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第十話 『二対の指輪』

「さて、そろそろさっきまでの横柄な喋り方に戻していいぞ」


「あぁ?」


 泣き腫らした赤い目で言われても、二人でいた時ほどの怖さはない。ただの年相応のロリっ子である。


「気持ち悪いんだよ、皇女様の前で猫被りすぎで。友達なんだろ、本音で話せ」


「単純に皇女様は尊敬できるお方で、貴方様は尊敬できないというだけのことですよ」


「……口調だけ丁寧になってるけど、態度はまた悪くなったな」


 というか、そうなると益々うちの堕メイドみたいなんだけど。キャラが被ってる。


「まぁ、皇女様に出会わせてくれたことは感謝してます。報酬はお支払いしますね」


「ほぉ」


「構いませんか?……皇女様」


 何?どうしてそこで皇女様にお伺いを立てる必要がある?

 しかも皇女様は真剣な顔つきで考えて……。


「巫山戯ないでください。私の見ている前で身体を売ることなど絶対に認めませんが」


「違ぇわ!」


 見当違いだった。


「誤魔化すのはやめてくださる?先程から貴方の下卑た視線を胸部に感じています。『へへ、上物のメスだぁ!』という声が聞こえてきそうですわ」


「俺は野蛮な盗賊か!!」


「あら、違うのですか?」


「……」


 盗賊だった。


「……」


 皇女様は自分の身体を抱いた。

 警戒されていた。ちくしょう、偽者ローラと違って貧乳の癖に!


「本当に違います皇女様。報酬というのは、指輪についての情報のことです」


「あら……なるほど。構いませんことよ。まぁニノマエさんにはそれを知る権利がおありですし」


「……ニノマエさん?いつ俺がお前に名乗った?」


 訝しい目をしてフレアを見る。しかし、皇女様はけろっとしたもので。


「元々貴方のことは存じておりますよ、ニノマエ・ユージンさん」


 と言う。


「何ぃ?王家にも轟いちゃってるのか?俺の美貌が?」


「……んなワケねぇだろボケ」


「あ、フレア様!今この幼女の言葉遣いが!」


「あら何のことか分かりませんわね!」


 誤魔化しが下手すぎる。だが皇女様は見て見ぬふりをしてあげるようだ。お友達にはお優しいことで。


「ニノマエさん、『ウロボロスの指輪』の付け心地は如何でした?」


 ……コイツ。俺にはお優しくないな。


「あら何のことか分かりませんわね」


「誤魔化さずとも構いません。罪に問おうというわけではありませんから。むしろ貴方は泥棒からあの指輪を取り戻してくださった功労者。そういうことに『なって』います」


 まぁそうだろう。流石にその程度は働いてくれないとなんでアレをギルフォードにタダで返したのか分からない。


「それで?その指輪が何なんだ?」


「あの指輪は対なのです。もう一つが……『ククルカンの指輪』」


 言葉とともにフレアは手に持っていった小さな鞄から一つの指輪を取り出し、俺の手に乗せる。

 それは、使い古された言い方をあえてするなら、血のように赤い石の嵌った女物の指輪。

 確かに『ウロボロスの指輪』とよく似ていた。


「……女性を扱うように扱ってくださいましね?」


「乱雑に扱えってことか?」


「そんなことだから童貞なのです、貴方は」


「どど、童貞じゃありません!」


 俺、このネタで弄られすぎじゃない?そんなに童貞顔?


「あの日ね、私があなたに盗られそうになったバッグ。あの中に入っていたのがその指輪なの。私は皇女様に頼まれて、アレを取り戻すために走ってた」


「へぇ……」


 ミルが指輪を覗き込みながら教えてくれる。

 引ったくりのくせに金よりバッグが大事なんて不思議ではあったが、まさか王家の秘宝が入ってたとはな。

 ……え?いやマジか?盗っておけば良かった。


「その二対の指輪の能力は同じ……『時間遡行』」


「そう繋がるか。でもそれって……」


 俺は頭をフルに回した。いや、フルに回さんでも分かる簡単な話だったが。

 タイムスリップ。凄まじい力だ。

 タイムパラドックスをどうやって避けるのかとかそういうことも気になるが、まず第一にもっと大きな問題があるように思えた。


「誰でも使えるわけじゃないな?」


「そうしてそう思われるんですの?」


 俺の質問を見越していた態度だ。この皇女様は人を手の平で躍らせるのが好きらしい。腹立つな。


「使えるならダラスとカイルが使ってた。魔王の復活とかそういうことかね多分。が、未来いまは変わってない。つまり奴らは過去改変出来てないってことだ。しかも奴らは皇女様を探してたんだ。『所有者』がどうとかも言ってた気がするな。つまり、王家の人間にしか使えないってことだろ?」


「せいかーい!」


 隣から割って入ってきたミルが満面の笑みで言う。この幼女……!


「ってことは、時間遡行の情報を売るとか言っといて、俺がその方法を知ったところで意味ねぇってことじゃねぇか!そんな情報で俺を買い叩きやがったのか!」


「何?嘘は言ってないもん」


「あぁそうですね!クソが!」


 使えない宝ほど不要なアイテムはない。ここで俺がゲームや漫画の主人公なら使えたんだろうが、手の平の指輪を見ていくら念じても何事も起きそうにない。その確信があったから皇女様も俺に渡したのだろうし。

 が、恨みがましい目で皇女様を見ようと顔を上げると。


「……不正解ですよ?」


「え?」


 全く読みと異なる台詞とともに、右手から指輪をひったくられる。


「指輪が特別な者にしか使えないのはその通りですが、それは王家の人間にしか使えないという意味ではありません」


「なっ、それじゃあ誰に使えるんだよ!」


「それは……」


 ごくり。唾を飲み込む。横のミルもこの展開は予想外だったようで、俺と同じように緊張して次の言葉を待っていた。


「……教えません」


「はぁっ!?」


「ええっ!?」


 故に驚きの言葉も二人分。ここまで焦らしておいてそれはないだろ!


「だって、悪意のある方に悪用されたら困りますから。ニノマエさんに好き勝手時間を戻されるなんて……あぁ!想像するだに恐ろしい!」


「正論だけどふざけんな!」


「それに、過去を変えようとしたからといって、必ず変わるわけじゃないのです」


「そりゃあそうかもしれんけど……何度でも再チャレンジしたら良かろう?」


 それが過去に戻れるってことだ。


「いえ、この指輪は一度しか使えません」


「何?」


「各指輪につき一度ずつです。正確には何百年か経ってまた力が貯まれば使えるのですが、基本的には使い捨てですね」


「力ってそんな……それはおかしくないか?」


 過去に戻れるのであれば、力は必ず『使用前』に戻るような気がするぞ。


「仰りたいことは分かりますわ。でも、そうはならないのです。考えてみてください、過去に戻ると言っても、未来から来るものが一つだけあるでしょう?」


「未来から来る……あぁ、『自分』か。なるほどな、指輪も自分と同じように『未来』から来てしまう。だから消費された力は戻ってこないってわけか」


「理解が早くて助かります」


「俺は異世界人だからな。タイムスリップ系の話には慣れてる」


「まぁそういうわけではないのですが」


「そんなに褒めるな……って、はぁ!?何だって?」


 じゃあなんで一瞬褒めたんだよ!


「ですからその推理は間違っているということですわ。そもそも『時間遡行』というのは過去に戻るというよりも、望む未来への再チャレンジ権を一度だけ与えられることを意味します。指輪が未来から力の消費された状態で持ち越されるというのもあながち間違いではありませんが、その消費は『因果からの消滅』であって、どうやったところで再び時間が経過する以外では返ってきません。つまり……」


 そこで皇女様の言葉が読めた俺は、先回りして言うことにした。


「つまり、もうそれは使えないってことか」


「……話が早くて助かります」


 今度こそ言葉通りの意味だろう。

 この皇女様は、既にあの指輪を使ってしまっているんだ。

 あー、もしかしてあれか。『この世界で魔王が倒されていること』がその指輪の力の結果なのか。

 そりゃあの二人にとってはご愁傷様という他ないな。自分たちがそれを使って『魔王を蘇らせよう』と目論んでいたのに。まぁ、こんなのは所詮意味のない推測か。

 一つだけ言えることは、またしても俺は手遅れだということ。

 何なんだ。何もかも俺がこの世界にやって来た時には全部終わっちゃってるじゃねぇか。


「もう一個……『ウロボロスの指輪』の方は本当に壊れてしまったのか?」


「それは誓って言えます。壊れたというよりも、力が消費されてしまっただけのようですから、いずれまた使えるようにはなると思いますが」


「ハァ……」


 ってことはダメじゃないか。どうにもならない。使用権限がどうこうという話ですらなかった。


「私から話せることは以上です。まだ何かお聞きになりたいことがありますか?」


 皇女様は俺に言う。色々と他のことも尋ねてみたい気もしたが、なんかもう面倒になっていた。

 大体、過去に戻るなんて俺には元々関係ない話だったのだ。俺には……やり直したいことなんてない。


「無い。後は若い二人で勝手にやってくれ」


「あら?貴方だってお若いでしょう?」


「さっきまでは若かったよ。今一気に疲れで老けたんだ」


「それはお可哀そうに。私は若返ってしまいました」


「……いつか泣かすぞ、お前」


 本当にろくでもない一日だった。

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