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第十六話 『剣聖』

 俺たちはまず、地神討伐隊メンバーを集めることにした。

 とりあえず、一人目は楽勝に手に入る。


「来い、メイド!」


「ははっ、おそばに」


「うわっ!」


 音もなく駄メイドが現れた。もはやメイドどころか盗賊どころか、忍者じみてきた。


「お前、それなりに戦えるだろ?」


「はい。まぁ、ご主人様以外の人類種なんかにはほとんど負けないと思います」


 傲慢というか人類を見下しているフシがあったが、実際コイツの戦闘力はそれだけのものと言っていい。俺には敵わないが。


「よし、合格。行くぞメイド」


「はい!お任せあれでございます!」


「まだ何をするかも聞いてないのに……」


 俺とシーズの会話なんていつもこんなものだが、今回は事情が事情だと思っているのか、ローラは少し不安そうに言った。

 俺だってこの関係性には心底うんざりしているし、その内どうにかしてやる気だが、今日のところは利用させてもらおうじゃないか。


「いいんだよ。大丈夫だ。コイツは強い。それだけは間違いない。さて次だが……」


 とりあえず話を打ち切って二人目のことを考える。やっぱり安牌はギルフォードだろうか。それなりの実力者であるはずだし、食えない野郎だが根は善人のはずだ。ただ、俺たちに情報を伝えてきた意図が、俺たちとの共闘ではなく、俺たちに任せるという意図だった場合は厄介だが……とりあえずは当たって砕けろか。

 そう口に出してローラに提案しようとしていたら。


「ワシはどうじゃろ?」


 ジジイに話しかけられた。


「おま、たしか……」


「……院長!?」


 俺より早く返事をしたのは隣の金髪娘だ。

 ……ここも繋がってるのか。『院長』つったな。つーことは、ギルフォードとローラがいたという孤児院の院長か?


「久しぶりじゃな、元気しとったか?」


「……昔よりは、ね」


「そりゃ何よりじゃ」


 この二人の間にはギルフォードとの関係ほどわだかまりはないのか、それとも単にジジイが年の功で地雷を避けているのかは分からないが、何とか話はスムーズに戻せそうだった。


「で、話は聞いてたのか?まさか覗きだけじゃなくて盗聴も趣味だったとはな」


「覗きは趣味ではない。ライフワークじゃ」


「……お前がその発言で自分のどんな名誉を守ろうとしたのか皆目見当がつかねぇよ」


 印象は悪化の一途を辿ったと思う。


「まぁ話を聞いてしまったことは謝るわい。偶然、店の外で聞いてしまっての」


「偶然ねぇ」


「少なくとも、お主が思っとるよりもずっと本当に偶然じゃよ。『ワシにとっては』な」


「フン……まぁいいや。で、強いのかお前?」


 問題はそこだ。大事な質問だったが、果たして答えたのはローラだった。


「強いわよ。レイルの剣の師匠よ?」


「そう言われても別に俺はギルフォードと戦ったことなんてないから分からん」


 魔王を倒したとかいうし、強いは強いんだろうが。


「や、ワシはあ奴に剣など教えとらんわい。あ奴は最初からワシより巧かった。腹立ったから即破門してやったわ」


「アンタもブレないクズ加減だな」


 自分より強い弟子なんてムカつく気持ちも分かるけど。


「まぁ安心せい。ワシが強いのは間違いない。それとも、お主は油断していたとは言え雑魚に背後を取られるほど弱いんか?」


「……言うじゃねえか」


 たしかにこの男は風呂場で俺の背後を取った。それだけで信頼に値するだろう。


「雇ってくれるかの?」


「いいだろう。キリキリ働けよ。ただし条件がある」


「何じゃ?」


「剣を一本貸せ」


「お主、剣士じゃったのか?」


 怪訝な顔をするジジイ。それはそうだ。剣士であるなら、己の剣を持っていて当然。人に借りようなどおかしな話だ。


「別に剣専門じゃないが、使える。ただお前が剣を使うなら、俺も剣でやる」


「……負けず嫌い」


 ローラが呆れたように言った。


「うるせぇな。大体、多分あんまり大げさな攻撃は出来ないんだ。なら俺も得物を持ってた方がいいんだよ」


 そういう事態も想定されるからな。


「ふはは、面白いの。構わん、最高の剣を貸してやろう」


 ジジイは笑い、俺の提案を了承する。腰に下げていた二本の剣のうち一本を俺に差し出してきた。


「最高のはテメェで使えよ」


「ハンデじゃ」


「……後悔すんなよ」


 俺はそれを引ったくるように受け取って、続けて言う。


「それで、報酬は何が望みだ?」


「いらんわい。ワシはワシでやりたいからやるだけじゃ」


「そういうわけにもいかねえだろ。お前は別にフィーコとは知り合いじゃないはずだ」


「そうじゃな。その女子おなごは知らん。ワシが知っとるのは……」


 そこでジジイはローラの目を見る。


「この女子だけじゃ」


「……どういう意味ですか?」


 ローラの声が冷える。やっぱり、この二人の関係も微妙そうだ。

 が、ジジイはそんなものどこ吹く風で。


「ワシはお主を助ける。別に罪滅ぼしだとかそんなのではない。ただ、お主の力になりたいから助ける。それではいかんかの?」


 そう言ったのだった。























「でも、大丈夫かな……今更ながら、あんなの倒せない気がしてきた」


 ローラは急におどおどとしながら言い出した。


「何をバカな。怖気づいてんじゃねぇよ」


 ここは『大空洞』とやらに向かう道すがら。

 討伐隊メンバーは俺、ローラ、ライガン、シーズ。

 人数こそ少ないものの、数が多くても雑魚を連れてきたところで邪魔なだけだ。

 俺に人脈がなかったとかそういう理由ではない。

 あれからしばらく探したけど新しく見つからなかったとかそういう理由ではない。


「そりゃ、ニノマエはあのバカデカい龍を見てないから言えるのよ。私は一回失敗してるんだからね?」


「ま、大丈夫だろ」


「適当な……でもそうよね、失敗は成功の母って言うし」


 その格言はこの世界にもあるのか。


「でも、母親だけじゃ子供は産まれないけどな」


「な、どっちなのよ!大体、じゃあ父親は何よ!」


「父親は才能だ」


「うわ、身も蓋もありませんね……」


 シーズが横でびっくりしていた。そりゃそうだ、身や蓋は成功のもとではない。


「うるせえな。だからこそ大丈夫なんだよ。今回は俺がいるからな」


 失敗はお前で、才能は俺だ。

 条件はここに満たされた。


「しかし、モンスターは全然いませんね」


 シーズはきょろきょろと周囲の警戒を怠らず言った。


「そう言えば私もあっさり地神のとこまでは辿り着けたわね」


 そう、ローラがそこまで行けたという時点でそのことは明らかだ。


「そりゃそうじゃろ。神の御前に棲むほど獣はバカではないわい」


「獣に神とか分かるか?」


「信仰心の問題ではない。ただ死にたくはないという本能じゃろ」


「はぁん、そんな威圧感あるかね?」


 分からん。そういうものを察知する力が俺に欠けているだけか。


「お主自身が強すぎるんじゃろ。むしろ、お主を見たら獣は逃げる。そっち側じゃろうな」


「あ?」


 つまり、俺が異世界なのに全然モンスターと遭遇しないのは、俺が強すぎて避けられてるってことか?

 ……いよいよ何のための強さなんだ。


「そうかなぁ、ニノマエのことそんな怖いと思わないけど」


「まぁローラは弱いからの……お主は分かるじゃろ?」


「私ですか?ええ勿論。私はご主人様の強さに惚れたところがあるので」


 最悪だ。

 ……いよいよ何のための強さなんだ。


「とにかく安心せい。此奴がおる以上、ワシらに負けはないわい」


「他力本願か」


 連れてくるんじゃなかった、このジジイ。


「っと、そろそろね」


 ローラが言う。一応コイツは下見してるからな。それくらいは役に立って貰わないと。


「あの開けてるっぽいところか?」


「そう」


 少し先にエアポケットのようになった場所が見える。

 たしかに、とてつもなくデカい。なんか俺のゲーム感的に化け物がいる雰囲気はある。


「へぇ……」


 実際入ってみると、そこは本当に広かった。

 ただ広い。東京ドームのような空間だ。

 しかし一方で、そこを広いと感じることは出来なかった。

 その理由は明快だ。


 ――引っ越してきて初めて部屋に入った時、大抵の人は広いと感じる。

 それは物が無いからだ。何もなければ、さほど広くない部屋だって広いもの。

 その逆に、物が多くなってくると狭く感じる。当然のことだ。


 それと同じことが今ここでも起きていた。


「成る程、神か」


 ジロリ、とこちらを見つめる目玉。その大きさが既に人間と変わらない。

 人を呑むことも容易い巨大な口に牙。

 その数六。

 六首龍。

 地神――神様。


「上等だ、やってやろう」


 俺はこれからの作戦を練る。

 六本の首があるってことは、戦闘要員の俺、シーズ、ジジイで二本ずつか。

 無理そうなら俺が三本持つことも検討して……。


「こんなもんか、ま、ちょっくらやってみるかの」


「な、おい!」


 ……いた俺を差し置いて一人で前に出たのはライガンだった。


「まぁまぁ、見とれい。わしゃ剣にかけてはそれなりのもんじゃて」


 あくまでも軽薄そうな台詞とともに、また歩を進めるジジイ。

 バカ、この場で一人モンスターのヘイト集めてどうすんだ。


「お……」


 いやめろ、と声に出そうとして気付いた。気付かされた。

 ――声が出ない。

 体が強張っている。何か大舞台の前のような、極度の緊張状態。

 いつか『高重力』で地面に縫い付けられた時ですら、指先や顔は動かせた。

 しかし今は指一本、動かせない。瞬きすらも、出来ない。

 これは一体何だ?この状況を説明する言葉が欲しい。

 いや、分かっていた。本当は答えなど知っていた。

 ただ認めたくなかっただけ。

 だってそうだろ?俺はこの世界じゃ無敵だった。戦闘に関しては誰にも劣っている部分などなかった。それなりに地獄の訓練だって積んできたしな。

 だから認めたくなかった。この常識外れの事態を。前代未聞の事件を。埒外の事実を。


 ――俺が、気圧されているなどと。

 ――そんなことは、あり得ない。


「せいっ……!」


 次の瞬間に起こったことを、俺は。

 ――見えなかった。


 けれど。

 ――見るまでもなかった。


 それだけでビルと見紛うほどの巨大な六つ首龍の内一つが。

 斬り落とされていた。


「どうじゃ?わし。中々やるじゃろ?」


 勝てないことはない。俺には相当な『治療ヒール』があるし、治しながら距離を取って攻撃系スキルで攻めれば……おそらく俺が勝つだろう。圧倒できるかもしれない。

 しかし、剣。剣術という一点において。目の前のこのジジイは。

『突き抜けている』。強い。俺よりも。



「な、何なんだよ、お前……」


「わしか?わしゃただの老いぼれよ。今風の言葉で言うなら、あー、何じゃったっけ?そう、老害ってヤツじゃな。ま、昔取った杵柄というものが多少あっての。こう呼ばれとった時期もあったわ……」


 ――曰く、『剣聖』と。


「や、やるじゃねぇか」


 俺は気を取り直して言った。いや全然取り直せてなかった。また安定の三下台詞になっていた。


「ま、ざっとこんなもんよ」


 剣を担いでジジイは言う。クソ、そのモーション格好良いよ。そういうの俺大好きだよ。


「……なんで真似してんのよ」


 気がついたら俺も剣を肩に乗せていた。一仕事終えた風を装っているが、実際何もしてなかった。


「それより、あれ……」


 一番この場で何物にも左右されないポジションのシーズが冷静に告げて指を差す。

 その先では……。


「Ahhhhhhhhhh!!!!」


「っ!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような大音声の叫び声とともに。


「早ぇ、な……」


 首が復活していた。

 傷跡すら見えない。ほとんど復元と呼んでいいほどの治癒能力だ。

 このスピードで再生するのであれば、どんな攻撃もさしたる意味を持たないだろう。

 普通の人間であれば、その場で諦めるレベルの超常。

 けれど、俺たちは……。


「こりゃ面倒じゃのう」


「分かってたけどな」


「消耗戦ですね」


「望む所」


 誰一人、そんなことは意に介さない。

 そんなことで折れるような心ではない。

 ある者は誓い、ある者は自信、ある者は信頼、ある者は祈り。

 この場に集ったのは神を殺そうという馬鹿者のみ。あぁそうだ。相手が強いことなど、何も問題ではない。


 ……問題は。

 地神の奥、エレベーターのような小さなリフトに乗った。

 信じられないような顔をした。


「……どうして来たんですか?」


 猫耳の女の子。


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