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第三話 『地神様の御乱心』

「さて」


「はい」


 きっかり30分後、俺たちは件の家の前にいた。

 前と言っても、正確には後ろ……裏口だ。

 やはりこの家の裏口通りには人っ子一人いない。素晴らしい。空き巣として100点あげちゃうね。つまり、防犯という観点から見れば零点。


「じゃ、開けるか」


 俺は勝手口を前にして針金を取り出す。

 ピッキング。これは俺のスキルでも何でもないただの特技だ。

 前に酒場でトイレの鍵を開けたこともある俺の腕を御覧じろ。


 ――留守の家に忍び込む方法は2つある。鍵を開けるか、窓を破るかだ。


 手っ取り早さでは当然後者。短時間で済む。強化ガラスでも何でもないこの世界のガラスなんぞ、バールで3回叩けば粉々に割れる。煙草に火を点けるよりも簡単だ。

 しかし、問題は音である。思いっきりガラスをぶち破って侵入するなんて、泥棒か、警察か、ハリウッド俳優しかやらない。そしていずれにせよ野次馬が集まってくること請け負いだ。

 ガスバーナーでガラスの一部を焼いて、そこから窓の鍵を開けるという『焼き破り』が出来るのなら窓からのエンターも十分ありなのだが、生憎ガスバーナーなんてない。スキルで代用しようにもそんな細やかな芸当は俺に出来るはずもない。煙草に火を点けることこそ俺には最も難しい。辺り一面が火の海と化すのがオチだな。

 フィーコはそもそも、火を点けるスキルを持っていない。というか、盗賊ジョブはギルドのルールで火気系のスキルを保持しちゃいけないらしい。まぁ、賢いといえば賢い。こっそり持っている奴はいそうなものだが、そんなことがバレたら窃盗で捕まってもすぐ出てこれるという盗賊ジョブの特権が消えてしまう。国の法には逆らっても、ギルドのルールには逆らわないほうがいいのだろう。

 まぁ何が言いたいかっていうと、つまり窓破りはNGだってことだ。

 ではもう一方の鍵開けはどうか。こちらも本来であればそれなりに難しい。この世界の鍵は大概『解錠』スキル対策が打たれているからだ。

 開かないわけではない。そんなことが出来るなら『解錠』スキル自体が有名無実と化してしまう。開けること自体は出来るのだが、スキルの使用を感知してギルドに連絡がいく仕組みになっているのだ。簡単に言えばセ◯ムである。

 中々賢いシステムだ。これなら『解錠』スキルを使いダンジョンで宝箱を開けるのには何の支障もないのに、悪用して人の家に忍び込むことは出来ない。

 しかし、だ。やはりこの世界はそもそも物理的に甘い。

 そう、物理だ。つまりは単純な針金によるピッキング。こいつが効果的なのだ。スキルに頼り切った世界だからこそ、スキルさえ対策すれば完璧であると思い込む。これはこの世界の人たちの悪癖だと思う。


「こうして、手で開けることなんて……まるで想定してねぇんだからな」


「そりゃ普通出来ませんから、そんなこと。ユージン以外やりませんよ」


 フィーコが思いの外アホなことを言う。


「んな訳ねぇだろ。この程度、絶対に思い付く奴はいる。お前が当たり屋を考案したようにな」


 この世界の奴らは、決してバカではない。ついでに言えば聖人君子ばっかりでもない。

 鍵を針金で開けるくらいのこと、思いつかないわけがない。

 では何故警戒が薄いのか。一般にやり方が浸透していないのか。

 それは、峻別と統制のためだ。

 そもそもこの世界……というかこの国は、治安の良いブロックと治安の悪いブロックが明確に分かれている。

 無菌室の王都、掃き溜めのダスキリアのように。

 それはつまり、王都で犯罪を犯した者はダスキリアに放り出され、二度と王都には入れないような仕組みを作っているからなのだが、しかし犯罪者にとってはダスキリアはいい街だ。

 俺がそうであったように、あの街はクズにとって住みやすい。ほとんど治外法権と言っていいからだ。犯罪と弱肉強食の世界。あぁ、俺たちにとっては最高じゃないか。濁った水でしか棲めない魚もいるものだ。

 となれば、復讐目的でもない限りダスキリアからわざわざ王都に行くような奴は少ない。王都や、あるいはその他の街の治安は保たれる。


 要は、ゴミ野郎共をダスキリアに集めることにより、犯罪もそこに集中させているのだ。

 そして、他の街での犯罪を厳罰化、あるいは監視を徹底することにより、犯罪の拡大を防いでいる。


 ピッキングがあまり浸透していないのは、ダスキリアでは無用の技術だからに他ならない。金庫に鍵をかけて安心するような人間があの街にいるものか。金庫など抱いて眠るくらいの警戒心を持った人間の巣窟だ。

 しかし……ダスキリアのクズたちも冒険心が弱いという欠点があるのかもしれない。他の街で一攫千金の犯罪をキメてやろうと思う奴が少ないのだ。ほとんど逮捕されないという温い環境に慣れきってしまっていると言ってもいい。

 その点、俺たちのパーティーはチキンではない。王都はともかく、クレイス辺りは狙うことに躊躇がないからな。まず俺は異世界人だから当然価値観が違うというか、単純に犯罪なんてバレなきゃ勝ちだと思っている。フィーコもそれに近い思想の持ち主だ。ローラはそもそもこの国ではなく他国で盗賊をやっていたのだから、逮捕はいつだって当然のリスクだったろう。シーズは俺の言うことなら何でも聞く……冷静に考えると、俺たちが異常者の集まりなだけかもしれないが。


「っし、開いた」


「早いですね、相変わらず」


「コツは『揃える』針金と『回す』針金を別に使うことな」


 この世界の鍵は防犯に気を使っているものですら、昔の日本でもよく使われていた鍵……表面がデコボコしているアレが精々だ。ディスクシリンダーと言われてたりするのだが。

 アレは、極論公衆トイレの鍵と同じだ。つまり、つっかえているから開かないところを、ぬつっかえを取って回すと開く。

 図を描かなければ説明にしにくいのだが、ざっくり言うと鍵穴の内部にいくつか棒がつっかえており、そのせいでドアが開かなくなっている仕様だ。だからその棒を1本、あるいは2本の針金を使って平らに揃えてしまう。

 そして、別の針金を鍵穴に挿して回す。これがピッキングの基本原理である。

 逆に言えば、この方法で開かない鍵を作ることが防犯のスタートラインでもある。


「ま、今度暇な時にでも教えてやるよ。俺に言わせれば、ピッキングも出来ない奴が盗賊なんてちゃんちゃらおかしいってレベルの必須スキルだからな」


「はい、そうですね。ユージンに貸しを作るのは嫌ですけど、私も覚えたいです」


「はっ、お前がこうして生きていること自体、既に俺への貸しだ」


「何様!?」


 と、勿論小声で囁き合いながら俺たちは家に侵入する。


「玄関、オールグリーン」


「はい。あ、針金ください」


「おう」


 フィーコに先程ピッキングに使った針金を渡す。今度は内側から鍵に差し込むためだ。こうしておけば針金が引っかかって鍵が回らなくなるから、家主が帰ってきた時に玄関でガチャガチャと音がする。逃げる時間をかせぐための小細工である。


「しかし、コレを思いついたのもユージンですし、ほんとよく気が回りますよね」


「モテそうだろ?」


「空き巣に入るときの注意力を女の子に10分の1でも回せれば、モテるんじゃないですか?」


「言ってろ」


 さて、リビングに着いた。

 金を漁るべき場所はリビングか寝室が鉄板だ。

 金はリビングに多いし、『金目のもの』は寝室に多い。

 これは経験則だ。喫茶店やファミレスじゃないんだから、ダラダラと長居するのはよろしくない。


「お前はそっちのタンスを。俺はこっちの棚を探す」


「了解です」


 せっかく二人でいるのだ。当然作業は分担する。

 扉から右手に合った棚の取っ手を引っ張り中を見れば、そこには裁縫道具。外れだ。

 すぐに閉めて次へ。一箇所をゴソゴソと荒らすよりも、手早く次に移ったほうがいい。

 空き巣にとっての敗北は手ぶらで帰ることではない。通報されること、そして捕まることだ。

 逃げおおせればいくらでも再チャレンジの機会はある。大体、家なんてものは人の数だけあるんだからな。

 これは皇女様を狂言誘拐するような大一番ではない。日々の仕事だ。いや、威張って言える仕事ではないけれども。


「……ダメだ、外れか」


 棚は全部開けたが、何もない。フィーコの方を見るが、黙って首を振っている。何もなかったらしい。


「チッ、となるとベッド周りか?」


 いや、宝石なんかは寝室にあることも多いのだが、こんな中流階級の家じゃそもそもそんなもの持っていないと考えるのが妥当だろう。今回はこのままずらかるのがベストかもしれないな。


「あれ……?」


 俺がこれからのプランについて頭を巡らせていた時だ、フィーコが小さな違和感を口にしたのは。


「どうした?何か見つけたか?」


「いや、そうじゃなくて……」


「何だよ、歯切れが悪いな」


「すいません。あの、自信ないんですけど……揺れてませんか?」


「揺れ?」


 そういや、言われてみれば……。


「ひゃっ!?」


「うおっ!」


 一瞬だった。

 久しく忘れていた感覚。

 日本人おれたちにとっては慣れ親しんだ、天災。


「ひゃあぁぁぁぁ!!」


「バカ、落ち着け!」


 そして、俺の知る限りこの世界では初めての……地震。

 きっとこっちではほとんど地震なんてないのだろう。外国人が日本に来て最も驚くのは、人々が地震に動じないことだという。慣れていなければ地面が揺らぐというのは確かに恐ろしいことだろう。


「わた、私のせいで!ゆ、許して!ごめんなさい!」


「錯乱しすぎだ、クソ!」


 目の前で意味不明なほど取り乱す猫耳を見て、そんな外国人を冷静に分析する日本人の気持ちが分かった。

 チッ、しかもデカいな。

 震度5はありそうだ。まぁ日本なら震度5程度、列島のどこかで年に何度か起こるレベルでしかない。だが……。


「耐震性が足りてねぇだろ、これ!」


 今にも家ごと崩落しそうだ。家具は既に倒れてきている。そりゃそうだ、足元に滑り止めシールを貼っているとは思えない。


「神様ごめんなさいぃぃぃ!!」


「面倒臭ぇな、おい!」


 一番厄介なのは、普段は役に立つはずの女が完全に役立たずになっていることだ。

 不味い。揺れている間はともかく、収まってからはすぐ冷静になってもらわなければ。家主が引き返してくることは間違いない。さっさと逃げる必要がある。


「ひぃぃぃぃぃ!!」


「いい加減にしろ!もう止まった!」


 パコッと耳の間の頭を叩く。既に揺れはなくなっていた。


「おろ?」


「おろ?ではない。いいから逃げるぞ。まだ余震が来るかもしれねぇし、この家は崩れるかもしれない」


「よしん?」


「知らねぇのか?……いや待て。そもそも地震の仕組みすら知らんか?」


「し、知ってますよ。地神様の御乱心です」


「……オーケー、理解した」


 地神様と来たか。だが流石にここでプレートが断層運動がと説明している暇はない。この場を離れることが先決だ。


「あっ!」


「あっ!でもない。いいからはや……」


 言いかけて気づく。フィーコが指差していた先にあったのは……腕時計だ。しかもやたらと金に光っている。恐ろしく趣味の悪い一品と言えた。


「これ、換価できますね」


「そうだな、それなりの値がつきそうだ」


「……」


「……」


 あぁ、コイツは本当に。


「こういうこと、前もありましたよね」


「あの時は火事だったけどな」


「災害に縁がありますね、私たち」


「俺たちも災害みたいなもんだろう、この家の奴にとってはな」


 さっきまでぴーぴー喚いてたっていうのに。


「ぷっ、まぁそうですね。では、洒落込みましょうか……地震場泥棒と」


 金に目が眩んでは、すぐに立ち直る。そういうコイツの最低なところが、俺は嫌いじゃない。

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