エピローグ 『総取りは誰だ?』
「……お前だろ、今回の絵図を描いたのは」
俺は言った。相手はギルフォード。
……ではない。
「何のことですか?」
フィーコだった。
「とぼけんな。大体、2枚目なんて出す必要なかったじゃねぇか」
いつもいつもの酒場。そう、俺の詰問相手は決まりきっている。
「二枚目?手紙のことですか?」
このふざけきった猫耳だ。
「え?確か利益の総取りとか言ってなかったっけ?」
ローラが言う。たしかにそういう話をしていた。
「そうだな。でも、それをやりたいのならもっといい手があっただろ。俺は手紙の出し方が分からなかったんだぞ?最終的に配達の依頼をしたのはフィーコだ……いくらでもすり替えられたじゃねぇか、1枚目の真実味あるやつを」
わざわざ『二枚目』を出さずとも、最初の手紙で集合場所を差し替えればいい。そんなことは造作もなかったし、そっちの方がどう考えても良い。そのほうが怪しくないに決まってるのだから。
「たしかに……なんでそうしなかったの?」
ローラがフィーコに問う。
「まぁ待て。まずは俺の推理を聞いてもらおうか」
フィーコはヴァレルシュタインと繋がっていた。そして、ブレースのオッサンと同じように俺を尾行していた。
理由は明白だ。オッサンは司法局員だから、ヴァレルシュタインは企みの全てを話す訳にはいかない。だから、計画の進行状況を客観的に監視するには適さない。
そこでもう一人。どっから湧いてでたのかは分からないが、抜擢されたのがフィーコだ。
「お前はヴァレルシュタインから金を貰って、『二枚目の手紙』を出しまくった。ヴァレルシュタインの悪巧みの相手であるフルース家以外の貴族が怪しむように……誰も乗ってこないように」
ヴァレルシュタイン家は大っぴらに詐欺の手紙など出せるわけはない。そんなボロは出せない。そこでも協力者が必要だ。
「こうなれば、この計画はお前から持ちかけたとしか思えないね。お前がヴァレルシュタイン家に送った『二枚目の手紙』は、他とは全然違う内容だったんじゃないのか?」
すなわち……『手を組みましょう』というお願い。
「やりますねぇ。流石です」
果たしてフィーコはあっさりと認めた。認めやがった!
「えぇ……フィーコ……」
ローラは引いている。俺たちの対立の根深さを甘く見ていたようだ。
俺たちはお互いを売るくらい難なくやってのけるぞ?
……それを許すかは別問題だがな。
「それでお前はヴァレルシュタインから貰った金で一人勝ち万々歳か」
「だとしたら、どうしますか?」
ニヤニヤとしながら言うフィーコ。あぁ、良いねぇ。そういう顔ほど絶望に染めたくなるねぇ。
「そうは問屋が卸さねぇよ。お前はこの先、俺に金を払うことになる。総取りは……俺だ!」
「はい?」
首を傾げて耳も傾げるフィーコ。はっ、残念ながら俺たちは……似た者同士なんだよ。
「お前を司法局に突き出してやる。詐欺の実行犯でな!」
俺はびしっと言ってやった。正義の味方のように。
「……いや、何言ってんですか。そんなことしたらユージンも捕まりますよ?共犯じゃないですか?」
そう、俺たちはいつも一蓮托生。騙し合うことはあっても、共謀した犯罪で相手を売ることは出来ない。
……普通なら。
「いいや?俺は今回の一件について、司法取引をしてある。俺はこの詐欺じゃ……捕まらない!!捕まるのはお前だけだ!!」
…………。
………………。
「最低!最低なんだけど!」
「うるせぇ偽皇女。俺も鬼じゃない。金をそのまま俺に寄越せば突き出したりしない」
「いやどっちにしろ最悪でしょうが!何なのもうアンタら!ついていけないんだけど!」
「知った事か!ははは!」
頭を抱えて机に突っ伏すローラを見て高笑いする俺。
唖然としつつ、逆転の一手を探すものの未だ思いつかないのか忙しなく目線だけを動かすフィーコ。
控えめに言って地獄絵図であった。
「さぁフィーコ、金を出しな。大丈夫、今ならその手元の金だけで勘弁してやる」
「……もしかして私の負けですか?」
「お前の負けだ。今回もな」
「今回は、ですよ。訂正してください」
「今度お前が勝った時にしてやるよ」
観念した様子のフィーコは、懐から金貨の入った袋を取り出す。
これぞウィナーテイクオール。勝負の掟だ。
俺はフィーコからその金貨を……。
「わざわざ悪いね。ありがとう」
……受け取れなかった。
「何しやがるこの野郎!」
横から袋を掻っ攫っていったのは、神出鬼没の勇者ギルフォードだった。
「何って、貸していたものを回収に来ただけだけど?」
「貸して?いやそれは報酬だろ!」
思わずフィーコを見ると、こくこくと頷いている。どうやらこの展開は読めていなかったみたいだ。
「はは、そのお金をフィーコ君に貸していたというわけではないよ。それにその金貨はもう君のものになったのだろう?」
「はぁ?」
いい加減何を言っているのか分からんと眉間に皺を寄せた俺に。
「君に貸しがある、と言っているんだよ……ニノマエ・ユージンにね」
爽やかにギルフォードは言い出した。
……いや意味わかんない。
「何を言ってんだよ!むしろお前は俺に恩があるはずだろうが!」
そう、『ウロボロスの指輪』をタダで渡してやった恩が!
しかしギルフォードは半ギレになりながら反論する俺にも、泰然としたままで。
「いつ、君が僕に恩を売ったんだい?」
と言い腐ってきた。
「あぁ?お前、自分が言ったことの責任も取れねぇのか!?勇者が聞いて呆れるな!」
「そう、僕は勇者だ。勿論自分の発言には必ず責任を取る。だから言っている訳だ……君に恩を売られた覚えはない、と」
「ふざけんな!確かに聞いたぞ、あの時お前は……」
「例えば」
俺の口角から泡を飛ばした台詞に、あくまでも冷静な声で勇者は食い気味に割り込んできた。
「例えば、僕が君にこの『剣』を『売る』とする」
そう言って、腰に下げていた剣を机の上に置く。
「値段はベル銀貨1枚としようか。その場合、君は『ベル銀貨1枚で』この剣を『買う』わけだ」
「……それがどうしたんだよ」
「まぁ話は最後まで聞いてくれ、君らしくもない……と、今のは剣にスポットを当てた話だが、銀貨に視点を移すとどうなるか。君は『ベル銀貨1枚を』僕に『売って』、対価としてこの剣を得るということにならないか?」
「なっ!お前……!」
事ここに至って、ようやく俺は気が付いた。そうだ、確かあの時のコイツの台詞は……。
「さて、僕は先日言っただろう?『恩で買う』と……つまりは、『恩を売る』ということだ」
「馬鹿野郎!そんな言葉遊びがまかり通るか!」
俺は必死で反抗するが、それもやはりギルフォードの表情を揺らせない。どころか、次の一言で逆にこちらの表情が崩れる羽目になる。
「ところで、ダラスとカイルの二人だが、中々口を割らなくて困っているのだが……明日には割ってくれるかな?……例えばそう、大規模な地形変動の犯人や王家の宝具を破壊した張本人なんかを知っているかもしれない」
「がっ……だぁっ!!」
そうだ、これがあるから。こちらにはこの弱みがあるから、何としてでもあの場で金が言質を貰わなきゃならなかったのに!だから焦ってでも恩を売るという言葉を引き出させようとしたのに!
「どうかな?……取り調べを続けるべきだと思うかい?」
ここから何とかして俺が勝つ手は?どうせ向こうも詭弁なんだ。こっちだって口八丁で……例えばコイツのやってきたことを告発するとか?駄目だ。揉み消されるに決まってる。それどころかブレースの力が及ばなくなって俺まで摘発されかねん。
……クソぉ!!
「……もうやめといた方が良いんじゃないか?手痛い反撃に遭うかもしれないぞ」
「そうかな?」
「あぁ……そういう時に備えて金はあって困るものじゃないな」
「……毎度あり」
「勇者らしからぬ発言しただろ今!!」
何なんだ!もう最悪だ!
大体、こういう政争みたいなことは向いてないんだよ俺には!
詐欺や泥棒はタイマンでやりたい。複雑化していくと俺の手の及ばぬことが増えてムカつくんだよ!
「それじゃ、僕は帰るけど……ローラ」
勇者は、背を向ける前に、今までずっと黙っていた女に声をかけた。
「……レイル」
小さい声でローラは応じる。俯いたままで。
「君が元気でやっているなら、僕はそれでいい。どこで何をしていようとも、僕に文句などあるはずもない……君の支えになってやれなかった、僕ではね」
「そういう、わけじゃない。レイルはずっと優しかったよ」
「優しさだけで人は癒せないんだ。僕はそれに気付くのが遅すぎた。気付いた時には手遅れなことばかりだった」
「……」
ローラは押し黙る。なんだこの空気は。シリアスの開始が急すぎてついていけない。
この二人……知り合いだったのか?
そうだ。ローラは皇女ではないが、ギルフォードのことを初めから『レイル』と呼んでいた。レイルはギルフォードのミドルネームだが、一般には知られていない。少なくとも有名ではないのだ。だから俺は最初あだ名か何かだと思った記憶がある。しかもその時はトイレに隠れて会わなかったし、この間指輪を売ったときも会おうとはしなかった。考えてみれば知り合いである要素は揃っていた。
「いいんだ。それに、ニノマエ・ユージンになら安心して任せられる。彼は……信用に値する人物だ」
「お前の口からそんなこと言われても嬉しくねぇよ」
いやマジで。っていうかそんなこと言うなら金返せ。
「そうかな?君は魅力的な人間だよ。その証拠に……色んな人……ではないか。女の子から好かれているじゃないか」
「は?」
俺を好いてくれる女の子……人ではない?
「ご主人様ー!!」
「のわぁっ!?」
ギルフォードの影から湧いてきた女。当然その名前は……。
「貴方の専属メイド、シーズでございます!」
「雇った覚えがない!」
振り切ったと思ったのに!
っていうか……。
「何だよその格好は!」
なんとシーズはメイド服を着ていた。いやそこはなんとではない。なんと要素は別にある。
「前の英国風メイドはどうした!?モブキャップは!?」
俺が唯一評価していたメイド服が、ミニスカで胸元の開いたパチモンになっていた!頭には勿論ふわふわのカチューシャである。
「え?あぁ、ダサかったので可愛くしました。もうフルース家のメイドじゃないですし」
「ボケ野郎ォォォォォォ!!」
コイツ殺してやる!!許せない!!
しかしブチ切れる俺を差し置いて。
「あ、ご主人様に色目を使う駄雌の皆さんはじめまして。今日からこのパーティーでお世話になりますシーズです。よろしくお願いします」
シーズは優雅にスカートの端を持ち上げて挨拶をする。そこはまだ英国風メイドであった。
……ミニスカ過ぎてパンツが見えた。こんなのは……コスプレ衣装じゃねーか!
「誰がお前なんか世話するかバカが!!引き取って帰れギルフォード!!」
ヒラヒラと手を振って去っていく背中は、少し震えていた。
……絶対アイツ笑ってやがると俺は確信したのだった。




