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第一話 『負け猫の遠吠え』

「盗みに入りましょう」


 翌日の朝一番、低血圧で死人と化していた俺に向かってそうフィーコは提案してきた。

 朝一番に、だ。

 バカなのだろうかこの女は。

 そんなの当然。


「やなこった。一人で行け、貧乏人」


 断らざるを得ない。第一、元ニートの俺を朝から起こすな。今何時だと思ってんだ、6時半だぞ。日本にいた頃なら今から寝るところだよ。


「人間が小さいですねぇ」


「バカ、俺は全日本器のデカさ選手権に三回出場して二回は予選突破したほどの男だぞ」


「いや、そこまで適当な嘘をつくんだったらいっそ優勝とか言いましょうよ……」


 その発言自体、器が小さいです……と視線で語られる。

 割と器が小さいことの自覚はあったので、微妙に遠慮してしまった。なんて慎み深いんだろうな、俺は。


「まぁ何でもいいが俺は眠いから二度寝するぞ。10時に起こしてくれ」


 目をこすろうとして、やめる。眠気が冷めても面白くない。寝たいし。

 レッツ、睡眠グ。……駄目だ何を言ってんだ俺は寝起きで頭が回ってない。うん、やっぱりさっさと寝るべきだ。

 しかし、目覚ましを頼んで再びベッドに横になろうとする俺に。


「……小さくて可愛かったくせに」


 爆弾発言が投下された。


「きさ、貴様オイ、貴様!どこでそれを……!」


 俺は空襲の大音声を聞いて飛び起きる。睡魔は一撃で殺されていた。


「だから、私はシーズを監視してたんですよ?」


「そうだった……」


 しかしあの日もつけてやがったのか、この女。なら助けろよ。薄情にも程があるだろ。仲間が埋まってんだぞ。


「悩むことはありません、小さき者よ……」


「やめろ!意味ありげな宣託風に見せかけて、実はただ俺をバカにしただけの台詞をやめろ!大体、俺は小さくない!いいか?俺の相棒はいわゆる平均サイズと比べてわずかに、ごくわずかに、ミリ単位で小さい可能性も無きにしもあらずだが……」


「ミリって言われても私はその単位分からないですけど」


「ミリはセンチの下だ。10ミリで1センチ。んで、銅貨で大体3cmくらいか」


 正確に言えばミリメートルとセンチメートルだけど、どうでもいいな。別に算数を教えてるわけじゃないし。ま、悪いことには頭が回るからバカじゃないのは認めるが、フィーコは初等教育も受けてないわけだからな。どうせ教えたって大して……。


「ということは、1センチ以上小さくても、ミリ単位で10ミリと数えても良いわけですね」


「悪いことには頭が回るなクソが!」


 いや、俺はそんなせせこましい小手先のテクニックは使ってないんですけど!マジで!


「さぁ、この情報をばら撒かれたくなければ私に従ってください」


「ふざけんな。そんなことしたら、俺もお前の身体についてないことないこと言って回るぞ」


「あ、あることについてもちゃんと言って回ってください!」


「えっ、お前……付いてるのか?」


「さっきの『ついて』と『ない』は引っ付いていたんですか!?」


 すげぇ分かりにくい会話だ。むしろよくフィーコはついてきたなと褒めてやりたい。


「とにかく!いいんですか?明日からあだ名が小枝君になっても!」


「それは本気で嫌だ!」


 小枝君ってなんだよ。小枝じゃねーよ。樹齢千年の杉くらいの立派さを誇ってるよ俺のは。

 ……それは盛ったかもしれないが。


「……もういい。話せ」


 というわけで、俺の社会的信頼の全てを人質に取られては仕方がない。

 ベッドの上に胡座をかいて側に立つフィーコと目を合わせた。


「お?」


「だから、話だけ聞いてやるっつってんだよ」


「にしし、今回は私の勝ちですね」


「違う。そもそも小枝とか何とかな、シーズが見たのは別に膨張していない状態の枝だからな。いいか、俺のは膨張率が違う。風船もかくやという具合だからな」


「風船って何ですか?」


 あれ?なかったっけ?


「風船ってのはこう、袋に空気を入れて膨らませてさきっぽを縛るやつだ」


「なるほど、袋に空気を……」


 …………ん?


「被ってないからな!!」


「まだ何も言ってませんよ?」


「目が言ってたもん!目が俺のこと馬鹿にしてた!」


「被害妄想ですよ。さきっぽを縛ってほしいんですか?」


「さきっぽを縛ったらトイレとかどうすんだよ!!」


「……縛れるんですね?」


 あっ?……あっ!!


「違う!いやほんと違う!大体日本人のほとんどは仮性なんちゃらでだな……」


「言い訳はいいですって(笑)。大丈夫です(笑)」


「笑うな!」


 クソ!コイツ昔はてんで下ネタダメだったのに、ちょっとずつ強くなってきやがって。

 ていうか、キツいネタにもついてきすぎだろ。

 だけどな……。


「お前こそ喪女だろうが。袋どころか蜘蛛の巣が出来てたりしてな」


「なっ!何を失礼なことを言うんですか!私のは綺麗なままです!」


「綺麗なままなのが問題だって言ってるんだよバーカ!」


「く、この、うぅ……」


 自分に来る下ネタには相変わらず弱い。

 よし、主導権は取り戻したぞ。


「それで、何するんだよ?」


 しれっと話を戻す。これはフィーコも乗るしか無いだろう。


「ごほん!……えぇと、王都の貴族の屋敷とかに、こう派手にドーンと一戦どうでしょう」


「……ボケたか?」


 そんなの、何ヶ月前から準備して行う案件じゃねぇか。

 タイミングを逃せなかった皇女様狂言誘拐や、アイデア一発勝負の詐欺とは違う。

 力押しの『盗み』であれば、貴族の屋敷なんてほとんど無理ゲーと言っていい。


「ダメですか?」


「ダメですね。何がダメって、お前の頭がダメだ」


 気でも狂ったのか?というレベルだよ。


「チッ、よっぽど魅力的なプランでもあるなら俺だって乗るよ。だけどな、なんで潤ってる時に貴族の屋敷に泥棒しに行かなきゃならねんだ。その辺でカツアゲするくらいなら俺も乗ったかもしれんけどさぁ」


 ちなみに、カツアゲは漢字で書くと喝上げになる。意外とそのままで隠語としてはセンスを疑う。もう浸透しすぎて隠語になってないけど。


「い、いや……ほら、きっと楽しいですよ?」


「どんな持ちかけ方だよ。犯罪行為をそんな適当に」


「ユージンの口から正論が出てくると吐きそうになりますね」


「お前の口から正論が出てきたら俺は胃痙攣になるけどな」


「私、戦争って、なくなればいいと思うんです」


「俺の胃痙攣を誘発しようとするな。大体、それは正論じゃなくて綺麗事ってんだ」


「正論は反論を弾き返すが、綺麗事は反論を無視する」


「はい?」


「つまり、綺麗事ってのは完結してるってことだ」


 例えば、『地球温暖化を防ぎましょう』というのは正論だ。

 これに対し『いや、俺らの世代にゃ関係ないだろ』と反論すると、『ゲリラ豪雨による洪水で引き起こされる経済損失は十年後には大きくなっている』だとか何とか再反論される。めでたく反論が圧殺されたわけだ。

 けれど、『だから排気ガスの出る車は一切動かしません』というのは綺麗事だ。

 これに対し『無理だろ。通勤は?』と反論しても、『とにかくダメです!』と返ってくるのがオチだ。つまり、反論なんて無意味なのである。


「はぁ……で、盗みの方は?」


「やらねぇっての。金が無いのか?それは前回俺にボコボコにされたのが悪いんだよ。稼ぎたいなら大人しく鉄屑拾いでもしてろ」


「こ、この間のユージンは本当に卑怯でしたからね!あれは流石に……」


「はいはい、負け猫の遠吠え乙」


 フン、まぁ確かに完全にフィーコを仲間と思わないようなやり方で金を巻き上げたからな。

 この猫耳から……。


「み、耳をさわらないで下さい!」


 モフモフしてて気持ちいいんだけど、駄目らしい。


「うぅ……とにかく、一緒に泥棒がしたいんですけど」


 う、何だよその目は。お前らしくもない。

 そんな懇願するみたいな、絶対何か裏がある目だろそれ。余計に行きたくなくなってきたぞ。


「はぁ……貴族じゃなきゃ嫌か?クレイス辺りの民家にしねぇ?空き巣で。それならやってもいいよ」


 王都は本当に危険だ。そもそもダスキリアの人間の処罰が甘いのは王都の治安を保つためである。ならば、王都の中で犯罪でも起こそうものなら庇われる理由が消失している。どんな刑を食らってもおかしくないのだ。正直一年前の一件も相当に危なかった。もうあんまりやりたくない。俺はモブとして生きていく決意を新たにしていた。別に大金もいらねぇや。何とか生きていければそれでいい。


「うーん……」


 フィーコはしばらく俺のプランについて考え込んでいたが……。


「じゃあそれでいいです」


 と結局ゴーサインを出した。


「ローラは誘わねぇの?」


 俺は今フィーコと二人で話している。

 何度も言うが今は六時半。ローラは自分の部屋で寝ているだろう。

 ちなみにここは俺の部屋である。最初、フィーコが夜這いに来たのかと思ったよ。もう大分明るいから朝這いか?とか考えていたところに、さっきの提案をかまされた訳だが。


「誘ってもいいんですけど、今回はその……ユージンと二人で行きたいと思いまして。最初の頃みたいに」


「ふぅん、まぁいいけど」


 何か理由があるのだろう。そもそも空き巣なら人数が多くてもいいことはあまりないしな。手が増えて物を多く取れる分、音も出てしまい発見のリスクだって大きくなる。二人はそのバランスとしては良いポイントだろう。


「で、いつ?」


「今日で」


「はぁ!?おま、それで最初貴族の家に入るつもりだったのか!?熱でもあんのか?」


「まぁまぁ。空き巣なら何とかなるでしょう?データがありますし」


 データとは、俺たちが普段、家主の行動パターンが決まっている家について空き巣に入りやすい時間帯などをまとめたものだ。泥棒というのは下調べが大事な職業なのである。このマメさを他に活かせば俺たちはきっと世のため人のためになる素晴らしい仕事が出来るだろう。しかし、やらない。


「お前なんか変だぞ……まぁいいや。とちるなよ」


「任せて下さい!」


 意気込んで返事をするフィーコに、何か非常に嫌な予感を感じながら、仕方なくクレイスに向かうことにした。

 ……入りやすさAランクの家にしておこう。




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