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第十一話 『-12-』

 俺が皇女様やそのオトモダチ(自称)と会った翌日の朝。

 俺は疲れたから説明は明日にすると言い残し(俺が本当に疲れた顔をしていたのを見たローラはしぶしぶ承知した)、さっさと床についた俺がローラに叩き起こされたのは、説明責任を果たせという理由だけではなかった。

 ……来客だ。


「やぁ」


「……出たな、疫病神」


 その男はいつも突然にやってくる。ろくでもないニュースと一緒にだ。

 名前?そんなものは、本当にもういい加減聞き飽きただろう?


「随分なご挨拶だね」


「挨拶?誰がお前に挨拶なんてするか。思い上がるなよただの独り言だ」


「手厳しい。これは嫌われたものだ。僕は君が気に入っているというのに」


「怖気が走る。これ以上俺の周りにホモを増やすな」


「人間として、だよ?」


「その付け足しが、余計にガチっぽさを出しちゃってんだよ!!」


 ギルフォード・レイル・フォン・ヴァレルシュタイン。

 俺にとっては疫病神の、世界にとっては勇者様。


「まぁ冗談はここまでにして、今日は話があって来たんだ」


「こっちにはねぇぞ」


「そう言わずに聞いたらどうだい?……君たちの、仲間の話なんだから」


「……フィーコ!?」


 その言葉に真っ先に反応したのは、もちろん俺ではなく。

 甘ちゃんの金髪ちゃんだ。


「聞きたいかい?」


「……聞きたいわ。教えて……くれる?」


「断るわけがないさ。君の頼みを、僕が断るはずがない。だから、そんなに不安そうにされるとこっちが傷ついてしまうよ」


「……ごめん」


「……いや、僕の方こそ」


 反応こそ勢いが良かったものの、その後は徐々に萎れていくローラ。ついでにギルフォードも。

 相変わらずこの二人の会話はぎこちない。ただ昔同じ孤児院にいたというだけの関係ではなさそうだ。


「そういうのは他所でやってくれ。俺はお前らのウジウジになど興味がない。話があるなら要点だけ喋って帰れ」


 俺の暴言に、ギルフォードは一瞬眉をひそめたものの。

 すぐに、ふっと柔らかく笑った。


「そうしよう……君のそういう部分は、時に誰かを救うんだろうね」


「救わねぇよ」


 こんな態度で救われるなんて、どんなドMなんだ。


「では、話をしようか……地神の話を」


 一つ芝居がかった咳払いをして、ギルフォードは語り始めた。




「地神は20年に一度目を覚ます。そしてその際に……カルメリア家は生娘の女性を生贄に捧げる」


「……は?知人?生娘?」


 何だそりゃ?唐突な謎ワードすぎて話が見えてこないんだが。


「そうすることで地神は再び眠りにつく。また20年間は」


 おい、俺の疑問をスルーして話を進めるなよ。


「地神……」


「知ってるのか、ローラ」


「逆にニノマエはなんで……あぁ、そっか。忘れてた」


 忘れるなよな、俺は異世界転移人間なんだぞ。ラノベ主人公なんだぞ。凄いんだぞ。


「そうだ。早く説明しろ」


「偉そうに……地神っていうのは地の神様。またの名を……六首龍むつくびのりゅう


「龍?ドラゴンか。へぇ、異世界っぽくて悪くないじゃねーか。迷信じゃなくて、実際いるってことだろ?」


 正直、魔族モンスターなんかは個体数が少なすぎてほとんど見かけないし、他種族も少ない世界だ。ドラゴンと聞くとやはりテンションが上がってしまう。


「そう。まぁ私も見たことがあるわけじゃないけど。でも、大地が揺れる時、それは地神様の御乱心だと言われているわね」


「あー」


 思い出した。フィーコがたしか言っていた。地震が起こるのは地神がどうだとか。

 そうか、アレはマジだったのか。

 言われてみれば、四季と同じ話だ。

 地球の理論で説明できるからといって、それがこの世界でも妥当するとは限らない。

 四季が地軸の傾きによって生まれているのか分からないように、地震が断層運動とは断言できなかったのだ。

 それにしても、地神じしんね。安直なネーミングセンスしてやがる。


「それで……何だって?20年に一度生贄が必要って?捧げなきゃどうなる?」


「世界が滅ぶ。その予兆が大地の揺れだ」


「はっ、震度5強で世界が滅ぶかよ」


「この間の地震のことかい?分かっているだろう、アレは所詮警告だ。本番はあんなものではない」


 そりゃ、そうかもしれないが。


「……ふぅん、いかにも神様っぽいな。その……何家だったか」


「カルメリア家、だ」


「そう。その何メリア家がフィーコに何の関係がある?」


 俺の問に、ギルフォードは一瞬だけ不思議そうな顔をして。

 それからすぐに得心したように言った。


「フィーコ・カルメリア」


「あぁ?」


「それが彼女の本名だ。君たちにどう名乗っていたかは知らないけどね」


 どこかで、時計の針が動き出したような気がした。

 言うなれば、きっとこの時だったのだ。


 ――俺の、本当の異世界転生が始まったのは。


















 神様を鎮めるために、村の生娘を生贄に捧げる。

 よく聞く話だ……そう、よく聞く物語はなしだ。

 つまりはリアリティが欠如している。少なくとも俺にとっては。

 大半の日本人がそうであるように、クリスマスを祝うことや初詣のお賽銭はともかくとして、俺は本気で神様のために人が死のうとすることなんて信じ難い。

 が、しかしだ。この世界においては話が違う。

 そいつを神と呼ぶかどうかはさておき、いるというからにはいるのだろう、その六首龍とやらは。

 見てみないと分からないが、その龍が地震を起こせる可能性だって十二分にある。どれだけデカかろうと単なる物理で世界を揺らせるとは思えないが、スキルやら何やらがこの世界にはあるのだ。

 ただ、ひとつ納得出来ないことがあるとすれば。


「生贄ねぇ……そんなことがあるのか?」


 言葉の通じないような相手に、生贄を捧げることの意味だった。

 人が食料になるというのなら、とても20年に1度の頻度では話にならないし、世界を滅ぼすという行為とも矛盾してくる。

 わざわざ畑を更地に変えるのは馬鹿のすることというものだ。

 かといって、人を弄ぶ俗っぽい娯楽を持っているというのも気持ち悪い話。

 こういう話の生贄は決まって女……しかも清らかな若い処女とかそういうのだが、益々何の意味があるというのだ。

 巫女さんが処女にしかなれないという文化は日本にもあったし、正月に女の子が初詣の巫女バイトするには年齢制限があるというのも有名だが、そんなもので得するのは俺たち変態の参拝客だけだと思う。

 神様に女の子の若さ可愛さ清らかさを判別する何があるというのだ。

 一応、妥当なところで考えるならば、その地の人間の信心深さを試すという線だろうか。

 崇め奉られることで生きるのが神様である。そういうこともあっておかしくはない。

 そこまで考えたところで、俺の考えを見透かしたように……。


「あるんだ。実際、太古の昔からこの方法は行われてきたのだから。それで地震は収まるし、世界は今日まで回っている」


 というより、俺が至る結論を予想していたように、ギルフォードが先の質問に答える。


「あっそ……で、今回はフィーコの番だって?何でだよ、アイツは平然とその辺を歩き回ってたぞ?そんなに大事な生贄なら軟禁でもしてるはずだろうが」


 まして生娘という縛りがあるなら……あ、でもフィーコは処女だな。自分で言ってたし。いや、ただモテなかっただけだと思うわ。


「基本的にカルメリアの娘は王都から出さずに育てられる。しかし、最後の1年は外に出ることを許されるんだよ。言わば最後の自由だ」


 ロスタイムってか。制限付きの自由だって?それが本当だとしたら、皇女のフリをしてたローラなんぞよりむしろアイツこそ皇女様みたいな籠の中の人生じゃねぇか。

 ……そんな素振りは微塵も見せやがらなかったが。


「大体なんで最後の1年なんて分かるんだよ。いつから最後の一年だ」


「決まっているからだよ。言っただろう?……20年に一度と」


「あぁ……正確な表現だって訳か」


 20年に一度という数字が、約ではなくぴったりだとすれば。

 19年目からの1年間。それが最後の一年だ。


「そう。呆れるくらいに正確な神様……のはずだった」


「はずだった?」


 ギルフォードの言葉に、ここで初めて淀みが混ざる。


「今年は少し事情が違ったんだ。一人、そういうお約束事を片っ端からぶち壊していく男がいてね」


「ちょっとニノマエ、何したのよ!」


 白い目と黄色……くない声。ローラが隣から俺を責め立てる。


「俺だとは言われてねぇよ」


「言われたも同然じゃない!」


「まぁ、君なんだけどね?」


「ネタバラシが早ぇ!」


 まぁ、俺だろうけどさ。


「今回ばかりは君に悪気があったわけじゃないのは、分かってるんだけどね」


「今回ばかりはって言うな。俺にはいつも良気しかない」


「『大空洞』」


「知らんね。何だそれ」


 知らん。知らんけど……そこはかとなく嫌な予感しかしない。

 空洞って、それ洞窟ですよね?

 つまりは……。


「『嘆きの祠』のすぐ北東に位置する」


「……そういう、オチか」


『嘆きの祠』。半年ほど前、俺が閉じ込められた場所。

 ……そして、ノリで一部崩落させた場所。


「君が起こした崩落で、地神は下敷きになって……死んだ」


「あーあれで起きて……死んだ?」


 死んだ?

 神様のくせに大したことねぇな。

 ……じゃなくて!


「君は軽く見てるのかもしれないけれど、あの崩落は地形が変わるレベルのものだったんだよ?とても一人の人間が起こせるレベルの異常じゃない」


「いやいやいや。それはこの際置いとけ。それよりも何だ、死んだって?じゃあいいじゃねぇか。問題ないだろ。これでフィーコが生贄になる理由もない」


「仮にも神様を殺しちゃったっていうのに、凄い態度ね……私は信心深いタイプじゃないから良かったものの、信者がいたらそれこそアンタが殺されるわよ?」


 この世界人代表としてローラがドン引いていた。

 俺はむしろ、神殺しとか名乗ったら格好良いかなとか考えているくらいだが。


「まぁ発言はともかくとして、黙っていれば大丈夫だろう。なにせ、確かに地神は一度死んだが、消えたわけではない」


「なに?」


「今は生きている。蘇ったというべきかな。その再生能力は正に神様というほかにないだろうね」


「……へぇ」


「流石に直ぐ様全快とはいかなかったようだが……強請ねだられてしまったからには認めるしかないだろう」


「この間の地震、か」


 俺とフィーコがクレイスに行った時に起こったそれなりの規模の地震。アレが、復活して目を覚ました地神のおねだりだとすれば。

 生贄を要求する、おねだりだとすれば。


 フィーコがいなくなったことと、辻褄は合う。


「君はむしろ彼女に感謝されてもおかしくない。何せ、一年のリミッターを一年半に延ばしたんだからね」


「……ふざけやがって」


 あの意味深な態度はそういうことか。

 クソが。身に覚えのないことで感謝されたって困るだけだってのに。


「どうだい?信じる気になったかい?」


 全て語り終えたのか、ギルフォードは俺たち二人の目を覗き込むようにして言う。

 その目には何か魔力が篭っているように、俺たちの返事を強制していた。

 先に音を上げたのは、ローラだ。


「……そんなことがあったなんて」


 その表情は微妙という他にない。

 ショックを受けているのは間違いないが……それ以上何を考えているかは見ただけじゃ分からなかった。

 いや、見ただけで分かる人の心なんてものはこの世界にないのかもしれないが。


「君は?」


 変わらず嫌な目つきを保ったまま、ギルフォードは俺に焦点を絞って目を合わせてくる。

 腹が立って仕方ない。目の前のこの男にも、目の前にいない女にも。

 あぁ……俺の答えなんて、決まっているだろう。


「信じない」


 そう、否定の一手だ。


「誰が信じるかよ。下らねぇ与太話だ。生贄?地神?世界が滅ぶ?大いに結構。そういうこともあるだろうさ。けどな……」


 俺は信じない。

 フィーコという女のことを俺は知っている。

 この中で、奴との付き合いなら一番長いのは俺なのだ。

 今でも初対面の日すら鮮明に思い出せる。


『う、うぅ……これ、大切なお母さんの形見なのに……』


 だから、俺は。

 あの女がそんなところに自分から…………いや、待て。

 …………初対面?


「あ、あぁ……っ!!」


 俺はその瞬間、電撃的に思い出した。


 あの、俺が割ってしまった懐中時計。


 ――――『その手には割れた懐中時計を大切そうに包み込んでいる』。


 初めて出会った時に、何の違和感もなく『時計』だと、俺がそう思った物。


 考えてみればそれって、変だ。

 俺はこの世界で二度目に時計を見た時、そこには違和感しか無かったはずなのだ

 どころか、未だに見慣れないとさえ思っている。


 ――――『時計の文字盤が24びっしり書いてあるのは気持ち悪いからなんとかして欲しい』。


 24の数字が文字盤に書かれた、この世界の時計には。


「でも……俺はあれを、ただの『時計』だと思ったんだ」


 あり得ない。

 この世界に来て時間が経っていたのならともかく。フィーコに出会ったのはこの世界に来て数日のことだし、その数日は飯すら食えてないような文化レベルで生きてきた。目に入ったことはあったかもしれないが、俺が『この世界の時計』を認識したのは多分フィーコに会った時より後だ。

 だから。

 パッと見で、普通に、24時計を時計だと思うことなど、あり得ない。違和感を持っていたはずなんだ。

 だったら。

 答えは一つだ。あれは、あの懐中時計には。その文字盤には。



 -12-



 ……文字が12しか書かれていなかった。


「あれは時計じゃない……」


 とすれば何か。

 日本と同じように、12しか数字の書かれていない文字盤とは一体何なのか。


 答えは簡単に出た。

 この世界でも12を基準に数えるものがあったからだ。


 ――月だ。一年はこの世界でも変わらず、12月。

 つまり、あれが真に示していたのは……。


「一年の、リミッター……」


 バカな。いや、バカにも程がある。


「何か心当たりがあったみたいだね」


 急に考え込んだ俺を見て何かを悟ったギルフォードが声をかけてくる。

 俺に言えることは一つだけだった。


「……心当たり、というかよ」


 この推理が仮に正しいのだとすれば。

 どうしようもなく酷い結論が導かれるわけで。


「そんな大事なものを、『当たり屋』に使うな!!」

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