第三話 『掃き溜めの街』
「「かんぱーい!!」」
カン!と爽やかな音を立ててグラスがぶつかる。溢れた泡が少しテーブルを濡らしたが、そんなことは気にしないのがここの流儀だ。
「んぐんぐ……ぷはぁっ!この一杯のために盗賊やってるぅ!」
「おいフィーコ、気持ちは分かるけど滅多なこと言うなよ。ただでさえロリっ子が酒飲んでる時点で注目を集めてんだからな」
「いつもいつも誰がロリっ子ですか誰が!私はちゃんとお酒が飲める年齢ですから!」
「ロリだろうが。最初は獣人の身長が人間より小さいのかと納得してたが、デカい奴は普通にデカいしな」
「失礼な。獣人族はむしろ人間よりも大きく育つのです」
「……お前、それは自爆だからな」
「あ……うるさいですよ!」
猫耳娘は恥ずかしさを誤魔化すようにグラスを一気に呷った。その飲みっぷりは確かにロリではない……代わりにオッサンと言われても仕方ないが。
ここは無法者が集まる街、『ダスキリア』の中でも特に柄の悪さに定評のある酒場。金さえ払えば何をしてても追い出されないような場所と言える。先程のように堂々と盗賊発言をしても、正義感に駆られたヒーローが俺たちを司法局に突き出したりはしない。そんな所だ。
「いやぁしかし今日も労働しましたね」
「お前よくいけしゃあしゃあと労働とか言えるな。俺でもちょっとビビるぞ。大体俺はその言葉が世界で三番目に嫌いだからやめてくれ」
「じゃあなんて言ったらいいんですか?」
「楽に働くと書いて『楽働』と言え」
「それはいい言葉ですねぇ、にしし」
しかし違和感のない世界だ。漢字ネタも伝わるんだし。諺とかも、時々俺の知らないものがあったりするが、日本にあったものも普通に存在する。俺には『言語能力』のスキルがあるからか、この世界の文字も全部日本語に見えるし聞こえるのだが、実際は違うと思うんだけどなぁ。なんで通じるんだろ。こんなに普通だと、慣れてしまえば最早日本にいるような気さえする。
この世界に来て半年が経った。
俺は立派な……盗賊になっていた。
いや仕方ないだろ?これしかなかったんだって!俺の19のマスターランクスキルには『気配感知』と『気配遮断』もあったのだ。本来モンスターに対して使う用だったのだろうが……。
「今日も俺の『気配遮断』はいい仕事をしただろ?」
「ええ、ユージンは気配を殺すのが巧いですよね。影が薄いんですかね」
「だから言ってんだろ、スキルだっつの」
「相変わらず自称最強の嘘つきですねぇ。ギルドカードも持ってないくせに何言ってるんですか」
「しゃあないだろ。いよいよ作れなくなっちまったし」
ギルドカードの申請は再開されたのだが、実は申し込みの際に素性がある程度調査されるのである。俺くらいの大したことない窃盗犯なら通るような気もするのだが、問題はスキルがバカ強いこともバレるということだ。魔王がいた頃なら救世主だったのかもしれない。しかし今となってはただただ謎の危険人物である。しかも前科持ち。絶対に面倒なことになる。諦めるしかなさそうだ。
「まぁまぁ、友達がいないと影が薄くなるんでしょう?」
「人間にはそんな仕様なんてない」
「友人がいないくせにユージンって何回聞いてもクソ笑いますね」
どっ、と店内中まで湧いてしまった。おい俺の名前はネタじゃねぇよ殺すぞ。
黙らせようとしてぐるっと睨みつけると、左端のテーブルにいた二人組がジョッキを持ってこっちに歩いてきた。そのまま俺の隣までやって来て、ポンと馴れ馴れしく肩を叩いてくる。
「まぁそう落ち込むなってユージン。俺が友人になってあげるからさ」
「近付くなホモ!」
コイツは……名前忘れた。まぁいいや、とにかくホモである。以後ホモと呼ぶことにする。
そして、この男はエルフである。中性的で整った容姿に加えて、明らかに人のそれとは異なる耳。俺が女だったらコロッと落ちてたかもしれないとは思うが、生憎俺は男だ。もっと生憎なことに、俺が女だったらコイツは声をかけてきてすらないのだろう。最悪だ。
……ていうか、俺の異世界初エルフがなんでよりにもよってホモ野郎なの?おかしくない?
「あら?特徴的な語尾ねぇ?やだ、そんなに犯されたいのかしら」
「お前も来るな!てか語尾じゃねぇよ、どんな脳してたら語尾にホモって付けんだよ!あと死ね!」
コイツは……そもそも名前も知らない。とにかくオカマである。
しかもドワーフである。髭面の。もうテンプレにドワーフ。そんな輩がオカマ口調で話しかけてくる恐怖といったらもう……。
ちなみにコイツも俺の異世界初ドワーフだ。あり得なくない?
第一、ここ異世界の癖して意外と珍しい種族が少ねぇよ。ゼロではないのだが、人類がほとんどを占めている。アンデッドなどは魔王軍に与していた者が多いようで、かなり先の魔王軍との決戦で減ってしまったようだし。さらに珍しい龍族などはともすれば絶滅危惧種という勢いだ。
……その数少ない人類種以外の知り合いが、こんな奴らなのが残念でならない。
ホモとカマ。いつもこの二人は一緒にいて、ナンパに精を出している。ダスキリアにはロクな人間がいないのだが、その中でもとびきり最悪な二人組だ。この二人の狡いのは、最初はこんなキャラではなく、優しい好青年や気前の良い親父を装って色々と世話を焼いてくれるところにある。俺もこの町に来たばかりの頃、情報を手に入れることにさほど苦労しなかったのはこの二人のおかげだ。
ただ……代償がほら、なぁ?
いや断固として払ってないけどな俺は!ぶん殴って逃げて、その日はフィーコに泣きながら事情を説明して部屋に泊めてもらった。
普段からは信じられないほど俺が弱っていたので、今考えればとんでもないくらい優しくしてもらった。一応補足すると、後にも先にもフィーコと同衾したのはそれっきりである。その日もただ寝ただけだし。
……人生で最も恐ろしい夜だった。そう言えば、あの日猫耳を触らせてくれたんだが、あれはかなり気持ち良くて心が落ち着いたなぁ。
まぁフィーコのことはいい。最悪なのはカマホモズだ。なんとそれ以来この二人は俺を余計に気に入ってしまったらしく、それまでにも増してちょっかいをかけてくるようになってしまった。マジで死んで欲しい。これほど真面目に殺人を計画したのは初めてだってくらい真剣に完全犯罪のプランを立てているところだ。
「んん~!その目線、ゾクゾクしちゃうわねぇ」
「あぁ、たまらないな」
「キモい!腐れ!」
どっちかと言うとまだ演技臭さのあるオカマよりも、素で頷いてるホモが怖い。
「ん、くっ……」
……おい今ちょっとブルっとしたのは何?まさか違うよな?公共の場でそんなことはないよな?大体、触ってもいないのに……。
「悪い。俺は少しお手洗いに行ってくるね」
「ちょっとは隠せよ馬鹿野郎!」
「それはつまり、このまま俺にここにいて欲しいということだな?」
「意味不明にポジティブな解釈するな!消えろ!」
「……あの、本当に臭いとかし始めたら嫌なので、いなくなって欲しいんですけど。私人よりは鼻が利きますし……」
本当だよ。フィーコの言う通りだよ。ここ酒場だぞ。俺ら飯食ってるんだぞ。
「そうね。マナーは大切ね。それじゃ私も失礼するわ」
「お前らは存在がマナー違反だっつの」
「そんなぁ、悲しいわぁ。バイバイも言ってくれないの?」
「人生にさよならしたいと言うのなら、いくらでも言ってやる。お前の墓に向かってな」
「酷いわねぇ。でもそういうところも……す・き」
「やめろ!」
俺は超人的反射神経で投げキッスを回避し、笑いながら自分のテーブルに帰るオカマに向けて後ろから中指を立てた。
「面白い人達ですよね、類友ですか?」
「それを言うならお前もだ、お前も」
「私は違いますよ。だってユージンと友達のつもりないですから。ね、ムージン?」
「無友人の略だってことは伝わったぞ、戦争だ」
この街にはカマホモズを始め、変人が集いに集っているから、俺なんてむしろかなりいい方だと我ながら思うのだが。
ダスキリアはおかしい。マトモな奴は近付かない。横行する犯罪。跋扈する魑魅魍魎。匙を投げた官憲。ここはそういう場所だ。大体語源が『ダスト』なのだろうから終わってる。『掃き溜めの街』と言われるだけはあるぜ。
俺がもし勇者になっていたら、絶対に来ることなんてなかったんだろうな。
だがそんな最低な雰囲気が、俺には王都なんかよりも余程心地良い。
……何人か死んで欲しい人間もいるんだけどな。
「まぁあの二人は多分、本当に何かやらかして一度くらい捕まってそうですからね」
「盗賊の俺たちが言えた義理じゃないけどな」
「それもそうですね。しかもユージンも性犯罪者ですしね」
「違ぇよ。女に困ってねぇよ」
「私を初対面で襲おうとしたじゃないですか」
「未遂だ。ていうか冗談だ。俺はロリコンじゃないって何度言えば分かる」
「私は数年後にはグラマラスボディですが?ほらぁ、触りたいんでしょ?このこのぉ?」
ぺたん、という擬音とともに胸を張る。
ぺたん、としていた。
ぴょこん、と耳だけが動いていた。
大体、コイツはもう成長期を過ぎてるんじゃないか?とも思ったが、一抹の優しさによってそこを指摘するのはやめておいた。
……あーあ、数少ない人類種以外の知り合い、そういやコイツもかぁ。
「はっ。仮に成長したとしても、お前は非攻略キャラだよ、非攻略キャラ」
「よく分からないですけど、なんですかその攻略って言い方。女性をなんだと思ってるんですか?」
「正直奴隷だと思っている」
「コイツ、終わってる!人として終わってます!」
む、酷い言い草じゃないか。これはつまり舐められてるってことだな?男は女に舐められたら終わりだぜ、よし。
「えい」
胸を触ってみた。
「みぎゃああ!!何この人!!おもむろにおっぱい触ってきたんですけど!?……痛っ!いぃ……!」
フィーコは腕を胸の前でクロスさせたいわゆる恥ずかしがり屋さんポーズで身を引こうとしたのだが、思い切り肘を椅子に衝突させて悶絶している。つまり、俺のせいではなく椅子のせいで彼女は痛がっているということだ。許せないな、椅子め。
「いや、だって女とか奴隷だし。大体さっき触っていいって言ったじゃん」
「言ってませんよ!触りたいんでしょ?って言ったんです!」
「男を挑発したり誘惑したりした時点で襲われても文句言えねぇんだよ。そうやって世界は回ってるんだ」
「そんな訳ないでしょう性犯罪者!」
「未遂だ」
「嘘です!現行犯です!」
「いや、未遂だね。お前の胸はこれからもっと成長するんだからさ」
「そ、そうですか……?」
お、ちょっと嬉しそうにしてる。よっしゃ、ここを突いて誤魔化すぞ。
「そうだよ。だから、今の俺のタッチは未遂なんだ。そう、これは信頼してるんだ。あるいは期待していると言ってもいい。輝かしい将来を俺は願っているのさ。お前が豊満な素晴らしい女性に進化をとげることをな。だから、数年後にまた、もう一度触らせてくれよ。この誓いを果たした時、その時こそ俺をこう呼んでくれ……『性犯罪者』と」
「はい……」
上手くいった。
「ってなるわけねぇですよバカか!」
いってなかった。当然だった。
しかしこうやって軽口を叩き合えるのも、満足に飯が食えるおかげだ。
腹が減っては胸も触れぬと言うしな。
あぁ、盗賊稼業は悪くない。
この世界では、盗賊に対する取り締まりが非常に緩い。司法局員……日本で言うところの警察みたいな奴らが現代日本ほど統制されていないというのもある。
しかし一番大きいのは、そもそも盗賊自体が違法ではないということだ。ギルドが認める正式なジョブの一つに数えられているのだから。例えばダンジョンに潜る時なんかは盗賊スキルの『解錠』や『気配感知』は必須となってくるだろう。つまり、怪しげな犯罪スキルをいくら持っていても、盗賊ジョブを証明するギルドカードさえあればまず捕まらない。捕まっても一度目の窃盗くらいなら厳重注意ですぐ解放されるという訳だ。実際フィーコは昔一度捕まったことがあるらしいが、牢に入ることはなかったらしい。
……まぁ俺はそのカードとやらを持ってないんですけど。
「そうだ、気になってたこと聞いていいか?」
「はい、何ですか?」
フィーコはオーク肉を貪る手を止めて俺に向き直る。
あ、ちなみにオーク肉は美味かった。味的には鶏に近い気がするが、もう少し独特な風味がある。食う時に奴らのビジュアルが頭に浮かばなくなるようになれば、俺も好物になるのだが。
まぁどうでもいいか。今は別のことが気になる。
「お前のその耳、フサフサしてるじゃん?」
「はぁ、そりゃそうですけど」
ピン、と耳が上に立った。普段から垂れているタイプではないが、意識するとより強く立てられるらしい。こういう動きが動物っぽいから……。
「体毛は?」
「……は?」
「だから、体も毛だらけなん?」
……ゴトン。
フィーコは飲もうとしていたグラスを手から滑り落とした。危なっ、巧くテーブルに立ってくれて良かった。溢れなくて済んだ。
「セクハラですよそれ!」
「はぁ?いやマジで純粋な興味なんだけど」
「この、またそうやって……はぁ、普通ですよ普通」
「いや普通って何だよ」
「だーから!人間と同じですって!獣人は人間との混血が増えてきたせいで限りなく人間に近付いていますから!今じゃこの耳と多少のスキルくらいしか人と違うところはないです!」
あぁ、そうなんだ。まぁ手とかから想像ついてたんだけどね、実は。
うん、もうちょっと攻めてみよう。
「ごめん分からん。人間と同じとか言われても。普通の人間の女性ってどれくらいの体毛なんだろうなぁ?ほら、あそことかあの辺とかあっちとか」
「……それは完全なセクハラだと私でも分かりますよ」
「だってそうだもん」
「開き直らないで下さい!あと男がだもんとか言うな!」
「うわー、男女差別反対ー」
「じゃあ俺も一人称俺にしてやるぜ?」
「やめてくれ!素ならともかく、作ったキャラでやられると凄く腐女子っぽい!」
そしてあの生物達に俺は良い思い出がなかった。いや、中学の頃だからもう傷は癒えてるんだけど……人をクラスメイトと絡ませるのはやめて頂きたかったなぁ。
「フジョシ?」
「あー、腐女子ってのはだな……」
俺が熱く腐女子の生態について語ってやろうとしていた時。
からん、と誰かが店に入ってくる音がした。