幕間三 『神はサイコロしか振らない』
『あちゃー、手遅れでしたか』
神である彼女は誰もいない空間で一人呟いた。正確に言えば神を数える単位は柱であるが、彼女は今人の身で存在し得る空間に降りてきている。
真っ白で、何もない世界。少し前まで、一悠人という人間がレベル上げをしていた空間だ。
『ん?でももう結構時間経っちゃったんですかね?』
その空間は時間の流れが遅かったが、そんなことは彼女にとってあまり意味を成さない。何故ならば、何万年という単位で生きる神は時間の価値が人間とは大きく異なる。そもそもこの空間の時間が停滞しているのは、神たる彼女の時間感覚の反映だ。
下界の1ヶ月が3年であるそこにおいては、下界の半年とは18年を意味するとしても、彼女にとっては一瞬前の出来事しかなかった。
『ま、いっか。まだ終わっていないみたいですし』
下界を覗き込み、彼女はそう嘯く。
――終わっていない、と。
『神はサイコロを振らない……だっけ?』
それは彼女の視線の先の、何故か今唐突に女性の胸を触り始めた男が元いた世界の言葉。
量子力学的確率論に対する反論として有名だ。
しかしこれは当然のことながら神の言葉ではなく、人の言葉に過ぎない。
だから、彼女はそれを否定する。
『私は振りますけどね。だって……』
それは人類から……否、全ての生物からすれば、傍迷惑で無責任な意見。
『そっちの方が、面白いじゃないですか』
けれど、悠久を生きる神の心の内にある、唯一の偽らざる本音。
――賽の目はまだ、出ていない。