幕間二 『メイドのお仕事日常編』
風呂掃除の鉄則は……特に無い。
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌いながら掃除したところで、誰が咎めることもない。
勿論手を抜いていいわけではないし、そんなことをする気も当然ない。
彼女――スカーレット・ダリアは王家に仕えるメイドである。
ベッドメイキングであろうと風呂掃除であろうと、全力で取り組むのが当然だ。
「ちゃららー」
故に、彼女の機嫌の良さは楽勝を意味しているわけではない。
彼女は単純に、風呂掃除が好きなのである。
スカーレットはメイドの大半がそうであるように、綺麗好きな人間だ。
まず掃除そのものも苦ではないが、加えて浴場は大好物である。
風呂掃除は数あるメイドのお仕事の中でも、彼女が最も好きな者の一つであった。
「っと」
そんな彼女の手が止まる。加えて鼻歌も止まる。
嫌気が差した……というわけではない。少し回想していただけだ。
「よくフレア様はこれを使おうなんて思われましたね」
視線の先にあるのは、木製の扉。
日本でのサウナのように見えるが、中には熱された石などなく、温度も外側と変わりない。
そこにあるのはただの小部屋。
何もなく、誰もいない。
しかし、そこは特別な場所である。
無闇矢鱈に掃除することすら許されてはいない。
「七不思議の答え、知っちゃったなぁ」
王城のメイド達の間でまことしやかに囁かれる七不思議。
その一つに数えられる、何もない部屋。
だが、確かに存在理由はある。あった。
それを彼女は知ってしまったのだ――1年前に。
「ここが使われる日、来ちゃうのかな……」
だからこそ、彼女はこのドアを見るたびに、女として少し憂鬱な気分になる。
自分には関係ないし、どうしようもないこととはいえ。
「ま、考えても仕方ないか。そんなことより仕事仕事!りゃー!」
スカーレットは手にしたブラシを勢い良く剣のように振りかざし、気分を切り替えようとする。
どんな時でも明るくあることが彼女の特技であり信条だった。
「……何をしているのですか、貴女は」
「あ……メイド長」
次の瞬間。
前々から言おうと思っていましたが貴女には品というものが足りないのですいいですか王城のメイドたるものまず優雅さを忘れてはなりません我々の質で王家の質が測られることもあるのですよその自覚はあるのですかフレア様のお心遣いでいつまでも見逃して頂けると思ったら大間違いです子供のままでは困ります仕方ありませんね今夜から特別に私が再教育の機会を設けるといたしましょう。
……と、一息にまくし立てられても彼女がまだ明るくいられたのか、それは謎のままにしておこう。




