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第二話 『思い通りにはならない』

 同日11時半、俺たちはとりあえずクレイスに来ていた。

 目的は空き巣。標的は普通の民家A。しかし立地が素晴らしい。まず今俺たちがいるテラス席のあるカフェからモロに玄関が見える。怪しまれずに観察するのが非常に楽だ。更に、玄関は表通りに面しているものの、勝手口は完全に裏手であり人が誰もいない。侵入にも適する。最も有難いのは、家主が毎日12時から15時まで昼飯と散歩に出かけるという分かりやすいルーチンワークだ。もう空き巣に入って下さいと言わんばかりの優良物件である。

 行動が固定された人間は、狙いやすくて助かる。


「なぁ」


 アイスコーヒーのストローの先をガシガシと噛むという実に獣らしい行動をしていた(ちなみに油断するとこれは俺もついやってしまう)フィーコに話しかける。こういう場所では、黙って顔を突き合わせている方がむしろ不審だからだ。世間話でもしておいたほうが目立たない。まぁあまり騒ぎ立てるのも問題だが、周囲の目線を集めないように普通の会話をしておくのが正解だろう。


「はい?」


「お前って……おっぱい2つか?」


 というわけで、前から気になってたことを聞いてみた。


「はぁ!?……ごほっ!ごほっ!」


 むせられた。コーヒーが空で良かった。

 しかし注目は集めてしまった。失敗だ。失敗だとは気付いたが、俺は面白いので話を続けることにした。


「いや、猫って確か8つくらい乳首なかったっけ?なんか母猫にめっちゃ子猫が群がってるのを見たことある気がするんだよな。てことはお前も……」


 想像してみる。八乳首はちくびの女。うん、キモいな。ちょっと受け入れられそうにない。


「……悪い。俺お前のことはちょっと抱けねぇわ」


「勝手に変な妄想をして告白してもない相手を振るのやめてください!」


「ほんと、ごめんな。俺これからお前に優しくするからさ……」


「いや違います!ないです!おっぱいは二つです!どう見てもそれ以上膨らみがないでしょう!?」


「いやどう見ても分からんから訊いたんだが」


「失礼!無礼ですよユージン!明らかにあるじゃないですか!2つの山がここに!」


 なかった。俺が心の中の優しさを掻き集めて評するとすれば、丘があると言えた。


「じゃあ確かめていいか?」


「その手には乗りませんよ」


「この手を乗せていいか?」


「乗せさせません!だから言ってるじゃないですか、獣人族はもうほとんど人間と変わりないんです。そんなに一気に子供産んだりしないんですから、別に必要ないでしょう?」


「えー、六つ子とか産むんじゃねぇのかよ」


「産みませんよ。むしろ人間より子供出来にくいですから。進化の過程で人間と血が混ざる内に起こってしまった弊害みたいで、一人の女性から一生に一人でも普通です。特に女性は産まれにくいですし……」


 よく考えてみれば、そんなに子沢山なら獣人族はもっと世に溢れてるはずだ。だがこの異世界はつまらんことにほぼ人類である。獣人は絶対数で明らかに劣って……待てよ?


「子供が出来にくい?…………閃いた!!」


 我ながら天啓を得てしまった。


「な、何をですか?」


 若干引きながらフィーコが尋ねてくる。

 何ってそりゃ、決まってるだろ?


「避妊ふよ……」


「分かりました!分かったから口に出すな!口に出したら絶交しますからねそれ!」


「チッ、下ネタにも付き合えない似非大人のオンナめ」


 せっかくどれだけアレしても妊娠しないという、いわゆるエロゲー体質を発見したと思ったのに。

 いや、別にお手つきをする気があったわけではないが。


「えぇ、えぇ!どうせ私はヴァージン野郎ですからね!素人童貞君には勝てませんね!」


「ヴァージン野郎て」


 矛盾してね?と一瞬思ったが、考えてみれば英語では処女も童貞もvirginと訳したはずだ。おかしくはない。フィーコが使うのはやっぱり変だが。


「どうせ私は子供ですからね。コーヒーにもシロップを入れるくらいですし」


「別にそんなことで人をガキ扱いしたりはしねぇよ。もしそんな奴がいたらそいつは本物のガキだ。俺は単にブラックが好きなだけだっつの」


 俺もアイスコーヒーなんぞ飲んでいる時点で本物の通からすれば素人なのだろう。挽きたてのホットじゃないと香りが十分に味わえるとは言えないからな。まぁ、そもそもこんな安いオープンカフェで飲んでる時点で本物もクソもあったもんじゃないけど。


「ふぅん、苦いのが好きなんて、私からすればただのマゾですけどね。踏んであげましょうか?」


「あぁ?踏み殺すぞ?」


「ユージンみたいな強気な性格の人ほど、実はマゾなんですよね。ほら、メイド服着た女の子に詰られたいんでしょう?」


「バカ野郎。いいか、メイドっていうのはそういうものじゃないんだ。ほらあるだろう?事務的メイドの冷ややかな態度とかそういうの。最近増えてきたんだけどさ。アレは違うんだよなぁ。分かってない。メイドを何も分かってねえよ。メイドってのは仕える者なんだ。奉仕なんだよ。事務的とか、ご主人様はもとより客人に対しても取るべき態度じゃない。根本から間違えているんだ。誰に対しても不快さを感じさせない存在でいて欲しい。その点じゃ逆に媚び媚びのメイドも間違っているな。完璧であること。俺はメイドにそういう到達点としての美しさを求めているのかもしれない。故に……」


 はっ。


「うわキモ」


 語り過ぎてしまった。


「俺はキモくても構わないが、メイドのことをキモく思うのはやめてくれよ?」


「そこでメイドの方を庇うのが本当に気持ち悪いです。ぢゅー」


「おい待て貴様何をすすってる?」


 コイツのコーヒーは空だったじゃねぇか。


「ごちそうさまです」


「ふざけんな!返せ!」


 グラスを引ったくる。

 俺が熱弁を振るっている間に、こっそり俺と自分のコーヒーを入れ替えてやがったな!


「おっと、危ないです。こぼれちゃいますよ」


「黙れ。俺の物だから溢れても構わん。ん……ゴホッゴホッ!何だこれ!?甘っ!!」


「シロップを入れましたから」


「入れ過ぎだろ!どんだけ入れてんだ!」


「え?1対1ですね」


「どんなカクテルのレシピだ!この甘味中毒者!」


「さっきシロップの有無で人を差別したりしないって……」


「限度がある。というか前言撤回する。コーヒーをブラック以外で飲む輩は味音痴のバカ舌だ。明日から司法局で摘発してもらいたいほどに犯罪者だ」


 そういやコイツ、コーヒーの量少なめとかいう妙な頼み方してたな。大量にシロップ入れても溢れないようにするためか?

 俺がトイレに行ってる間に注文が来てたから、シロップを注ぐ瞬間を見ていなかったのだが……アホなのか?


「大体お前……そこまで異常な甘党だったか?」


「食べ物なんかは普通ですよ。むしろ辛いほうが好きなくらいです。でも、甘い飲み物はおもいっきり甘くしたいんです」


 う、正直ちょっと理解できる。

 俺も肉じゃがみたいな甘い料理はそんなに好きじゃないが、スイーツは正直大好きだからな。

 辛党、甘党とか以前に、濃い味党なのだ。死ぬほど健康に悪そう。というか、早死にするだろう。


「っつってもこれはやり過ぎだろ」


 手元のコーヒーを見る。よく見れば、いやよく見なくても色がおかしい。薄い。コーヒーのあの濃い黒色がこんなに薄くなるってどういうことだよ。


「じゃあ、飲めないなら私が貰いますね」


「……あ?」


「ぢゅー」


 美味しそうにコーヒー……というか、シロップを飲む猫耳女。コイツ、まさか……。


「俺が飲めなくなるのを狙って、クソ甘くしやがったな?」


「何のことでしょう?」


「テメ、飲むなら金を返せよ!」


 この店は先払い。もう自分のコーヒー代は払ってしまっている。


「何を言ってるんですか。今回は油断したユージンが悪いんですよ」


「油断とかじゃなくて、人の飲み物を勝手にアレンジしていい道理がねぇんだよ」


 ドリンクバー混ぜる小学生か。そしてその後トイレ言ってる奴の飲み物にテーブルのタバスコをぶち込む限度を弁えない中学生か。もはやそれはイジメだろ。俺は中学生の頃……やっぱこの話はやめよう。


「えー、じゃあ今日はこのまま帰りますか?」


「はぁ?」


「人の物に勝手に何かしちゃダメなら、泥棒なんて出来ませんよね?」


「……俺はバレたら報復されるのを覚悟でやってんだ。だからお前もバレないようにやるべきだった。バレたんだから俺はお前を殺していい」


「また極論を……大体、ユージンは絶対黙って報復を受け入れたりしませんよね?」


「あぁ、その時は返り討ちにするな」


「言ってることメチャクチャだこの人……ちょっと不思議なんですけど、ユージンってなんで泥棒やってるんですか?」


 少し素に戻ったトーンでフィーコが訊いてくる。


「どういう意味だ?」


「だって、私は別にユージンが本気を出してるとこを見たことないですけど、身のこなしやスキルからしてかなり強いんですよね?だったら泥棒じゃなくて強盗とかやったほうが良いんじゃないかなって思うんですけど。いっそ殺人とか」


「あぁ、そういうことか」


 なぜ人を殺さないか、と問われれば人はなんと答えるだろうか。

 そういう法があるからか、あるいは倫理観か、それとも因果応報の法則を信じるが故か。

 日本にいた頃は俺も、そういう何かを理由にしていたような気がする。

 しかし、今は……多分違う。


「俺は、目的として暴力を振るうのは良いが、手段として暴力を振るうのは良しとしてないんだよ」


「ほぉう?」


「だから、ムカついた奴をぶっ殺すのはいいけど、金のために人を殺すのはなんか違うっていうか……」


 正直、上手く説明できない。

 どうして自分がこういう考えを持つようになったのかもよく分からない。

 例えば、俺はおそらくこの世界を征服することは出来るだろう。それだけの強さが俺にはある。実際に世界中のみんなの強さを確かめたわけではないし、命令系統の問題もあるからたった一人で世界を支配出来るとは思わないが、だとしてもこの世界最強候補の一角であろうギルフォードに負ける気は全くしない。

 誰でも彼でも暴力で言うことをきかせること自体は可能だと思うのだ。

 でも、そうしようとは全く思えない。

 強者故の孤独が嫌なのではない。偉くなるのが嫌なのでもない。

 ただ……なんだか、面白くなさそうだから。


「つまんないんだろうな、本気でやったら、何だって出来ちまうからさ」


 俺は自分の才能を信じている。なんだって出来るスペックがあると確信している。

 だからこそ、本気になったりはしない。

『やればできる』はできない奴の言い訳だと人は言う。

 しかし、本当に『やればできてしまう』として、それでなお『やらない』人間の気持ちを考えたことがあるのか?

 お前たちが言い訳だなんだとそんな風に解釈するのは、お前たちが自分の才能を信じられていないからに過ぎない。

『やればできる』けど『できてしまったらつまらない』から『やらない』という、そんなに難しくもない単純な発想すらほとんど理解が得られないのだから、世の中は馬鹿ばっかりだ。


「……」


 フィーコは黙っている。まぁ、そりゃ伝わらないよな。仕方ない。


「分かんないならいいよ、別に」


「……いえ。何でも思い通りになるって、つまらないですよね」


「あぁ?」


「なんとなく、そう思っただけですけど」


 そう言うフィーコの表情は。

 さっきまではしゃぎ倒してたのが嘘のようにしんみりとしていて。

 俺は何故か……苛立ってしまう。


「お前は思い通りにはならないけどな」


「え?」


「だってそうだろ?お前は俺の言うこと何一つ聞かねぇしよ」


「ユージンの言うことを聞く人なんてこの世にいませんよ。ユージンの言うことを聞いたら人類はみんな内部から爆発します」


「内部から爆発する時点で、そいつはもう人類じゃない」


「爆弾を飲んでおいたのかも」


「まず倒れるだろ……」


 有名なプラスチック爆薬、C4は甘い味がするというが、主成分であるトリメチレントリニトロアミンは毒性があり、口に入れると中毒症状を起こすらしい。ちなみに、あの有名なニトログリセリンやクロロホルムも甘いと言われている。毒というのは意外と甘いものが多い。人類の味覚は生命の危機に対して強いとは言い難いのかもしれない。

 ……本当に俺はどうでもいいことにだけ詳しいな。


「ま、それはそれとしてぇ……」


「どれをどれとしてんだよ。あれよあれよとそれはそれとするな」


 無意味にややこしい風味に言うと、フィーコはニマニマと笑った。


「ふふーん」


「何だよ?」


「いえ。今の話の流れ的には、私が思い通りにならないって……つまり、私のことが好きってことですか?」


 …………はぁ?


「な、なんでそうなんだよ!」


「だって、思い通りになるのはつまんないんですよね?私はその逆……すなわち」


「すなわない。勝手に反対解釈をするな」


「えぇ?素直にゲロっちゃいましょうよ?」


「『ゲロる』とかいう動詞を口にする女を好きになる男がいるのか……?」


 ヤのつく自由業か、はたまた悪徳刑事かどっちかだけだろ、そんな言葉使うの。


「女に変な幻想を抱いてる男……うぇぇ、ゲロ」


「動詞どころか名詞として使うんじゃない。最悪だお前は」


 第一、思い通りにならない女を好きになるなんてどんなマゾ野郎だよ。

 俺は何でも言うことを聞いてくれる女が好みだ。

 ……例によってあのクソメイドは除くが。ヤツに関しては俺の言うことを聞くというそれ自体が俺の言うことを聞いてない。


「それで、ゲロさん」


「……まさかとは思うが、俺の名前じゃないよなそれ?」


「おっと失礼。混ざってしまいました」


「混ざる要素がねぇだろ、なぁ?」


 ユージンとゲロ。文字数も母音も子音も何もかも異なる。


「吐瀉物だけに、混ざってしまいました、あはは」


「マジで発言が汚えよ!女とかそういう以前の問題だ!人としておかしいだろうが!」


「人じゃないですから」


「都合のいい時だけ種族を持ち出す女だよ、お前は……このゲロ女が」


 何か変だ。

 さっきから会話の主導権を取られすぎている。

 俺とフィーコの会話は基本的にバトルだから、負けが込む日もあるのだが……それでも、何かがおかしい。

 何というか、テンションが高すぎる。

 まぁ別に構わないが、これから行う泥棒というのは犯罪なのだ。期末テストとは違う。失敗したらお縄だ。次頑張ればいいやでは済まない。

 ……不安だ。いや、俺を油断させているのか?何か企んでるんじゃないだろうな。


「あ!あれ!」


 耳をピンと立ててフィーコがターゲットの家を小さく指差す。玄関から家主が出て行くところだった。


「声がデケェよ。バカかお前は」


 ほら早速やらかした。注目を集めたくないというに。

 ……既にさっきまでの会話で周囲の視線釘付け大収穫祭だったような気もするけど。


「あ、すいません……どうします?後何分待機しますか?」


「30分くらいかな。何にせよ一度出よう」


 すぐにターゲットの家に忍び込むのは下策だ。目立つとか以前に忘れ物で帰ってくる可能性もあるしな。

 外出の確認まで終わってからはしばらく待ち。それも場所を変えるのがいい。

 犯行直前に近所のオープンカフェにいた客として捜査で洗われると面倒なことになる。


「ですね。今日は失敗したくないですし」


 フィーコもそれくらいは理解しているから、話が通じるのは早い。

 しかし、一々言い回しに不審さを感じる。


「今日は?」


「あー、今日も、ですね」


 間延びした調子の「あー」の後、助詞を訂正する。

 しどろもどろとまでは言わないが、やはり何か変な態度。

 コイツやっぱり何か狙ってるな?俺をハメるつもりか?

 ふん、よく分からないが、それなら逆に俺が出し抜いてやるまでよ。

 吠え面をかくのは、明日もお前だ。見てろよ。

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