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第十四話 『再会その四と五』

「チッ……」


 翌日、俺は一人で夕焼けに染まるダスキリアを歩いていた。

 やめておけばいいものを、ローラは本当に地神とやらを退治しに行ってしまった。何の準備もせずに着の身着のままだ。向こう見ずにも程がある。昨日は帰ってこなかったし、今日になってもまだ現れない。一度目は偵察にしておけと言ったのに。

 結局あの女はあまり成長してないんだ。甘すぎる。

 論理で動かない時がある。

 いや、ローラに限った話ではないか。

 女だ。女ってのはすぐ感情で後先考えず動くバカだからな。

 全く困ったもんだ。


「はっ!ご主人様がこっちを見ている!?もしや、これは私のアピールが実を結んだ!?」


 ……一人じゃなかったのか俺は。

 ちくしょう、バカな女筆頭め。

 まぁ流石にコイツと比べるのはローラが可哀想か。なにせ、この女は感情で動いているというよりも……。


「んーっ!んーっ!」


 ……そんなことよりも、その不細工なポーズは何だ?


「……何してんだ?」


「キス待ちです」


 息を荒くして唇を突き出した変人が答える。


「……溺れかけている鯉の物真似ではなく?」


「もう恋には溺れきってますから」


「溺死しろ」


 俺はトーテムポールを放っておいて歩き出す。

 駄目だ。何故俺はシーズと二人でダスキリアを歩いてんだ。意味が分からん。勘弁してくれ。今更驚かないが、コイツは一体いつから俺の隣にいたんだ。俺の気配感知に引っかからないコイツの気配遮断は何なんだ。

 ……待てよ。仮にローラがあっさりやられて、かつ万が一フィーコも素直に生贄になるつもりだったら。

 この盗賊パーティー、俺とシーズはずっと二人きりか?


「ハァ……」


 まぁ無いな。ローラはともかく、フィーコは無い。

 でもなぁ、死なないとしてもパーティーに戻ってくるかは分からんからなぁ。

 畜生、何で俺がこんなことで悩まなきゃならねぇんだ。

 やっぱり、そうなったらシーズはブチ殺そう。うん。

 余りにも巻き添えだが、まぁいいや。


「あっ!ご主人様待ってください!くぅ~、放置プレイも快感ですね!」


 今更気が付いたシーズが駆け寄ってくる……何故か嬉しそうに。無敵かこの女は!


「ハァ……」


 もう露骨に溜息をつきまくるしかなかった。


「ご主人様ご主人様」


 何かを察したのか、シーズがいつもよりも少しだけ抑えたテンションで(つまりは常人の三倍程度だ)話しかけてくる。


「何だよ」


「私はご主人様の味方です」


「何ぃ?」


 その台詞は……俺の癇に障った。

 それを知ってか知らずかシーズは平然と続ける。


「私はあの猫耳女との付き合いが一番浅いですし、正直言ってそこまで興味もありません。ちょっとご主人様に対して馴れ馴れしすぎる気もしますが、今のところ恋愛感情を全然感じないので問題ないと思います」


「知ってるけど、人から言われるとムカつく情報だな」


 別に恋愛感情を持たれたいわけではないんだけども。


「ですから、猫耳女がどうなろうと私の知ったことではないのです。ていうか、ご主人様の周りから女が減ってラッキーだと思います。ついでにあの金髪女もどっか消えねぇかな?と思います」


「さっき危惧してた事態を……」


 てかぶっちゃけすぎだろ。


「そんな私が、そんな私だからこそ客観的に言えますが、ご主人様の仰ることは正しいと思います。猫耳女は自分から命を捧げるような性格ではないですし、それを無駄に引っ掻き回そうとしてる金髪女は阿呆ですし、止めたところで止まらないという点でもどうしようもないです。だから、ご主人様は正しいことをしてるんです」


「……お前、俺を慰めてるつもりか?」


「ご主人様がそうお感じになるのなら、そうです」


 次の瞬間、カッとなって俺は胸倉を掴み上げていた。


「……俺を舐めるな」


「舐めていません」


 堂々たる言い草。

 しかも最悪なことに、「まぁご主人様の身体ならどんな部分でも舐めてみせますが!」などと付け加えてくる。

 自分を嫌っている男に掴みかかられているというのに、この態度には凄まじいものがある。胸には凄まじいものはないが。


「いいか。慰めなんていらねぇ。俺は自分の言葉と行動に俺以外の責任を介在させようとは思わない」


 そもそも落ち込んでいるわけでもない。ローラが死んだと決まったわけでもないのに何の問題がある?


「いえ、私は慰めてるつもりなんてありません」


「はぁ?そう言っただろうが」


「慰めに聞こえたのなら、それはご主人様の問題です。私は、そういうつもりではありませんでした」


「じゃあどういうつもりだよ?何が言いたい?」


 もう俺の怒りは頂点に達していた。よりにもよってコイツに慰められるなどあり得ない。


「さっきも言った通り、私は猫耳女も金髪女もどうでもいいです。大して観察してたわけでもないです。でも……ご主人様のことは、ずっと見てきたつもりです」


「……は」


 いや、待て。

 慰められたと感じて苛立つのであれば、それは。

 それは。心が軽くなってしまいそうだと感じたからでは、ないのか。


「ご主人様は!」


 葛藤する俺を余所に……否、俺をしっかりと見てシーズは一際大きく声を張り上げ、言った。


「ご主人様は、正しいとか正しくないとか、そういう理由で物事を選ぶ人じゃないはずですから!そんなことなんて、気にする必要はないんです!」


「……そ、れは」


 あぁ、それは全くその通り。

 いつから俺は、正しさなんてものを物差しにしていた?

 世間一般だとか、論理性だとか。そんなものなど初めからどうでも良かった。

 俺が、俺だけがどう思うかだ。

 結論に何か変化があるというわけではない。俺は俺の意思で俺がしたいことをした。

 だから、後悔は何もない。

 けど……その後悔のなさに、正しさで理屈をつけるのは、もうやめだ。

 俺はフィーコを信じているから助けに行かなかった。ただそれだけ。

 それ以外の理屈は必要ない。必要なかった。


「少しは、元気になられましたか?」


「……本当にムカつくな、お前は」


 そんな、まるで。

 本気で俺のことが好きみたいな、そんな態度を取るんじゃねぇよ。

 嫌気が差して目をそらす。

 お前は違うはずだろ。お前はただ……。


「……あれ?」


 逸らしたはずの目線の先に、まだ知り合いがいた。

 それはローラでもフィーコでも、ましてシーズでもなく……。


「……カラスとタイル?」


「ダラスと!」


「カイルだ!」


 おお、息ぴったり。マジでお笑い芸人コンビだな。








 いつの間にか側まで寄ってきていた二人を見て、俺は平静を取り戻すことに成功した。

 ……シーズのことを考えるのは一旦やめだ。


「そうだったそうだった。でもお前ら捕まってたんじゃねぇの?」


「釈放されたんだよ……忌々しいことにな」


「忌々しい?」


「……放っとけ」


 何だ?

 ていうか、皇女様を襲ったような輩が簡単に釈放されていいのか?国民の信頼的なものに関わるんじゃないだろうか。

 あ、違うな。そもそもフレアの家出自体公にされてないんだった。そんな暴漢なんて世間的には初めからいないんだ。

 と言っても、なぜ司法局やギルフォードの奴がコイツらを開放したのかは分からないが。


「んで、何用だ?復讐する気概があるようには見えないけどな」


「……ムカつくけど、今挑んだ所でテメェに勝つ方法がまるでねぇ。大体、『ウロボロスの指輪』ももう持ってねぇんだろ?」


「……忌々しいことにな」


「ハッ、ギルフォードに騙されたんだってな。いい気味だ」


「るせぇよ。あの時生かしてやったのは気まぐれだということを忘れるな」


 俺はいつでもお前らを殺せるんだぞ、と凄む。


「あぁっ!ご主人様の凛々しいお顔!素敵です!」


 ……ちょっと外野は黙ってくれないかな。


「誰だ?コイツ。お前の新しいオトモダチか?」


「お友達ではなく、恋人を狙っておりますシーズと申します。以後よろしくお願いしますね」


「お友達ですらないのに図々しい事を言うな」


 友情発恋愛行の電車の終点に辿り着くどころかそもそも乗せた覚えがない。


「女をとっかえひっかえか。羨ましいこったな」


「えぇ!?私とのことは遊びだったのですかご主人様!?」


「遊んですらないのに勝手なことを言うな。誰かコイツを取っ替えてくれ」


 引っ変えてくれてもいい。


「楽しそうでいいじゃねぇか」


 カイルは皮肉たっぷりに言う。正直、一割同情が入ってる目をしてる気がした。


「お前ら、あの時生かしてやった恩を忘れたみたいだな。今殺し直してやろうか」


 それは何気なく口に出した言葉だったが。


「あぁ、その時の恩ならさっき返した」


 対して、ダラスは訳の分からないことを言った。


「はぁ?」


 何言ってんだこいつ。


「フレア……偽物のフレアだ。アイツの名前はなんて言うんだ?」


 続いて飛び出してきたのも予想外の名前。


「偽フレア……あぁ、そういうことか。なんだ、偽者だって気付いてたのか?」


「そんなわけねぇだろ。後で勇者様に聞いたんだよ。第一、ソイツの顔だって牢屋に入れられてから知ったんだ。あん時は隠れてやがったからな」


 ま、そりゃそうか。

 あの時に気付いてたなら追い回してくるわけがない。


「ローラだ。ローラ・クリーム。奴がどうかしたか?」


「お前のお仲間なんだろ?」


 またも皮肉的な言い草だった。『お仲間』か。どいつもこいつも、面倒なことばかり言いやがる。訂正するのも億劫になってきた。


「……それが何だ?」


「死ぬとこだったぞ、あの女」


「……は?」


 死ぬ?ローラが。

 ちょっとやそっとではくたばらないと思っていたが。やっぱり無茶して地神とやらに特攻したのか?馬鹿が。そんなことだから……。

 いや待て。一瞬だけ動揺したが、すぐに冷静さは返ってきた。

『死ぬところだった』だ。つまり生きてる。なんら問題はない。


「大空洞に一人で行くなんてバカなことをやったもんだ」


 呆れたようにカイルが言う。


「しかも、俺らに尾けられてることにすら気づかないような鈍臭さで、だ」


 ダラスも付け加える。余程の阿呆だったらしいな、ローラは。


「なんで後なんか追ったんだよ。無関係だろ」


「勿論無関係だ。無関係だから、無関係な理由で追いかけたんだよ。もし本気であの女が大空洞を攻略するつもりなら、何か切り札を用意してるんじゃないかと思ったんだ。そしてそれは、もしかしたら俺らの目的にも役立つかもしれねぇと考えた。まぁ、結局は空振りも良い所だったぜ。助けに入らなきゃ無駄死にしてたぞ」


「……バカが」


 だから深追いするなと言ったのに。人の話を何も聞いてないのか?


「女は酒場に預けてきた。後で引き取りに行け」


「俺は保護者じゃねぇ」


「じゃあ何だよ。恋人ってか」


「余計違ぇよ。何でもかんでも色恋にするな。女子中学生かお前は」


「じょしちゅ……何だ?」


「なんでもねぇよ」


 ダラスが異世界語に戸惑っているのを無視して、俺は酒場で寝てるらしいローラに何を言おうかと考える。「だから言っただろ?」「これで懲りたろ?」……何か違う気がする。そんな方法でこっちの意見を通すつもりなどない。俺が言っていたこと、思っていたことが正しいと、向こうから認めてもらわねば意味がない。


「まぁ分かったろ?これで昔の借りはチャラだ」


 よっぽど貸し借りに拘りがあるのか、きっちりとダラスは宣言してくる。


「なんでローラを助けることで俺への借りがチャラになると思ってんのか知らねぇが、正直に言えばお前らへ借りなんて本当は作った覚えもない。ただこっちの事情で殺さなかっただけのことだからな」


「それでも、俺たちが借りたと思ったから返したんだ。何の問題もないだろ」


「律儀なチンピラだぜ、全くよ」


「放っとけ。これでもし、この先お前と戦うことになったとしても、心置きなくぶっ殺せるってもんだ」


「そーかい。出来るもんなならやってみろ」


「出来る出来ないじゃねぇ。必要であれば必ずする。覚えとけ。俺たちはまだ諦めてない」


 それだけ言い残して、チンピラ二人組は去っていった。

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