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プロローグ 『始まりの終わりの終わり』

 地球に四季が存在するのは地軸が傾いているからだということは日本の中学生なら誰でも知っていることだが、では同じように四季が存在するからといってこの異世界も同じように23.4度の傾きがあるためなのかと問われれば、俺は分からないと答えるしかない。

 地球は丸くて、太陽の周りを周っていて、星は何千年前の光で……それが地球じゃ常識と呼ばれるような知識でも、それを俺たちが信じられるのはむしろ常識であるからだ。

 誰もが信じているから俺も信じられるというだけ。科学的根拠だって言うけど、それすらいつ崩れるか分からない。

 言ってしまえば、金と同じだ。信じられているから価値がある。誰もが金の価値を信じるのをやめたなら?硬貨はまだしも、紙幣なんてのはただの紙だ。ある日突然1万円札が紙屑になる可能性は否定できない。

 勿論、先人たちが積み上げてきた地球の科学や貨幣の魔法はそんなに脆いものではない。

 ……ないのだが、残念ながら今俺がいるのは地球ではない。

 質量保存の法則を超えてんじゃねぇの?ってか超えてるよね明らかにって勢いのスキルやら魔術やらのサラダボウルな世界だ。地球の常識は通じない。

 四季だって誰かのスキルが作ってるとかいう荒唐無稽を言われても、反論の術がないわけだ。


「寒い……」


 だから俺に分かるのは、ただ今ここがシベリアなんじゃないか?と思うほどに寒いという事実のみ。

 エアコンもこたつもない地獄がここに顕現しているという事態のみである。


 この世界に来てそろそろ1年半が経つ。

 正確に日を数えていたわけではないが、俺がこの世界に来た日が暑かったということはそれはもう鮮明に覚えている。この異世界の四季が日本と同じ周期だから、二度目の冬である今は一年半経過で間違いない。


「保温スキルでも使えばいいんじゃない?」


「テメェローラこのクソ野郎、分かってて言ってるだろが」


「……へぇ、そんな態度でいいの?最強さんに弱々しい私の保温スキルを使ってあげようかと思ったのに」


 勝ち誇った顔してんじゃねぇ、ムカつくなぁ。

 俺はベル銀貨を1枚投げつけた。


「オラ、やれ」


「アンタって……何でも金で解決できると思ってない?素直にお願いすればタダでもやってあげたのに」


「俺に素直にお願いして欲しいなら金貨でも積むんだな」


「なんでそっちが上みたいになってんの!?」


 お、体がぽかぽかする。

 何だかんだ言いながら保温のスキルを使ってくれたらしい。良い奴だ。利用したくなっちゃうね。

 あー、気持ちいい。首をぐるっと回す。ポキポキという音がした。あ、これは本当は良くないやつなんだよな確か。首を回すと出る音には実は二種類あって、単なる筋肉疲労から来るミシミシという音と、関節液の気泡が弾けるポキポキという音に別れる。前者は首こりで済む話だが、後者はキャビテーションと言い、その破裂によって細かく骨を砕いてしまう可能性があるのだ。これは手の指をポキポキ鳴らすのを止めましょうというのと同じ話である。ちなみに、前者の音は何度首を回しても鳴るのだが、後者の音は一度鳴った後はしばらく鳴らないという判別方法もある。

 ……と益体もないことを考えながらもう1周首を回していたら(鳴らなかった。ヤバい)、あることに気がついた。


「フィーコはどうした?」


「あれ、今朝はいたんだけど……買い物かな?」


「金ないはずけどな、アイツ」


 ここは俺たちの暮らすホテルのロビーラウンジであり、ソファがあったりするからよくここで駄弁っていたりするのだが、どこを見渡してもいつもの猫耳娘がいなかった。しかしローラも知らないのか。珍しいな。


「おい、シーズ」


「はっ、ここに居ります」


「えっ!?今どこから湧きました!?」


 音もなく現れたるはメイド。コイツ、どんどん忍じみてきたな。


「湧いたとか失礼な表現してんじゃねぇですよ金髪おじょうさま。私はご主人様に『鬱陶しいから普段は消えてろ』というお言葉を頂いたのでありったけのスキルポイントと愛で『気配遮断』のスキルレベルを上げまくったに過ぎないんですぅ」


「いや、ただ邪険にされてるだけのような……」


 全くその通りだ。

 しかしローラの言葉などシーズには馬耳東風。

 そんな態度を見て俺は……。


「ていうか愛でスキルは取れねぇよ」


 あ、ヤバい!思わず突っ込んじゃった!


「あぁ、ご主人様は私の愛を大事にしてくださるのですね!?安易にスキルなんかに変えるのはやめろとそう仰るのですね!?ですが問題ありません、私の愛は無尽蔵!枯れることのない源泉がこの胸の内に御座いますので!しか……」


「枯れろ、枯れて死ね」


 圧倒的マシンガントークを食い気味で遮断する。

 普段と言わず、この世から消えて欲しいなぁ……。


「そもそも、愛で取るスキルが『気配遮断』って、もうストーカーっぽさが凄いんだけど……」


「黙れ雌豚おじょうさま。ストーキングする相手がいるってのは生物として勝ち組なんです。いい年して好きな男の一人も出来ない、恋に恋するとか恥ずかしいことを言い出しそうな女は口を開かないでください。あ、股でも開けば男が寄ってくるかもしれませんよ?」


「……もう嫌!私コイツ嫌!なんか『お嬢様』の発音に悪意を感じるし!ニノマエ、追い出していい?」


 怒り……というよりちょっと涙目で俺に訴えかけてくるローラ。しゃあなし、このメイドの相手は世間知らずちゃんでは荷が重かろう。


「まぁ待て。聞きたいんだが、フィーコを知らないか?」


「2時間ほど前に出て行かれましたが」


 2時間前?今が13時だから11時頃か。


「ふぅん、なんか言ってたか?」


「行き先は存じませんが、夜までには帰るそうですよ」


「あ、そう。ならいい。はい、解散。消えろ」


「はい、畏まりました……あぁ、ご主人様と会話しちゃった……嬉しいぃ……」


 スゥーッと空気に溶けるように、シーズはロビーから出て行った。


「はぁ……ねぇ、本当に私アイツ嫌い。最後なんて、私があれだけ怒ってたのに存在すら無視してなかった?」


「あのクソメイドは正直俺以外の人間を人間として見てるかどうかすら怪しいからな……比喩じゃなくて、普通にお前のこと雌豚に見えてるかもしれんぞ」


「最悪!!」


 同感だ。

 どんなに気の合わない人間でも、アイツに対する評価が『最悪』という点で一致するであろうと考えると、ある意味人類が分かり合うために必要なピースなんじゃないか、あのメイド。

 戦争とかなくせるんじゃないか?


「まぁいいや、今日は休憩にするか。眠いし。寒いし。小金もあるしな」


 ここ半年ほどは皇女様の誘拐だとか貴族との騙し合いだとかそういうハイリスクハイリターン案件は避けて、普通の盗賊らしくせこせこと稼いでいたら、割と貯金ができていた。

 やっぱり金ってのはコツコツだな、うん。まぁやってたのは泥棒強盗恐喝だけど。

 ちなみに、今俺には借金がない。清々しい。むしろ債権がある。

 誰にって?勿論フィーコにだ。俺とフィーコは貴族の政争なんぞが絡まなくてもいつだって騙し合って自分だけ利益を得ようと紛争し、相手を無一文に追い込んだらここぞとばかりに金を貸し付けるという訳の分からない関係を続けていた。今は俺が勝ち越しており、貯金まである俺に対してフィーコは債務者。むしろ二連敗中のせいでローラにまで金を借りて多重債務者状態だ。クク、ざまぁみろ。俺が借金持ちだった時は、あの女足を舐めさせようとしてきたりホントに許せなかった。今は買い物すら満足に出来なかろう。きっと『労働』に精を出しているに違いない。ハハハハハハッ!!俺は優雅にここで昼から寝てやるぞ!!

 

「ま、いいんじゃない?寒いし。ダルいし。メイドはウザいし」


 うだうだ言いそうな女筆頭であるローラも、今日は俺の言うことに首を縦に振る。

 シーズは関係ないと思ったが、働きたくないので黙っておくことにした。





 そう、俺はこの時点では何も気付いていなかった。

 終わりの始まりはもう終わり始めていたということに。

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