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第四話 『金の匂いはいい匂い』

 店に客が入ってくる。それだけなら別に何もおかしいことはない。問題は、店主の驚愕にこそあった。


「らっしゃ……い」


 ここの店主は相当に肝が太い。こんな地獄の一丁目と言う他ない酒場を経営しているのだ、当然と言えた。

 それでも、その店主が言葉に詰まったのだ。

 まず周囲の客がドアを見る。水を打ったような静寂が波紋のように広がって行き……。


「ん?」


 俺たちのところまで届いた。


「何だってんだ、よ……?」


 ミスマッチ。振り返ったドアの先ににいたのは、端的に言えば『違和感』だった。

 別に彼女におかしいところは何もない。逆に、この酒場だっていつも通り何も問題はない。

 けれど、その二つが交じり合うのは明白に異常。

 ライトグリーンのドレス。歩きにくそうなヒールの靴。セミロングの美しい金髪。右も左も分からないような落ち着きのない仕草。

 そこにいたのは、この場に最も似つかわしくない人間。一言で言うなら、お嬢様だった。

 そしてきっと、それは偶然だったのだろう。俺たちは最も店主から遠い位置……つまり、最もドアに近い位置にいた。ただそれだけ。そんな偶然が、俺たちと彼女を結びつけた。

 異様な空気の中、彼女が選んだ話相手は……一悠人とフィーコ・アトライトだったのだ。






「あ、あの……」


「は、はい?何か御用ですか?」


「わちゃ……!」


 …………。

 …………噛んだ。初手噛んだ。あーこれは恥ずかしい。泣きそうな目をしてる。いやちょっと泣いてる。

 正直オレも緊張してたけど、大分ほぐれた。ありがとう。


「ん、んんっ!……私はトール王国の第一皇女、フレア・トールと申します」


「……皇女?」


 羞恥心を吐き出すような咳払いの後に飛び出してきたのは、そんなとんでもないフレーズだった。流石に予想以上のビッグネームに戸惑いを隠せないぞ、これは。知ってるか?とフィーコに目線で訊くが、横に首を振った。


「本当に皇女様ですか?」


 俺が不躾な質問をすると、フィーコもそれに重ねた。


「失礼ですが、私たち国民は皇女様のお顔を知りません」


 え、そういうもんなの?普通国の偉い人の顔なんてバレてるもんだと思ってた。

 そういや、この世界はスキルこそ発達してるもののテレビや写真があるわけじゃない。国王は顔を見せるとしても、皇女様は見せなくてもおかしくはないのか。


「それは理解しております。信じて頂くには……そうですね、こちらでは足りないでしょうか」


 そう言ってテーブルの上に置かれたのは、一枚の金貨。

 この世界、というかこの時代ではって感じだが、金貨や銀貨というものは単純な額面以外の価値がある。例えば銀の含有量。質の悪いものだと含有量が少なく、当然価値も低くなる。ハッキリ言えば、この辺りの判断はかなり難しい。俺やフィーコも一応は金に関するジョブに就いてはいるが、良い銀貨を見分けるのは大変だ。重さ、音、色。様々な要素から質を確実に知ろうと思えば、両替商のもとに持っていくしかないだろう。

 しかしこの金貨は、明らかに綺麗な色をしていることから素人目にも質の高いものだと分かるようなものだった。


「……あれ?模様がいつものと違うぞ」


よく見ればそれは、俺の知るダリア金貨とは異なっていた。羽の生えた馬……ペガサスだろうか。そんな絵が彫り込まれている。


「これは……聖金貨!?」


 信じられない、と驚愕しながらフィーコは続けた。え?そんなにか?


「聖金貨?」


「そうですよ!王家の者が用いる金貨です!」


「……マジか」


 どうやら本物らしい。

 おいおい、これヤバいぞ。厄介事なんじゃないか?俺は正直、もうこの世界ではちょこちょこと犯罪しながらモブとして生きていくことに決めてるんだよな。だから、こんな案件と関り合いになりたくはない。


「悪いけど、他を……」


「私の依頼を聞いてくださるなら、そちらは差し上げます」


「拝聴しましょう」


 0.2秒で意見を翻した。躊躇がなかった。金に目もなかった。反省もなかった。俺はどうしようもないバカだった。





「私はとある理由で、家出をしています」


「家出……?」


 皇女様を席に座らせて話を聞くことにしてみれば、第一声から問題発言を耳にすることになり、俺は一瞬で自分の選択を後悔した。あーあ、聞いちゃったよ。知りたくなかったなこれ。もう知らなかった頃の俺には戻れねぇよ。


「はい。いえ、それは問題ないのですが……」


「いやあるでしょう問題」


「確かにそうですが、そうではなくて、それは良いのです」


 ……指示語多めだなぁ。明らかにはぐらかしている。だが、よく考えてみれば無駄に首を突っ込む必要もない。話を進めてもらおう。


「実は……今朝路地を歩いていた時に突然意識が途切れ、気付いたら廃屋に寝かされていたのです」


「え、えぇ……」


 なんと声をかけたらいいのかわからないほどに悲惨な事態だった。こうして今五体満足なのが救いなレベルだぞ。よりにもよってこのダスキリアでそんな状態になったらヤバいだろうに。


「そして、どうやらその時に大切な指輪をなくしてしまったようなのです」


「なくしたって……どう考えても何者かに盗られてるじゃないですか」


「盗まれた……ということでしょうか」


 そんな予想外みたいな反応されても。


「強盗が後ろから昏倒させて指輪と金を奪った。それ以外にないでしょう」


「そう……でしょうか。いえ、その可能性も考えてはいたのですが」


「なぜに考慮要素なのですか、確定ですって」


 どんなお人好しなんだよこの皇女様。


「あの、でもお金は奪われていないのです」


「はぁ?……あぁそう言えばこの金貨」


 机の上を見れば、そこにはこんな酒場には似つかわしくないほどの輝き。俺も大概だな、そもそも何故自分が話を聞いているかを忘れてるなんて。


「とすると、指輪だけが目的だったのでしょうか……」


「うーん、そんなことありますかね?何に使うんでしょう?」


 フィーコの言う通り、理由がよく分からない。


「何か特別な指輪なのですか?」


「いえ、母の形見であり、王家の紋章が刻まれていること以外は特に……」


「王家の紋章ねぇ……」


 それはむしろマイナス要素な気がする。何故なら、そんなもの普通に売り捌ける訳がないからだ。いや待て。そもそも金目的なら金貨も奪っているはず。何か分からないが別の理由があったと考えるのが妥当だろう。


「それで、皇女様は私たちにどうして欲しいのです?」


「それは……あの、そんなに畏まらなくても構わないですから」


「ていうか、ユージン敬語下手すぎですよ。正直気持ち悪いです」


「るせぇな。じゃあいいよ、これで。はい、続けてどうぞ」


「流石に皇女様に対していきなり偉そうになり過ぎでは……?」


 素で喋れと言ったのは向こうだ。許してもらおうか。


「あの、そちらの……えぇと」


「フィーコです、以後お見知り置きを」


「はい。フィーコさんも、私を皇女様と呼ばないで頂きたいのですが……」


「あ、そう、ですよね……フレア様でいいですか?」


「フレアでいいよフレアで」


「どうしてユージンが答えるんですか!」


 家出中なのだ。様付けで呼ばれるだけでも目立つ。顔は知られていないみたいだし、幸い名前はこの世界じゃそこまで珍しくはないものだから、呼び捨てにしてればバレる可能性は少ないだろう。

 ……服をまず着替えないとダメか。


「本当にフレアで大丈夫ですよ?」


「……よろしくお願いします、フレア」


「はい!」


 そしてフレアは笑った。

 向日葵のよう……という形容は少し使い古されているかもしれないが、その時確かに俺の頭にはその花の名前が浮かんだ。そんな、綺麗な笑顔だった。

 ……俺やフィーコのような日陰者に向けられるには、余りにも眩しい表情。


「話を戻そうか。俺たちに何を望んでるのかって件だ」


 俺は動揺を押し隠すようにして言う。


「はい。私はあなた達に、指輪を探してもらいたいのです」


 流石にその回答は、予想通りと言って良かった。





 離れすぎると何があるか分からない。とりあえず彼女に聞こえなければいいので、店の角まで言って話し合うことにした。

 席には不安そうにこっちを見ている皇女様。可憐で、今にも折れてしまいそうな儚さを持っている。なんて可愛らしい女の子なんだ。あんな子が皇女だったら国民の士気も上がるというものだろう。俺は恋する乙女のような熱視線で彼女を見つめながら、フィーコに向けて静かに口を開いた。


「なぁ」


「はい?」


「身代金を奪らないか?」


「はぁ!?……なんてこと言い出すんですか」


 思わず叫んでしまい、慌てて口に手を当てて小声に戻すフィーコ。


「まぁ落ち着け。俺には考えがある。確かあの皇女様は勇者と婚約してたはずだろ?」


「そうですね。魔王を倒したら結婚するって。ようやく最近残務処理が落ち着いてきて、今度披露宴を……あれ?」


「そうだよ。そんな娘が今家出してるんだ。この事実、勇者的には知られたくないはずだろ?」


 いや、勇者個人だけでなく、国側も知られたくないはずだ。


「もしかして、結婚が嫌で逃げてきた……?」


「真偽はどうあれ、そう受け取る奴は多いだろうな」


「そうか……内密に何とかしたいと考えてるのかも。それなら口止め料を貰える可能性もありますね」


「ってことだ」


「なるほど……言うなれば身代金というよりも強請って金を貰う、と。なんで一瞬でそんな発想に至るんですか……」


「お褒めの言葉をありがとう」


 フィーコは額に手を当てる。彼女が思考する時の癖だ。


「でも待ってください。王家がなりふり構わず来る可能性も捨てきれないですよね?誘拐されてるとか考えてるかも……」


「今の段階で皇女様失踪のニュースは流れてない。本気で誘拐だと思っているのなら、既に街中に号外が出回ってると思うんだよ。訊いてみないと分からんが、多分置手紙とかしてんじゃねえかな?家出しましたって感じの。まぁ確かに、いずれにせよ王家との交渉は少し様子を見てからの方がいいかもな」


「その間は?」


「彼女のお誘いに乗ったフリで指輪とやらを探そう。それで彼女の信頼を得る。上手く行けば最悪の事態でも皇女様に守ってもらえるかもしれん。無理そうならさっさと皇女様を司法局かどこかの前に放置して逃げる」


「この男、本当に……」


 もう一度フィーコは額に手を当てた。多分、普通に俺の言葉を聞いて頭が痛くなったんだと思う。


「マジで指輪が見つかればそれはそれでありだ。王家との交渉材料になるかもしれないし、持って逃げてもいい」


 一石二鳥。我ながら悪くないプランじゃないか?


「……彼女に」


「うん?」


 その声音は真剣で、そこには彼女の『芯』があるように思えた。故に俺は少しだけ姿勢を正し、その言葉に耳を傾ける。


「その作戦って、基本的には彼女に危害が加わることはないですよね?」


「そうだな。大成功パターンの場合、俺たちが身代金をブン奪ったことがわざわざ皇女様に報告されなければ、心が傷付くことすらない」


「状況によっては信頼する私たちと自分の家の板挟みとかはあり得ますけどね……」


「とは言え、あの娘をこんな無法者の酒場に放置しとくほうが危険だぜ?『護って』さし上げるのさ、俺たちで」


「はぁ、物は言いようですね」


 そこでようやく考えがまとまったのかフィーコは顔を上げてこっちを見て。


「あのですねぇ、私がそんな酷い計画に加担する……」


「に……」


 ニヤリ、と頬を緩めた。


「決まってるじゃないですかぁ?やりましょう、ユージンは天才です」


「だろ!?それじゃあ安全にお姫様を『護って』、お家に『届けて』やろうぜ?ちょっとした『護衛料』は頂くけどな」


「はい!あ、でも折半ですよ」


 真面目な……今までで一番真面目な顔をしてフィーコは言い放った。


「あぁ?」


「報酬は折半です」


「はぁ?バカお前それは話が違うだろ!」


 基本的に、作戦立案者が少し多く取るというのが俺たちの報酬の決め方だった。このざっくりしたルールのせいで毎度毎度揉めに揉めるのだが……まぁそれは良いとしよう。

 とにかく折半を最初から宣言するのは今までにないことだぞ。


「今回は危険なヤマですから!折半!それ以上はまかりませんよ!」


「このアマ……金の亡者め」


「あなたに言われたくありません」


「チッ、まぁいいだろ。我慢しよう」


 折れておこう。成功すれば、折半でも十分な額が手に入る可能性も高いからな。


「いいですか?彼女に物理的な危害は一切加えないこと。それを約束して下さい」


「何だよ。俺が女の子を殴るとでも?」


「殴るでしょう?」


「あぁ。むしろ女の子しか殴らないね。男だと仕返しが怖いから」


「……どうしよう、私この人と組んでていいのかな?」


「いい子ぶってるけどお前も大概だからな?」


「言えてますねぇ。何せ今から王女様を身代金誘拐しようっていうんですから」


「クク、強請りたかりは俺の真骨頂よ。腕が鳴るぜ」


「そりゃ、私たちの出会いもユージンのたかりみたいなものですから……はぁ、しょうがないですね。『金の匂いは』」


 それは俺たちの合言葉。

 契約成立を示す、俺たちにしか分からないサイン。


「『いい匂い』」


 いつもの通り、俺たちは笑って拳をぶつけ合った。


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