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幕間四 『最適の簒奪者』

「盗み聴きとは趣味が悪いの」


 老人の声を聞き、壁にもたれかかっていた勇者は視線だけをそちらに向けた。


「覗き見が趣味の院長に言われたくはないですよ」


「ふん、ワシは良いんじゃ。老い先短いからの」


 無茶苦茶を言いながら、老人――ライガンは勇者――ギルフォードの元へ歩み寄った。


「彼らとお知り合いになられたのですか?」


「まぁ、ニノマエと多少話した程度じゃよ」


 彼らの会話は手探りだった。孤児院とはいずれ巣立つためにあるものだが、逃げるように出て行くものでもない。

 そして、そんな風に出ていったのはローラだけではなかった。


「そうですか。では、分かるでしょう?彼なら大丈夫です。逃げ出した僕とは違いますよ」


 ギルフォードその人も、同じだった。


「そうかの?あ奴は面倒臭いところのある男じゃと思うがの」


「ふっ、そうですね。ですからこうしてここで、事の次第を伺っていたというわけです」


 彼らは酒場の窓に目線を投げる。そこではニノマエとローラがグラスを合わせていた。

 ローラは二人にとって旧知だ。その成長は嬉しくもあり、同時に不甲斐なくもあった。


 ――自分たちには、どれだけかかっても出来なかったことをやってくれたな。


 ライガンは「いや、これで良かったんじゃ」と呟き、ギルフォードの方に向き直り。


「手を貸してやらんのか、勇者殿は」


 と言った。答えは想像がついていたが。


「僕はこの件に関し、何かするつもりはありません」


 しかし、答え合わせが正しかったからといってライガンは満足するはずもない。むしろ落胆を強くしたと言っていい。肩をわずかに落とし、目を細める。


「くだらんのぉ……本当に、くだらない人間になった。レイルよ、ワシは残念でならん」


「いつまでも子供のままというわけにはいかないんですよ、院長」


「大人になるということは、くだらない人間になるということでは断じてない。履き違えるな」


「訳知り顔で人に説教をするのが、大人になるということですか。勉強になります」


 ギルフォードの皮肉に、流石のライガンも眉をひそめる。

 これを見て、ギルフォードは少し慌てて「言い過ぎました」と謝罪した。これは先々まで計算して発言するクセのある彼にとって非常に珍しい事だった。

 つまりは、ムキになっていた証拠だった。


「大切なものに優劣をつけていいのは弱い人間だけじゃ。全部守れる奴は妥協せず全部守れ。ワシはそのために剣をお主に教えたつもりだったんじゃがな」


「すぐに破門にしたではないですか。それに、僕は別に院長のように超人じゃないんです」


「何を言うとる。ワシなんて優劣つけまくりよ。若いねぇちゃんとブサイクな男がおったら、迷わずねぇちゃんだけ助けるわい」


「それは本当に酷いですね」


「だけどな、お主はダメじゃ。お主は……勇者じゃろうが。その道を行くと決めたのじゃろうが。顔も名前も知らない人間のために自らの命すら張ると、そう決めたのではなかったのか?」


「僕は別に……そんな勇者を目指したわけではありませんよ」


 本心からの言葉だった。彼が目指したものは、明確に別のものだ。

 いや、その道はもはや勇者でも何でもない。ただの……。


「『最適の選択者』、か」


 その唐突なライガンの言葉に、ギルフォードは驚いて眉を上げる。


「そこまで……ご存知だったのですか?」


「まぁ、ただの速いだけの男だと思われるのも癪じゃろ?早漏みたいじゃ」


『速いだけ』……その言葉が正に正しく、そしてそんな一言で語れる力でないことをギルフォードは知っていたから、少し笑う。


「はは……ですが、その言葉は間違っていますよ」


「ほう」


「僕は最適を選べたことなんて一度だってない。僕は『最適の簒奪者』です」


「……どういうことじゃ」


「その名の通りです。それ以上でも以下でもありませんよ」


「分からんの。ただお主は、この場から去ることが『最適』だと信じておるのか?」


 すなわち――ニノマエとローラに手を貸さないことが。


「そうです。そこは間違いない」


 果たして、ギルフォードは首肯した。その言葉を最後に彼は背を向けて歩き出す。


「ローラが心配ではないのか!」


 その迷いのない背中を見て、ライガンは初めて声を荒立てた。仮に、仮にだ。行動が最適であったとしても、感情がそこに合うとは限らない。感情までも捨ててしまったのなら、それはもう人ではなく機械でしかないと、彼は考えていた。

 だからせめて。『心配している』と。その一言だけが聞きたかったのだ。


 しかし結局、ギルフォードはライガンの望んだ言葉は口にしなかった。


「……信じています」


 それは、『祈っています』という言葉に、ライガンには聞こえて。

 彼は、すんでのところでまだギルフォードを見捨てずに留まった。

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