撃をすることなく引き上げる」

「却下だ」

「即答するな!同じ悩みのよしみだ。もう一度チャンスをやる。よく考える」

「不許可だ」

「いいのだな?この町の者皆殺しにしてから奪い取る事になるぞ?おとなしく引き渡そうとは思わんか?」

「寝言は寝て言え」

次の瞬間には、一樹を含めた周囲の人間たちの背に、高密度の魔力で形成された尾が顔を出していた。


勢いよく扉を開けた立花は靴も脱がず地下室へと行き、薄暗い部屋あの中にリスパダールを抱きしめる千枝と母・沙耶に

「逃げるわよ!急いで準備をして!千枝は食料を集めて、お母さんは必需品を。今から五分後に家を出るから!」

「わかったよ」

沙耶は立花の絶対的なポリシーを知ってるだけあって、特に不満を言うことなく了承したた。

突然言われた時は現状をうまく把握できていなかった千枝もそんな祖母を見てうなずく。

立花は家にある情報なんかを残さないよう燃やすために一カ所に本や書類を集め、千枝は食料庫へ行き、物持ちの良い軽い者を袋に詰めていく。沙耶も金庫なんかをあけてこれから必要になるお金や身分証明書、そして写真フォルダをバッグに詰め込む。

三人の素早い動きで五分後にはすでに準備を完了し、立花が家に火を放つ。

住み慣れた家が燃えていく様を眺める二人を立花は、はやく行くよ、と急かし来た道とは反対方向の町を囲う城壁の裏門へと走る。

裏門が見えてきたところで、立花はバッグに詰めている発煙筒を取り出し、上空へ向かって打ち上げる。一樹に合図をするためだ。

この赤い発煙筒を見たら一樹がなにかしらの返事を返すことになっている。

 ま、きっと一樹の事だから砲撃魔法を打ち上げるんでしょうけど。

立花は一樹の発煙筒は絶対に持ち歩かず、すべて砲撃魔法で返事を返す奇行にクスッと笑う。

しかし、一分、二分、三分経っても魔法は打ちあがらなかった。


「ぐっっっ!」

一樹は己の腹を貫通した綺麗な粒子をまき散らしながら、うねうねと動く尾を砲撃魔法で消し飛ばす。

普段なら立花の手助けがいるところだが、この至近距離だとさすがに外すことなく、尾を霧散させた。

「ほう、さっきから打ってきた砲撃魔法はお前が打っていたのか。なかなか強力な力だ。まあいい。ほら、周りを見てみるがいい。お前が反抗するから大勢の人間が死んでいったぞ。悪いが俺はさっきの女を追わせてもらう。さっきの発煙筒はお前宛だろう。逃げられては困るのでな。安心しろ。お前は生かしてやる。妻をとりお前まで殺すほど俺も無慈悲ではないのでな」

魔神は一樹に哀れむような視線を向けるとそのまま発煙筒の発信源の方角へ走り始める。

「い、がせるがぁーーーーーー」

自分に哀れむような視線を向け、背を向けて家族を奪い取ろうとする魔神に向けて、一樹は高出力の砲撃を放つ。

放たれた砲撃は魔神の尾を消し飛ばし、さらに片腕を吹き飛ばした。

「ぐっっっ、・・・・・・フフフフフフ、あはははははは!おもしろい。あくまでも刃向かうか。まさか人間の使う魔法なんぞに片腕を持って行かれるとはな」

「殺してやるよ、ウジ虫が」

魔神の放つ威圧に屈することなく一樹は手のひらを正面に突き出す。

 俺が時間を稼いでやるから、さっさと逃げろよ。頼んだぞ立花。

 家族のために命を張る父親なんてかっこいいよな。まあ、きっと立花とか千枝は、馬鹿 だとかちっともかっこよくねーよ!とか言いそうだけどな。

自分の家族の顔を思い浮かべ、一人笑うと、一樹は過去最高密度の砲撃魔法を放った。


「おかしいわ」

立花は一樹が返事をよこさないことに、徐々に不安を募らせている。

「ま、まあ、一樹のことだ。きっと何事もなかったかのようにして出てくるよ。見てないだけかもしれないだろ?」

そんな立花の気持ちを察して、沙耶はすかさずフォローに入る。

「ねえ、お母さん。なんでお父さんはいないの?さっきからずっとここにいるよ?」

拳を堅く握り、プルプル震えている立花の手を包み込むようにしながら千枝は尋ねる。

ちなみに、ここまで千枝が大人の足に遅れることなくついてこれたのは、リスポダールに乗っけてもらっていたからだ。リスパダールはそれを苦もなくやり遂げ、今は千枝のイス代わりになっている。実に主に忠実な使い魔なのだ。ひとえに千枝の動物に好かれる性格によるものだろう。

見下ろされ、汚物を見るような目で見られて、危うく捨てられそうになっていた自分に初めて同じ高さで視線を合わせてくれ、使い魔としてずっと側に置いてもらい、ずっと遊んでくれるのだから、懐くのは当然ともいえる。プレゼントしように包装された箱から自分が出てきたときは悲壮そうな顔をし、部屋に閉じこもっていたような気がするが・・・。

そんな千枝の言葉に一層難しい顔をした立花だったが、目の前の林から物音に一気に臨戦態勢に入る。

「お父さん!」

林から出てきたのは誰あろう一樹だ。

数時間とはいえ、薄暗い部屋にいた千枝は寂しさもあり、大好きな一樹に抱きつこうと駆け寄る。

「え?」

そんな感動の再会を台無しにしたのは、以外にも立花だった。

千枝の体に拘束魔法をかけたのだ。

沙耶も立花の突然の行動に驚き、

「娘に魔法なんかかけるんじゃないよ!どうしたのさ」

責めるように言う沙耶を片手で制し、立花は今にも泣きそうな顔で

「一樹?なんでこれを見てなにも言わないの?なんでそんなに体が白いの?なんなのその無理矢理したような笑顔は。ねえ、答えてよ一樹?」

掠れるような立花の言葉に、千枝と沙耶も一樹の違和感に気がつく。

ガサガサガサ

「フフ、さすが家族といったところか。完璧に仕上げたつもりだったんだがね。こいつも喜んでるだろうよ」

林から出てきたのは、全身ボロボロで右腕がなく、真っ黒な目に腰から、こんな状況じゃなければその美しさにため息を吐いてしまいそうな尾を生やした魔神だった。

「ひっ」

突然現れた醜い姿の魔神に千枝が小さな悲鳴を上げ、立花は拘束魔法を使って魔神を押さえるのと同時に千枝を自分の背中に庇う。

「ほう、これはこれは。なかなか期待できそうな魔法だな。改めて使われると、こんなマニアックな嗜好が流行するのもうなずける」

「お前か!一樹を殺したのはあんたなのかい!」

初めて聞いた祖母の怒声にたじろぐ千枝。

「これはこれは元気のいいことだ。その歳でそんな大声を出したら体に障るぞ。だが、あいにくと俺はお前には用がない。死にたくなければ大人しくしておけ」

沙耶の怒りを一蹴した魔神は立花の方に向き直る。

「できれば手荒なことはしたくない。どうだろう。このまま大人しく来てくれるのであればその二人には一生楽に暮らせるように手配するが?」

「よくもまあ、殺した相手の家族にそんな事が言えるわね。当然答えはノーよ。誰がお前等みたいな蛮族について行くっていうの」

「さすが家族。この男も同じ事を言っておったぞ。何だったか・・・そうだ!たしか俺がお前を引き渡したら、町の人間は殺さないでやる、と言ってやったら、こいつはなんと言ったと思う?寝言は寝て言えだとさ!はっはっはっ、お前さんも馬鹿な男に捕まったぶはっ!」

魔神は突然胸を押さえ、必死に呼吸をしようと口をパクパクと動かす。

立花が心臓の動きと肺の機能を拘束したのだ。

「かっこいいでしょ、私の夫は」

立花も拘束という上級魔法のうえ魔力量では圧倒的に勝る魔神を押さえ込むのに膨大な魔力をそそぎ込み、苦痛に顔をゆがめる。

魔力とはそもそも人間の生命力を源にしており、魔力を使い果たすと生命力を失う事になり死ぬ。先ほど一樹が腹を刺されたのに生きていたのは魔力を回復に回したからだ。ただこれには魔力変換の技術が必要不可欠となる。

先に行動に出たのは魔神だった。

霧散していた尾を一本だけ再形成し立花に突き刺したのだ。

すでに魔力が限界まできており、なおかつ上級魔法発動に集中力を必要とするため立花は反応する事ができない。

「っっっ!」

千枝は声にならない悲鳴をあげ、倒れることによってさらに傷口を広るがそれを為すすべもなく受け入れる母を後ろから抱きしめる。

尾は立花を貫通してはいたが立花は体を捻って尾から千枝を守っていた。

「お母さん!」「立花!」

「惜しいことをしたが仕方ない。金と自分の命を天秤に掛ければ当然だ。だが、お前の娘はもらっていくぞ。多少の金にはなるからな。悪く思うな、不条理は世の常だからな」

魔神は半ば体を引きずるようにしながらも千枝に近づいてくる。

「いか・・・せ・・・ない」

そうはさせないと、立花は朦朧とする意識のなか気概だけで足を踏ん張り、体を張って千枝を守ろうと試みるが

「お前に用はない。魔法の使えん魔法使いなどなんの役にも立たん」

立花を伴いながら尾を振りかぶり、立花は城壁に打ち付けられる。端から見ても生きているとは思えないほどの勢いと威力だった。

「い、いや、やめて、ひっぐ、来ないでよ!ち、近づかないで!だれかぁ・・・だれか助けてよ」

千枝は腰が抜け、その場にへたり込むと嗚咽混じりに助けを求める。

沙耶は駆けだした。

自分の娘と息子が命を張ってまで家族を守り抜いたのに、ここで自分が見捨てる道理などない。

老いとともに魔力は衰退しており、勝てる見込みなんてこれっぽっちもないのも分かっている。

でも、ここで逃げ出して自分だけが生き残ったとしてもこれからの余生、一人で罪悪かんんい苛まれながら生きていくことになる。願わくば、孫とついでにリスパダールと一緒に生きていきたい。

魔力でわずかに強化した肉体で千枝の前に躍り出て、勢いそのままに拳を振りかぶる。

「身の程をわきまえろ老骨めが」

魔神の拳は沙耶の拳より遙かに早く沙耶の肩に衝突し、沙耶を吹き飛ばす。

吹き飛ばされた沙耶はそのまま意識喪失し、肩が遠目からでも外れているのが分かる。

「さっさと、行くぞ。これ以上邪魔されたらかなわん」

魔神はガクガクと震え上がる千枝の腕を掴み引き上げる。

しかし、立たされた後、腰が完全に抜けており、すぐにまたへたり込んでしまう。

「チッ、俺は言うことを聞かないクソガキが何より嫌いだ。そしてなによりそんなガキを力でねじ伏せて調教するのが大好きなんだよ。そうかどうせお前も俺の所有物になるんだから先に調教始めとくか」

魔神はその醜い顔を嬉しそうに歪め、拳を振り上げる。

「ヴォッヴォッ」

リスパダールは魔神の喉に一瞬で噛みつく。普通の犬とは違い、マーベルブサイクはその名とは裏腹にモンスター狩りに連れられるほど実に強力で凶暴な犬種で、喉への噛みつきはいくら魔神族でも無傷とはいかない。

普段では考えられもしない速さだ。

「ぐぁっ」

喉を噛み抉られ苦悶しながら魔神は振り上げた拳をリスパダールに振り下ろす。

衝突した瞬間、リスパダールの体に衝撃が走り抜け、バギャッと耳をふさぎたくなるような音とともに衝撃波が千枝の肌をビリビリとふるわす。

だが、離れない。

普通、魔力を局所的に密集させガードをしても余裕で叩き割り死に至らしめるほどの威力での拳を受けてさえもリスパダールは離れない、離そうともしない。

続けざまに三発、四発、五発と殴っても離れない。

魔神と千枝は気がついてはいないが、リスパダールは最初の攻撃ですでに死んでいる。ただ、芯でもなお顎の筋力をゆるめず、敵の喉に噛みついている。

さらに十数回衝撃波が走り抜けたところで、魔神もマーベルブサイクの絶命を悟り、今度はその顎を叩き潰しにかかる。

リスパダールの顎がグシャグシャにつぶれ、やっと喉から牙が離れたのだが魔神はその場にうずくまり吐血する。

リスパダール、沙耶、立花、一樹の遺体を見て、千枝は、次が自分の番だ、と涙と鼻水でグシャグシャの顔をさらにグシャグシャにする。

魔神が立ち上がったのを見て体が硬直する。

自分の場合は死ではなく、もっと恐ろしい奴隷だ。

千枝は下半身が冷たくなってくるのを感じながら、ボーッと一点を見つめる。

「ご・・・ねご・・・に・・・ぐる」

千枝の予想とは反して魔神は掠れて聞こえないほどの声でそう言うと林の中に消えていった。


「ま、だいたいはこんなもんです」

沙耶さんは思い出すように肩をさする。言われてみれば肩が少しずれているような気がする。

「気負わないでください。あなたたちには感謝してるんです。千枝が少し元気になったし、天満君とシルちゃんがリスパダールの犬小屋で寝てるのを見て少し懐かしむこともできましたしね」

「そうですか。あの、ちなみにそれは何年前の話ですか?」

「明日で五年になりますね」

「おい待て。いまなんて?明日でちょうど五年だと?」

いかんいかん、ついついタメ口になってしまった。でもこれは仕方ないだろ。

「はい」

「バカヤロー。それじゃあ、その魔神とやらガ明日来るじゃねーかよ」

「そうなりますね」

「やけに冷静だな。トラウマとかないのか?」

「折り入ってお願いがあるんですが」

「断ります」

「あの魔神を討伐してくれないでしょうか?」

「死にたくないんで」

「町はお礼に好きな女を好きなだけテイクアウトする許可を与えると言っているんですが」

「・・・・・・」

「「「「「「悩むな!」」」」」」」

バァーンと、扉が開かれ寝間着姿の碧先輩達、それにさっきまで眠っていたはずのシルが怒鳴り込んでくる。

「うおっ!なんだよいたのかよ!」

「いたのかよじゃないわよ!天満、あんた今自分の欲望のために私たちを巻き込みそうになったでしょ!」

「そ、そんなことは・・・・・・」

「てんまがやりたいなら手伝うけど報酬のほうは受け取らせないです」

「なんでだよ」

「テンマ!キミってやつは!ボクというものがありながら!この浮気者めぇーーー」

「いつどこでだれがお前とそう言う関係を持った!」

「ま、まあ?あなたがやりたいなら私も当然手伝うわよ?だって私はその、えっと、あなたの家族なんですから。話を聞いて家族がなんたるものかよくわかりました」

「いや、だからそれは言葉の綾というか、ほら、チームとしてね?」

「おい、天満!貴様いつのまに抜け出したのだ!さびし・・・じゃない、なにかあったのかと思ったじゃないか!」

「せめてお前も同じ話題にしてくれるか!」

「天満さん、私はそのもちろんついて行きますが、なんというか、一夫多妻は衛生上よくないですよ!」

「なんの話してるんだよ!」

ていうか、さっきから沙耶さんが俺とシルが一緒に寝てたのを見た時みたいな顔をしてるんだが、無性にムカつく、というか恥ずかしいわ。

「あ、ちなみに女性の方々への報酬はこの町中の美男子を好きに使っていいそうですよ?」

「なんでこの町の役所はそんな報酬を出せるの?一度顔を拝んでみたいね!」

「「「「「「そんなの、いりません」」」」」」


「眠い。夜更かししすぎた」

伸びをしながら、もう少し寝させて?という願望を含ませ隣にいる千枝ちゃんに目配せをする。

あのあと、俺たちは魔神討伐の依頼を頑なに拒み続けた。

しかし、夜中に騒いでいたせいで千枝ちゃんが起きて来てしまった。

しかも、千枝ちゃんが降りてきたのをチャンスとばかりに沙耶さんが依頼を再会し始め、それに反応した千枝ちゃんは、普段抑揚が激しくないのだが珍しく目を輝かせ、嬉しそうな顔をして、なぜか、なぜか俺を見てきた。

いやぁ、千枝ちゃんて結構かわいいし、普段ツンツンした子がデレてくれたらそれは答えてあげるしかないでしょ。まさかこんなところで俺のオタク弊害がこんなところで出てきてしまった。

あとでこそっとエレインに耳打ちされたのだがそのとき、俺はものすごく良い笑顔をしていたそうだ。

そしてなんで千枝ちゃんがとなりにいるのかというとだ。

お願いを了承した俺は部隊の女性陣から針を含んだ視線を向けられたわけだが、追い打ちをかけるようにして千枝ちゃんが

「今日は天満と一緒に寝る」

などと言い出した。

沙耶さんの反応は、これは取り合いになりそうだね~、といった感じだった。

そういうわけで千枝ちゃんと犬小屋で一夜を明かしたわけだが、実は俺一睡もしていません。

別にそんなにロリっ子が好きってわけでもな・・・いや、大好きだわ。それにプラスでツンデレとかもはやチートだな。

そう言うわけで一睡もしてません。戦いの前なのに全く寝てません。

「ねぇ、天満」

「どうした?」

「寝る前にトイレに行ったとき、碧とエレインとレイカから

「男の中でも特に天満は私たちと暮らしてるせいで、溜まりに溜まってレイプウェアウルフ並に危ないから、何かあったときは叫んでね!って言われたんだけど、天満はなにが溜まってるの?レイプウェアウルフはなにをするの?」

「ブフゥッ」

思わずなんでいた水を噴き出してしまった。

「だ、だいじょうぶ?天満」

「だいじょぶだいじょぶ」

くっそ!あいつらなんてこと教えてるんだ!こんな幼気な少女に!

「うーん、俺もよく分かんないな。し、シルとかに聞いたら分かると思うぞ?」

俺はシルにドブを擦り付けた。ごめん、シル。俺の代わりに犠牲になってくれ。


第一回!金雀児部隊魔神討伐作戦会議!編


現在、一階のリビングでは会議が催されている。

なぜか、女性陣の目の下にクマができてるんだが、もしかしたらこいつらも寝てないのか?

シルはプラスαで千枝ちゃんに質問責めによってぐったりしている。

いや、マジでごめんシル。でも元はといえば碧先輩たちのせいだからね?だから俺をそんな親の仇でも見るような目で見ないで?ね?

「えーっと、とりあえず魔神の情報をまとめるわね。魔力色は黒で魔力を密集させて尾を形成する、生命力が高い、片腕がない、あと、は、えーとブサイク。さて、これをふまえた上でどうやって倒そうかしら」

いや、ブサイクて。

その情報絶対先頭に必要ないじゃん。

「とりあえず、前衛はユノに私で、残りは後衛で行きましょう」

シルがそう言いながら、付け足すように

「せりしアはニ体の魔獸を召還してくれるか?一体は近接攻撃兼前衛の援護で、もう一体は後衛の防衛役が欲しいのだが」

「うん、まかせて」

「じゃあ、とりあえずスタイルはこれで行くとして、千枝ちゃんを守るのが最優先ね」

碧先輩は、千枝ちゃんを守るなにかいいてないかと考える。

ん?

ちょっと待てよ?そう言えば

「そういえばなんで魔神は立花さんを狙っていたんだ?それになんで立花さんはもういないのに町に攻めてくるんだ?」

「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」

まあ、分からんよな。


なわけで第一回金雀児部隊魔神討伐作戦会議!編 完!


「うまい!サヤめっちゃ料理うまいね」

「うまいうまい。あ、エレインそれ私のです」

「たしかにいい味ね。あなた国お抱えのコックにならない?」

「そこらの料理人よりぜんぜんおいしいですね」

「私、じつは城で出されるご飯あんまり好きじゃないんですけど、沙耶さんがコックになってくれるんだっったら好きになれそうです」

そんなことを口いっぱいに料理を頬張りながら口々に言っている、とても女の子らしからぬ仲間を俺と碧先輩は呆れた目で、千枝ちゃんと沙耶さんは驚愕の目で見ている。

いや、もうちょっと品性というものを身につけてくれると嬉しいんですけどね。

まあ、たしかに沙耶さんの作るご飯はどれも絶品だ。

普段、消費期限切れの冷凍食品を電子レンジでチンして皿にいかにも手作り風に盛りつけただけの手抜き料理を食べてるだけあって、沙耶さんの料理はさぞおいしかろう。

「お前たちもうすこしお行儀よく食えよ。千枝ちゃんを見習え。見るがいい、この上品な作法を」

立てば芍薬座れば牡丹と謳われる某干物妹さんと良い勝負ができるほど精錬された食事作法。

「千枝は私たちが教えるまでもなく自分からできるようになったんですよ」

「ま、まあ、少し勉強しただけだけどね」

相変わらずツンツンしてますね千枝ちゃん。

「そういえば、碧先輩も綺麗ですよね」

「そ、そうかしら?たぶんこれが普通なだけだと思うけど」

「作法のことは良いです。それより早く食べて露天に行きましょう」

ユノはサラダを頬張りながら、今日魔神が攻めてくることを忘れたかのようなことをほざき始める。

「露天商は無事に町を守りきってからだ。それに碧先輩から聞いたんだが昨日露天商に行ったとき、すべての露天商を回りきったそうじゃないか!なんなの?金ってそんなに無尽蔵に湯水みたいに出てくるもんじゃないんだよ?帰ったら家計簿と通帳の残高見せてあげようか!」

「うぅぅぅ。分かりました。でもせめてリンゴ飴だけは買ってください。リンゴ飴があればわたしは生きていけるんです」

「また頭の悪いこと言いやがって。リンゴ飴にハマりすぎだろ」

「てんまはリンゴ飴の良さが分からないのですか?仕方がありませんね。わたしがリンゴ飴がなんたるか、その極意を余すことなく伝授してあげるです」

 ユノのリンゴ飴への全面的な心服は俺の想像を遙かに越え、説法は二時間と続いた。

途中、露天でリンゴ飴の虜になった千枝ちゃんも参戦し、とても弔い合戦前の空気じゃねーだろ!と思いつつも俺は口には出さなかった。


緊急警報発令、緊急警報発令、魔神種一体の進入を確認。至急各員は城門へ集まってください。繰り返します・・・・・・

女性の声がリベンジマッチ開戦を告げる。

「来たな。それじゃあ、打ち合わせ通りにいこう」

俺は山の麓の高台という安全地帯から念話石という文字通り念話を可能とする石に向かって仕切る。

なんで俺が安全地帯にいるのかって?

聞いてくれるな。戦力外通告を受けたからさ。日本刀一本でなにができるの?だってさ。笑わせやがる。まったくもってその通りだぜ。

それでも俺に指揮官役を任せてくれた碧先輩には頭が上がらないな。

だって千枝ちゃんの頼みを最高の笑顔で引き受けたのは誰あろう俺である。

ここでなにもせずに家で紅茶なんかを啜ってたら、信用だだ下がりだ。

「セリシア魔獸召還!シル、霧散開始。いつでもやれるようにしとけ。ユノは魔法をいつでも発動できるようにしといてくれ。エレインとレイカは他の奴を巻き込みかねないから常にチャンスを見計らって、自分の判断でやってくれ」

こんな長ったらしく指示だしてるけど、ま、ようは戦闘準備しろってことな。

俺のいかにも仕事出してる感の醸し出し方がテクニシャンすぎてヤバい。

「天満、そんな長ったらしくしないで戦闘態勢って言ってくれない?なんかやりづらいんだけど。仕事やってますよアピールなんて小賢しいのよ」

「「「「「たしかに」」」」」

さすが俺が見込んだだけはあるな。見事に俺のもくろみは看破された。

「ごめんなさい」

ちなみに千枝ちゃんは今俺の隣で戦況を見守っている。もちろんセリシアの魔獸が付いていてくれてるのだが、これでいかに俺が戦力外と思われているのかが如実に表れている。

「いいけどな」

自分を慰めるように呟いた言葉に、千枝ちゃんは首を傾げる。

「私のそばに天満がいるって事はやっぱり、けっこう強いんでしょ?前はよくも、俺は弱いんだよとか、魔法が使えない、とか大嘘言ってくれたわね」

「ふっ、その通りだよ千枝ちゃん。俺は最後の砦としてここに残っているんだ」

流れるように滑らかにでた嘘。

罪悪感?そんなことは露ほどにも感じないね。

そんなくだらないことをしていると、突然爆風が襲う。

城門で魔神が魔法を発動した。

「やっぱり、五年前の魔神で間違いないです。片腕がありまあせんし、魔法も聞いたとおりで、なによりの証明が形容できないほどのブサイクです」

「・・・・・・」

「うっわ、なにあれ。聞いてた以上の顔なんだけど。夢に出てきそうね」

「・・・・・・」

「テンマ!聞こえるかい?見てくれよあの顔を!ネットで見た、某整形大国でヤブ医者につかまされて顔面大爆死したやつの方が可愛く見えるよ」

「あの~、顔以外の情報は・・・・・・」

「天満、家族としてあなたにあんな醜悪な顔を見せるわけにはいかないわ。ダメよ?絶対に見ちゃダメだからね」

「緊急事態だ天満!セリシアがリバースしたぞ!いいか、セリシア、ゆっくり、ゆっくり息を吸うんだ。けっして顔を上げるなよ?」

「いや、だから他のじょうほ」

「ふー、ふー、ふー、ゲボォ」

「はよ、ほかの情報よこせや!なんか、どんな顔なのか見てみたくなってきただろ!」

顔面の情報はすでに各位取り揃えてるんだよ!

「なんか、すでに満身創痍な感じですね。あ、戦闘初めて良いですか?」

「待ってたよ、そういう情報!よし、戦闘開始!」

 千枝ちゃんママパパ弔い合戦の火蓋が切って落とされた。


「全力で行くのでわたしに合わせてください」

「わかった」

前衛を任せられたユノとシルは能力を解放し、魔神に襲いかかる。

「ふっ、貴様等か。吸血鬼共を打ち負かしおった異世界人というのは。どれ、お手並み拝見といこうじゃないか」

「本当は触りたくないですけど、そうも言ってられないです」

「どうしても困ったことになったら、私に言うんだ。特注手袋を持ってきてやる」

「なんで人間族はそんなにブサイクに厳しいのだ?」

とても戦闘中の会話とは思えないようなことを喋ってはいるが、ユノは猛スピードと手数で魔神を圧倒する。それに加えて、シルも突然現れ、急所を的確に攻めている。

さすがに高レベルの二人に圧倒される魔神は一本しかない手では太刀打ちできないと判断したのか、さっそく魔力を発動して尾を形成する。

「ユノ、シル、尾が来たぞ。絶対に当たるなよ!後衛の奴らは援護開始!情け容赦なく殺しにかかれ!」

尾が計されるのを確認した俺は、手はず通りの指示を出していく。

俺の指令を受けた二人は、いったん距離をとり、後衛は、町の他の魔法使いと共に集中砲火を繰り出す。

「いいぞ、みんな!行け行け!ブサイクに鉄槌を!鉄槌!鉄槌!鉄槌!」

俺は、調子に乗って、みんなを煽り立てる。もう一度確認しておくが、俺がいるのは安全地帯で、俺はなにもしていない。

俺の煽り立てに同調して、魔法使いたちが「鉄槌Q鉄槌!鉄槌!」と雄叫びを挙げている中、低い、凍てつくような声が俺たちの悪寒を誘った。

「下等生物共が調子に乗るな」

魔神は尾を大量生産し、弾幕を吹き飛ばす。

大量生産された尾はその吹き飛ばす作業を終えるのと同時に周囲にいる人間の体に襲いかかる。

「回避!」

俺は隣にいる千枝ちゃんが体を跳ねさせるほどの大声で念話石に叫ぶ。

遅かった。

尾は勢いを落とさず体に突き刺さり、貫通し、さらに別の体を追い求める容認して這い回り、突き刺し、貫通する。

「みんな、大丈夫か!」

無事を祈って念話石に問いかける。

「ええ、みんな無事よ。でも、他の人たちがほぼ全滅したわ」

「全滅!?」

正直あそこから反撃してくるとは思わなかった。

「どうしますか?逃げます?」

千枝ちゃんが悲愴な顔をする。

「テンマ。キミはそこで千枝ちゃんを守ってやってくれ。ボクたちならあの程度の攻撃なら何とかなる」

「そうだぞ、天満。貴様は無能らしくそこで千枝ちゃんを守ってやればいいのだ」

「でも、変なことはダメです。てんまは、ロリコンですからね」

「やかましいわ!ロリコンじゃないですぅ。それに、見てくれならお前も十分ロリのカテゴリーに入ってるぞ」

「あなたたち、戦闘中になに言ってるのよ。ほら、行くわよ!」

再び、ユノとシルは魔神との距離を詰めにかかる。その間に無数の尾が、襲いかかってきているが、二人はそれを難なく掻い潜り、ついに魔神の懐まで潜り込んだ。

「行くです!」

ユノは、勢いを殺すことなく、大振りに拳を振る。

「単純だな、獸人族」

魔神族は難なくかわす。

「想定内です」

ユノは、避けられるのは想定内と、体を捻り蹴りをお見舞いする。どう考えたって、物理法則を破ってるだろ!としか思えないような神業をそつなくこなせるユノの魔力、身体改造。

「ば、化け物かよ!ぶっふぇ」

見事ユノの膝が魔神の顔面にクリティカルした。

「ユノ引け!後衛部隊、手数で押せ!」

指示通りに、ユノは下が、それに代わって碧先輩たちが集中砲火を見舞う。

「効いてないっぽい」

誰かがポツリとこぼす。

「想定内だ。セリシア!魔獸召還!」

「はい!」

俺の手札の一つだ。

セリシアが召還したのは、幻術を操る魔獸、クレオパトラだ。外見はセリシアの補正で可愛くなっているが、クレオパトラはカラス型の魔獸。

「ガァァァァァァ」

クレオパトラの鳴き声とともに、魔神も異変に気が付く。

ちなみに今見せている幻術は、過去自分が手に掛けた者達が復習にくる。それを乗り切ったら今度は、全身に奇怪な蟲が這い回る。さらにその次は、いや、口にすることさえおぞましいのでよそう。

とにかく、確実に精神が崩壊するような幻術が三段階も用意してある。余談だが、ラストの幻術は俺が発案したのだ。

「キエェェェェェェ」

魔神の叫声が響きわたった。


現実をかけて、一時間ほど経った。

「ネバるね」

「驚異的です。一時間も耐えるなんて。そろそろ、最終段階に突入しますよ。あっ、そういえば天満さんは私のクレオパトラに、どんな提案をしたんですか?」

「ん?ああ、ま、後のお楽しみな」

「えー、気になります。さっきからクレオパトラがニヤニヤしてるんですよぉ」

そう、セリシアが言うように普通なら三分と持たずに発狂するらしいのだが、この魔神は一時間経ったにも関わらず、地面をのたうち回り、叫び回っているだけなのだ。

俺から見たら、もうすでに落ちていると思うんだけどね。

そして、何故今のうちに止めを刺さないかというと、実はこの魔神、尾をブンブン振り回しまくってるのだ。

近づけるどころの話ではない。

現に、あいつの周りだけクレーターができている。

そのとき

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ?だぁーれぇーだぁー!こんなふざけたもの見せやがったのは!」

魔神は起きあがった。そして、魔神が現実を打ち破ったのと同時にクレオパトラが消え失せる。

「俺はべつに、誰にも相手にされなかったからお前らにちょっかいだしているわけじゃねーぞー。今の考えた奴、名乗りでろーーー!」

それはもう、魔神さんは気が狂ったかのようにお怒りだった。


「ちょっと、天満。なに見せたのか教えなさいよ」

「えっとですね・・・・・・」


彼は、幼い頃好きな人がいた。その人は、学校でも屈指の美女で自分なんかが相手にされることは百二十パーセントない。皆無だ。高校三年生、ようやく自分の顔を鏡で見ることができるようになった頃、彼は思いきって告白することにした。プレゼントも用意した。

 手作りのクッキーを。

告白し、もちろん例外にもれることなくフられる運びとなった彼は、家に帰るのも辛く、河原で夕日を眺めていた。ボーッと水面に反射する夕日を眺めているお、彼は川を流れてくる物に目を留める。やけに見覚えのある装飾を施された紙袋。もしやと思い、彼は服が濡れるのもかまわず、それを拾う。中に入っていたのは、昨夜徹夜で試行錯誤した果てにようやく完成した、チョコのクッキー。彼はその場で人の目をはばかることなく絶叫した。

そしてその翌日。彼は、とある暗黙の了解、彼女に話す、告るなどなどは公式の諮問機関を通さなければいけなかった。そんなことは既に後の祭りであり、登校同時に彼は、トイレ、体育館裏、体育倉庫、など数十にもおよぶ、イジメの名所を巡回し、ようやく教室に帰るといままで仲良く話してくれていた人たちが、話しかけてこないどころか、目も合わせようとしなかった。そして、何より辛かったのは、昨日告白した彼女が自分の席に近寄り、こう言ったのだ。

 昨日、くれたクッキー、食べたよ。すっごくおいしかった。料理上手なんんだね。

と。

その後、彼はまた規則違反により、観光名所を巡回した。

天涯孤独が実質的に確定した彼は、ふと、こんなことを思いついた。

 魔神族は無理でも人間族とかならイケんじゃね?学校卒業したら人間族の集落に観光に行こう!否!構ってもらおう!


「ていうわけです」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

沈黙が痛い。すこし、リアリティーがありすぎたか?

ボソッと、こういう声が聞こえた。

「それって、実体験?」

「・・・・・・概ねそうです」

俺は掠れた声で言った。

そう、これは実体験。ソースは俺だ。すこしイジってはいるがこの魔神バージョンにしただけだから、ほとんどがまんま。

「仲間が・・・仲間が欲しかったんです・・・・・・」

「はぁ、奥の手というからもっとすごいのだと思ってたわ」

「そりゃ、美人なあなたたちは経験ないかもしれないですけど、俺は、男はフられてやっと一人前になれるのです。だから俺はいつもリア充っぽいイケメンを見たら鼻で笑うように心がけています」

「「「「「「美人・・・・・・」」」」」」

「そうですよ?」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

なんで黙るんだよ・・・・・・。

「てめぇら、なに良い空気になってんだぁ!もういい、また余計な事される前に殺してやる。俺はあの小娘にしか、食指が動かねーんだよ!」

「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」

「不潔・・・・・・」「ロリコン・・・・・・」「気持ち悪いんですけど」

女性陣の声と視線が冷たい。

「や、やめろぉ、そんな目で見るな!い、言っとくけどな、ロリコンは病気じゃない。男として父性本能がしっかり働いているだけなんだからなぁ」

女性陣の凍てつく視線の前には人間と魔神、地球と異世界、関係なく、男は無力ならしい。魔神はすでに瀕死の状態である。

俺は隣で、魔神族の爆弾発言におびえる千枝ちゃんの頭を優しく撫でながら、

「奴は明確な人類・・・いや、全宇宙の敵です。然るべき処置をお願いします」

「任せてちょうだい」

断じて俺はロリコンではないということを、同士を売ることで訴えた。


「死ね、害虫!」

我が軍は、それはもう莫大な魔力を使って魔神を殺しにかかっている。

よかった、本当によかった。あそこで魔神を弁護せず、売っておいて本当によかった。

そして、ついに。

「しまった!くっそがっぁぁぁ」

尾が拡散し、防御手段を失った魔神は為すすべもなく集中砲火を喰らう。

断末魔と砂埃が舞い上がるなか、なおも碧先輩たちは集中砲火を止めようともしない。

さすがに魔神がかわいそうになった俺は

「ちょっ、ちょっと先輩?そろそろ止めてあげてもいいんじゃあ」

おずおずと言った感じで言うのだが

「いいえ、ここまできたら魔力が枯れる寸前まで打ち込んでやるわ!」

無慈悲にそんなことを言うのだ。

十分ほど打ち続けた後、限界まで打ち尽くしたのか攻撃は止んだ。

その間俺は魔神に向けてずっと合掌していた。

「終わりましたか?」

「もう、限界よ」

「わたしはもう一歩も動けません。倦怠感がすごいんで迎えに来てもっらっていいですか」

どうやら限界らしい。

「ま、こんだけやったんだから魔神もさすがに死んだでしょ」

またフラグとしか思えないようなことを。

「ようやく収まったみたいだな」

砂埃のなか黒い影がむくりと起きあがる。

俺の危惧したとおり、下卑た笑みを浮かべた魔神が全身に傷を負いながらも立っていた。


「さて、どんんふうに調理してやろうか。どれもこれも上等なものばかりで迷うな」

どうやら魔神さんは千枝ちゃんに留まらず金雀児部隊の女性陣までテイクアウトしようと企んでいるらしい。

当然、魔力を使い果たしたターゲットはその場から動くこともできない。

「はぁ、しょうがないな」

俺はそういって立ち上る・・・ろうとしたところ、服を引っ張られる。

「ん?どうした?千枝ちゃん」

尾レン服をひっぱていたのは当然千枝ちゃんだ。さっきまでいたセリシアの召還した魔獸はセリシアの魔力が切れるのと同時に返送された。

「ダメ。天満一人だと絶対に勝てない。死ぬと分かってる人を行かせるわけにはいかない」

覚悟を決めたような目でそんなことを言うのだ。

「・・・・・・」

俺は仲間に魔神の仲間に加わろうと思ったのだが・・・と、当然そんなことを千枝ちゃんに言えるはずないよな!

というかよくよく考えたら、俺今ごろ出て行って、仲間に入れてー、とか言いに行くとか自殺行為だな。すこし錯乱してたらしい。

よし、千枝ちゃんのそのまっすぐな眼差しによって俺の不浄な考えは浄化された。

次第に泣きそうになってる千枝ちゃんを勇気づけるためにも、ここは格好良く決めたいところだ。

「俺も仲間を置いて自分だけ逃げる事なんてできないよ。大丈夫、絶対に帰ってくるから。千枝ちゃんを、みんなを守るから」

優しい声に優しい笑顔でそう言った。特に考えるでもなく、どこぞの勇者みたいな言葉が出てきた。

千枝ちゃんはついにボロボロと涙を流し始め、立ち上がりかけていた腰をストン、と落とした。


あー、帰りたい帰りたい。なんであそこでカッコつけちゃうかな。もう安全な日本に帰りたい。ん?でもここで見捨てて帰っても、俺は家に帰っても一人になるな。

「嫌だな」

俺は急な斜面を滑るようにして下っていく。

「うわっ!いやーーー!」


「ん?新手か?」

魔神は辺りに倒れている美少女たちを舐めるような視線で物色している最中、突然颯爽と崖を降りてきた俺に驚愕の表情を浮かべる。

「大丈夫か?」

魔神はハッとなって、崖を滑り落ち、ボロボロになった俺にに駆け寄ってくるとなんと手を貸してくれた。

「あ、はい。お世話をかけました」

俺はありがたくその手を借り、起きあがる。

ま、まあ颯爽とまでは行かなかったけど、あんな猛スピードで崖を転げ落ちてきたのに大怪我を負わなかったのは神業じゃね?多少補正入ったけどな。

「じゃない!おい、魔神!俺の仲間に手を出すのはやめてもらおうか!」

魔神の思いにもよらぬ優しさでつい忘れていた。

「仲間?ってことはお前は俺の敵ってことか?」

「もちろん俺の望むところではないが、お前が俺の仲間をお持ち帰りして、性欲の捌け口にしようというならそうなるな」

「ちょっと、天満!あんたには無理よ!私たちはいいから逃げなさい」

「そうだテンマ!ボクたちのことは気にするな。キミだけだけでも早く逃げるんだ」

「そうです、決して魔力は荒立てないでください。おとなしく逃げてください」

念話石から碧先輩、エレイン、ユノの声が響いてくる。

一瞬言うとおりにしようかとも思ったが

「黙ってろ。仲間を助けるために命を懸けるのは当然のことだ。それに異世界に来たときから覚悟はしてる」

俺は言ってやった。

「巨人族の件の時のことを綺麗に忘れてるわね」

ボソッとそんな声が聞こえたが、あえてスルーする。

ていうか、そんなボソッ言ったって、念話石だから正確に聞こえちゃうんだよ!

俺はごほん、と咳払いをし、こう言った。

「碧先輩、拡散の魔力を外してください」

「「「え?」」」


「あんた、今なんて言った?」

「?だから俺の魔力を拡散させている魔力を解いてください」

ふっ、三人が驚いている理由が手に取るように分かるぜ。

あれで隠してるつもりだったのかよ。さすがの俺でも、碧先輩に会ってから、いきなり魔力が拡散されだしたのは気づいてるっつーの。その理由はさっぱり分からんけども。

碧先輩から離れてもずっと拡散されてたり、今碧先輩は魔力に余裕なんてないのに拡散されてるから多分印かなんかで指定して、定期的に魔力を補充してるから・・・・・・・・あれ?

それじゃあ、ひょっとして毎朝、甲斐甲斐しく女禁地区にある俺の家にまで来てくれてたのも、俺を思ってじゃなくて魔力を補充するためだったり?や、やめよう。そんなことは聞きたくない。現実からずっと目をそらしていたい。

「気づいてたの?」

「いや、先輩が俺の魔力を拡散させてるな、ってことは。なんでそんなことを?」

「「「・・・・・・」」」

「とりあえず、四の五の言ってられません。先輩お願いします」

「分かったわ。ただし、後でもう一度印をつけさせてもらうわよ?あなたのためでもあるんだから」

「分かりました」

返事と共に今度は俺の体から黒い光の粒子的なものが発生する。碧先輩が解除したのだろう。

「おぉぉぉ、魔力が!魔力が溜まってくる!」

俺の体が突然変化を起こしだし、魔神は後ろに飛び退く。

無理もないな。念話石は基本的に石を持ってない人には影響を及ぼさないから、魔人からしてみれば、話の流れが分からず、突然黙りだした俺がしばらくして、いきなり黒の粒子なんかを纏いだしたら距離をとるのは当然だしな。

「行くぞ、ロリコン!」

俺は魔力を体に巡り回らせ、驚異的なスピードで接近し、魔神が着地する前に懐に潜り込むと、顔面を殴り飛してやる。

「なっ!」

おそらく今の声は目の前の魔神と念話石を隔てた仲間の声だろう。

「糞が!調子に乗るな!」

魔神は再び尾を形成するが、数が前のニ倍近くある。

「いや、これは多すぎるだろ!」

「死ね!」

「魔法発動!」

・・・・・・おい。

俺が大声でこんな格好良いこと言ったから、一瞬たじろんで尾が停止したけど、なにも起こんないから、そのまま尾が止まったまんまじゃん!

「あ、あっれ~?」

恥ずかしい!もう埋まりたい!

「お前、魔法も使えんのか!焦らすな!」

魔神が俺のトラウマ誕生に追い打ちをかけるようにツッコミを入れる。

「もういい、さっさと死ね」

「ひぃっ!」

俺は目を瞑った。

一秒、二秒、三秒、・・・十秒。

あれ?攻撃は?尾は?

確認のため、瞑っていた目を薄らと開けると、そこには一面真っ白の世界に、魔神が、拘束でもされたように必死にもがいていた。いや、間違いなく拘束されてるな、あれは。


「どゆこと?」

「俺が説明して欲しいわ!なんだこれは!体が固まったようになって動けん!」

「なんでだよ」

「お前の魔法はなんだ?自分のくらい知ってるだろ」

「いや、知らんけど」

「ふーむ、待ってろ。少し考える」


そう言われて大人しく正座し初めて十分ほど経った。

「少しずつ分かってきたぞ。おい、糞ガキ、そこに花火を、っておい、何で無視するんだ?」

「お前の親は人に頼むときの態度は教えてくれなかったのか?全く、そういうとこもブサイクだよな」

「やかましいわクソッタレ!人間に面とブサイクと言われたのはニ度目だ」

「あ、もしかして砲撃の魔法を使う男か?」

「?なぜ知っているのかは知らんが、そうだ」

「暇だし、少し話しようぜ。五年前のことで」

「暇じゃない!今この訳の分からん世界から出るためにお前に試してもらいたいことが・・・」

「いいからさっさと話せよ。よもや俺が実体験を元に考案した幻術が理由じゃないだろ?」

「そうか、あれは実際にお前が体験したことなのか。尊敬に値するな。俺は、リヴァイ。お前は?」

「おい、そのあからさまなパクリはガチで問題になるから止めといた方がいいぞ。今では、某大型遊園地にまで進出するほどの人気を誇る名作のキャラクターランキングはトップだぞ?。変えるなら今のうちだからな?俺は言ったぞ?で、フルネームは?」

「シルベスターだが?」

「違うんかい!って、ダメだ。話が逸れた。千枝ちゃんのお母さん、立花さんを狙った理由をさっさと言えよ」

「それはだな・・・・・・」


要約するとだ。

現在魔神族では、拘束系の魔法を使える人間を高値で買い取っているらしい。なんでも、国が実験で制作している魔獸の力を制御するために拘束系の魔法使いの確保が急務となっているらしい。

そして、マクド・・・シルベスターの家はそれはもう底辺の身分で金がない。

だから、わざわざ人間の町まで出向いて立花さんを捕獲し、一攫千金を狙ったのだ。

しかも、なんともベタなのだが、シルベスターママは今高級な薬でないと治療できず、十年以内に治療しなければ確実に死ぬよいうせっぱ詰まった状況にあるらしかった。


「という訳だ。だが、謝るつもりは毛頭ないぞ?この世は弱肉強食。奪われたくなければ自分が強くなり、自分で守らなければ一方的に略奪されていくだけだからな」

リヴァ・・・シルヴェスターは事もなさげに言い張る。

やっぱ、世界が違うと文化レベルも違うから、価値観が全く違う。

でも、

「たしかに、お前が自分の親を救うためにやったのは事実なんだろうな。それに、お前がそうゆう考え方をするなら、都合がいいよ」

「なにが都合がいいのだ?」

「だって、お前みたいな他人に不条理を強いてるようなヤツならまだしも、五年間ずっと、罪悪感だったりを感じ続けてたヤツだったら殺し返すのもためらっちゃうからな」

当然だ。

こいつの勝手な事情で千枝ちゃんは、目の前で親を殺され、心を閉ざし、まだ幼いにも関わらず、俺たちが魔神を殺す、と言ったときに本心から嬉しそうな笑顔を浮かべるようになってしまったんだから。もう元通りにはならない。

お墓参りに行ったときの、約束したときのあの笑顔が頭にチラツく。

そのたびに、事の元凶であるこいつに怒りがこみ上げてくる。

シルヴェスターは俺の意図察したのか、不適な笑みを浮かべる。

「お前に俺を殺せるとでも思ってるのか?」

「絶対にな」

「なら、いますぐやって見せろ!ほら、どうした?ナイフですら傷ひとつ付かない魔神族の体に、まさか素手で挑むつもりか?」

「まあ、見てろって。ちょっと、試したいことがあるんだよ」

なんのことだと、首を傾げるシルヴェスターに人差し指を向ける。

そして、頭に浮かんだ言葉を、ひとこと。

「シルヴェスターに報いを!」


俺の命令に従うようにして、シルベスターの腹に風穴ができ、次には体の内側からなにか弾けるような、潰れるような音が響く。思わず耳を塞ぎたくなるようなその音だった。

しかし、それに留まることはなく、今度はシルヴェスターの体に強い、衝撃が走り、そのたびにシルヴェスターは血を吐き続けた。

俺の足は、今ガタガタに震えている。目の前で下されるシルヴェスターへの悪行への報い。

わざと、いたぶるように、なぶるようにして命をむしり取っていく。

そして、裁いたのは俺だ。

もちろん、血なんかはいままで何回も見てきた。

でも、これは。

「止めろ!」

思わず叫んでしまった。

それと同時にシルヴェスターを襲っていた不可解な攻撃は止まる。

シルヴェスターはそのまま重力に従うようにして、地面にひれ伏す。

「元の世界に戻せ!魔法解除!」

俺の命令に従うようにして、一斉にこの真っ白の空間に色が付き始める。

視界が次第に荒くなり、あらがうことなく目を瞑った俺はそのまま意識を手放した。


不思議な夢だ。場所はおそらく日本か?

荒廃しすぎていていまいち確証がもてない。

夢なのに体は違和感なく動かすことができる。初めての感覚。視界は信じられないほど悪いけどな。それこそ、アナログテレビの砂嵐状態みたいな感じだろうか。

「てんま・・・・・・」

不意に、ユノの声がする。

よかった。こんな訳の分からん世界で一人とか、そんなつまらん夢は勘弁だからな。

少し、頬を綻ばせながら声のする方に視線を向ける。

「てんま、早く逃げてください!ここはわたしがなんとかしとくのでてんまは早く逃げるです」

ユノがボロボロの体でそんなことを言ってくる。

・・・・・・は?

改めて周りを見ると周囲にはたくさんの人間とモンスターの死骸で埋め尽くされている。

その中には春桐さんの姿もあった。

全く訳が分からない。止めろよこんな夢。早く終わってくれ。


てんま!てんま!てんま!

「うわっっっ!」

がっちーーーん

「きゃうんっっっ!」

犬みたいな声がする。

痛い。すごく痛い。でもよかった!やっぱ夢だったんだな。

「痛いです」

ぶつけたオデコをさすりながら、目の前にユノの顔があった。

 なぜか、俺の上に跨がるようにして、同じくオデコをさすっているユノが。

「なんで、俺の上に乗ってるんだ、ユノ」

「看病してたです。それより、オデコが痛いです。謝ってもいいと思うですよ」

「話を逸らすんじゃない」

「あっ、そういえば、体は大丈夫ですか?痛くないですか?なにかあったらすぐに言って欲しいです。すごくうなされてたですからね」

「体は大丈夫。それよりもだ。なんで看病していたはずなのに、俺の隣に枕がもう一つあるのかを、とことん煎じ詰めていこうか」

「一緒に寝てたです」

「それはなぜだ?」

「てんまが、前からして欲しそうな顔してたから、今回のご褒美です」

「してないから!いや、ほんとにっ!おい、なんだ、その分かってるから大丈夫です、てんまも男の子ですからね、みたいな顔は!やめろよ!絶対に言うなよ!さすがにシルヴェスターみたいに、お前たちに集中砲k・・・」

言ってて思い出してきた。

脳にあのときのシルヴェスターの姿がフラッシュバックして、思わず口元を押さえる。

「あの魔神なら、まだ生きてるですよ?意識はないですけど、いま地下深くで治療してるらしいです」

「生き・・・てる?あの傷でか!うっそだろ。魔神死なないのかよ」

「事後処理は終わったので、わたしたちはてんまが起きしだい、帰ることになってるです」

「・・・・・・」

なにか、嫌な予感がする。悪夢の内容が相乗効果を発揮して、その予感を、妄想を加速させた。


「元気でね。みんなのことは忘れない。絶対また来てね。絶対よ」

千枝ちゃんは、号泣しながら碧先輩たちによしよしされている。

その情景を、微笑ましく眺め、にやけ、うっとりしていると、沙耶さんと目が合う。

俺は、すっと顔を引き締め、さもこの、美しい一面の平原にうっとりしていたかのように、視界を緑で埋める。

そう、今日はあの、肥溜め・・・じゃなかった、我らの愛する日本へと帰還するのだ。


 あのあと、いろいろ手を尽くしてユノに問いつめたが、ヤツは逃げるようにして部屋を出ていくと、碧先輩たちを呼んできやがった。

その時のユノはまるで勝ち誇ったような、それでいて少し残念そうな顔をして俺を見ていた。

先輩たちは、とてもついさっきまで意識を失っていたことなどなかったかのように、俺を扱った。

まさか、あの後すぐに町の修繕作業にかり出されるとは全く思ってもいなかった。

金雀児部隊は明らかにブラック。

そして、沙耶さんもそのあと、俺に農作業をやらせやがった。

でも、結局、あの後魔神がどうなったとかは、ユノが教えてくれたこと以外なにも言われてないから、きっとそれなりの事情があったんだろうと、無理矢理納得した。

俺の魔力を制限してたことに関してだが、ふらふらしながら農作業に励む俺を、碧先輩はベンチに座って眺めていたので、俺は休憩時間、直球に聞いてみたのだが、

「あんたのためにも、今は教えてあげない」

とハッキリ回答を拒否られてしまった。

それ以来、俺がどんなに近寄っても碧先輩は、目も合わせてくれないし、すぐに逃げてしまったので、大人な俺は引くことにした。

他のみんなもだいたいそんな感じだった。

それに比べて、千枝ちゃんは天使だった。

千枝ちゃんは、俺の強制労働をいろいろ手伝ってくれたし、碧先輩にしつこく聞き続けて、理不尽にもまたリスパダール小屋に幽閉された俺にご飯を持ってきてくれたり、すきま風に凍えていると、毛布を持ってきてくれた。ネズミに話しかけている俺を見て、優しい目で俺の話相手になってくれたりもした。

そしてなにより、俺に家をくれた。

そう、ついにリスパダール小屋は俺のマイホームになったのだ。

ああ、妹が欲しい。それならいっそ、千枝ちゃんの弟になりたい。

なんか、妹にご飯を恵んでもらったり、家を面倒みてもらったりする兄とか、なんてキツい字面なんだ。


 「天満。あんたもいつでも来ても良いからね。あんたの家はここにもちゃ~んとあるんだから!いつでもウェルカムだから!」

「分かった。あっちで一段落付いたらまたくるよ」

「うん!」

千枝ちゃんは、本来の子供っぽい顔で笑った。これが、本当の千枝ちゃんなんだろう。


「なんか、さっきの雰囲気をぶち壊しだな」

「「「「「そうね」」」」」

「あ、あなたたちが!あなたたちが飛ぶように言ったんでしょ!なんで私が一人で暴走してぶち壊したみたいな空気になってんのよ!」

現在、モンスターベントの前にいる。

千枝ちゃんと沙耶さんと、町の皆様に見送られてたのが、三十秒前。俺たちは行きと同じようにレイカの魔法でモンスターベントまで一瞬で移動した。便利なんだが、便利なんだけども、なんか違う気がする。今まで読んできた異世界ファンタジー系のラノベみたいな、移動中モンスターとの連続エンカウントみたいな定番のシチュエーションが欲しい。

 ジト目を向けていると、レイカはうわぁーーーんと、泣き叫びながらモンスターベントに入っていった。

 それに続くように、みんなもモンスターベントに入っていく。

 最後に残った俺は、巨大樹からのそのそと出てくる遠目でも分かるほど傷だらけの巨人族を眺める。

瞳孔が開き始めるのを感じながら、その場に立ち尽くしていると、巨人族は俺を見て、にたぁ~と笑った。

その巨人を俺は知っている。

「よう!バツイチダルダ!」

ダルダは、まるでボルトのみたいな綺麗な姿勢でこっちに走ってくる。

足下ガクガクで失禁をなんとか我慢しながら俺は転がるようにしてモンスターベントに転び込んだ。


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