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幕間五 『手の外(スリーカード)』

 ニノマエがメイドを探して暴れまわっている頃。その屋敷の最上階には二人の男が立っていた。


「いやぁ、どうも。御用改めです」


 その片割れであるブレースは自然体で告げる。大仕事だと言うのに気負いはまるで感じていないように見えた。


「……こんなことをしてただで済むとでも?」


 一方でカレオは焦っていた。下で何やら大惨事が起きているのは分かっている。何人いるのかは知らないが、音からして大人数だ。これだけの規模で貴族の屋敷に乗り込んできたのだから、それだけの証拠はあるのだろうと想像は付いた。


「アンタにかかってる容疑は詐欺未遂と殺人未遂。どっちも未遂とは言え、貴族の権威を脅かすだけの力はある犯罪ですねぇ」


「……証拠は?」


「殺人未遂は俺の存在が証拠だろう?」


「ふざけるな。メイドが勝手にやったことだ」


 よりにもよって、命令に絶対服従のメイドが勝手にやるなんてあるわけない。しかし、貴族がメイドに白を切ればそれは白になる。メイドは決して黒だと言ったりしないからだ。

 ……まぁ、メイドが生きていればの話だが。流石にブレースは殺人を容認するわけにはいかないので、気が済んだら生きたまま引き渡すようにニノマエには言ってあるが、あの様子ではどうなるか分からない。少なくとも、ニノマエにまともな抵抗が出来ないような状態にはなってしまうんだろうなぁ、と心の中でため息をつく。

 ともあれ、そっちは結果待ちか。


「あぁそうかい。じゃあ次は詐欺未遂。そっちは間違いなく証拠がありますよ?何通も手紙を差し押さえてきたんでね」


 ブレースは懐から手紙の束を出す。文面は大体同じだ。


「な、何だって言うんだ!バカなことを言わないでくれ!……そうだ、アイツだ。ヴァレルシュタイン!アイツが最初に俺に相談してきたんだ!何枚も手紙が届くからおかしいと!アイツは俺が出したわけではないと知っている!」


「あぁ?何のことやら分からんね。第一、アンタがやったんだという情報を俺にくれたのは、ヴァレルシュタイン家の当主様だぞ」


「ハァ!?」


 カレオは驚きの声を上げる。それはやむを得まい。彼もまたヴァレルシュタインの筋書きを読み切れていなかったうちの一人だ。


「あー、何だったっけか?あのカード遊び。まーた名前忘れちまったよ、あん時は覚えてたんだが……もういいや、とにかくカードのやつ。お前はそれでも稼いでたみたいだったけどなぁ。アレってよ、交換チェンジが出来るんだったな。配られた手の内だけじゃなくて、手の外から持ってこれるんだったよなぁ?」


「それが……!」


「なぁに、もう1枚用意してきたってことさ。絵柄は……分かるだろ?」


 勇者。あるいは、その父親。

 ――ヴァレルシュタイン家。

 ニノマエとブレースとヴァレルシュタイン。そのスリーカードだ。


「い、いや待て……!」


「第一」


 ブレースは堂々と言い放つ。


「裏はもう取れてるのよ。アンタが格下の貴族に出した手紙、一枚残さず抑えてある」


「な、に……?」


「仕方ないから本当の、シナリオじゃない現実のことも語ってやろうかい」


 カレオが詐欺を行うにあたり、目をつけたのは中級から下級の貴族だ。

 上級貴族にはこんなこと出来るはずがない。単に化かし合いに慣れた海千山千の傑物揃いだからというわけではなく、既にニノマエが一度手紙を出していると思ったからだ。

 何度もこんな手紙が届けば、誰だって疑う。だから格下に出したのだ。


「残念だったな。アンタが思ってるより、ニノマエは節操なしだ」


「どういう意味だ……?」


 ――ニノマエは、金と権威を条件に挙げていたのだから。

 ――格下に手紙を出しているわけがない。


「手当たり次第だよ。アイツは貴族と見れば手紙を出しまくってた」


「……は?」


「ヴァレルシュタインと通じていたばっかりに勘違いしたんだな。あぁ、スルエリアとかにも確認したらしいな。けどそれじゃ意味がない。アンタは、正しいことだけを確認してたのさ。でもそれじゃあ足りねぇのよ」


 片面に何らかの数字が書かれ、裏面が真っ白か真っ黒のカードが『白』『2』『黒』『7』の四枚ある。ここで『片面が黒色ならば、そのカードの裏は偶数でなければならない』というルールが正しいことを証明するためには、どのカードとどのカードを裏返して確認すればいいか。

 この問題の答えは、『黒』と『7』である。

『片面が黒色ならば、そのカードの裏は偶数でなければならない』というルールが禁止しているのは、実は『片面が黒色で、裏が奇数であること』だ。もっと言い換えれば、『黒と奇数のペアカード』を禁止しているのである。

 つまり、確かめるべきは『黒』と『奇数』。『黒』の裏を見て『偶数』であり、『7』の裏を見て『白』であれば良い。

 仮に『2』の裏を見て『黒』かったとしても、『7』の裏が『黒』ければルールを満たしてはいないし、そもそも『2』の裏が『白』だとしてもルールに抵触していないのである。

 にもかかわらず、ほとんどの人間は、最初の命題を与えられると『黒』と『偶数』を確かめようとする。

 これは一種の認知バイアスである。

 人は、正しいことを確かめて、それだけで安心しようとする。

 何かが正しかったということは、誤りが一切ないということを意味しないのに。

 誤りがないと言いたければ、誤りがないことを確かめねばならず、正しさの数はいくら束ねたところでそれを証明しないのだ。

 黒いカラスを何匹か捕まえてきても、世界中のカラスが黒いことを証明できないのと同じように。

 不在証明、いわゆる『悪魔の証明』。その難易度はここにあるのだ。

 しかし人は自分から誤りを探しに行こうとはしない。

 正しさを調べて、それで満足する。

 それは人間が陥りがちな認知のミス、認知バイアスの中でも、『見たいものだけを見る』という確証バイアスの作用。

『自分が見たものが正しかったのだから、全て正しいだろう』と、勝手に思い込んでしまう人の傲慢だ。


「『手紙が送られているのは金持ちの貴族だ』ということを証明するために、いくら『金持ちの貴族』に確認しても仕方ない。ま、今回に限っちゃしょうがねぇのは分かるよ。なにせ『金持ちじゃない貴族』は詐欺のターゲットだからな。確認を取れば流石にそこに同じ文面の手紙は送れなくなる。儲けが減っちまうわけだ」


「……」


 カレオは押し黙る。それは図星だからに他ならない。


「けど、それでも何件かには訊くべきだったのさ。本気で確認を取りたかったらな」


 チェックメイトの一手。ブレースはそこで言葉を区切って煙草を出し、火をつけた。

 貴族の家で司法局員が喫煙など以ての外だが、問題はない……今日からここは貴族の家ではなくなるのだから。


「バカな……」


 打ちひしがれたカレオは、ただの少年のようだった。日本で言えば、部活の大会で負けた中学生のようで。


「別に俺ぁ、もういい年こいたタダのおっさんよ。最近の強力なスキルも使えねぇし、流行のゲームだって出来ねぇし、女心さえ分からなくてカミさんにも愛想尽かされちまったよ」


 思わずブレースは追い打ちをかけていた。


「ただな」


 ……そんなポーズだけの反省をしてんじゃねぇよ。お前みたいな奴が再犯に及ぶんだ。


「俺は……俺たち司法局は、アンタみたいな捻くれた若造の相手なら、千年前からやってきた。お見通しなんだよ」


 だから……言ってやらねばなるまい。


「大人を舐めるな、クソガキ」


 その表情は、悪戯を誇る悪ガキのようだった。

















 しかし、カレオの脆さは。

 ブレースがこれまで見てきた跳ねっ返りの悪ガキ共とは桁外れだった。

 どうしようもなく彼は弱かった。


「……そうかよ」


 大人ブレースの説教が、引鉄になって壊れてしまうほどに。

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