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第八話 『再会その二』

『フィーコは実家に帰った。俺は少し出掛けるだけで夜には戻る』


 ローラと顔を合わせて説明するとややこしいことになりそうな気がした俺は、シーズにそう伝言を頼んで街を歩くことにした。

 ただ問題を先延ばしにしただけとも言える。


「しかし、帰ったらどう言おうかな……」


 何故自分がこんな面倒事に巻き込まれているのか。それを考えるとフィーコへの怒りがふつふつと湧いてくる。


「クソが……あの猫耳、次会ったらやっぱシバく……つーかなんでこの俺がこんな気分にならねばならんのだ……それもこれも社会が悪い。政治が悪い。後アレ……そうだ、フレアとかいう皇女。アイツが全部悪い」


 ニートだった頃に身に着けた、見事な責任転嫁呪詛を口ずさむ。うん、心が軽くなるな!

 と、俺は軽いノリで呟いただけだったのだが。


「あーっ!!」


 ……思いっきり過剰反応で指を差された。

 え、もしかしなくてもこの世界って不敬罪とかある感じですか。いや、冷静に考えれば普通にありそうなんだけど。

 叩かなくても全身埃まみれの俺は官憲にビビりつつ振り向く。するとそこには。


「あぁ、何だ?誰もいないぞ」


 誰もいなかった。


「います!下です!」


「下……?」


 目線を思いっきり下げると、そこにいたのは小さい女の子だった。

 ボロい服。無造作に伸びた髪。くりっとした幼い目。


「見つかった?」


 舌っ足らずな声。

 どう見てもダスキリアには時々いる……向こうの言葉で言うならストリートチルドレンという子どもたちの一人だった。

 いや、待てよ?


「あれ?お前どっかで……」


 見た、ような。


「はい?」


 ことん、と首を倒す。これは、訳の分からないことを言われたという動作にも見える。

 けど、多分違う。これって、『あなた、覚えてないの?』だ。


「……あぁ、思い出した」


 コイツはアレだ。フィーコと初めて会った日、ババアから逃げてたひったくり。

 たしか俺は財布をパクったけど逃がしてあげたんだっけか?なんて寛大なんだ、俺は。


「ですです!……って、それはまぁいいんですけど」


「まぁいいのかよ。じゃあ何だ?」


 それで声かけられたのかと思ったよ。


「皇女様の悪口を言っていましたね!?」


「……はぁ」


 まぁ確かに言っていたといえば言っていたが……。


「ましたね!?」


「ましたよ。それが何?」


「それが何?ではありませんよ!ふけーざいです!」


 きっ、と睨みつけてくるが、幼女過ぎて迫力のないことこの上ない。不敬罪という言葉も平仮名に違いない。


「はぁ、まぁ……仮にそうだとしてもお前には関係ないだろ。現行犯逮捕して官憲に突き出すつもりか?」


「げんこー?」


「現行犯は私人でも逮捕できるからな。現に罪を行い、または行い終わった者なら一般人でも捕まえられる。とはいえ俺はこの世界の法をよく知らねぇけど。っていうか、言うほど整備されてない気がする。そもそも成文法がきちっとしてねぇんだよな」


 そりゃ、英米じゃ成文法よりも不文法……裁判所の判例が重要という文化もあるが、この世界は単に未発達なだけだと思う。ギルドのルールはやたら細かいし、覚えなきゃならんのだが。


「しじん?せいぶんほー?」


 思索する俺の前で、幼女は完全に疑問符に支配されていた。

 当然であろう。幼女っつか大人に言っても今の話は理解できない。


「どうした?わかんないのかい?」


「うぅー……」


 ロリっ子が唸る。一部の特殊性癖の方なら、これだけでご飯三杯はいけるような可愛さがあった。

 そして、出てきた結論は。


「わかんない!でも、とにかく皇女様の悪口は見過ごませせん!」


 であった。


「見過ごませせん?」


「みす……みす?ごま?せ?……んんっ!見過ご、せ……ません!」


 噛みまくりだった。舌っ足らずだった。益々俺がロリコンでなくて良かったな。


「お前は何だ、皇女様の信奉者か?」


 皇女様は顔も知られていないが、いや、だからこそなのかもしれないが、カルト的な人気があるのは確かだ。

 純粋にこの世界では王族への敬意のようなものは高い文化だと言っていいが、中でもより強く皇女様を崇める者たちも存在すると聞く。

 又聞きなのは当然、ダスキリアにはいやしないからだが。


 しかし、少女の答えはそんな俺の予想とは大きく異なっていた。


「お友達です!」


「はい?」


「だから、お友達なの!フレアとは!」


「んな馬鹿な……」


 ロリっ子の服をもう一度じっくりと見る。

 ボロきれとまでは言わないまでも、明らかに上流階級の出で立ちではない。

 ダスキリアの中ですらどちらかと言えば貧しい部類に入るだろう。

 一体どこでどうやって皇女なんぞと知り合うというんだ。


「信じてないの?」


「根拠が無いからな」


「こんきょ?証拠のことだっけ。だったらあるもん」


「ほう、言ってみろ」


 その姿勢は評価できる。ここで駄々をこねられたら俺はキレていたかもしれない。大人気がないので。

 少し期待して次の言葉を待つ。が、その期待は予想外の方向に裏切られた。


「皇女様は、くすぐりに弱い!」


 自信満々の台詞が空虚に響く。なんだって?


「…………はい?」


「だからぁ!皇女様はくすぐりに弱いの!それを知ってるってことは、私が皇女様の友達ってことでしょ?」


「……」


「えへん、わかってくれた?」


 むん、と胸を張って言う。その目は純粋な色をしていた。


「……」


「……どうして黙ってるの、お兄さん?」


 こんなの、黙るしかないだろうが。


「…………もういい。やめてくれ。俺はガキが嫌いなんだ」


「えぇ?」


「わざと噛んでみたり唸ってみたり可愛いっぽいこと言ってみたり、そういうのは要らねぇって言ってんだよお嬢ちゃん」


「なっ……!」


 などと驚いた声を漏らしながら、目の前のロリっ子の脳がフル回転で計算してるのが俺には透けて見えていた。

 そもそもこのガキは昔、あの一瞬で俺の意図を理解して財布を交渉材料に使ってきたような女だ。どう考えても強かさを相当に持ち合わせている。今更可愛くしたって遅すぎる。


「演技はいい。素で喋ってくれ」


 うるるんな目でこっちを見上げていたロリは、俺の言葉を聞いてもまだ少し涙目をやめなかったが、俺が一切態度を変えないのを見て。


















「…………チッ。女が騙そうとしてるなら、男は騙されるのが仕事だろうがよ。さてはお前、童貞だな」


 と宣った。


「いや、流石にガラが悪すぎるだろ!!」


 ここまで酷いとは思ってなかったよ!まさかあの堕メイドよりも悪いなんて予想できるか!


「自分で素で喋れと要求しておいてご不満か?何様なんだよ、お前」


「お前こそが何様なんだ!」


「さぁね。少なくともお前とは違って性的未経験じゃない」


「……マジで?何歳だよ」


 一応見た目は少女どころか幼女なので、本気でびっくりする。びっくりしすぎて『性的未経験』とかいう謎用語にも突っ込めなかったし、自分が童貞ではないという主張もし忘れた。

 いや待て落ち着け。仮にもここは異世界だ。人間以外の種族であれば見た目と年齢が一致してないなんてことも……。


「7歳」


「いやいやいや!やべぇだろお前それは!これがラノベなら流石に出版できねぇぞ!?」


「何を訳わからん上にヌルいことを。ダスキリアの住人だろ?」


「確かに割とアレな街だけど、そこまでヤバくはない……よな?」


 娼館なんかは割りとあるのだが、少女買春まではそこまでない……と思う。強姦的なことも……絶対にないとは言い切れないのが怖いところだ。


「いやまぁ嘘だけどな。私はピチピチの処女だよ。良かったな」


「そ、そうかよ……良かった」


「何安心してんだ。処女独占厨、キモッ」


「どこで覚えてきた言葉だ!?」


 そもそもこの世界に存在していたのか。処女厨という概念が世界を超えて存在していたのか。最悪だ。

 というか、分かってきたぞ。俺はコイツ、駄目だ。フィーコみたいな単に会話が強いだけのタイプであれば、ゲームとして主導権の取り合いを楽しむことも出来るのだが、俺は根本的に攻めタイプの人間なのでこういう毒舌系は無理なのだ。受けるのは弱いのだ。しかもこの女はなまじ見た目がロリなので、罵倒が異様に心に来る。具体的に言えば、メンタルがちょっとやられてきた。


「さて、本題に入るぞ。お前さっき皇女様をバカにしてたな?それはそれで万死に値するが、問題はそこじゃない。さっきの口ぶり……お前、皇女様を知ってるのか?」


「間接的に知ってるだけだ。何も知らないに等しい」


「は?意味深なこと言ってねぇで説明しろや」


「……アンタマジで横柄すぎないか」


 こんな幼女、アリかよ。

 俺はプレッシャーに負けてしぶしぶ昔の出来事を説明した。


 ……。


「つまり、何も知らねぇじゃねぇかよ!」


「初めからそう言って」


「つっかえねぇ奴だな、お前」


「あ、はい。ほんとすみません……」


 もう俺はダメかもしれない。

 なんでこうなる?俺は攻め系のキャラじゃないの?

 メイド然り、コイツ然り、どんどん対俺性能が高いキャラが増えすぎてるよ。

 このままじゃ俺が傍若無人な俺様キャラじゃなくて、ただのヘタレツッコミキャラに成り下がっちゃうよ。


「せっかく……手がかりを得たと思ったのに」


 そうだ、ここは強気で行かねばならぬ。


「会えるって……思ったのに」


 何が何でも成さねばならぬ。


「もう一度会いたいよ……フレア」


 俺のほうが上だと思い知らせてやらねばならぬ!


「めそめそしてんじゃねぇよ、ガキ!」


「……え?」


「俺がガキの最も嫌いなところは、泣けばいいと思ってるとこだ。んなもんが許されんのは乳幼児だけだっつんだよ、ボケが」


「……偉そうに」


「実際俺は偉いんだよ」


 あれ、なんか昔もこんな会話を誰かとした気がするな。


「そんなに偉いなら、フレアのことだって見つけられるはずでしょ?」


「バーカ、そんな単純な売り言葉に買い言葉なんて買ってやるかよ。お前みたいなろくすっぽ報酬も出せなそうな奴の頼みなんぞ聞くか」


「そうだった……そういう奴だったな、お前」


 コイツ……笑ってやがる。断ったってのに。

 まったく、こんな奴ばっかりか、ダスキリアは。


「いくら出せるんだよ?」


「金があるように見えっか?」


「何が出せるんだ?」


「そうだな……情報、でどうだ」


 ぴっと人差し指を立てるロリ。


「何のだ?金儲けか?」


「上手く使えばいくらだって儲かる」


「へぇ。曖昧だけど面白そうじゃねぇか」


「全部は話せないぞ。報酬は後払いだ」


「分かってる。触りだけ聞かせろ」


 そこでロリっ子は声のトーンを一段落として。


「『時間遡行』」


 と言ったのだった。


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